「あっやばい。化粧水買うの忘れてた」


夜の10時半を過ぎた頃、お風呂に入ろうと支度をしているときに今朝使い切った化粧水のことを思い出した。お母さんと一緒に使っているそれは、私が学校の帰りに買ってくると約束したものだった。


「化粧水買ってこなかったの?」
「ごめん、普通に忘れてた。でもあれコンビニにも売ってるし今から買ってくるよ!」
「今から?ってちょっと待ちなさい、今何時だと思ってるの」
「大丈夫〜リヴァイ連れてくから」
「あんた……幼なじみ使いが荒いわよ。やめなさい、こんな時間にリヴァイくんに申し訳ないわ」
「だいじょうぶだいじょ〜ぶ。ちょっと行ってくるー」
「あ、ちょっと、……まったくもう」


なんだかんだと言ってくるお母さんに適当に返事をしながら、一度自分の部屋に戻り軽く上を羽織ってからスマホとお財布を手に取る。それからリヴァイに電話をかけた。





「リヴァイ、ごめんね〜」
「…俺の記憶が正しければ、お前は今日放課後に散々買い物をしてたと思うんだが」
「ン〜?」
「雑貨だか小物だかを楽しそうに選んでたよな。あの時間は何だったんだ?」
「んふふ、あの時は化粧水のこと頭になかったんだよお」
「この時間も含めた俺の時間を返せ」
「えへへへ、ごめんて」
「ヘラヘラすんな」


近くに住んでいる、同い歳で同じ高校に通っている幼なじみのリヴァイは私の家の前に着くと電話をくれて、それを合図に私は家を出た。玄関を開くととても面倒くさそうに立っている姿がすぐに目に入り、彼は薄めのパーカーのポケットに手を突っ込みながら開口一番にグチグチと言ってきた。確かに、今日は学校の帰りに駅前での買い物に付き合わせたけれども。雑貨とかいろいろ見たくせに化粧水のことはすっかり頭から抜けていたけれども。
しかし、なんだかんだでいつもついて来てくれる彼に感謝しながら、行こう、と笑って軽く宥めながら歩き出し二人で近くのコンビニへと向かい始めた。



「買えて良かった〜。ありがとね、リヴァイ」
「次からは買い忘れるなよ」
「は〜い」


他愛もない話をしていると10分程度でコンビニに到着し、無事に化粧水をゲットする。お礼にリヴァイの好きなアイスも一緒に買った。化粧水とアイスが入った袋をぶら下げながら、また同じ道を引き返す。


「そういえばさっきお母さんに幼なじみ使いが荒いって言われちゃった。でもそんなことないよね?」
「あるだろ。」
「あはははっ」
「いや冗談言ったわけじゃねえよ」
「えっ?笑うところじゃ?」
「違う」
「え〜?私のどこが幼なじみ使い荒いってのさ!」
「この前も部屋に蜘蛛が出たとか言って日曜の朝っぱらから死ぬほど電話してきたよな」
「ああ〜あれはしょうがないよ。だって怖かったんだもん。」
「しかも行ってみればクソ小せえし」
「私にとっては大きな出来事でした。」
「うるせえ」
「あ、それと今度夕飯でも食べにおいでってお母さん言ってたよ。いつも迷惑かけてるからって」
「……あぁ、そうか。まぁ、そのうち…な。行けたら、行く」
「えっ何その歯切れ悪いかんじ。うちでご飯食べるの嫌なのか〜?」
「………。」
「えっ嫌なの?なんで?お母さんショック受けちゃうよ」
「ちげぇよ。」
「えぇ?じゃあなに?」


お母さんどころか私だってさすがにショック受けるよ、と思いながらリヴァイを見つめていると、横目でちらりとこっちを見て、しかし何も言わずにまた目を逸らされた。昔からうちでご飯を食べることくらい何度もあったというのに、今更気まずいとでも?首を傾げているとリヴァイは前を向いたまま口を開く。


「お前、まだ言ってないんだろ」
「ん?お母さんに?……あぁ、」


一瞬何のことだか分からず聞き返してしまったが、すぐに気がついて納得し私も前を向く。


「付き合い始めたことならまだ言ってないよ。なんか照れくさくて」


考えてみれば、付き合い始めてから一度もリヴァイはうちに来ていない。元々頻繁に来ていたわけではないのだけど。
小さい頃からお互いの家族にも馴染みがある分、今こうして自分達の関係が変わったことが彼も照れくさいのだろう。気まずいというのも分かる。


「リヴァイは言った?」
「言うわけねぇだろ。」
「言うわけないんだ…?」


そんなありえないことみたいに言われると地味にショックなんですけど。いつかは言ってくれるんだろうね?私たちが付き合ってること。

今更だが、私たちはただの幼なじみではなく、二ヶ月ほど前からお付き合いをしている。


「まぁ、じゃあ、リヴァイが来れるようになったタイミングでいいよ。別にわざわざ付き合ってること言わなくてもいいし」
「……ああ」


行きと同様、話をしているとあっという間に家に着いてしまい、私達は足を止める。家の前まで送ってくれて、結局いつも面倒を見てくれる幼なじみ兼恋人に笑顔を向けた。


「ありがとうね、リヴァイ。ほんとに助かった!」
「もうこんなことで連絡してくんなよ」
「あはは、分かった」


口を衝いて出るお決まりの言葉は笑って流して、そうだ、と袋に手を入れる。化粧水だけ取ってアイスの入った袋をリヴァイに差し出し、それを渡す。


「じゃあまた明日ね」


別れを告げていつものように家に入ろうとした。


「──ナマエ、」


すると腕を掴まれて、引き止められる。袋が揺れる音が聞こえて振り向こうとすればいきなり唇に何かが触れて、そしてあっという間に離れていく。いきなりのことに目を閉じることも出来なかった。瞬きを忘れた私の瞳は目の前の彼をただ映し続け、それからゆっくりと視線が交わる。


「……そのうち、お前の親にも、ちゃんと言う。」
「……あ、うん」
「また、メシ食いに行く」
「うん」


掴まれていた腕がするりと放され、じゃあなと言われる。
私達はほとんど毎日会っているようなものだ。学校の登下校も一緒にしている。なのに何かにつけて顔を見たくなってしまう。一緒にいる時間がもっと増えればいいとそんなことばかり考えている。放課後も、休日の朝からも、いつだって一緒にいたい。


「……リヴァイ、」


今度は私の方が帰ろうとする彼を引き止める。別れの言葉は先ほどから意味を成していない。服の袖をそっと掴み、口を開いた。


「──好き、」


夜風が涼しい。頬が少し熱い。
私達は想いを行動や言葉で伝えることにまだあまり慣れていない。


「……知ってる」


私にしか分からないような僅かな表情の違い。未だこそばゆく感じる、幼なじみの時とはまた違うその柔らかな瞳の中に私が映っている。
リヴァイらしいその返事に小さく笑い、ゆっくりと一歩近づいて再び唇を寄せ合う。


「…また明日ね」
「…ああ」


そうしてまた明日になればきっと私達は今までのように普通に言葉を交わして、でも、たまに、まるで囁くように想いを伝え合うんだ。


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