「そういえば、」


今日が何の日か覚えてる?

用を終えて部屋を出て行こうとしていた私は足を止め、振り返りながらそう聞くと机で仕事をしているリヴァイはちらりとこちらを見た。しかしその目は今日が何の日かなんてことは全く覚えていないようで、私は再び口を開く。


「実は、今日でちょうど付き合って一年が経ちました」


そう、一年前の今日、私達は付き合い始めた。あっという間だった。
数日前からなんとなく頭の中にあったことを今ふと思い出し口にすれば、リヴァイはこちらを見つめたまま数秒間動きを止めた。その反応に、聞いてはみたものの覚えていてほしいとまでは思っていなかった私は軽く首を傾けながらにこりとリヴァイに笑いかける。


「早いよね」
「…もうそんなに経ったのか」


私の様子を見て、彼も特に弁解などもせずにそう言う。しかし私もそういった記念日などにそこまでこだわるような性格でもないので彼が覚えていなくても特に気にしない。普段からリヴァイがそういうことをあまり気にしていないから、尚更こちらもそうなる。今日が記念日だろうと何でもない日だろうと、私がリヴァイを好きなことには変わりない。
まぁとはいえ、最近はあまり二人の時間を取れていなかったように思う。最後に一緒に眠ったのはいつだっただろうか。
記念日だから一緒に過ごしたい、とかはなくてもやっぱり普通に側にはいたかったりするわけで。いつもは基本的に仕事のことがメインで、そうなるとリヴァイは私を恋人としては一切扱わなくなり、私の方も彼につられてそういった態度になってしまう。何よりリヴァイは私よりも忙しそうだし、だから次第に二人の時間が取れなくなっていた。

私は左上の方にやっていた視線をゆるりとリヴァイへ戻し、ひとつ瞬きをする。

今日で、付き合って一年。

大きな喧嘩などもせず私達なりに上手くやってきたと思う。付き合うまでは何かと一人で考えあぐねていたものだったけれど、でも彼から好きだと告げられた一年前の今日、好きでいてもいいのだと肯定されたあの日から、私の中にあった不安やネガティブ思考は綺麗さっぱりなくなった。なので多少のスキンシップがなくとも不安に思うことはなかったが、それでもたまには触れ合いたい。たまには想いを言葉にしたい。

私は「あのさぁ」と彼へ向けて言う。リヴァイは瞬きをする。


「最近、仕事ばかりであんまり二人でゆっくりとか出来てないけど、でも、好きだよ。リヴァイ」


ちゃんと、好きだからね。
ずっと変わらずに私の心に在り続ける想いを告げて、黙りこくるリヴァイの側に寄りその頬に唇を寄せて、ちゅ、と小さく音を立てる。


「──愛してるよ。」


座っているリヴァイに対し軽く上体を屈めながら目を真っ直ぐに見つめてそう言えば、その言葉を聞いたリヴァイは少し居心地悪そうに目を反らした。


「…よく、いきなり恥ずかしげもなく言えるな」
「だって、恥ずかしくないもの」


愛してる。思っていることを言葉にすることに特に抵抗はない。
上体を戻して、ふふ、と笑えばリヴァイはゆるりと顔を逸らし机上に視線を落とす。久々にこんなことを伝えたものだから、照れているのかもしれない。そう思うとたまらなく愛しくなる。


「ねぇ、リヴァイ。これからもよろしくね」
「ん」
「ずっと側にいてね」
「ああ」
「死んだりしないでね」
「お前もな。」


未だ仕事中にも関わらずなんだか離れ難くなり、自身の両手を後ろで繋ぎ頬を綻ばせながら隣に立っていると、またリヴァイの瞳が私の方へと向いた。


「…ナマエ、お前いつまでここにいるつもりだ」
「えー?もう?」
「もう、じゃねえ。俺もお前も仕事中だろうが。」
「そうだけどさぁ、なんか、近くにいたいなとか思っちゃうよね。」


じっと見つめ合ったまま、静まる部屋。しかしリヴァイはいよいよ眉を顰める。さっさと仕事を進めたいのだろうか。それを見て私は諦めたように、だけれどひとつ提案をする。


「じゃあ、キスしてくれたら行くよ」
「馬鹿か?」


しかし間髪を入れずにそう言われた。馬鹿って。
思っていた以上に冷たい言い方をされて少しだけ寂しくなる。そりゃあ確かに仕事中にこんなことを言うのは良くないのかもしれないけれど。


「ガキじゃねえんだから、駄々こねてんじゃねぇよ。」
「ガキじゃないけど、でも駄々くらいこねるよ」
「ふざけんな」
「だって好きなんだもの。少しでも側にいたいじゃない」
「俺は少しくらい側にいなくても何の問題もねえ。」


バッサリと突き放すように言われる。とっくに逸らされていた顔はこちらからでは窺うことは出来ない。部屋はまた静まり返る。「少しくらい側にいなくても何の問題もない」彼の言葉に一瞬心が無になり、そしてそのあとにモヤっとした感情がじわりと湧いた。
私は一呼吸を置いて、口を開く。


「そっか、わかった。じゃあもういくね」


静かにそう返事をして私もそのまま顔を逸らし、部屋を出て行く。もう子供ではないのだ。これくらいのことでこれ以上言い合いをするのもそれこそ馬鹿らしい。そもそも、リヴァイの言う通り今は勤務中であって。そうだ。私が悪い。

一人納得をして、仕事に戻った。





それから数日間、リヴァイも私も特に何を言うわけでもなく普通に仕事をこなし、たまに顔を合わせたり仕事の話をしたりと、至っていつも通りに過ごしていた。

あれから二人きりになることもなく、そうして今日も夜が更ける。一日の仕事を終えてシャワーを済まし、そろそろ休もうと私室でベッドに入ろうとしていたちょうどその時、部屋のドアがノックされた。その音だけで扉の向こうに誰がいるのかが浮かぶ私はおかしいだろうか。

どうぞと声を掛ければドアが開き、リヴァイが顔を覗かせる。

よぉ、と言われ、やぁ、と返す。


「どうしたの?」


リヴァイが私室の方に来るなんて珍しい。いつぶりだろう?そしてリヴァイの部屋着を見るのも、久しぶりだ。
珍しく私の部屋に来たリヴァイはいつもの制服姿ではなく、随分と楽な格好をしていた。ドアを閉めてベッドに腰掛けたリヴァイの隣に私も腰を下ろす。

そのまま彼の横顔を見つめていると、落ち着いた声が私の耳に響いた。


「この前、悪かった」


静かな部屋にぽつりと落とされる。視線は交じらず、だけれどその言葉ははっきりとしている。


「あれは、言い方が悪かったと思う」


それからゆっくりと顔が私の方に向いて、視線が交わり、久しぶりにちゃんと目が合ったような気がした。
数日前の、少しくらい側にいなくても問題ないと言っていたリヴァイの言葉が頭に浮かぶ。

彼の愛情表現は少し分かりにくい。リヴァイはいつも素直じゃない。そんなことは百も承知で、普段から特に気になることではなかった。だからあの時リヴァイの言ったあれがただ口を衝いて出た言葉だということも分かっていた。
私は思わずふっと表情を緩めて、彼の肩に頭を傾けた。


「別に、平気だよ。少し寂しかったけど、私もワガママだったし。ごめんね」


ちゃんと分かってるから、大丈夫。

そう言って肩に頭を預けたままゆっくり顔を動かして彼を見ればリヴァイもこちらを見ていて、そうしてそっと手が重なり指が絡んできた。私はその温もりに視線を落とす。


「……ふふ、好きだよ、リヴァイ。だいすき」


目を閉じて、久しぶりに感じる彼の温もりに没頭する。とても心地がいい。あたたかい。


「…お前はいつも、思いを伝えることに躊躇いがねぇよな。」


すると、ぼそりと聞こえてきたその言葉に、再び傾けていた頭を少し動かしリヴァイの方を見る。しかし彼の瞳はもうこちらを見ておらず顔は前の方を向いていた。その横顔を見つめながら、私は思う。


「……だって私は、大切なものを大切だと言う為に、生きているんだもの。」


リヴァイの瞳がこちらを向く。寄りかかっていた彼の肩からそっと頭を上げる。

──私は、自分が大切だと思うものをちゃんと大切にしたい。意志や思いをぞんざいに扱わず胸を張って、「私はこれが大切です」と主張しながら生きていたいのだ。だから私は調査兵団にいるし、自分の思ってることをたとえば恋人であるリヴァイに伝えることも、躊躇わない。大切なものが出来て、そしてそれをちゃんと大切にする為に、人生はあると私は思う。


「リヴァイのことが大切だから、好きだから、そしてリヴァイもそれを受け入れてくれるのなら、一切躊躇わないよ。」


だけど生きていく中で全てのものを守り通せるわけはないし、時には犠牲も付き物だけれど、それでも私は出来るだけ自分の心に正直でいたい。
自分の中にある大切なものを守る為に、そして戦う為に私は生きているのだ。

躊躇うことなど何もない。

だからリヴァイに対しての想いも躊躇いたくはない。真っ直ぐに愛したい。


「……たまに、お前の生き方が、羨ましくなる。」


互いの指を絡めたまま温もりを共有しながら私たちは話す。リヴァイは私の生き方が羨ましいとどこか自嘲気味に言う。
彼は戦うことへの迷いや躊躇いはほとんどないように見える(もちろん葛藤などはあるのだろう)が、自分の気持ちを素直に伝えるといった点では少し不器用に思う。


「私は、リヴァイはリヴァイのままでいいと思うよ。」


だけど、そのままでいい。

リヴァイはきっと、大切だと思えば思うほど心の奥底にそっと仕舞って、そうやって簡単には誰にも見せない。見せようとしない。だけど、ちゃんと自分の中で大切にしてる。ちゃんと大切なものがある。私とは大切の仕方が違うだけだ。ただそれだけの違い。別にそれが悪いことだとは思わない。だってそれがリヴァイの生き方なのだ。


「リヴァイだって言葉にしなくたって私のこと大切にしてくれてるでしょう?」


自分で言うのも、何だけど。

だけどリヴァイは嫌がるような顔もせず否定も何もせずにこちらを見ている。


「…リヴァイはさぁ、地下街で育った人だから、だからきっと大事なものを簡単には見せないんだよ。誰にも奪われないように、隠すことで守ってるっていうかさ……そういうふうに生きてきたんじゃないの?だったらそれがリヴァイのやり方であって、生き方で、私はそういうのも含めてリヴァイが好きだから。」


こうして話をしているとだんだんと彼への想いが募ってきて、そうして彼の全てが愛おしくなってくる。
そしてそれと同じように、次第にリヴァイの私を見る目もだんだんと慈しみを帯びていく。

──ああ、そうだ。彼は気づいていないのだろうか。
リヴァイは素直に愛を囁くことはあまりないけれど、それでもたとえば私を呼ぶ時の声や、私に触れてくる時の手、唇、温度、瞳。扉をノックする時の音でさえも、そうだ。その全てに私への想いが込められていると感じる時がある。
言葉にしなくたって伝わってくる。彼のありったけの愛が私に向けられていると感じる瞬間が、確かにある。


「……ナマエ、」


ほらね。

その声も、視線も、そうやって頬にそっと触れてくる指も、その全てに愛が込められている。大切なのだとこんなにも主張しているじゃないか。私と、同じだ。


「リヴァイ、愛してるよ」


躊躇うことなくそう伝えれば、リヴァイの唇が触れる。愛してると、そう言われた気がした。


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