私の理想のタイプは、爽やかで笑顔が素敵なひと。でももっと欲張っていいのなら高身長で優しくて細やかな気配りが出来るようなひと。それと価値観が同じだといい。 そして一番の理想は、調査兵団の兵士(同業)じゃない人。まぁ調査兵でなくてもとにかく兵士じゃない人がいい。普通に仕事をしていて兵士以外の方とお付き合いがしたい。もっと言えばそういう人と、結婚がしたい。 そして仕事で疲れてる時とか壁外調査のあとで疲弊している時に、笑顔でおかえりって言ってもらいたい。お疲れ様って言って抱きしめてもらいたい。 とにかく恋人がほしい。 「つまり欲求不満ってことか?」 「ちッがーーーう!」 思わず私はテーブルを拳で叩きつけながら、リヴァイが言ったそれを否定した。 「うるせぇな」 「何なの何でそういうこと言うの?!」 「お前が言ったことを要約しただけだろうが。」 「要約できてないから!」 シレっとそんなことを言いながらリヴァイは皿に出されているナッツをひょいと口に放り込んだ。私はそんなリヴァイを眉根を寄せて睨みつける。 本当、失礼しちゃう。別に私は欲求不満とか人肌恋しいとかそういうことでなくて、だからつまりその、なんていうかあの、こう、安心できるような?そういう時間とか相手がいたらいいなっていう。そうそう。そういうことだよバカ! 「ほんとリヴァイさ、そういうこと言ってると彼女とか出来ないよ?それでなくても愛想とかないんだからさー」 「俺とお前を一緒にすんな」 「…えー。彼女ほしくないの?」 「いらねえ」 「何で?リヴァイは人肌恋しい夜とかないの?」 「やっぱり欲求不満なんじゃねぇか。」 「だからそういうことじゃないって!そういう意味じゃなくてさぁ…」 つまりどういうことなのかを身振り手振りで長々と説明するが、リヴァイは心底興味なさそうに死んだ魚のような目で私を見ながら酒を一口飲んだ。 今日はかなり久々に仕事終わり(のリヴァイの部屋)で二人で酒を飲んでいるというのに、そんなクソつまらなそうな顔せんでも。酒が少し回ってきた私はなぜか自身の理想のタイプの話をしだして、その頃からリヴァイは退屈そうな顔をし始めた。もっと楽しそうにできんのか! 「はあ〜。もういいよ。リヴァイに理想のタイプを話した私が悪いんだよね。はいはいすみませんでしたぁ〜」 「うざってぇな。もう酔ってんのか?」 「えー?あー、うん、でもちょっと酔ってるかも」 「早ぇな」 「だって最近忙しいから疲れ溜まってんだも〜ん」 「ならとっとと寝ろよ酒なんか飲んでねぇで」 「何よー。リヴァイが寂しいかなぁと思って誘ってやったのに」 「何様だてめぇ」 「可愛くないぞ〜」 「てめぇに言われたかねぇよ」 私は最近から分隊長を任されていて、仕事量が以前にも増して増えたせいで若干疲れが溜まっている。なので今の私は癒しを求めているのだ。誰か私を癒してくれ。こんな仏頂面の同僚でなく包容力のある(高身長爽やか笑顔付きの)男性が現れないだろうか。 そうしたらリヴァイにもこんなウザイ絡み方をしないで済むのに。 ああもう、夢でもいいから。 ってそれじゃあ本当にただの欲求不満みたいじゃないか。 「いやそんなことは断じてない!」 「は?」 「え?あ、ごめん何でもない。」 「大丈夫かよ。頭。」 「ダメかも。なんか眠たくなってきた」 「寝るなら部屋戻れ」 「え〜ここで寝ちゃダメ?」 「良いわけねえだろ。」 「一緒に寝ようよ」 「ぶん殴るぞ」 言った途端にすっごい嫌そうな顔をしたリヴァイはあまりにも正直すぎると思うの。何もそこまで嫌がらんでも。 「はぁ〜あ。つまんないの。」 「お前本当にただの欲求不満じゃねえか。」 「ちがうって。今のため息は軽い冗談に付き合ってくれないリヴァイに対してのものだから。さすがに自分のベッドで寝るって〜」 「てめぇ何度か俺のベッドを占領したことがあっただろうが。」 「え?ソウダッケ?」 「お前は酔ってて覚えてねぇかもしれねぇけどな。」 「あはは、そうだっけ〜ごめんごめん」 呆れ顔のリヴァイに私は笑って適当に謝る。よく覚えてないけどまぁいいや。本当に眠くなってきたしそろそろ自分の部屋に戻ろう。 付き合ってくれたリヴァイにお礼を言って、片づけをしてから部屋を後にした。 明日になったら旦那候補の素敵な男性が現れたりしないかしら。 なーんてね。あはは。 「──ナマエ、こちら、お相手のレイノルドさんよ。」 「こんにちは、ナマエさん」 「コンニチハ」 私は張り付いた笑顔を目の前の彼へと向ける。 彼はというとそんな私と違って嫌味のない爽やかな笑顔でにこりと笑いかけてくれる。キチンとした格好に綺麗にセットされたブロンドの髪、更に高身長でスタイルの良い彼の名は、レイノルドさん。 私のお見合い相手だ。ちなみに初対面である。 「急な話で驚きましたよね。ナマエさんは調査兵団の兵士をされているそうで、お忙しいのに今日は会って頂いてありがとうございます。」 「あ、いえいえ……こちらこそ、そんな、すみません」 「はは、謝らないで下さいよ。お会いできて嬉しいです。」 さ、爽やかすぎる……。 私の隣に座っている母もなんだかさっきから嬉しそうに笑ってるし。あまりに急展開で頭が付いていってないのですが。私だけですか? 事の発端は二ヶ月前まで遡る。 「はあ!?何それぇ!?」 リヴァイと酒を飲んだ日の翌日、母親から私宛に手紙が届いた。急にどうしたんだろうと封を開けてみればびっくり。そこには、もういい歳(私一応まだ二十代後半!)なんだからそろそろ結婚相手を探してみたらどう?と書かれてありました。更にお相手はもう探してきてあるから、と。 「いやいやいや待て待て待て。おかしいでしょ?おかしいよね?ねえ!?」 その時たまたま近くにいたリヴァイを取っ捕まえてそのことを話せば、彼は何も言わずにひとつ瞬きをした。 「……見合い?お前が?」 「そうだよ!!ほら、書かれてるでしょ!?」 「近ぇ。離れろ鬱陶しい」 手紙をリヴァイの顔のまん前まで持っていって必死に訴える。確かに恋人がほしいとは思ってましたがそれにしてもあまりにも急な話すぎるでしょ。 「チッ、てめぇまだ酔ってんじゃねぇだろうな」 「そんなわけないでしょ?!」 私から手紙を奪い取り眉根を寄せながらそれに目を通すリヴァイ。 お見合い相手の名前はレイノルドさん。母親の知り合いの息子さんで年齢は私よりも二つ上。ちょうど結婚相手を探していたらしく、それで勝手に乗り気になった母親がうちの子はどうかしら?とこれまた勝手に話を進めていたらしい。いや事後報告って何だそれ! 「すんのか?」 「えっ?なに?!」 「見合い。受けるのか」 「えっ………」 いつの間にか真面目な顔をしたリヴァイが私を見ていて、思わず冷静になる。 ──受ける?この、お見合いを? 「……わ、わかんない。」 「何だよそりゃあ。てめぇ、昨日はあんなに人肌恋しいとか言っておいてか」 「だ、だって!だからって、こんな急に……いきなり……しかも勝手に話進めてるし……。」 「……。」 さすがに戸惑ってどうすればいいのか分からず俯けば、ぱさりと手紙が頭に当たった。顔を上げて両手でそれを受け取ると、リヴァイと目が合う。 「無理なら断ればいいだろ。嫌なら行くなよ。」 「そんな簡単に……」 そう言ってそのまま歩いて行ってしまったリヴァイの背中を眉を下げながら見送る。そしてまた手紙に視線を落とした。 ため息しかでない。 そうしてとりあえずは母と話そうと決めて、数日後に時間が出来た際に一度実家へと帰った。 そこからはあっという間で。いいから一度会ってみなさいという母の信じられないくらいのしつこさに押されるままに日取りを決めて、そしてこうして会うことになってしまったのだった。 なってしまった、と言っては悪いだろうか。そんなふうに思えるほどにはレイノルドさんは良い人そうであった。 「──ナマエさん?大丈夫ですか?」 「っあ、はい!ごめんなさい、大丈夫です!」 「それなら良いんですが。体調が悪いとかなら仰って下さいね。」 き、気配り〜〜〜〜〜そしてマジで爽やかすぎる〜〜〜〜〜。 絶対私には勿体ないだろう、と思いながら飲み物に口をつける。母はとうに姿を消していて(あとはお二人で、じゃないよ)私と彼の二人っきり。せめてもの救いはちゃんとしたお見合いというよりかはわりと気軽な場であったことだ。近所の店で紅茶を飲みながら、堅苦しい雰囲気とかではない。 「ナマエさんは想像していたよりも柔らかい雰囲気の方ですね」 「え、そうですか?…もっと堅そうなイメージを?」 「いえ、兵士をされてる方なので、しかも調査兵ですし。もっとこう強そうな女性……と言ったら失礼でしょうか。そういう方なのかと思ってました」 「あー…、そうなんですね。でも私も一応兵士なので強いですよ。多分レイノルドさんくらいの人でも投げ飛ばせるくらいには……って、何、言ってるんでしょうね……すみません。緊張していて」 本当に何を言ってんだ?と心の中で頭を抱えていると、意外にもレイノルドさんは笑い出した。 爽やかかつ無邪気だ。 「えっ」 「ははっ、いやー、面白いな。今度是非投げ飛ばしてもらいたいですね」 「え!?やっ、そんなっ、ご冗談を!」 「ははは、とてもそんなふうには見えないですけどね。ナマエさん。でも、そうですよね。兵士ですから、そりゃあ強いですよね。」 「えっあっ、いやー……まぁいちおう鍛えてるので……巨人と戦ったりしてますし……はは」 「あぁ、そうですよね」 何このひと良い人すぎやしないかい。絶対モテるだろうに。何で私なんかとお見合いなんかしてるんだろう。 根本的なことを疑問に思っていると、またレイノルドさんの方から口を開いてくれた。 「調査兵団で働いているなんて、尊敬しますよ。」 「……いや、そんなそんな。別にそんな尊敬されるようなことは」 「でも、さすがにいつまでも働くつもりはないのでしょう?」 「………え?」 レイノルドさんは変わらず笑顔で、柔らかい口調で私に問いかける。 「志があるのはとても立派なことだと思います。しかし、調査兵の行き着く果ては決まっている。」 「……行き着く、果て?」 「はい。」 彼はまるで悪意のない顔をしている。何の悪気もなさそうに、笑いながら、そして当たり前のように私に言った。 「壁の外で巨人に殺されるなんて、そんな馬鹿げた話、ないでしょう?」 ◇ お見合いの為に着飾った服、マナーとして久しぶりにした化粧。その全てがなんだか自分をあざ笑っているようで、ひどく馬鹿らしく思えた。 爽やかで私の理想に合った男性。調査兵でなくて、高身長で。細やかな気配りが出来て? ……だけど、価値観があまりにも違いすぎる。 考え方がまるで違う。見えてる世界が違うのではないかと思えるほどに。あの、悪気のない言い方。本当に悪いと思ってないんだ。それで私が傷つくなんて少しも思っていない。 彼は、調査兵はみんな最終的に死ぬと、そう思っていて、それは馬鹿げたことだと言う。私達が命を懸けてやっていることを馬鹿だと笑う。 それからのことはあまり覚えていない。母親の知り合いということもあって失礼な態度は取れないと思い、ただ表面的にその場を過ごして、二人で街を歩いたりもして、だけど核心に触れるような話は何もせずに別れた思う。 そのあとも家に帰る気にはなれず、調査兵の誰かと合わせる顔もなんだかなくて、適当な店で一人で過ごしていた。だけど結局行くとこなんてなくて、本部に戻ってきた。もう時間はだいぶ遅い。 とぼとぼと自室まで歩いていると、ふと私の部屋の前に人影を見つける。少し手前で足を止めて目を凝らせば、部屋の扉の横で壁に背中を預けながら腕を組んで立っているリヴァイがいた。 「リヴァイ……?」 「……、」 名前を呼ぶと、ちらりとこっちを見る。目が合い、すると壁から背中を離し私の側まで近づいてきた。 「…その面から察するに、こっぴどくフラれでもしたか」 「……や、別に、フラれてはないけど」 リヴァイには行く前にお見合いに行くことを言ってから出てきた。その時は特に何も言われなかったけれど、どうしたんだろう。何かあったのかな。 疑問に思いながらも黙ったままリヴァイの目を見続ける。今日はずっと上を向いていた視線が、ようやく私と同じくらいに戻る。 リヴァイの目線は、私と同じで、見えている世界まで何もかも同じような気がした。 「楽しんできたはずだろ。どうしてそんなひでぇ面してやがる?」 「……あー…、なんか、レイノルドさん、ちょっと…合わなくて」 「何か言われたのか?」 「んー…ていうか、考え方がちょっと違うなって。なんか、だから、私が勝手にヘコんでるだけっていうか」 さすがに、調査兵をしている人に説明はしたくない。誤魔化すように笑えば、リヴァイは顔を顰めた。 「なら何でそんな傷ついたような顔してんだよ」 「………、」 ああ、なんか、今リヴァイに会いたくないな。 レイノルドさんに言われた言葉が胸にひどく突き刺さって、どうしてかみんなを裏切っているような気分になる。自分が情けなくて、顔を合わせていたくない。 「オイ。ナマエ」 「あ、いや、大丈夫。べつに」 「大丈夫じゃねえだろ」 「大丈夫だって」 下手くそな笑顔を張り付けて、私はリヴァイの横を通り過ぎようとする。とにかく一人になりたい。 「──オイ、待て、ナマエ」 「っだから大丈夫だってば!」 肩を掴まれて、思わず声を荒げてしまった。手を払いながら振り返って、リヴァイの顔が見えてすぐに後悔する。 何をしているんだろう。こんな態度しかとれない自分に心底嫌気が差す。 リヴァイは振り払われた手をゆっくりと下ろし、口を閉じる。 「……ご、ごめん…、」 こんなことでリヴァイと喧嘩したくないのにな。嫌な思いもさせたくないのに。 何て最低な一日なんだろう。気持ちは重くなるばかりだ。 申し訳なくて黙っていると、リヴァイがぼそりと呟く。 「…やっぱり、止めときゃ良かった。」 「………、え…?」 その言葉に、俯けていた顔を少し上げてリヴァイを見る。するとリヴァイはため息を吐きながらすぐ側の壁に背中を預けてまた腕を組んだ。 「…てめぇが望むならと思って何も言わなかったが、こんなことなら行かせるべきじゃなかったぜ。」 「……、」 「大体、お前の理想、何だありゃあ?胡散臭いにも程がある。」 「………。」 今となっては、本当にそう思う。あんなの、ただの理想でしかない。 唇をぐっと噛む。そして思い出す。 ──本当は、あんなの理想なんかじゃない。ただそうやって、思い込もうとしてただけだ。そうして現実から目を逸らそうとしていただけだ。 「何もかも俺と正反対じゃねぇか。」 叶わないのなら、思いが届かないのなら、諦めようと思ったから。だからわざと正反対のことを思うようにした。理想を決めて、そういう人がいいんだって、思い込もうとした。 「嫌がらせか?」 だって、本当に好きな人は、私のことなんかとても好きそうじゃなかったから。そう──思い込んでいたから。 「…よく知りもしねぇ男に会う為に、そんな着飾った格好なんかしてんじゃねぇよ。」 だって、リヴァイは、誰といても変わらないし、私と二人っきりでいてもまったくの普通で、むしろ遠慮とかそういうのも全然ないし、私を女として見てるのかすらも疑問なくらいだったし、だから、だから。 「なぁ、ナマエ」 私の名を呼ぶリヴァイの手がそっとこちらへ伸びてくる。今日の為に赤く色付いた唇に、彼の親指が触れて、そしてぐっとそれを拭った。 「てめぇには調査兵団の制服が一番お似合いだぜ。」 その制服を身に纏っているリヴァイが、そう言う。私と同じ目線でそう言う。 仕舞い込んでいた想いが、溢れ出す。 「──…っ」 だって、ねぇ、リヴァイ。私は、本当は、あんな理想、全部嘘っぱちなんだよ。 本当はずっとずっと、ずっと、リヴァイのことが。 「ナマエ、」 彼の、愛しい人の、手が頬に触れる。距離が縮まる。行き場を失くしていた想いが、あるべき場所へと戻ってくる。 「てめぇは、ずっと俺の側にいればいいだろ。」 息がかかるくらいの距離まで近づき、そうして唇が触れようとしたその瞬間、リヴァイは一度躊躇うように私の瞳を見つめた。 だけど言葉なんかいらなくて、目だけで私達は想い合う。 今までお互いの気持ちなんかまるで分かっていなかったのに、どうして今更こんなふうに分かり合うんだろうね。 合図をするわけでもなく同じタイミングでまぶたを閉じて、嘘つきの唇に彼の唇が重なる。 ──ああ、まるで、嘘みたいだ。 現実を確かめるように私はリヴァイの服をきゅっと握る。 随分と遅くなってしまったけれど、この唇が離れたら、本当のことを言うよ。だから聞いてほしい。同じ目線で、世界で、生きているあなたに。誰よりも愛しい、あなたに。 |