今まで生きてきて辛いことはたくさんあったけれど、それでも生まれてこなければ良かったなんて思ったことはない。おそらくそれは私が孤独でなかったからだと思う。ずっと側にリヴァイがいてくれたからだと、そう思う。 ねぇ、リヴァイ。あなたがいたことで私はどれだけ救われていただろう。 きっと今まであなたがいたから生きてこられた。挫けそうな時だってリヴァイがいたから乗り越えられた。いくら言葉にしても、どんな言葉にしても、足りないくらい、それくらい大きな存在。 昔からリヴァイが隣にいるといつだってどこでだって安心することが出来た。無自覚かもしれないけれど私を呼ぶときに少し柔らかくなる声が好き。言葉が厳しくても私のことを思ってくれてるところが好き。どんな時も、どんなところも、リヴァイのぜんぶが、好きだ。リヴァイと過ごしてきた時間の全てが大事だ。 リヴァイは私にいろんなものを与えてくれた。大切なことをたくさん教えてくれた。 抗うこと、奪うこと、奪われること、それしか知らなかった私の世界を変えてくれた。いつも守ってくれた。手を握ってくれた。 ──ああ、もう。本当に、どうしたらいいのか。言葉だけでは表せられない。 私が感じてるものぜんぶ、リヴァイへの思いを全て余すことなく伝えられたらいいのに。 でも、そうしたら、あなたは何て言うかな。照れくさがって眉間にシワを寄せるかな。それとも何も言わずに少し表情を緩めるかな。 ねぇ、リヴァイ。 私は人生に悔いはないけれど、でも、欲を言えば──本当のところはもっとあなたといたかった。リヴァイが寂しがらないように、出来ることならあなたより一瞬でも長生きしたかった。少なくとも私のせいでそんな顔はさせたくなかったかな。それだけが、心残りだよ。 「あのさ……リヴァイ」 「……何だ」 「ごめんね。」 ベッドの上で横たわる私はリヴァイの方に顔を向けて謝る。すぐ側でイスに座りながら私を見つめるリヴァイは私の言葉を聞いて少し不満そうに眉根を寄せた。 窓の外に見える空はこんな日でも青い。 「何がだ。」 「こんな、よく分からない病気になってしまって。」 「……お前が謝ることじゃねえ」 ああ、ほら。そんな苦しそうな顔をしないでほしい。ずっと一緒に生きてきたからほんの僅かな表情の変化も分かってしまうよ。 数ヶ月前──反マーレ派義勇兵とかいう人達がわらわらとこの島に上陸してきた頃、少し体調が悪くて医者のところに行ってみれば、もう長くはないと唐突に言われた。 長くはないとは、どういう意味なのか。 突然すぎて、頭が真っ白になった。そもそもそこまで体調が悪いわけでもないのに「長くはない」と言われても訳が分からない。 けれど、少なくとも今のパラディ島の医療では治せないらしいその病魔は確実に私の体を蝕んでいるみたいで、他の医者に看てもらっても返ってくる答えは同じようなものばかりだった。 長くても半年から一年未満。短ければ半年以内。あまりに曖昧だ。私の命は。残された時間は。 今までずっと何かに抗って生きてきた。もし死ぬのなら、戦場で死ぬのだと思っていた。それが、何だって?病気?治らない?このまま、ベッドの上でただ死ぬのを待つ、それだけ?──笑えない。 全てこれからだというのに。 この島の謎も海の向こう側のことも分かって、全部これからという時に。 何をどう足掻いても、治ることはないと告げられた。症状を多少緩和する薬はあってもそれはこの病気を治すものではないと。──そうか、私は、死ぬのか。 ようやく実感した時、真っ暗な虚無感に襲われた。 出口のない真っ暗闇。その中で私はぽつんと一人立っていた。 暫くは誰にもこのことを言えずに日々を過ごし、もちろんリヴァイにも言えずにいた。むしろリヴァイにはとてもじゃないが言えないと思った。こんなことを知ったら、悲しませてしまう。 頭の中が死ぬことでいっぱいになった時次に浮かんできたことはやっぱりリヴァイのことだった。 そうなるとリヴァイに悲しい思いをさせない為に私に出来ることはあるだろうかということばかり考えるようになった。 結局私はどうしようもなくリヴァイに救われるのだ。死ぬことよりもリヴァイに対してのことばかりを考えて、そうすることで少しずつ自分の死にも向き合えるようになっていった。 長くはないと言われてからもみんなの前ではあまり暗い顔はしないようにしていたけれど、さすがにリヴァイには気づかれていたみたいで、少し経ってから何があったのかと聞かれた。 黙っておこうかと考えたこともあったけど、言わないでおくことの方がよっぽど酷だと思った私はとりあえず最初にリヴァイに全部を話した。さすがにリヴァイもかなりショックを受けていてだいぶ落ち込ませてしまったみたいだけれど、でも、今は私のことなんかに気を取られている場合でもないのが現状だった。この島のことやいろんなことで忙しい時なのだ。そんな時にこんなことになってしまって本当に情けない限りなのだが、今はもう周りを騙せるほどの体力が私には残っておらず、最近は一日の大半をずっとベッドの上で過ごしている。 丸一日体調が悪い日もあれば、わりかし平気な日もある。今は毎日病気に振り回されながら生きている。 開いている窓の隙間から風がふわりと入り込んできて、それはカーテンを柔らかく揺らした。部屋にはリヴァイと私の二人だけしかいない。 「まさか病気で動けなくなるなんて……情けないというかなんというか」 「…情けないわけねぇだろ。」 「地下街にいた頃は病気とかで死ぬひとなんかたくさん見てきたのにね。地上に出てから、忘れてた。巨人に食べられるひとばっか見てきたからかな?私も最後は、戦いの中で死ぬとばかり思っていたよ」 リヴァイは少しでも時間が出来るとこうして兵団内にある私の部屋まで来てくれる。負担になっているだろうな、と思いながらも少しでも顔が見れると嬉しいのもまた事実で、どうしようもない。それに私が逆の立場だったら同じことをするだろうなと思う。だから、来なくていいとは言えない。 「地下街にいた頃が、懐かしいね。最近、なんかよく思い出すんだ…」 ずっと横になっているのにも飽きて、上体だけ起こそうとゆっくりと体を動かせばリヴァイが体を支えてくれた。 「大丈夫か、無理するな」 「ん…大丈夫。ありがとう」 ふうと息をつき、それからリヴァイに笑いかける。イスに座り直したリヴァイはどことなく心配そうな目つきで私を見ていて、その瞳に私は思わず眉を下げて表情を和らげる。 「心配かけてごめんね」 「だから、謝るんじゃねえ。」 いつも謝るなと言われてしまうけれど、でもどうしてもそういう気持ちになってしまう。──だけど、そうだな。気をつけよう。 私は一度そっと目を伏せて、思いを巡らせる。私にはもうあまり時間が残っていない。今は謝るよりも、伝えたいことがある。静かに瞬きをすると顔を上げてリヴァイを見た。 「あのさ、リヴァイ。聞いてほしいんだけど」 目が合うとリヴァイは、何だ?と優しく言った。私は表情を緩め、口を開く。 「今までいろんなことがあったけれど、でも、私の人生は悪くなかったと思うんだ」 辛くて苦しいことは多かった。だけど。 私には、リヴァイがいた。イザベルがいた。ファーランがいた。たくさんの仲間が、いた。でもやっぱり一番は、リヴァイ。あなたがいたから。 孤独だった時に一緒にいてくれて、ずっと一緒に生きてくれた。あたたかい気持ちを教えてくれた。 「リヴァイと出会って、私は独りじゃなくなって……ずっとずっと、辛い時も、どんな時も、あなたは側にいてくれた。リヴァイがいたから、私は今もこうして穏やかでいられるのだと思う。」 リヴァイの方に手を伸ばして、少し身を乗り出しその手をそっと包むように両手で握った。 「──ありがとう。」 いろんなことがあった。たくさん、本当に、いろんなことがあった。子供の頃から理不尽な思いもたくさんしたし、嫌なことも、当然のように酷いことをされた日もあった。地上に上がってからも苦しいことばかりだった。そしてそれはリヴァイも同じだと思う。 この世界は、奪うか奪われるか。だけど、それだけじゃない。この世界にはもっと美しいものだってたくさんある。 ねぇ、リヴァイ。だからさ。 「これから先、たとえどんなことがあってもどうか絶望しないで。私はずっと、リヴァイの心が、魂が、救われるように祈ってる。きっと悪いことばかりじゃないって、そう信じてる。」 いつかきっと報われる日がくる。 誰かの思いや希望がここまで続いてきたように、これから先も繋がっていく。 今までやってきたことは間違ってなかったんだって、心からそんなふうに思える日がくるように願ってる。 「生きることは、繋いでいくことだと思うから。無意味な命なんてひとつもないし、だから無意味な死だってないのだと思う。だから、リヴァイ。こんなこと言っても難しいかもしれないけれど、でも、あまり一人で背負いすぎないでね」 リヴァイは強いから。だから心配だよ。 苦しい選択だって選べてしまうから、これから先もきっとそれでまた苦しんでしまう。 そんな時せめて側にいたいのにそれが出来ないのが悔しい。もう側にはいれないことが悲しい。 ──くやしい。さみしい。 唇を噛んで、小さく息を吸う。 「…私はもう、側にはいれないけれど、祈ることくらいしか出来ない、けど……でも、だけど、ずっと祈ってる。いつかリヴァイの心が、少しでも軽くなるように。光が差すように。……ずっと、ずっと………、」 握っている手に気持ちが込もって思わず力が入る。ぎゅっと握って目を伏せると、部屋は静まり返る。 ──声が少し、震えてしまった。 静かになった部屋で尻すぼみになっていった言葉を後悔する。暗くなってしまった。そんなつもりじゃなかったのに、寂しいという気持ちが溢れ出てしまった。残されるリヴァイの為にも残りの時間を暗いものにはしたくないのに。 それでも視線を上げることが出来ずにいるとリヴァイはゆっくりとこっちへ体を倒し頭を私の肩に預けて、とても小さな声で私の名前を呼んだ。 「リヴァイ……?」 「……お前がいたおかげで、俺はどれだけ、救われたか……どれだけ、励まされていたか、分からねぇ」 リヴァイはすり寄るように私の肩に触れる。 気持ちが直に伝わってきて胸が切なくなって、思わずリヴァイの背中に腕を回した。 「お前がいなくなるなんて、考えられねぇ」 寂しそうに顔をうずめたリヴァイは同じように私をぎゅっと抱きしめ、口を閉じる。少し強いくらいのその力はリヴァイの気持ちそのものだ。 こんなふうに私のせいで余計に辛い思いをさせてしまって本当に申し訳ないと思う。もっともっと側にいたい気持ちが強くなる。 ──でも、このままじゃダメだ。 私は腕の力を緩めてリヴァイの肩に触れながらそっと体を離した。 ひどく感傷的な瞳が見えて、真っ直ぐそれを見つめる。 「…私はこれからもずっとリヴァイを思ってる。それは今までと変わらない。心は目には見えないけれど、それでも感じることが出来るなら、それならこれから先もずっと私の心はリヴァイの側にあり続けるよ。姿や形がなくなっても、感じていてほしい。ずっとずっと思ってる。それに今まで私達が寄り添って生きてきたあの日々だって、消えたりしない。永遠だよ。だから寂しがらないで。」 永遠に一緒だよ、リヴァイ。 側にはいれないけど、でもきっと側にいる。優しく頬を撫でて永遠に一緒だと言えば、口を閉じていたリヴァイは次第に目を伏せ、少し俯くと頬に触れてる私の手を握った。 「……分かった。」 彼の声は震えてはいなかった。 ゆっくりと目が合うと、私は頬を緩める。 「ありがとう。リヴァイと出会えて本当に良かった」 出会ってくれてありがとう。側にいてくれてありがとう──。 やっぱり、何度言っても足りない。足りないから、これからもずっと思い続けるよ。 窓から優しく風が入り込んできて、私はにこりと笑ってなるべく明るい口調で話し始めた。 「ちょっと早いけどさ。私は先にいって待ってるから。だからリヴァイは安心してゆっくりおいで。すぐに来ちゃだめだよ?あまりに早かったら追い返すからね。」 「何だよ……冷たいこと言うんじゃねぇよ」 「だってリヴァイにはもっと生きてほしいんだもの。生きて生きて、まぁもういいだろってくらいになるまで生きてほしい」 「どれくらいだ、そりゃ」 「だいぶ先かなぁ」 「……そうか。まだ生きろってのか」 「うん。できればね」 「なら、お前の分も、生きてやる。」 「え、それはいいよぉ」 「あ?」 「だって、私の分まで背負おうとしなくていいって。リヴァイはあくまでリヴァイの為に生きてよ。それで十分。」 「……そんなんで、いいのかよ」 「もちろん。私の分とかそういうのは気にしなくていい。」 生きて生きて、抗い続けて。この世界は抗い、奪い奪われ、誰かに何かを与え、そして与えられながら、繋いでいく。繋がっていく。無駄なことはきっとひとつだってない。 「……ナマエ、」 「ん?」 そうしてその天寿を全うしたなら、いつかまた、会えるかな。 「ありがとうな」 リヴァイは表情を和らげて愛しそうにそれを口にした。その顔と言葉に私の頬も自然と緩まる。 私が感じてるものぜんぶ、そしてリヴァイへの思いの全ては余すことなく伝わっているような気がした。 きっとまた、会えるよね。 いつかまた会えたならその時はくだらない話をしよう。 争いも何もなくなった世界でたくさんくだらない話をしよう。 ねぇ、リヴァイ。 これからもずっと、大好きだよ。 繋いでいる手の温度は昔と変わらずとても優しくて、温かな涙が頬を伝った。 |