人生は何が起こるか分かったものではない。
私は雨に打たれながらぐちゃぐちゃに濡れた地面に這い蹲って見ていることしか出来なかった。私は、リヴァイが一人で巨人共を倒していくのをただただ見ていた。

──何が、どうなったのかあまり覚えていない。

こんなに混乱したのは久しぶりだった。そもそも、まさか自分がこんなに早いうちに地下街から抜け出し地上に上がるなんてこと考えてもいなかったし、その上兵士になって壁の外にまで出るなんて思いつくわけもなかった。

あの頃、当たり前のように地下街で暮らしながら成長し大人になった私達はそこで生き抜く術もとうに身に付けていて、次第に仲間も増え、決して褒められたやり方ではないが自分らで金を稼ぎながら毎日を生きていた。リヴァイしかいなかった私の世界もほんの少しずつではあるが広がり、イザベルとファーランという大切な存在も新たに増えた。四人でいると居心地が良くて、あんな薄暗い場所でも心を落ち着けることが出来た。

しかしそれもエルヴィン・スミスという調査兵が現れたことによって一変する。

その男が私達四人に目を付け調査兵団という組織に引き込んでからはまた世界ががらりと変わった。まさか自分が一度でも兵士になるなんて、まったく本当に人生は何が起こるか分からない。こうして太陽の光を思いっきり浴びることも、雨に打たれることも、風を感じることも、それがこんなに気持ちのいいものだなんて知らなかった。地上は地下と何もかもが違う。世界というのは、広いものなのだな。

──けれど、初めて壁外調査に出た時にこの世界の怖さもまた思い知った。

それは、巨人という存在。
人類から自由を奪い人を食らう生き物。そしてまだまだ謎の多いその存在と戦っているのが調査兵団。大人しく従っているふりをしていた私達は初めての壁外調査で巨人を初めて目の当たりにし、戦った。以前から使っていた立体機動装置を使うことはまぁ苦ではなかったけれど、それも相手が巨人となると違ってくる。

リヴァイが離れた隙にいつの間にか接近していた複数の巨人にみんな殺され、イザベルも、ファーランも私の目の前で巨人にやられた。

ひどく雨が降っていた。

雨音がうるさい。耳障りだ。声が、手が、届かない。体が痛い。動けない。
巨人の手は馬鹿みたいにでかくて、それに握られた私の体は簡単に悲鳴を上げてあっけなく動けなくなった。側にいた分隊長のおかげでその手から逃れることは出来たものの、地面に落ちた私に出来ることはただ無様に這い蹲ることだけだった。
目の前でイザベルとファーランがやられそうになっているのに何も出来ず、立ち上がろうとしても体はろくに動かない。分隊長も班員も死んでしまった。

それからすぐに戻ってきたリヴァイがそこにいた巨人をあっという間に仕留めていくのを、私はただ見てた。

イザベルとファーランが死んだ。

いつか地上に上がって暮らしていくことを夢見てた二人が壁の外で死んだ。

死んだ───。

どうして、こんなところにいるんだっけ。
いつのまにこんな遠くまで来てしまったんだろう。

やがて巨人を仕留めたリヴァイが私に気づいて駆け寄ってきて、泥だらけの私の体を支えながら何かを言っている。分からない。声はまるで出ない。──ああ、寒い。寒いよリヴァイ。悔しいよ。苦しいよ。胸が張り裂けそうだ。どうして私はこんなにも弱いんだろう。私がもっと強ければ。巨人を倒せてたら。ごめんねリヴァイ。何も出来なくてごめん。

心の中で繰り返し謝った。だけどリヴァイの私を見る目は責めるようなものでは全くない。リヴァイの手が私の顔についた泥を拭うと近くから人の声が聞こえてきて、近づいてくる気配を感じるとリヴァイは顔を上げる。それから私をそっと横たわらせて、立ち上がった。

私は地面に横たわったまま虚ろな目で空を仰ぐ。リヴァイと誰かが言い合っている声がまるで他人事のように遠くで聞こえる。

少しすると雨は止み、太陽が今更あざ笑うように雲の隙間から顔を出した。眩しい。イザベルとファーランの顔が脳裏に浮かぶ。二人はもういない。
私は片腕で目元を覆った。

この世界は、奪うか奪われるか。奪われたくなければ抗うしかない。生きることは抗うことだ。知っているだろう。ずっとそうやって生きてきただろう。もっと強くなれ、戦え。

立ち向かえ。

「ナマエ、いくぞ」

リヴァイの声がする。今度はハッキリと聞こえる。
覆っていた腕をゆっくりずらすとリヴァイの顔が見えた。ようやく目が合う。その瞳は曇っていない。
私の体をそっと抱きかかえ立ち上がるとリヴァイは前を向いた。

そうだ。いかなきゃ。前に進まなきゃ。
──空が晴れていく。私は、リヴァイと共に前を向いた。


調査兵団で生きていくことを決めた私達はそれからずっと兵士として日々を過ごし、やがてリヴァイは兵士長になり私はその補佐役を務めることになった。忙しくはあったがそれを苦に思ったことは一度もない。壁外調査で仲間を失くすたびに辛くはあったけれど。
でも、それでもリヴァイが側にいるとそれだけで心強くていつだって前を向くことが出来た。

子供の頃からずっと一緒に暮らしてきた私とリヴァイは同じ部屋で過ごすことが全く苦ではなく仕事の時も基本的にいつも一緒で眠る時も同じベッドでたまに寝ていた。
仕事にかまけて睡眠を疎かにしがちなリヴァイは放っておくとちゃんとベッドを使わないから、それを防ぐ為に頃合いを見計らってそろそろ寝ようと言ってそのまま一緒に眠るのだ。私はちょうどリヴァイの補佐をするのが仕事だったから普段から仕事を手伝うことが出来たし、それとなく調整することも出来た。
それに眠る時リヴァイが隣にいると私自身とても安心して、そしてそれはどうやらリヴァイも同じみたいだった。

子供の時から何一つ変わらない。ずっと寄り添いながら生きてきた。辛い時も、苦しい時も。

地下街で理不尽な扱いを受けていた頃も、調査兵団で兵士として戦う日々も、なかなか成果の得られない現実にも、いつだって私達は全てに抗い続けてきた。

ずっと、ずっとそうやって生きてきた。

苦しくても辛くてもその度に睨みつけるように立ち上がって一歩でも前に進む為に歩みを止めない。
だけどその為に、たくさんの仲間が死んでいった。良い奴も嫌な奴も関係なくみんな死んで、伸ばした手は届かず、自由は遠ざかる。
いつになったら届くのか。どれだけ人が死ねば自由を手に入れることが出来るのだろう。いつも思う。
だけど、這い蹲るのには慣れている。奪われることにも慣れているさ。
生きることは、抗うことだと思うから。
目の前に立ちはだかる壁を壊し続けて進んで行くしかない。そうやって生きていくしかないのだ。

私達はたくさんの犠牲を出しながら壁を越えて、世界の広さを知り、自分達の無知さを知った。この世界の歴史や、巨人の存在や自分達のこと、そして海の向こう側のこと。

眩暈がするほどに世界は広かった。

だけど、私達は変わらない。私の生き方は変わらない。死ぬまで抗い続ける。ずっとそうしてきたのだから。
最後の瞬間まで、抗ってやる。

ずっとそう思っていた。

思っていたんだ。


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