「ていうかリヴァイ今、『無理してまた倒れても』って言ったけど、ナマエ倒れたの?いつ?大丈夫?」
「───あ…。」


そういえば。

あまりにも自然と口にされたので聞き流していた。リヴァイがそれを知ってるってことはつまり。やっぱり。


「そうだ……あの時、リヴァイの声が聞こえて……」


思い出しながら彼を見れば目が合う。リヴァイは息を漏らし口を開いた。


「…ああ。今日お前が街中で倒れた時、ちょうどそこに居合わせそのまま病院に運んだのは俺だ。」
「ええっ、ナマエ道端で倒れたの?危ないなあ……」
「全くだ。体調が悪いんなら家で大人しくしてろ」
「ご、ごめんなさい……」
「……本当に分かってんのか?」


思わず謝れば、少し眉根を寄せたリヴァイに咎めるような目を向けられる。


「道端で倒れるような奴がこんな真夜中にあんなに息を切らせている時点でまったく分かってないと思うんだが。」


ひくりと顔が引きつる。全く以ってその通りだからだ。
リヴァイの圧に押され少し体が後ろへと傾けば、ハンジが間に入ってきた。


「まぁまぁリヴァイ。確かによくはないけど、でも記憶が戻ったんだから仕方ないだろ?考えてもごらんよ。いてもたってもいられないって普通。」


呆れたように笑いながらフォローしてくれて、それから私を見る。


「そういえばナマエって今お母さんと暮らしてるんだよね?」


空気を変えるように話題を変えたハンジの問いかけに、私は頷いた。


「記憶が戻ったことは話したの?」
「あ……いや……話した、というか……気づかれて」
「気づかれた?」
「うん。いろいろと思い出したのは家のベッドに入ってからなんだけど……それで家を出ようとしたら母さんが椅子に座ってて、顔合わせちゃったの。そしたらそれだけでバレたというか……なんか顔を見ただけで分かっちゃったみたいで」
「へえ、それはすごいね……さすが母親だ」
「………。」


“あなたはこれからもずっと私の側で元気に生きていてくれればそれでいい”
いつだか母さんが言っていた言葉を思い出す。
きっと、母親が娘を心配するのは当たり前のことで。本当は母さんを一人にすべきじゃないのかもしれない。それなのに私は、出てきてしまった。どうして一人にするのと言う母さんを残して。

──でも、それでも、私は。

私の夢は。


「でもよくここまで来れたね?なんというか、許してくれなさそうだけど」
「………うん」


そう。
母さんは兵士を続けることを許してくれない。分かってくれない。多分、一生。


「……実は言い合いになっちゃって、結局折り合いがつかないまま飛び出してきちゃったんだよね」


目を伏せる私に、ハンジは少し間を置いて「そっか」と静かに言った。

私は酷い娘だ。記憶を失くしていた頃の母さんとの日々、母さんの穏やかな顔。私はそれを壊し、そしてまた母さんを一人にした。


「……でも……、」


最低の娘だ。


「わたし……、私は、少しでも早く……会い、たくて」


膝の上に置いてある拳をぎゅっと握る。


「…リヴァイに、謝りたくて……頭が、いっぱいになって」


どうしてもここに帰ってきたかった。リヴァイに会いたかった。謝りたかった。

私は自分の夢と、大切な人を選んだ。


「……本当に、ごめん、ね…?」
「………。」


リヴァイの顔を見て謝ればどこか不服そうな瞳と目が合う。
迷惑ばかりかけて、きっと心配もたくさんさせた。


「リヴァイのこと、すぐに思い出せなかったり……倒れて、心配かけたり」


頭を強く打ったからってどうしてこんなに大切な人のことを忘れてしまっていたんだ。自分が兵士だったことも。一番忘れたくないものなのに。


「…謝罪の言葉なんか、いらねぇ。ただ、体調管理くらいはちゃんとしろ。」


リヴァイは顔を逸らした。



「まーまー、お二人さん!」


静かな部屋にハンジの明るい声が突如響き、私とリヴァイは彼女を見る。


「ナマエはさあ、記憶失くしちゃって申し訳ないのかもしれないけど、でもそれは仕方のないことだろ?そんな顔するなよ!それにリヴァイも、ナマエが心配なのは分かるけどせっかくこうしてまた会えたんだからさあ!明るくいこうよ!」
「……お前はこいつがぶっ倒れてるのを直に見てねぇからそんな呑気なことが言えんだよ」
「っふ、はは!確かに!それに私は今だいぶ浮かれているしね!」
「あ?」


ハンジはその場で両手を広げ声高に言う。


「だって、ナマエの記憶が戻ったんだよ?またこんなふうに話せてるんだよ?ついに!ようやく!こんなにハッピーなことはない!」
「…てめえの頭は常にハッピーじゃねぇか」
「そりゃあさすがにナマエが記憶を失くした時は戸惑って、そのままの方がナマエにとって幸せなんじゃないかって思ったけど、やっぱりそんなの悲しいよ。一緒に過ごした日々まで忘れられてるなんて、悲しすぎる。」
「ハンジ……」


名前を呟けば、ハンジはそのまま笑顔を私に向ける。


「ナマエの意思がどうであれ、私は嬉しい!とても嬉しいんだ!」


にこにこと目を細め、口角を上げて、両手を腰に当てながらそう言った。重かった空気を変えて暗かった私の心させ照らしてくれる。──嬉しい。私だって、そんなことを言ってもらえてとても嬉しいんだ。


「それにリヴァイだって〜正直踊るほど嬉しいんでしょう?何なら今ここで踊ったって構わないんだよ?ほらほら」
「踊らねえよ。」


リヴァイの腕に肘をぐりぐりと当てて茶化すハンジに、リヴァイは心底鬱陶しそうに眉根を寄せた。

気持ちが少しずつ軽くなっていく。


「まぁ、ともかく、ね!ナマエが私たちのことを思い出してくれた。それだけで私はハッピーさ」


にこりと笑いかけられ、自ずと私も口元が緩んでいく。最近ずっと抱えていた胸のモヤモヤが蒸発するみたいに消えていく。私の胸は久しぶりに安堵というものを感じている。


「…でも一番嬉しいのは、ナマエがまた調査兵団に来てくれることだけど。」


ハンジは少し寂しそうに目を伏せながらそう言った。

───また、調査兵団に。


「…あー、だけど、それはまだ分からないよね?記憶が戻ったのも本当にさっきみたいだし……体調だって、」
「え、ていうか……私としては、戻る気満々なんだけど……」
「え?」


寂しそうに笑っていた口元と一緒に表情が固まり、そして目が丸くなる。リヴァイも私の言葉に反応したように見えた。


「え、ナマエ……調査兵団に、戻ってきてくれるの……?」
「あ、うん……それは、もちろん、出来るなら」
「そ、そうなの?」
「うん……だって、それ以外考えられないし。」


当たり前にそう考えていた私の方がむしろ面を食らう。兵士という道以外に、私に出来ることなどあるのだろうか。

するとハンジがグッと一気に距離を詰めてきた。


「本当にッ!?」
「えっ、あ、っうん」
「でもお母さんのことはいいの!?反対されてるのに!?」
「それは………関係、ないよ」
「大丈夫なの!?」
「……ていうかハンジ、さっき『おかえり』って言ってくれたじゃない。じゃああれは何だったの?」
「え、あれはなんていうか……その場のノリというか……それにここに会いに来てくれたこととまた兵士として生きるのは別の話なのかなって」
「ノリって」
「というか、さっきは当然のことのようにまた一緒に戦えるって思ったんだけど、でも倒れたこととか、お母さんのこともあるし冷静に考えてみるとそんな簡単な話でもないのかなと思ってね」
「……、」


きっと、体調のことは少し休めばいいだけの話だろう。
でも、母さんのことは……


「(多分、割り切るしかない……)」


私は静かに息を吐き出しながら、ゆっくりと目を閉じた。家を出る前に見た母さんの顔を思い出し、少し顔を歪める。


「……私は、調査兵団に戻りたい。」


目を開いて、顔を上げる。


「またみんなと一緒に戦いたい。この世界がどこまで広がっているのか見てみたい。壁の向こうに何があるのかを、知りたい。」


壁の中でただ空を見上げて待っているだけじゃなくて。


「私が、この目で、見てみたい。」


二人の前で改めて決意を固め、立ち上がった。

空を自由に飛んでいる鳥たちはどこまで行くのだろう。どんな世界を見ているのだろう。私はそれを知りたい。知ってみたい。──だから、


「……えっと、だから……また、調査兵として働けたら、嬉しいな」


自由の翼が欲しい。

──とはいえ、それを調査兵団に受け入れてもらえなければそれで終わりだ。記憶が戻ったのは本当だけれど私がヘマをして兵団を離れていたのも事実。そんな人間は要らないと言われてしまうかも。今更そんなことが頭を過ぎり、少し弱気になる。

するとハンジが表情をぱあっと明るくさせ、私に飛びついてきた。


「っもう、なあーに遠慮がちに言ってんの!そんなのこっちだって戻ってきてほしいに決まってるじゃないか!ねえ、リヴァイ!」


肩に手を回し頬ずりしてくるハンジにされるがままになりながら、私もちらりとリヴァイを見る。すると彼は表情を変えることなく口を開いた。


「……調査兵団はいつだって人手不足だ。一人でも人数が増えるならそれをわざわざ断る理由はねぇだろう」
「いやそれはそうだけどそういうことじゃなくってさぁ、もっと個人的にも嬉しいだろ?ってはなし。」


ハンジは呆れたような目でリヴァイを見つめ、リヴァイはそれから逃れるように目を伏せる。

だけど私は嬉しかった。
彼個人の気持ちくらいは、わざわざ言ってもらわなくても少し考えれば分かることだからだ。


「まぁいいけど、とりあえずエルヴィンには言っておかないとね。その時は私も一緒にいくよ」
「ありがとう、ハンジ」
「きっとエルヴィンも喜ぶ!」
「それよりまずは医者に見せに行くべきなんじゃねぇのか」
「あ、確かに……そうだね。それにナマエ、体調悪いんだっけ。今日はこれからどうするの?一旦家に戻るなら送っていくけど」


家まで送るというハンジの言葉に思考を巡らせる。
あんなふうに家を飛び出しておいて今更戻るのも……。
あとのことは何も考えていなかった私は思わず黙り込み、するとリヴァイが私の腕を掴んで、そのままストンと椅子に座らせた。


「ここにいろ。」


彼の言葉に部屋は静まり、私は思わず目をぱちくりとさせながらリヴァイを見つめる。すると静寂のなか二人の視線を集めたリヴァイが再び口を開いた。


「…一度家に戻るにしろ何にしろ、今夜はここで休んでいけ」


伏せられている目とは裏腹にしっかりと掴まれている腕。
ハンジがリヴァイの後ろの方でふっと表情を緩めたのが分かった。


「…うん。分かった、そうする」


私に断る理由なんて欠片もなくそう返事をすれば目が合い、静かに手が離れた。
見つめ合っている刹那、ハンジが「じゃあ私はそろそろ自分の部屋に戻ろうかな」と言った。


「あ…、戻るの?」
「うん。また明日にでも話そう。あ、もう今日か」


そう言って出て行こうとするハンジに立ち上がろうとしたけれど、なんとなくリヴァイに悪いような気がして、座ったままハンジを見送る。


「ハンジ、ごめんねこんな時間に……でもいろいろと、ありがとう。」


振り向いたハンジは優しく目尻を下げて笑う。


「ううん。ナマエの記憶が戻って本当に良かった。これからもよろしくね」


片手を上げながらドアノブを回し、リヴァイに「あとはよろしく」と言って部屋を出て行った。
パタンとドアが閉まると二人っきりになりリヴァイは私の方に向き直る。イスに座っている私は顔を上げて彼を見上げようとして、だけどその瞬間、近づいてきたリヴァイの両手が私の背中に回り込みそのままギュッと体を抱きしめられた。


「っ 、」


突然のことに声も出ず、腰が浮くほど強く抱き寄せられて一瞬何も考えられなくなったがすぐに胸がいっぱいになる。
私の心は自ずと思い出す。
リヴァイが調査兵団に入ってきた日のことや、初めて言葉を交わした日のこと、最初はあまり仲が良い方ではなかったこと。それでもだんだんと普通に話すようになって、いつしかどうでもいいような話をたくさんしたり、辛いことがあった時はそれを一緒に乗り越えようとしたこと。そしてそんな中で次第に惹かれあっていったこと。
好きだと言われ、同じ言葉を返した。付き合い始めて、初めてキスをした日、温もりを確かめるように触れ合って、初めてひとつになった日──。

あまりにもいろんなことがありすぎて、ちゃんと全部を思い出せているのだろうか?

リヴァイは私を抱きしめたまま何も言わない。だけど、想いは痛いくらいに伝わってくる。

私は彼にどれほどの不安と苦しみを与えてしまったのだろう。きっとそれは私が今感じている以上だ。


「……リヴァイ、…リヴァイ……、」


名前を呼んで、私も彼の体に腕を回す。
ごめんねを何度言ってもきっと足りないよ。どうすればいいのか分からなくて、だけどこの温もりを手離したくなくて、私も強くリヴァイを抱きしめた。

──もし、私が記憶を失っている間に、リヴァイが私に対する想いを失くしてしまっていたら、それは仕方のないことだと思うけれど、でもリヴァイの今までの行動や表情を見ていればそんなことはないのだと分かる。考える余地すらない。

きっと本当は気持ちを切り替えてくれていた方が彼にとっては辛くなかったはずなのに、それでも変わらず想ってくれていたことが嬉しい。今こうして力強く抱きしめられていることが嬉しくてたまらない。
申し訳ない気持ちと、再び彼の腕の中にいられる幸福とでおかしくなりそう。

それから暫くして、ふと腕の力が弱まると体が少し離れて目が合い、互いに言葉を交わすことなくそのまま唇を寄せ合った。

何度も何度も重なって、そうしている内にだんだんと頭がクラクラしてきて、不覚にも私はそのまま意識を失ってしまった。
いろいろあって疲れていたからだろうか、無理をするなと言われたのに無理をしたからだろうか。それとも久々にリヴァイに抱きしめられて安心したからだろうか?
何にせよこんな時に意識を失うなんて、本当に不覚でしかない。


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