今日もようやく調査兵としての仕事を終えて、遅めの夕食を一人で済まし少し休んだら制服を脱ぎ捨てシャワーを浴びにいく。濡れた髪が乾く頃にはもうすっかり私の思考は兵士ではなくなっていた。

自分の部屋を出てコンコンと二度ノックをし律儀に返事を待ってからドアを開ければ、そこには未だ兵士長としての姿の彼がいた。


「どうした」


恋人である私がわりと遅い時刻にこんなリラックスした格好(ただの部屋着)で久々に現れたというのに、あなたはそっけない。
不満ではなくただの印象としてそんなふうに思いながら私はそのまま部屋に入りドアを閉めた。


「なにしてるの?」
「仕事だ。」


そう。そんなことは分かっている。私が言いたいのはなぜこんな時間までそんな疲れた顔をしながら仕事をしているのかということなのだが、まぁそれは言わないでおこう。
ふーんと言って彼に近づきその手元にある何らかの書類を手に取る。


「そろそろ休んだら?」
「問題ない」


最近は特にやたらと忙しい調査兵団であるが、たまには適度に肩の力を抜いてそつなく仕事をこなしている私から見れば彼は息の抜き方が下手すぎる。
言葉遣いや普段の態度は悪いくせに仕事に関しては馬鹿みたいに真面目だ。


「…ねえ、ベッドいこうよ」


なにも日付が変わるその瞬間まで仕事に追われることはない。暫く同じベッドで寝ていないことを理由に、それを提案する。机に寄りかかりながらリヴァイを見つめていると彼はちらりと私を見てまた目を伏せた。


「悪いが、今はそういう気分じゃない」
「……あぁ、うん。私も別にそういうアレで誘っているわけではなくてね」


言い方が悪かっただろうか。単純にリヴァイと眠りたかっただけの私はそれを否定する。そういう意味合いで誘ったわけではない。


「あ?ただ寝るだけか?」
「うん。ただ眠るだけ」


“今は”なんてリヴァイは言うけれど、きっとそれは“今”だけではない。おそらくこれからもリヴァイがその気になることはないのだろう。思い返してみれば最後に触れたのはいつだったか。唇も体も、指先ですらも彼に久しく触れていない。
もちろん付き合ってからずっとそれがなかったわけではない。互いに好きになって付き合っているのだからそういうことは当然のようにあった。だけれど、最近は全くなくなった。
きっとそれは忙しいというのもある。時間がなかったり、疲れていたり。それでも、それだけではない明確な理由があると私は感じている。

たとえば人類の未来と引き換えに仲間や部下の命が失われる。自分のした選択が誰かの命を奪う。そんなことばかりあるこの世界で生き続ける彼は、ずっと胸を痛め続けているのだ。

たとえば──キスをしたり触れ合ったり、満たされるような気持ちになるのをリヴァイは避けるようになった。自分だけ幸せにはなれない。まるでそう言っているみたいに。


「…先に寝てろ、俺はまだ仕事がある」


私だって他の兵士だって誰であってもそういう気持ちは少なくともあるはずだ。誰かの命と引き換えに私たちは生きている。だから、分からないわけではない。だから、無理に恋人らしいことをしてほしいとも思わない。

ふいに寂しくて、触れ合いたいと思うことがあっても我慢できる。してきた。それはそれでいい。あなたがそんなふうに生きるのなら私もそうして生きよう。


「……リヴぁい、」


だからといって──少しも休まず苦しんだまま生きろというのは違う。

私はポケットに入れていたキャンディーをひとつ取り出し、唇にくわえてそれを顔を上げたリヴァイの口の中にそっと押し込んだ。その時ほんの僅かに触れた唇が、少しだけ私の胸を切なくさせた。


「なに、しやがる、」


突然のことに驚きと戸惑いで眉根を寄せたリヴァイはコロリとキャンディーを確かめるように舌の上で転がす。甘い味が口内に広がっていることだろう。


「いや、疲れてる時には甘いものかなって」
「……」


私の返答に呆れているのか、リヴァイは黙り込んでしまった。


「あー、えっと。別にいちゃつきたいわけじゃなくてね。そろそろ休んでほしいなって。それだけ」


最後にベッドで眠ったのはいつ?

ただ休んでもらいたいだけで彼のことを責めたいわけではない私はその言葉を飲み込む。
リヴァイは視線を机上に落とし部屋には沈黙が訪れる。
だけどそのうち観念したように息を漏らして仕事の書類を手放し立ち上がった。


「シャワー浴びてくる。少し待ってろ」


ようやくしゅるりとスカーフを解いたリヴァイはその瞬間から兵士長ではなくなり、待ってろと言ってあっという間に部屋を出て行った。
珍しく大胆な行動をとった私は少しやりすぎたかもと今更恥ずかしくなりながらも待っている間に気持ちを落ち着かせ、そして戻ってきたリヴァイと二人でベッドに入った時にはもう日付が変わっていた。


「ねぇ、リヴァイ」
「……何だ」
「こっち向いて」


久しぶりに同じベッドに入ったというのに、あろうことかリヴァイは早々に私に背を向けたのだ。いくらなんでもこんなことってあるのだろうか?


「ただ寝るだけなんじゃねぇのか」
「そうだけど、ちょっとくらいこっち向こうよ」


せめて今だけは、許してほしい。だって今日は世界で一番愛しい日だから。


「……リヴァイ、今日誕生日でしょ」


私の方に向いてくれたリヴァイにそう言えば当の本人は興味なさそうに返事をした。


「そうだったか」
「そうだよ。12月25日。あなたの誕生日でしょう」


時計の針が12時を過ぎて今日は12月25日になった。リヴァイがこの世界に生まれた日。私にとってはとても愛おしい日だ。
だけどおめでとうなんて口にするのは少し気が引ける。何かプレゼントを用意したとしてもあなたはきっと複雑な気持ちになるだろう。
だとしても、何もなかったみたいには過ごしたくない。


「リヴァイ」


私は慈しむように名前を呼ぶ。


「生まれてきてくれてありがとう」


この決して優しくはない世界で生きる、不器用で真面目で優しい彼にどうか幸福を。自分の為だけにはそれを欲しがらないあなたの代わりに祈らせてほしい。

どうか、どうか。

彼の頬を親指で撫でてそこにそっと唇を寄せる。二人の温もりが一瞬だけ触れ合って心にあかりが灯る。


「これからもずっと愛してるよ」


これから先今よりももっと一緒にいる時間が減って触れ合うことがなくなったとしても。辛いことばかりが起きて胸の中の暗がりが増えていったとしてもこの気持ちだけはなくさない。


「たとえ幸せになれなくても、私はリヴァイが好きだからね。」


せめてこの瞬間くらいは、彼の心に安らぎを。少しでもあなたの気持ちが和らいでくれたら、とても嬉しい。


「……ナマエ、」


リヴァイは切なげに私を呼ぶ。


「俺は、……いつだって、俺も、お前を……、」


申し訳なさそうに眉を歪める彼に、私は口元を緩める。


「うん、分かってるよ。ちゃんと分かってる」
「……すまない」
「謝ることなんかない」


本当はリヴァイには幸せになってもらいたい。少しでも多く彼に幸せだと思える出来事が起きてほしい。だから密かに祈る。だけどあなたはそれを望まない。

あなたが苦しみながら生きているのなら私も苦しみ続けよう。

──それでも、今日だけは。


「おやすみリヴァイ。いい夢を」


そっとその頭を胸に抱き寄せれば彼も遅れてぎゅっと私の体を抱きしめる。久しぶりのその体温は信じられないほどに私たちの心を安堵させた。

ここはとても温かい。こうしているとすごく温かくて、だけどやっぱりどこか切なくて、胸の辺りがきゅっと静かに締まる。
それでも少しでも穏やかな夢が見れるようにと、私はバースデープレゼントの代わりにリヴァイのつむじにそっとキスを落とした。


今日は、あなたが生まれたとても大切な日。


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