空には綺麗な真ん丸のお月様が浮かび上がっていて、雲もなく風も吹かないとても穏やかで静かな夜。私の唇は導かれるように「好きです」と動いていた。

返事は分かっていた。言わなくても、聞かなくても。

それでも抑えきれなかったこの気持ちに彼はちゃんとした答えをくれた。

私の大好きな──真っ直ぐな瞳で。






「そんなわけで、失恋しました。」
「……。ご苦労だったな。」


酒の入った瓶を片手に、私はバンっとテーブルを叩く。


「何その言い方ぁ!もうちょっと慰めてくれてもいいじゃーん!なんか冷たくない?」
「うるせぇよ……騒ぐな。あんまり飲むんじゃねぇぞ」
「えー今夜はとことん付き合ってくれるんじゃないの?」
「勘弁しろ」
「あのさリヴァイ……私ついさっきフラれたばかりなんだよ?もう少し愛想よくしてくれてもいいんじゃないかな?」
「はなっから断られる前提でいったんだろ、てめぇは」
「そうだけど……」


リヴァイの部屋で、酒を呷る。あまり飲むなと向かいに座っているリヴァイが言う。そんなわけにいくか。飲んで飲んで飲みまくって、記憶をなくしたいくらいだ。ついでに先ほどの告白もなかったことにしてしまいたい。


「あー……何で言っちゃったんだろぉ」
「いい加減諦める為とか言ってなかったか」
「……。何でそんなこと思っちゃったんだろ」
「報われないからもうやめるとか言ってたな。」
「………」
「ならさっさと忘れちまえ」
「………はぁ」


そもそも、相手が悪すぎた。

今や調査兵団の団長となってしまったエルヴィンさんに告白をするなんて、明らかに無謀だった。絶対に付き合えるはずがない。報われるわけがない。

そんなこと、分かっていたけれど。


「…グッバイ、私の初恋」
「しかもいい大人のくせして初恋ってのが……」
「うっさい!何だその目は!いいでしょーが別に!」


だけどひとつ意外だったのが、私が好きだと告げた時彼は少し驚いたような顔をしていたのだ。それこそ、意外そうな。


「……私、好きなの絶対バレてると思ってた。すぐ顔に出ちゃうし」
「お前単純だからな。」
「でもあれは思ってもなかったっていう顔だった……。知られてると思ってたからいっそ言っちゃえ!ってのもあったのに……尚更言わなけりゃよかった。これから先が気まずすぎて死ねる」
「それくらいで死ぬな」
「それくらいって何さぁー!リヴァイには恋する乙女の気持ちが分からないんだぁー」
「お前が乙女かどうかは置いといてそりゃ俺には乙女の気持ちは分からねぇが」


リヴァイはお酒を一口飲んで冷たく私をあしらう。涙が出そう。


「それでも、お前が本気だったことくらいは分かってる。…あいつは馬鹿な野郎だと思うぜ、俺は」


──本当は、本当のところ、は。心の奥の奥の奥底で、1パーセントくらいはいけるのではないかと密かに期待していた。


「…… 、」


単純な私はリヴァイのその言葉でなぜだかこの気持ちが少しだけ報われたような気がした。


「……やめろよ、ばか」


涙が出ちゃうだろ。


「なんだ、泣かねぇのか」
「……泣きません。リヴァイのせいで泣くの、なんか癪だもん」
「は、素直じゃねぇな」


なんだかんだで慰めてくれるリヴァイに私は甘えてしまう。いつもエルヴィンさんのことで焦ったり落ち込んだり些細な事で喜んだりしていたのを側で聞いてくれたのはリヴァイだった。うざったそうな顔をしていたけどいつもちゃんと聞いてくれる。

だからこそこんな日だってこうしてリヴァイの部屋に来てしまうのだ。


「……きっとエルヴィンさんは私のことなんか微塵も気にしてなかったんだろうなぁ。女として」


切ないなあ。
自嘲的な言葉が愚痴となって出てくる。


「……。」
「でもさ、普通気づくよね?気づくでしょ?」
「あ?」
「だって本当に私かなり好きな雰囲気出てたと思う。なのに気づかないとか実はエルヴィンさん鈍感?」
「それはないだろ。」
「じゃあやっぱり私のことなんか全然気にしてなかったってこと?」
「だろうな。」
「えぇ……そこは嘘でも否定してほしかった……」
「……実際、気づかねぇこともあるだろ。他人からの好意なんてもんは」
「えーそうかなぁ……」
「そうだろ。はっきりと目に見えるようなもんでもない」
「……でも、気づいてくれてもいいのにね。こんなに、好きなのに」
「はっ、意識してねぇ相手の気持ちにどうやって気づくことが出来る。我儘言うんじゃねぇ。」
「……。慰めて、くれないの……」
「十分、慰めただろ。」


リヴァイは飲み干した酒をテーブルに置き、少し眉根を寄せて私を見る。


「お前は自分であいつを諦める方を選んだ。その為に気持ちを言ったんだろ?断られるのも分かってて言ったことなんだろうが。だったら今更うだうだ言うんじゃねぇよ。」
「……そう、だけど」
「勝手に報われないと決め付けて、簡単に諦めやがって。そのくせ気持ちに気づいてほしかったとか言いやがる。」
「な、なによいきなり……別に私だって簡単に決めたわけじゃ、」
「──俺なら、そんな簡単には諦めたりはしない。」


真っ直ぐな瞳が私を捉え、リヴァイは私に手を伸ばす。


「っえ、な、なに……ちょ──っ、」


すると突如胸ぐらを掴まれ、身を乗り出したリヴァイにぐっと引き寄せられたかと思えばそのまま奪われるように突然唇が重なった。当然のようにしっかりと目を閉じているリヴァイに対し急なことに目をかっ開いて動揺する私。


「ん、んんっ……?!」


驚いて思わず両手で胸板を押し退ければすぐに体は離れ、目が合う。
それは何の迷いもなさそうな、真っ直ぐな目で。


「…なっ……な、なに、っして……!」
「……。」


混乱している私にリヴァイは悪びれもなく口を開いた。


「キスだ。」
「そんなこと分かってるわあッ!!!」


立ち上がり殴ろうとすればひょいと避けられる。


「っマジで何してんのよ!?意味わかんない最低!!何すんだばか!!」
「ほらな、お前は俺の気持ちなんざ全く気づいてなかったろ」
「は!?」
「そんなもんなんだよ。」
「………っはあ!?」


こいつっ……人のファーストキスを勝手に奪っておいて何だこの態度は!


「なにいってんの!?」
「俺はお前のことが好きだと言っている。」
「は!?…………っは?」


真面目な顔をして、リヴァイは言う。


好きって……え……?ちょっと待って、それって、どういう……。


「なに……何、言って………」
「さっきも言ったが俺はそう簡単に諦めたりしねぇぞ。」
「………、」
「分かったか?」


ぐるぐると頭の中でいろいろと考える。だけどダメだ。お酒も入っているし、まず冷静に考えられるような状況ではない。


「……リヴァイ……酔ってんの?」
「酔ってない。本気だ」
「ほ、本気で言ってんの……」
「……ああ。」


確かにこんなことを冗談でしてくるようなやつではない。それは本当に嘘ではないようで、私は脱力してがたりとイスに座り込む。


「何よ、それ……」


頭を抱えて俯く。


「てめぇもエルヴィンと同じだ。どんな気持ちだ?」


リヴァイは、私のことが好き──?


「……わたし……、ご、ごめん……。」
「俺は今返事を求めてないが」
「ちがう……そうじゃ、なくて……今まで、わたし……、」
「あ?」


リヴァイは、私のことが好き。──だとしたら。


「ずっと……何も考えないで、エルヴィンさんのこと……相談したり、して……ごめん、無神経、だったよね……」


本当に何も、気づかなかった。


「………、」
「ありがとう……」


彼の言うことが本当ならばきっと今までもいい気分ではなかったはずだ。
ちらりと顔を見て言えば、リヴァイは面を食らっていた。


「……ナマエ」
「 はい……?」
「キスしていいか」
「っふざ、け、んなっ……」


こいつ何考えてんだ。
またふつふつと怒りの方が湧いてくる。


「っていうかマジで、キスしたことは一生許さないっ……」
「…そうか。なら、一生を懸けて償おう」
「っ、ばか、じゃないの」


まず反省をしろ。

お酒のせいとはまた違う赤に染められた私はいつも側に居てくれた目の前のリヴァイをじろりと睨みつける。

私の初恋は終わりを告げて、そしてまた新たな物語が始まろうとしていた。


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