「てめぇんとこのバカが俺を避けている理由を三秒以内で答えろ。」 「………、」 よく晴れたある日のこと、校内でいきなりチンピラのような男に声をかけられたと思ったらリヴァイだった。屋上まで連れて来られ未だ眉根が寄っているこの男は俺にそう言ってきた。唐突なその問いに何のことだろうと考えていると更に顔を顰めるリヴァイ。ちなみに三秒はもう過ぎている。 「一体何の話だ?ナマエがどうかしたのか?」 「白を切るつもりか」 「いや待て。本当に知らない。」 「んなわけねぇだろ」 「そう言われてもな」 「……本当に何も知らねぇのか?」 「知らないどころかナマエは至極いつも通りだ」 「………」 ナマエがリヴァイを避けているだと? そんなこと全く知らない。 「そもそもお前ら仲直りしたんじゃなかったのか」 「知らねぇよ…… チッ」 「本当に避けてるのか?勘違いの可能性は」 「それはない。」 「言い切れるか?」 「ああ。少し前からなんとなく感じてたんだが、今朝声を掛けた瞬間に全力疾走で逃げられたから確実だ」 「なるほどそれはおかしいな。」 確かに数週間前リヴァイの次にナマエの機嫌が悪くなるということはあったがそれはもうとっくに解決したはずだ。それからナマエはいつも通りに戻った。特に変化はない。 「だが悪いが俺は知らない。気になるなら本人に聞けばいい」 「聞くも何も避けられてるんだが」 「ナマエの全力疾走といってもたかが知れてる。あいつが死ぬほど足遅いのはお前も知っているだろう」 「まぁ……そうだが」 「俺に聞くよりナマエを捕まえる方がよっぽど早い」 そう言えばリヴァイは不機嫌そうなまま少し考え、伏し目がちにそうだなと呟き屋上から出て行った。 それにしてもナマエがリヴァイを避けるなんて珍しい。いやそれよりも妹の変化に気づけなかったことが少々悲しい。 ナマエの中でリヴァイに対して何があったのかは分からないがそれを俺の前で全く出さないのはなぜだ。隠すのはなぜだ。寂しいじゃないか。大いに寂しいではないか。 ◇ ナマエが俺を避けている。なぜかは分からない。理由が思いつかない。腹立たしい。 シスコンに聞いても分からないと言う。家では普通のツラしてるくせに俺にだけあんな態度をとっていると思うと更に腹立たしい。 いつだか公園で話したあと俺の家に来て、そこまでは普通だったじゃねぇか。 一体何があって俺を避けやがるんだ、あのバカは。 腕を組みアイツのことを考えながら無意識に眉根を寄せていると、カタンと音がしてそっちを見る。 すると。 「…………、」 そこにナマエの姿があった。 確実に目が合い、するとナマエはくるりと体の向きを変える。 「オイ、待て」 ナマエの下駄箱に預けていた背中を離し待てと言えばぴたりと動きを止めた。 「なぜ俺を避ける」 「………。」 振り向かない背中に聞いてみても表情も分からねぇし答えも返って来ない。 このままだと埒があかねぇ。 仕方なくツカツカとその背中に近づいて後ろから手首を掴み引っ張って、こっちに向かせた。 「オイ、聞いてんのか?」 「っ、ちょっ……はなして、」 「お前が答えたらな。」 「…………何が?」 「何がじゃねぇ。さすがに気分が悪ぃ」 「………。別に、避けてるわけじゃない」 「じゃあどんなわけだってんだ?」 「避けてないよ……避けてないから、とりあえず放して、」 「お前のクソおせぇ足でもいちいち追いかけんのは面倒なんだよ。」 「に、逃げないから……」 「今朝俺から全力疾走で逃げ出したのはどこのどいつだ」 「……聞いた話だとどうやら世の中には似ている人間が三人も居るらしい」 「は、俺がお前を見間違えるわけねぇだろうが。」 「っ……」 「……何か気に食わねぇことがあるならまどろっこしいことしねぇでさっさと言え。」 「……だから……別に、気に食わないことがあるわけじゃ……」 「だったら何だってんだよ」 「………。まぁ……でも、たしかに……あからさますぎたよね。…ごめん。これからはバレない程度に避けることにするよ」 「てめぇ喧嘩売ってんのか?」 「ううん。手を放してほしいです。」 「……、」 「………。」 「……目も合わせねぇし、一体何考えてんだよ」 「……手を放してほしいと思ってるよ」 下ばかり向いている瞳は一向に俺の方を見ない。 思わず握っている手に力が入ると、ナマエは僅かに肩をビクつかせた。 「(……何なんだよ)」 そのまま暫くの間互いに口を閉ざしたままでいると帰ろうとする生徒が下駄箱に増え始めて、ため息を吐く。 「……とにかく、俺の家に来い。ここじゃ気が散る」 「えっ!?」 周りの目が気になりそう言えば、いきなり声を上げるナマエ。その瞳はようやく俺を捉えた。 「何だよ」 「……リ、リヴァイの家は、ちょっと……。」 「あ?」 「それは……ダメ……嫌……無理……」 「……は?今更何言ってんだ」 「っ……」 「……いいから来い。」 「ちょっ……、」 わけの分からねぇことばかり言いやがるナマエの手首を掴んだまま引っ張り、下駄箱から靴を取り出して地面へと落とした。 ◇ 小学生の頃、ナマエとは今以上によく連んでいた。喧嘩をしたことももちろんあるが気づけばいつも側にいて、俺がつい素っ気ない態度をとっちまってもまるで気にしていないような素振りでそれを受け入れてくれていた。 あの頃からエルヴィンにナマエのことを任されることがなぜか多かった俺はいつの間にかナマエの面倒を見るのが当然のことのようになっていき、ナマエも俺にだいぶ懐いていてそれがなんとなく心地よかった。 だから、その関係はずっと変わらないと思っていた。 だがナマエが中学に上がった頃初めて俺らの間に距離が出来た。きっかけはなかったと思う。ただ自然にそうなった。 あんなに家に来ていたナマエはだんだんと来なくなり、学校でもあまり話しかけてこなくなった。いつの間にか口を利かなくなり次第に会わなくなっていった。 それまでは俺とエルヴィンだけが中学でナマエ一人が小学生だったこともあって学校では会えなくなっていたが放課後は変わらず一緒にいた。 それなのにナマエは自分が中学生になりまた同じ学校に通うようになったというのにも関わらずそんな態度をとり始めた。 元々受身だった俺は自分から何かコンタクトをとるわけでもなく、その時はただ待つだけで特に何もしなかった。 ただ、なんとなく。いつの間にか。理由なんてきっとない。 きっかけがあるとすれば例えば中学生になったからとか。多分それくらい些細な変化だったのかもしれない。成長していく上で環境も少しずつ変わっていき、そんな中でなんとなく仲の良かったやつとも疎遠になる。ただそれだけのこと。 だが結局その時出来た距離は俺がクラスの奴と言い合いになって騒ぎになったところにナマエが出しゃばってきたことがきっかけでなくなり、それからは距離が出来ることもなく未だにこうして一緒に過ごしている。 当時は長く感じられたが今考えてみれば距離が出来ていた期間はそんなに長くはなかった気がする。そんなことがあったことすら思い出すこともそんなになく、忘れていた。 だが今更ナマエに距離を置かれたり避けられたりするのは昔よりも腹立たしい。 あの時は自分から何も行動を起こさなかったが今は違う。 ずっと一緒にいられるわけはねぇし、変わらずいられるわけもない。ナマエは俺のものじゃない。 ちゃんと分かっている。 それでも離したくないものがあるなら、離さねぇように握っていればいい。 「確か中学の頃にも急に俺と話さなくなった時期があったが……お前のそれは定期的な反抗期なのか?」 なんとなく中学の頃を思い出しながら、ナマエの手首を掴んだまま帰路を歩く俺は一歩後ろを歩くナマエの方に振り返って、口を開いた。 互いに何も話さないまま家の近所までくると通行人はほぼいなくなる。 黙ったままのナマエの考えてることなんて何一つ分からず、だから今どうしてこいつがこんな顔をしているのかも俺には全く分からない。 振り向いて見えたナマエの表情は少し泣きそうな顔をしていて、頬と耳まで赤く染まっていた。 一瞬息が詰まり、初めて見るナマエの表情に俺は目を見開いて思わず握っていた手も離して足を止めた。 「っ……」 「な……んて、ツラして、やがる、お前、」 動揺する俺に眉根を寄せて、恥ずかしそうに俯き口を開く。 「っだから……、放して、って……言ったのに……。二人っきりとか、嫌だって、……言ったのに……」 顔を真っ赤に染めてそれを手で隠しながらナマエは言う。 いや、全く意味が分からん。 「何を今更……、お前、何、照れてんだよ」 「照れてないし……」 「耳まで赤いんだが……」 「っ……、うるさい、」 「………。」 何なんだこいつ。何急に女みてぇな顔してんだよ。わけが分からん。 わけが分からなすぎて俺の胸までおかしくなってきやがる。 「あぁもう……っ、だから距離置きたかったのに……少し時間が、ほしかった、のに」 何の話をしているんだ。このバカはいきなり。 「ムカつく……。」 そんな恨めしそうな目で見られても顔に説得力がない。 困惑しながらもその目をジッと見つめていると、ナマエは恥ずかしそうに目を逸らした。 |