「リヴァイ、悪かったな。何日もナマエの面倒を見てもらって」
「お前は結局あいつの看病一切しなかったんだろ」
「正直熱がうつるのだけは避けたい。なるべく学校を休みたくないのは俺も同じだからな」
「俺はいいのかよ……全く、てめぇはシスコンのくせしてそういうとこは薄情だよな。ナマエに愛想尽かされても知らねぇぞ」
「ナマエはこれくらいで愛想尽かしたりはしないさ。俺のことはよく分かってるはずだ」
「そりゃ涙ぐましい兄妹愛だな。」
「あまり表には出さないがあれであいつもだいぶブラコンだからな」
「はッ…そうかよ」
「ここ数日顔も見てないし朝も起こしに行っていないから寂しがってるかもしれない。リヴァイが居たところで俺の穴は埋められないだろうからな」
「あ…?俺じゃ力不足だったとでも言いたいのか」
「まぁ兄よりは劣るだろう。どちらかと言えばお前よりも俺が側にいた方が嬉しいんじゃないか?ナマエも」
「てめぇの代わりに大事な妹の世話をしてやってた俺への言葉がそれか?見てた限りナマエは寂しがってるような素振りは一切なかったがな。」
「言っただろう。ナマエは表に出すタイプじゃない。」
「あいつが思ってることくらい顔に出てなくても分かる。」
「いいや俺の方が分かるに決まっている。俺は兄だぞ」
「だがあいつの側に一番いたのは俺だ」
「それはここ二、三日の話だろう」
「四日だ。それでなくてもガキの頃から知っている。家にもよく来るしな」
「それを言うなら俺はナマエが生まれた頃からずっと一緒に暮らしている」
「……」
「……」
「……いつの間にこんな話になってんだ」
「…さぁな」
「ハァ……どうでもいい。とにかく、あいつはもう学校に来てんだろ?だったらいいじゃねぇか。無意味な話はこれで終わりだ。」
「そうだな。これからも何かあった時はよろしく頼む」
「お前は俺にあいつを任せたいのか任せたくねぇのかどっちなんだ……」


校内に予鈴の音が鳴り響き、俺達は別々の方向へ歩き始めた。







兄さんに手を縛られて仕方なく学校を休んだ日から数日間、結局熱が下がらず学校を休むはめになってしまった。その間もリヴァイは様子を見にきてくれておかげで勉強もろくに出来なかった。

だけどリヴァイが家に来るのは久しぶりで、それは少し嬉しかったけど。

逆に兄さんは熱をうつされたくないのか全く部屋に来てくれなかった。薄情である。だがそれは分かっていたことだったので別に気にしない。兄さんはそういう人だ。

思えば、昔から私に何かあった時に助けに来てくれるのは兄さんではなくいつもリヴァイだった。

小学生の時同級生の男子にやたらとしつこくからかわれていた時もリヴァイが追い払ってくれたし、体育の授業でサッカーボールを蹴ろうとしたら思い切り空振ってボールに乗り上げて転んで足を挫いた時もリヴァイが家までおぶってってくれたし、兄さんと喧嘩をして家出をした時も、自転車に乗れるようになって調子に乗って一人で勝手に遠出して道に迷った時も、リヴァイは探しに来てくれた。

それだけでなく他にもいろいろとあったような。

いつも素っ気ないわりにそういう時は一番に動いてくれるんだよね。


「………、」


もしかして私、何かお礼とかした方がいいのかな。ちょうど看病してもらったばっかだし。

やはりここは身長のことを考えて牛乳をプレゼントすべきなのか。

(うーん)


病み上がりの下校中、私は一人でいろいろと考えながら家までの道のりを歩いた。





「というわけでリヴァイの部屋の掃除をしてあげるよ」
「出て行け。」


日曜の午後、リヴァイの家に来て掃除を提案すれば眉を顰められた。


「何で?大丈夫、エロ本はちゃんと元の場所に戻しておくから。」
「エロ本の心配をしてるんじゃねぇ」
「じゃあ何で?」
「単純にお前に部屋をかき乱されたくねえんだよ」
「かき乱さないよ。掃除するんだもん」
「とにかく触んな。」
「じゃあ他に何かしてほしいこととかある?」
「ねぇよ。何なんだ、鬱陶しい。」
「だからこの前いろいろしてくれたお礼にだよ」
「別に大したことはしてねぇだろ。」


自室で読書に励むリヴァイは大したことはしてないと、平然とそう言ってのける。

いつも通り。素っ気ない。



「……そっか。じゃあゲームしようぜ」
「帰れよ。」
「オーケーオーケー」
「オイ、何がオーケーだ。勝手にセッティングすんな」
「いいよ、リヴァイは本読んでて。私ひとりでやるので気にしないで下さい」
「お前ゲームしてる時うるせぇんだよ。邪魔だ」
「リヴァイは気にせず官能小説に没頭しといて」
「これは官能小説じゃねえ」
「でも『団地妻イズフォーエバー』っていうタイトルが見えてるよ」
「どんなタイトルだよ。団地妻を勝手に永遠にすんな。」


それから暫くの間私は何も気にせずゲームに熱中した。リヴァイは横でずっと読書を続けていた。

私もリヴァイも、これがいつも通りだ。





「飽きた。」
「……なら帰れよ」
「……。」


床に寝そべってゲームの電源を消せば本から顔を上げずにリヴァイが言った。ちらりとそっちを見ればページを捲っている。


「……暇じゃない?」
「暇じゃない。」
「……いつまでそれ読んでんの?」
「お前が帰るまで」
「………ふーん……」


ゴロンと体を横にして丸まれば、リヴァイが顔を上げる。


「まさかお前、体調悪いんじゃねぇだろうな」
「え、それはないよ。ちゃんと平熱まで下がったし」
「……ならいいが」
「兄さんも部屋に普通に来るくらいだしね。何よりの治ってる証拠だよ。少しでも熱があったら部屋になんか来ないもん」
「だろうな。同じ屋根の下に住んでるってのに冷たい野郎だ。」
「まぁ兄さんだしねぇ……私も学校休みたくないから、気持ちは分かる」
「分かんのかよ」
「それに兄さんは三年だから……受験の年でもある。だから余計なんじゃない」
「受験か……まだそこまで敏感になる時期でもないような気がするが」
「同じ高校に入ったのに、来年には居なくなるんだ、兄さんは」
「…当たり前だろ。年上なんだからな」
「……だよね」


そしたら兄さんは大学生か。どこの大学受けるんだろ。そういうの全然聞いてないや。まぁまだまだ時間はあるけど。

でも大学生ってなんか大人っぽいなあ。そのうち一人暮らしとか始めちゃったらどうしよう。朝起こしてもらえなくなる。

…もし兄さんが家からいなくなったらどうなるんだろ。想像も出来ないな……


まぁ、別に。

仕方のないこと、だけど。



「…あいつが居なくなっても、俺がいるじゃねぇか」
「……ん?」


ぼーっと兄さんのことを考えていると、リヴァイが言う。体を横たわらせたままちらりとそっちを見ると本のせいで顔が見えなかった。


「中学の時もそうだっただろ。エルヴィンが卒業しても俺がいる。」
「……あー…」
「……」
「そう、だね」


そもそも、学校で兄さんと話すことなんてそんなにないのだ。ただ同じ校舎にいるという漠然とした安心感のようなものがあるだけで。でもそれがなくなったとしても、リヴァイがいる。


「確かに。ならいいか」
「は……随分とアッサリしてんな」
「まぁ考えてみれば兄さんが居たからって何が変わるわけでもないし」
「そうか」
「うん」


そう思うとなんとなく安心して、肩の力を抜くように息を吐く。するとだんだんまぶたが落ちてきた。


「オイ……まさか寝る気じゃねぇだろうな」
「寝ないよ……おやすみ」
「今なんつった」


ゲームをして疲れた脳を休ませる為に私は目を閉じる。えっと何しに来たんだっけ。

眠いなあ。





「というわけでリヴァイ、昨日は結局あのまま寝ちゃって何も出来なかった。だからこれをあげる。」
「熱で寝てる時も思ったがお前歯軋りするクセまだ直ってないんだな。……何だ、クッキーか?」
「そういえばリヴァイも寝てるとき歯軋りしてたよね。」


翌日昼休み。私はさっき授業で作ったクッキーの入っている子袋をリヴァイに渡した。そうそう昨日はお礼をしにリヴァイの家に行ったはずだったんだよね。


「授業で作ったの。ちゃんと味見もしたから安心していいよ」
「……そうか。なら貰っとく。」
「あ、でもこれ一応兄さんには内緒にしといてもらえる?実はリヴァイの分しか作れなかったからさ。兄さんの分ないこと知られたらちょっと面倒かも」
「あぁ……確かに」
「うん。じゃそういうことで。よろしく」


兄さんはたまによく分からないところで面倒になることがある。なかなか作ることのない手作りのものをリヴァイだけに渡したとなるとうるさそうだ。
リヴァイもそれを分かっているのか納得したように頷き、それから私は何の疑いもせずに自分の教室へと戻った。







「エルヴィン。」
「……あぁ、リヴァイか。こっちに来るの珍しいな。どうした」


ナマエからクッキーを貰ったその足で、そのままエルヴィンの教室まで来た。理由ならもちろん決まっている。

俺は透明の袋に包まれたクッキーをエルヴィンに見せ付けた。


「ナマエから貰った。授業で作ったんだと」
「へえ、そうなのか」
「この前の礼がしたかったらしい。」
「美味そうだな」
「ああ。……だが、お前の分はないらしい。」
「……… は?」
「俺の分しか作ってないと言っていた」
「……なん、だと……」
「まぁ…看病してやったのは他でもない俺だからな。当然のことだろうが」
「……ちょっと、待て。だからってなぜ俺の分がないんだ?」
「知らねぇよ。少ししか作れなかったんじゃないのか?」
「……ッだったらそれは尚更俺に食わせるべきだろう!なぜお前に渡す!」
「だから礼がしたかったんだろ。」
「あッ……ちょっと待て!」


ナマエの手作りクッキーを心底食べたそうな顔をするエルヴィンの前で、俺はそれを開封し口の中へと全てを放り込んだ。


「あぁッ……!そんな一気に……!」


よほど食いたかったのか、らしくもなく取り乱すエルヴィン。だがそんなことは気にせず一応味もちゃんと味わいながら、ごくりと飲み込む。


「おま……リヴァイ!!もったいないだろう!!もっと味わって食べるべきだお前それは……!!ナマエの手作りなんだろ……!?」
「……ああ。うまかった。ナマエの手作りなんざなかなか食うことないしな。」
「っ……!」
「お前には内緒にするよう言われてたんだが、悪いな。」
「内緒に……!?なぜだ!」
「お前がそうなると思ったからじゃないのか?まぁお前がどうなろうが俺には関係ないことだが」
「お前……っリヴァイ、さすがにひどいぞ!」
「別にいいじゃねぇか。お前はあいつと一緒に暮らしている兄貴だろ?そのうち家で何か作るかもしれねぇだろ。その時たらふく食えばいい。チャンスはいくらでもある」


それだけ伝えると俺は空になった袋を握り締め、ごちゃごちゃとうるさいエルヴィンを無視し歩き始めた。

しかしあの落胆っぷり。笑えるな。


あいつらがいくらシスコンだろうがブラコンだろうが俺には全く関係のない話だが、それでもこの優越感は何だろう。
別にこの前エルヴィンに言われたことを根に持っているとかではない。ただこの優越感は何だ。

ナマエがエルヴィンではなく俺にクッキーを渡してきたことが、ただそれだけのことが、それが一体何だっていうんだ。



「(……即行でバラしちまった)」


あとでナマエには何か言われるだろうな。まぁ、いい。俺は今わりと気分がいい。


──その日、当たり前のように家に文句を言いに来たナマエにゲームでもするかと声を掛ければそのうち機嫌が直り、仕方なく飽きるまで付き合ってやることにした。

まったく、単純な奴だ。


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