一日の仕事を終えリヴァイの部屋に二人きり。彼は黙ったまま私の背中に腕を回してきた。ため息にも似たような息を漏らしながらぎゅっと甘えるようにすり寄られ、私も静かに彼を抱きしめ返す。


──最近、ふとした時にリヴァイがこうやって何も言わずにただ抱きついてくる事がたまにある。もちろん恋人同士なのだから抱き合うのに理由なんてもはやいらないのだけれど、それでもこんなふうに甘えるような仕草は前まではあまりなかったことだった。

それにこれは私を抱きしめるというよりは私に抱きつくと表現した方が正しいような気がしていて、彼にしては珍しい。

だからそれがとても愛おしくて、だけどそれと同時にとてつもなく──切ない。

私はどうにも胸が苦しくなってしまうのだ。




「…リヴァイ、今日は一段と冷えるね」
「……ああ…。今日は、冷える」
「うん。紅茶でも、淹れようか」


なるべく優しい手つきでリヴァイの髪を撫でながらそう聞けば彼はよりいっそう腕に力を込めた。


「いや……こっちの方が、あったかい」


私の胸もきゅっと締まる。


「……そう、だね。確かに」


こんなに愛しくて、切ない。こうやって抱き合ってどんなに温もりをひとつにしたとしても私はリヴァイの苦しみを拭ってあげることが出来ない。

それが嘆かわしい。


「……」


頭に過ぎるのは、あの戦場のこと。敵を討つためにたくさんの兵士が命を落としたこと。命の重さなんて計れやしないのにどちらかを選らばなければならなかったこと。大切な仲間を、失ったこと。

それをリヴァイが、背負っていること。


「……っ」


考えるだけで胸が張り裂けそうになり思わず両手に力が入った。



「……ナマエ、?」


それに気づいて顔を上げたリヴァイにいつの間にか流れていた涙を見られ、だけど心配をかけたくなくて首を横に振りながらそっと微笑んでみせた。


「…なぜ、泣いてる」
「ごめん……なんか、悲しくて」
「……何が、」


くっついていた体が少しだけ離れて涙を指で拭われる。本来なら泣きたいのはリヴァイの方だというのに。拭ってあげなければならないのは、私の方なのに。


「私は……無力、だなぁ、って」
「そんなのは、誰でも思う」
「違う……そうじゃ、なくて……」


この世界がどうとか、外の世界がどうとか、今はそんなことは関係なくって。ただ。


「リヴァイ……本当に……辛かった、でしょ」


もどかしい。
こんなに側にいるのに、分かるのに、何も出来ない自分が嫌になる。

リヴァイの苦しみを私が消し去ってあげられたらいいのに。せめて抱き合うことで少しまぎらわせてあげることくらいしか私には出来ない。


「私は、リヴァイの苦しみとか痛みとか……消すことが、出来ない。それが、とてもはがゆい」


どうして辛い思いをしなければならないのか。どうして彼が背負わなければならないのか。

いつになったら彼は、私達は、許されるのだろうか。それともそんな日は来ないのだろうか。
だけどただ生きるのに誰かの許可が必要なんて、そんなこと。



「辛いのは何も俺だけじゃない。全員、同じだ」


リヴァイの言葉に、落ちていた視線を上げると、目が合う。


「それに……これは……こういうのは、消さなくていいんだよ。これは俺が背負うべきものだ。」
「…どう、して」
「俺が選んで、決めたことだからだ。」
「……、」
「だからお前がそんなふうに悲しむ必要はない」


そう言って、「泣くな」と私の頬に流れる涙にキスをするリヴァイはいつの間にか凛としていて、そしてなぜか私の方が慰められていた。


「リヴァイ……、」


そのまま首筋にそっと唇を寄せられ、また抱きしめられる。


「ナマエ……何も、言わなくていい。悲しまなくていい。ただ、側にいてくれ」


私の胸がまた、きゅっと締まる。


「それだけでいいから……」



その声に、はっとした。

またリヴァイはどこか甘えるように私に顔をうずめ、それに気づくと私は思わず眉を下げてその体を抱きしめながらまた髪を撫でる。


「……分かったよ、リヴァイ」


こうすることでほんの少しでもあなたの心が休まるというのなら私はいつまでもこの体を捧げよう。この心を重ねよう。

共に生きるということは気持ちも共有するということだと思うから、だからリヴァイの痛みや悲しみを感じないわけにはいかないけれど、それでも何も言わずそれを受け止めて一緒に居よう。一緒に生きよう。

いつか、いつの日か、辛い選択をしなくて済むようなそんな世界が訪れるまで。そしてその先も。


きっと、ずっと。




「あ……リヴァイ、雪が降ってる」


ふと目に入ってきた窓の外を見てみると雪がちらついていた。


「……あぁ…、冷えるわけだ」
「…まだ冷えてる?」


私の体はリヴァイの体温と混ざってだいぶ温まってきたのだけれど。
そう聞けばリヴァイは少し表情を和らげてから、口を開いた。


「……ああ。特に唇の辺りが冷えっ冷えだ。」


冷えっ冷えって。


「ふ……なにそれ」


(だけど、)


「それは……早急に、温めないと、ね」


そんな寒がりなリヴァイの為に私はゆっくりと彼に顔を近づけて、そしてその唇を塞いだ。

何度も、何度でも。


これからもどうかあなたと生きていけますように。

そんな願いを込めながらキスをして、目が合うと小さく笑った。


この瞬間だけは、愛しさだけが彼と私を満たしていた。


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