たくさんの雨が地面を、窓を、叩く。雨の音が私の耳にひどく響く。


「……ハァッ…」


雨は嫌いだ。嫌な事を、思い出すから。


「…ナマエか?」
「………。」


頭上から声が降ってきて、その声に眉根を寄せながら顔を上げる。


「どうした、気分が悪いのか?」
「……気分が良かったらこんなとこに居ない。」
「昨日、実験中に怪我をしたと聞いた。あまり歩き回らない方がいいんじゃないか?」
「…ほっといてもらえますかね…。」


雨が降っているからか、頭に怪我を負ったからか、リヴァイに嫌な思いをさせてしまったからか、もしかしたらその全部のせいか…とにかく体調が優れない。部屋から出て廊下を歩いていると途中で足が止まり、その場に座り込んだ。壁を背もたれに膝に顔をうずめていると通りがかったエルヴィンに声を掛けられる。


「さすがにほっとけないな。部屋まで送ろう」
「…あんたにそんな事されなくても自分で戻れる…。」


エルヴィンに背を向け壁伝いに立ち上がり、部屋に向かおうと一歩踏み出す。すると、足に力が入らず倒れそうになった。


「おっと。…部屋に戻るのに何日かけるつもりだ?」
「、チッ……」


後ろから支えられ、ついでに嫌味まで言われる。


「私の部屋で休むか?お茶でも飲めば落ち着くかもしれない」
「何でわざわざあんたの部屋で…」
「ちょうど話したい事もあったところだ。」
「はぁ…?団長さんが私なんかに何の用なわけ?」
「ここで話すのも何だ。来なさい」
「ちょ…待てコラ…おい、」


私の気持ちは無視で、部屋まで連行される。
ただでさえ体調が悪いのに気分まで悪くしないでもらいたい。しかし逆らう事も出来ずそのまま連れて行かれた。




「どうだ。美味いだろう」
「……リヴァイが淹れるお茶の方が何倍もおいしい。」
「そんな事はないはずだが。いい茶葉を使った」
「大体ここは空気が不味い。今すぐ出たい。」
「換気はしている。」


団長室でお茶を飲む。嫌味を言っても顔色一つ変えない目の前の調査兵団団長。
正直私はエルヴィンが苦手だ。別に嫌ってるわけではないんだけど、まず出会いが最低だったから苦手意識がずっと取れない。


「……。」
「……。」


本当この部屋出たい。何でエルヴィンの部屋でお茶なんかしなくちゃならないんだ。美味しいのも美味しく感じれなくなる。


「…あの、帰っていいですか?」
「そんなに私とのお茶が嫌か」
「嫌です。あんたへの態度で分からないか?」
「そうだな…気づいてはいるんだがそのまま手放すのも面白くない。」
「私はてめぇのおもちゃじゃねーんだよ。」
「前から思ってたんだが、ナマエは喋り方がリヴァイに似ているな。」
「知るか」
「その反応も似ている。」
「知らねぇよ…ていうか私も普段はリヴァイほど口悪くねぇよ。今みたいにクソ気分が悪い時だけ。」
「そんなに優れないのか」
「てめぇのせいだよ。」
「これだけ悪態つければ大丈夫そうだな。」
「…ていうか、話があるとか言ってたのは。」
「あぁ、そうだったな。」
「もうボケが始まってるのか?可哀想な奴だ。」
「リヴァイと話してる気分になってくるな。その口調は」
「で、何」
「ああ。明日からナマエには新兵の面倒を見てもらおうと思っている。」
「あ、そう……、は?」
「先日入ってきたばかりの新兵だ。知ってはいると思うが彼らは訓練兵団で三年過ごし必要な事は一通りそこで学んできたはずだ。」
「いやいや…じゃあ今更面倒見る必要ねぇじゃん…」
「だが、調査兵としてこれからやっていくには改めて訓練もつんでおいたほうがいい。そこで、ナマエ。君の出番だ。」
「ふざけんなそんな暇はない。」
「暇だろうお前は」
「暇じゃねーよ!私だってハンジと実験したりしてんだ!」
「その事なら心配いらない。ハンジに話はしといた。」
「はあ!?」
「安心して新兵と向き合ってくれ。」
「どこが安心できんだよ!誰よりも向いてねーだろ私は!」
「そうか?面倒見はいい方かと思っていたんだが」
「どこでそんな事思ったかまるで分かんねーし面倒見たことねーよ」
「まぁこれは決定事項だ。よろしく頼む」
「いやふざけんな。無理だから。もっと適役が居るでしょ!」
「ほら、紅茶が冷めてしまうぞ。」
「はぐらかすんじゃねーよ!…」
「と言いつつ飲むのか」
「…もったいねーだろ…。」
「そういうところは律儀なんだな。」
「……出されたものは、粗末にしない。」
「そうか。…やはり、適役だな。」
「いや何でだよ!訓練とは一切関係ねーよ!」





「クソメガネ出て来いコラァ!!」
「うわっ、元気!!」


エルヴィンとの最低のお茶会を終えそのままハンジのもとへ来た。私の怒りの矛先はこのメガネへと向かう。


「何勝手に承諾してくれちゃってんの?!」
「どうしたのいきなり…テンション高いね。昨日のしおらしさはどこに置いてきたの?」
「私が新兵の指導なんて出来るわけないじゃん!!」
「あぁ…。聞いたのか」
「絶対無理でしょ!私が?無理でしょ!」
「とりあえず落ち着きなよ。ほら、座りなって」
「やだ!!」
「やだって君ね」
「だって私が新兵の指導なんて向いてると思う?」
「うーん…。一見向いてなさそうだけど…意外といいかもよ?実力は確かなわけだし。」
「いやよくねーよ…何をどうしたらいいのか全く分かんない…」
「ナマエが思うようにやればそれが正解だよ。頑張って」
「……なんかいい感じにまとめやがって…」
「でもほら、調査兵として役に立てるんだ。良かったじゃないか。」
「別に役に立ちたいと思ってたわけじゃないし…その代わりに邪魔したくないって言っただけで…」
「まぁまぁ!ナマエなら大丈夫だよ。私は応援しているよ」
「……チッ…。」


ありえない。私が誰かを指導するなんて出来るわけがない。私はそういうのに向いてない。明らか向いてない。リヴァイはああみえてこういうの出来るからいいけど…私は絶対無理だ。そうだよ、無理だよ。あいつ何考えてんだよ。馬鹿なのか?ついにおかしくなったのか?
しかも新兵の指導って。何をしたらいいんだよ。そいつら三年も訓練してるんなら今更何を教えるんだよ。あとは実戦あるのみだろ。もう本当に分かんない。何なの?しかも明日からとか急だし。ふざけてる。怪我した事知ってるんならせめてそこらへん考慮しろよ。

リヴァイとの事もあるし、ていうかそれが全てなのに、めんどくさい。あぁもうめんどくさい。





「ほんとめんどくさい!!」
「うわっビックリした、…ナマエさん、ご機嫌斜めですね」


酒の入ったコップをテーブルに勢いよく置く。
向かいに座ってるモブリットは何も知らないようだ。ちなみに私が飲みに誘った。


「ていうかお酒飲んで平気なんですか?頭大丈夫ですか?」
「おかしいかもね。」
「いやそうじゃなくて。怪我の事です。」
「だってこれが飲まずにいられるか!」
「…どうしたんですか?リヴァイ兵長と何かあったんですか?」
「違う、そっちじゃない。」
「え、ナマエさんがリヴァイ兵長以外の事で何かあるなんて…珍しいですね。」
「はぁ?私がいつもリヴァイの事だけみたいな言い方やめてよ。」
「いや実際そうじゃないですか。」
「……。」


こうやってモブリットと二人で飲みにくるのはよくある事。いつもちょっと酔うくらいでやめるけど、たまに二人ともベロベロになるまで飲む時はお互い日頃の愚痴や鬱憤をぶちまけてるらしい。基本的に私はリヴァイの事でモブリットはハンジの事。そうなると迎えに来てくれる班員がそう言っていた。


「違うんですか?」
「…私、明日から新兵の指導をする事になって。」
「え、ナマエさんが?ナマエさんがですか?」
「そう…。ないよね?!モブリットもそう思うでしょ?!」
「……ナマエさん、指導とか出来るんですか?」
「出来るわけないじゃん!」
「正直、そう思います。」
「だよね?そうだよね?やっぱりアイツら頭おかしいんだ」


やっぱりモブリットは分かってくれる。
少し安心しながら酒を喉に流し込み、ため息を吐く。


「でもナマエさんは実力ありますし、調査兵団も長いので何か教えてあげられる事はあるんじゃないですか?」
「ねぇよ…」
「……。まぁ、頑張って下さい。何か出来る事があれば協力しますし。」
「…ありがとう。じゃあ、代わってくれる?」
「それは無理です。」
「チッ…」
「いや無理言わないで下さいよ」


明日の事を考えるとめんどくさくて、少しでも忘れようと一気に酒を呷った。


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