「熱が出た?」
「ああ。それでも学校に行くと聞かなかったから、縛り付けてきた。」
「鬼かお前……」


午前中、エルヴィンからナマエが学校を休んでいると聞かされた。どうでもいいがナマエが休むのは珍しい。あいつ授業は何が何でも受けたい人間だからな。


「薬は飲ませて来たんだが、おそらく大人しく寝てはないだろうな。あの状態でも机に向かってそうだ」
「あのバカは勉強してないと死ぬ病気か何かなのか?」
「まぁ俺も気持ちは分からなくもないんだが」
「てめぇら兄妹は勉強のし過ぎで逆に頭おかしくなってるぞ。」
「はは、そうかもしれない」
「……。」


笑い事じゃないんだが。

とはいえ微熱ならナマエはそんなこと隠して学校に来ただろう。ということはそれなりの熱が出たということか?それとも微熱だったがこのシスコンが余計な心配をして無理やり家に置いてきたのだろうか。

いや、そもそも。


「なぜ俺にそんな話をする」
「なぜって?」
「…わざわざ呼びつけやがって。」


どうしてそれを俺に言うのか。

そんな俺の問いに答えないエルヴィンの視線は何とも嫌な気分にさせられ、それから逃れようとくるりと背を向けて歩き出した。


「──リヴァイ、」


だが当然のように呼び止められ振り向きざまに何かを投げ付けられる。それを片手で取り、見てみると鍵だった。


「……あ?」
「ナマエをなるべく歩かせたくない。それで開けて入ってくれ」
「……、」


エルヴィンの家の鍵。


「…俺は行くなんて一言も言ってねえ」
「行かないのか?」
「お前が、行かせたいんだろ」
「リヴァイは心配じゃないのか?」
「ガキじゃねぇんだぞ」
「でも行ってくれるんだろ?」
「…そんなに妹が大事なら、てめぇが帰って面倒みるべきだろ。本来」
「俺には授業がある。」
「俺にもあるんだが」
「なんだリヴァイ、ちゃんと授業受けたいのか?そんなに勉強熱心だったとは知らなかった」
「薄情な兄貴だなてめぇは。今知ったことじゃねぇが」
「そうか」
「そうだ。……そんなに俺を行かせたいんなら、頭下げて頼め。」
「そんなことをしなくてもお前は行ってくれるだろ?…そろそろ授業が始まる。じゃあ、頼んだぞ」
「オイ、てめぇ………、」


エルヴィンは颯爽と俺に背を向け教室へと戻って行った。ぽつりと残された俺はその場で一人カギを握り締める。そしてため息を吐いた。


「めんどくせぇ……」


心配ならせめて自分で看てやれよ。







「って本当に縛り付けてたのかよあの野郎……」
「……え……リヴァイ……なんで……ふ、不法侵入……」


受け取った鍵で家の中に入りナマエの部屋に来た。するとそこには両手首をひとつにタオルで縛られたままペンを握り机に向かって勉強をしている姿があった。バカなのかよ。


「しかも結び目キツすぎるだろ……お前の兄貴は悪魔か」
「…こうでもしないと大人しくしないと思ったんでしょ……でも私はこんな状態でも勉学に励むのだ……ふ、ふふ……」
「励むなよ」
「……てか…リヴァイ、もしかして三角割りで入ってきたの……?」
「どこの常習犯だ俺は。エルヴィンから家の鍵を押し付けられたに決まってるだろ」
「あぁ……」


縛ってあったタオルを解いてやると怠そうに息を漏らしうな垂れるナマエ。寝てればいいものを。


「キツイなら寝てろよ。一日くらい授業受けなくても大して問題ねぇだろ」
「……でも、暇……だし」
「暇なんかねぇよ。寝ろよバカが」
「バカじゃないし……」


伏し目で話すナマエの首を手のひらで触ってみると、熱い。


「とりあえずベッドで横になれ。早く治さねぇとお前の大好きな学校にも行けねぇままだぞ」
「………、」
「…オイ、聞いてるか?」
「……そういえば……、」
「聞いてんのかよ」
「リヴァイが家にくるのって、ひさしぶり…」
「………そうか?」
「うん……、」
「……まぁ、そうか。」
「そうだよ…」


イスに座ったままのナマエは向き合っている俺の方に頭を倒し、制服を握ってきた。


「……来てくれて、ありがと」


擦れた声でぼそりとそう言う。

熱のせいなのか、しおらしい。こいつにも少しはかわいいところが……


「お礼に牛乳をあげるからね…」
「チョイスに悪意を感じる」





「大丈夫か?」
「……うん。大丈夫。」


やっと横になったナマエの顔はだんだん赤くなってきていて、熱が上がっているように見える。


「よし……じゃあリヴァイ、問題だして。私解くから。脳内計算で」
「気絶させれば大人しくなるのか?」
「だって暇じゃん……」
「病人に暇などあるか。ひたすら大人しくしてろ。眠れ。」
「………つまらん…」
「当たり前だろ」


面白くなさそうな顔をするナマエに眉根を寄せ、眠る様子のないその姿にどうすれば大人しくなるのかを考える。


「ミカン食べたい……」


考えていた矢先、風邪を引いた時はビタミンCを……と、小さな声が聞こえてきてその言葉にミカンを買ってきていたことを思い出した。


「あぁ……そういえば、そう言うと思って買ってきた。今食うか?」
「え、まじすか……ありがたき……」


袋からそれをひとつ取り出しむいてから渡すと、起き上がって食べ始めた。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……うまいか?」
「……うん。リンゴの味がする」
「お前おかしくなってんだろ」


それから黙ったままミカンを食うナマエと、やることがなくそれを見つめる俺。食い終わると「なんか元気になった気がする」とベッドから出ようとしたのでとりあえず頭を殴っといた。いい加減にしろ。


「私……一応病人なんですけど……」
「だから何だ?病人という自覚があるなら大人しくしてろ。それとも永遠の眠りにつかせてやろうか?」
「………。」


そろそろ本気で腹立たしくなってきたところで、ナマエはようやく静かになった。黙って横になっている姿を見て、小さく息を漏らしくるりと体の向きを変えてベッドを背もたれにした。


「あのさ……リヴァイ」
「黙ってろ。」
「…聞いてほしいんだけど……」
「………。何なんだよ…」


唐突にやけに弱気な声を出され、ため息を吐きながら仕方なく振り返ってやる。すると眉を下げながらこっちを見る瞳。


「…わざわざ来てくれて有り難いけど、帰っていいよ」
「は?今更帰って何しろってんだ。こちとら授業サボってきてんだぞ」
「うん………でも、さ……ほら、うつしちゃうと悪いし……?ここに居ても暇でしょ……?申し訳ないしさ……うん」
「……」
「リヴァイが居ると私も気を遣っちゃうし……私なら大丈夫だから」
「……」
「本当来てくれてありがとう。このことは一生忘れない……だから、」
「お前俺を帰らせてただ単に勉強したいだけだろ。」
「 チッ、バレたか……」
「普通にバレバレだ。お前が俺に気を遣うとかありえねぇだろ。」
「そこなの?」
「ハァ……しょうがねぇな……もう少し勢いつけて強く殴れば、気を失って大人しくなるか?」
「ちょっ……待ってリヴァイ落ち着いて……その拳を下ろして……」


思わず力の入る拳をなんとか下ろし、心底不機嫌な顔でナマエを見ているとまた口を開こうとする。もうお前は口を開くんじゃねぇ。


「じゃあリヴァイが何か一発芸でもしてくれたら……仕方ない、眠ってやろう」
「どうして俺がお願いしてる感じになってんだ」
「言っとくけど面白いやつじゃないと眠らないからね」
「ふざけんな。いやマジで」


コイツ本当にムカつくな。

マジでこのまま帰ってやろうかと思いながらもそんなことをすれば結局コイツの思惑通りで、それは避けたい。


「お前な……そんなことばっかしてると治るもんも治らねぇぞ。そうなると辛いのはお前なんだからな。分かってんのか?」
「そんなことよりも勉強がしたい」
「あのな……」
「三度の飯よりお勉強」
「だから、てめぇがそうやっていつも以上に勉強したがってんのは授業に出られてねぇからだろ?でもな、さっさと治さねぇと結局何日も出られないことになるんだぞ。」
「何言ってんの、明日は学校行くもん。私」
「そんな状態で行かせるわけねぇだろ」
「明日には治ってるよ多分……」
「なわけあるか。大体、俺はまだいいがエルヴィンは絶対に行かせねぇと思うがな。」
「う……私また縛られちゃうの……」
「それが嫌なら今は黙って寝てろ。そもそもお前なら少しくらい授業出てなくても問題ねぇだろ。」
「………、まぁ私天才だしね……」
「だったら寝てろ。バカが」
「だからバカじゃないってば……」


ここまで言い聞かせないと大人しくしないとか何なんだよとそんなことを思っていると、ナマエ自身も疲れたのかだんだんと口数が減ってきてそれからは本当に静かになり暫くするとようやく眠った。


俺の勝利である。



「……まったく、手の掛かる奴だ」


心底呆れながらも、そのままベッドに腰掛け暫くの間その寝顔を見つめてひたすら過ごすのだった。

他にはミカンを食うことくらいしかやることがない。


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