「ただいまー……って、」 夏休み。リヴァイが家に来てから一週間とちょっと。 「…またか。」 私は今日もリヴァイを置いてバイトに行ってきた。自分の家でもないのに一人留守番させてしまっていることはもちろん申し訳なく思っている。だけどこればっかりは。どうしようもない。 なるべく急ぎ足で帰ってきて玄関を開けるとそこには一人丸まって寝ているリヴァイの姿があって、ふうと息を漏らす。 「こんなところで寝るなよ……」 玄関に一番近い廊下の先で待ち疲れて眠っているリヴァイをなんとか抱き上げ、ソファまで移動させた。これがまた結構重くて大変だったりする。ガキとはいえわりと重い。 「(ていうか本当、廊下で待ってなくてもいいのに……)」 リヴァイを下ろしそのまま私も床に腰を下ろして側で頬杖をつきながら寝顔を見つめていると、ゆっくりと目を開き目を覚ました。 「……ん、起きた?」 「…………、」 声を掛ければ瞳がこっちを見て、それからごろんと体を動かし私の方へ近づいてくる。寝惚けているのかソファに顔を押し付けたまま私の腕を小さな手で握り、これまた小さな声で「おかえり…」と言った。 「………、」 最初にこいつを置いてバイトに行った日からリヴァイは帰るとあそこで眠っていた。 昼寝するならソファで寝ろよと、そう思ったけど多分違くて。きっとリヴァイはあそこで私を待ってて、そのうち疲れて寝ちゃうんだと思う。まぁわざわざ玄関で待たなくてもいいだろとも思うんだけど。 「…ただいま。」 まだ完全には起きていないようでまた目をつぶっているリヴァイの頭を撫で、寂しい思いをさせてしまっていることに心の中で謝りながらも少し愛しさのようなものも感じながら、リヴァイの体を揺らして起こす。 「…リヴァイくーん。起きろー、買い物いくぞー」 「……んん…。」 何の為にわざわざ帰ってきてから夕飯の買い物に行っているのか。お前が起きてくれなきゃ意味がない。 「ほら、起きろ」 「………うる、せぇ、」 「うるせぇじゃねーよ。今そんなに寝ると夜寝れなくなるだろうが」 「……お前が、遅いから、いけないんだろ」 「だからそれはごめんって。でもバイトなんだから仕方ないだろ?」 「…バイトバイトって……そんなにバイトが大事なのかよ……」 「まぁ……行かなきゃお金稼げないし」 「金かせぐことが、そんなに大事なことなのか……?」 「いや……そりゃ……だって、ないと遊べないし」 「…いつもそうやって……おれのこと、一人にするんだ……」 「………」 「……おれのことなんか、どうだっていいんだろ……」 「……… 、」 あれ。 言葉が出なくなってしまった。 拗ねたようにそう言って眉根を寄せながら静かに目を開くリヴァイをただ見ていると、昔のことを思い出した。 「(……あ、そうか)」 私も小さい頃は、寂しい時があった。 両親が働いてて家に一人でいることが多かったあの頃。私もそんなふうに思うことがあった。 ──ああ、そうか。だから。 「……違うよ、」 だから、私は。 「仕事が忙しいこととお前を大事に思ってないことは……イコールじゃないよ」 リヴァイのことをどうにも放っておけないんだ。 「……は?」 「……。」 未だ眉根を寄せているリヴァイの体を起こし、ソファに座り直させる。そして目線を合わせちゃんと目を見ながら伝える。 正直なところケニーさんがリヴァイをどう思ってるのかは知らない。けど、だけど。きっと。 (そうであってほしいだけなんだけど) 「だから、その……私も、ケニーさんだって、別にリヴァイのこと一人にしたくてしてるわけじゃないんだよ。バイトとか仕事とか……そういうの、お金を稼ぐことだって生きていく上ではやっぱり大事なんだと思うし。てかそれがないと生きていけないし……特に大人は。…だから、なんていうか……まぁ、そんなに、寂しがるなよ。っいや、寂しいのは分かるけど、でも、……大丈夫だから。」 ああもう。本当、バイトなんかいれるんじゃなかった。 「……何でケニーの話になるんだよ」 「……」 いやだってお前さっきケニーさんのことも含めて言ってただろ。 私はその目を見つめたまま黙り、そのことには触れずにまた口を開く。 「…とにかく私は、お前のことどうだっていいとか思ってないから。」 「………ほんとかよ」 「本当だよ。じゃなきゃな、お前なんか置いてさっさと友達と遊びに行ってるっつーの。夏休みなんだぞ?」 「……」 「でもリヴァイのことも大事だから、だからこうして一緒にいるんだろーが。」 「……。」 「…だから、そこらへんちゃんと分かっといてくれよ。それが分かってるのと分かってないのとでは、だいぶ違うんだから」 私も小さい頃から一人で留守番することは多かったけど、それでも私はちゃんと分かっていたから大丈夫だった。一人の時が寂しくても孤独は感じなかった。それは、帰ってきた両親がちゃんと私に分からせてくれてたからだと思う。普段からちゃんと愛情を感じさせてくれていたからだと思う。 それでも最初は寂しくて、私を一人にする“仕事”が大嫌いだった。それに振り回されるのが嫌だった。 だから分かるよ。リヴァイの気持ちは。 だからちゃんと教えてやらないと。 「ケニーさんだって、お前のこと大事に思ってるよ」 そういうこと、ちゃんと教えてやってほしい。 「………」 リヴァイの場合母親も父親もいないんだから余計だよ。 ちゃんと目を見て伝えれば次第に眉根は寄らなくなり、その代わりに下がってしまった眉尻を見て、私はその顔に手を伸ばす。 「……ほれ、分かったら買い物いくぞ。ちゃっちゃと支度しやがれ。」 むぎゅっとリヴァイのほっぺを両手で押し込み、立ち上がった。 「っな、にすんだ、っ」 「はいはい靴下はいてキャップもかぶってー。いくよー」 「……… ちッ」 可愛げもなく舌打ちをしながら支度を始めるリヴァイを横目に、静かに息を漏らす。 「……(あんまり、寂しい思いは…させたくないよなぁ)」 きっと私がどれだけ大事だと大丈夫だと言っても、一番近くにいる人がそれを感じさせてくれなきゃ全部は拭い去れないよなぁ。 「(でも、私にそんなことを言う権利はあるのか)」 ケニーさんから見れば私なんかただのガキだろうし。私がリヴァイのことを横からあれこれ言っていいのだろうか。口出ししていいのか?いや、よくないんだろうなぁ。私は別にリヴァイのことを育ててるわけでもないんだし。 (うーん) 「……ナマエ、」 ボーっと一人考え込んでいると、いつの間にか用意の出来たリヴァイが私を見上げていた。 「……あ、うん。いくか」 すぐそこにあった頭をさっと一撫でして、歩き出した。 ◇ 「リヴァイ、なに見てんの」 夕飯の材料をカゴに入れ終えレジに並ぼうとしていると、いなくなっていたリヴァイの姿を見つけ何かを見ているのに気がついた。 「…べつに」 「あ、花火じゃん」 覗いてみるとそこには手持ちの花火があって、思わずそれを手に取る。 「……、」 「そういえば花火とか久しくやってないなぁ」 「……。」 「よし、買ってくか。」 「…え?」 「今日暗くなったら庭でやろ」 「……いいのかっ?」 「うん。てか私も普通にしたい。」 そう言って花火セットをひとつカゴに入れれば、リヴァイは嬉しそうな顔をしていた。 だからやりたいならそう言えよ。まったく。 「ナマエ、おれそれ持つ」 「…ん?そう?じゃあよろしく」 「うん」 会計を済ませるとリヴァイは花火の入った袋を持ち、それからどことなく足取り軽く帰り道を歩き始めた。 ◇ 「シャキーン、ここでチャッカマンの出番でーす。」 「ナマエ、早く」 「……。はいはい」 夕飯を食べ終え、二人で庭に出るとリヴァイはすでに準備万端のご様子。花火を一本握り締め、早くしろと言う。 「火傷すんなよ?」 「わかってる」 チャッカマンで花火の先に火を近づけ、するとそれはすぐに音を立てて火花を放ち始めた。 「うわ、ついた、」 「気をつけろよ?」 口元を緩めそれを軽く振り回すリヴァイを見ながら、夏休みっぽいなぁとしみじみ感じる。 「(……みんなも、やってたりすんのかなぁ)」 ふと未だ遊んでいない友達のことが頭に過ぎり、遠い目になる。 「(プールとか海とか行ってんのかな)」 早く遊びたいねと連絡はきてるけど。まだあと何日かある。…きっと今頃みんなで楽しく遊んでるんだろうなぁ。 そりゃそうだよなぁ。 「………」 あー、私も、はやく……… 「──ナマエ、おわった!早くつぎ!」 私、も……? 「オイなにボーっとしてんだよ!」 「……、」 意識が違うところに飛びかけていたところにリヴァイの楽しそうな顔が目の前に飛び込んできて、はっとして、目を丸くする。 「なにしてんだよ?」 「………あ…、ごめん、」 ぱちぱちと瞬きをして、現実に引き戻される。 「お前もやるんじゃねぇの?」 そしてリヴァイの無邪気なその瞳を見ていると、だんだん心が解けていく。 「……ふ、…そだね。一緒にやるか」 思わず私も口元を緩め、友達のことは一旦忘れることにした。 (この時間はリヴァイの為に使うって決めたんだった) 「…あ、そうだリヴァイ」 ふたつの花火に火をつけて、その光に照らされながらリヴァイを見る。 「私明日から暫くバイト休みだから、何したいか考えといて」 明日はお昼にフレンチトーストを作って食べよう。 火花はキラキラと輝いて、リヴァイは私の言葉によりいっそう顔を綻ばせた。 |