「一緒に死のうか」


そう言えばリヴァイは黙ったまま私のことを見つめていた。
私の方も表情を変えず、持ってきていたナイフを取り出しそれに視線を落とす。


「…これで、簡単に死ねるよ。まぁ……だいぶ痛いだろうけど、でもそれだけだから」


本気で、そう思った。

人間なんて簡単に死んでしまう。脆い。どれだけ元気だったとしても、これで刺してしまえばすぐ死んでしまう。そこで終わり。そこで終わることが出来る。

こんな何もない世界で生き長らえたとして、何が残るだろう。何の意味があるのだろう。だったらもう終わらせてしまえばいい。終わらせてしまおう。


私はもう、疲れた。


「生きてても……意味ないよ……」


ナイフを見つめたままぼそりとそう呟き、俯く。

するとふと痛みを感じ刃先に触れた指先を見てみると一筋の血が滲んでいて、思い出す。
父さんに言われるままに仕事をして変態共に従って虐げられて、殴られると血が出た。痛かった。怖かった。気持ち悪かった。

どうしてあんな毎日を続けていたのか分からない。

早くやめてしまえばよかったのに。

もっと早くに殺しておけば───


「……」


ああ違うか。
もっと早く、死んでいればよかったのか。


「──…」


(ああもう、わからない)

だんだんと思考が薄れてきて続かなくなり、それ以上何も考えられなくなる。



「……生まれてこなければ、よかった」


無意識にそんな言葉がこぼれ落ちる。

なんだか少しずつ音が遠ざかっていくような感じがして体にも力が入らなくなっていく。このまま死んでしまえた方が楽だと、そういった感覚に陥る。

だけど暫くするとリヴァイの声が耳に響いてきて、私の意識をとどまらせる。



「…そんなこと、ない」



そんなことない、と。聞こえてきた言葉に私はゆっくりと顔を上げリヴァイを見つめる。


「母さんが……いつも、オレのこと抱きしめて、ありがとうって言ってた」
「………、」
「だから、意味はある」


抱き締めて、『ありがとう』、って。

私の目を見ながら真っ直ぐに伝えてくるリヴァイのその言葉には熱が込もっている。


「…それに、姉さんのことも…いつも言ってた」
「……え……」
「抱きしめたい、って、いつも、言ってた……だから、死んだら悲しむ」


私のことなんか探してないのかもしれない、と。そう思ってた。


「…だから、オレも、ずっと覚えてた……姉さんのこと」


私はもうずっと忘れかけていた。ここでの日々のこと。


「姉さんも、オレのこといつも、ぎゅってしてくれてた」


リヴァイに言われて、私は思い出す。

母さんとリヴァイと三人で幸せだったこと。大好きだったこと。いつだって抱き締めてくれたこと。「ありがとう」って優しく笑いかけてくれたこと。
母さんがいて、リヴァイがいて。それだけで良かった。

───大好きだった。



「(でも……もう、母さんは……)」


なんとかここまで来てみても生きる希望を見出せなかった私は唇を噛み、すると胸の奥で何かが微かに光る。


“ ナマエはお姉さんだから、リヴァイのこと守ってあげてね? ”



「──っ、」


母さんの声が聞こえてきて、ハッと息を吸い込む。

(リヴァイのこと、守って、)


「…ねえ、さん……?」
「………リ ヴァイ、」


───ああ、そうだ。

私は、リヴァイのことを守ってあげなくちゃいけないんだった。

私がリヴァイを。

私が。


(あの時母さんとそう話したのに)


「わたし……、」


私はお姉さんだから。

リヴァイのお姉さんだから。

お姉さん、なのに。


「………ッ」


それなのに。

一緒に死のう、なんて。

母さんが愛してくれたものを、母さんの愛を無意味だなんて。


「リヴァイ……ごめん……私……、」


何、考えてたんだろう。


「そう、だよね……リヴァイの、言う通りだ………ごめん」
「……」


弟にこんなことを教えてもらうなんて。弟にそんなことを言わせるなんて。

ごめんと私が謝ればリヴァイは少し眉を下げて、きゅっと唇を噛んだ。
その姿を見ると自分が情けなくなりナイフを仕舞って、静かに息を吐く。


「………」


──人は、脆い。簡単に死んでしまう。

だから大切にしないと。

ちゃんと愛さないと。
母さんが私達を愛してくれたみたいに。


『ナマエは本当にリヴァイのことが好きなのね』
『うん!だって弟だもん!…えへへ』


…こんな大事なことを今まで忘れていたなんて。



「……リヴァイ、おいで」


痩せた頬に手を滑らせ、それからその体を抱き寄せた。ぎゅっと、昔みたいに。


「(……あ 、あったかい…)」


こんなふうに人と触れ合うのは随分久しぶりで、リヴァイのことを抱き締めると母さんの温もりを思い出した。

心地のいい優しい温度。



「リヴァイ……母さんのこと、好き?」
「………う、ん」
「……私も」


抱き締めたまま母さんのことを見てみると、静かに眠っていた。


「──…、」


きっと、これから先も辛いことはあるだろう。それにそう簡単に金が手に入らないことも分かっていた。

だけど、それでも。


「リヴァイ……一緒に、生きようか」


一人じゃない。

私の胸に顔をうずめてぐずぐずと泣き始めたリヴァイはかけがえのない私の弟で、何があっても守り抜こうと思った。

これからも、ずっと。

リヴァイと私と、それと母さんの愛と。



「(……あ、リヴァイの髪……私のとそっくりだ)」


リヴァイの頭を撫でながら、ふとそんなことを思う。

母さん譲りの黒い髪を見つめ、私は久しぶりに表情を緩めて、微笑んだ。


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