地下街という暗く淀んだ世界。楽しいことなんて何一つなくて、このまま生きていても意味がないと思った。


だけど。


「…そんなこと、ない」


そんなことはないと言われ思い出した。

なんだかもう随分昔のことのように思える、だけど確かにあった母さんと一緒に過ごしていた日々のこと。

母さんの、こと。









「リヴァイはかぁいいね〜ちっちゃいねぇ〜」
「ナマエは本当にリヴァイのことが好きなのね」
「うん!だって弟だもん!…えへへ」


お母さんの腕の中で眠る二歳ほど年の離れた弟の頭を撫でるとそれを見ているお母さんまで嬉しそうに笑った。私はそれが嬉しくて、もっと笑顔になる。


「ナマエはお姉さんだから、リヴァイのこと守ってあげてね?」
「うん、わかった!っへへ、だってナマエ、おねーさんだもんね〜」


リヴァイが産まれてから更に生活は苦しくなり、仕事を再開したお母さんはあまり家に居なくなってしまってその間は私がリヴァイの面倒を見なければならなかったけど辛くはなかった。


「リヴァイー、おいで、ぎゅってしてあげる」


父親と呼ばれる人は居なくて、そして詳しくは知らないけどリヴァイと私のお父さんはそれぞれ別の人だったらしい。だけど私とリヴァイがお母さんの子供というのは間違いなくて、それだけでいいと思った。



「ねぇおかーさん、ぎゅってして」
「……いいよ、おいで」


お母さんはいつも抱き締めてくれる。リヴァイが産まれてからはそれも減ってきていたけど私が言えばいつだって抱き締めてくれた。


「ふふ、まだまだ甘えん坊さんね」
「……いーじゃん、すきなんだもん」


優しくて温かくて、お母さんに抱き締められると安心できて好きだった。



「ナマエ、生まれてきてくれてありがとう」


お母さんがいてリヴァイがいて。それだけで良かった。

他には何もいらなかった。


だけど私はそれを、失くしてしまった。




「リヴァイ、いっぱい字がかけるようになったね〜」
「……うん」
「えらいえらい」


リヴァイもだいぶ大きくなり、私が六歳くらいになった頃。
その日お母さんはいつものように仕事に行っていて、その間リヴァイと二人で留守番をしていた。するといきなり家のドアが開き、そこには知らない男の人が立っていた。

私とリヴァイはそっちを見る。


「……クシェルはどうした?」


するとその人は床に座り込んでいた私達を見て、私はリヴァイの前に身を出しその男の方に向き直る。


「……お、かあさん、…は、おしごと」


誰なんだろうと思いながらもそう答えるとふっと笑ったその人は私の目の前まできてしゃがみ込む。


「お前、名前は?」
「……」
「ん?」
「……知らないひとには、おしえない」
「…っはは、それは用心深い。でも俺はお前の父親なんだけどなァ」
「っえ、」


その人は私の父親だと言った。未だ会ったことがなかった私は一瞬頭が真っ白になる。


「そっちのガキは知らねぇが、お前は俺の子に間違いない。」
「……ほんと?」
「ああ本当だ。今まで会いに来れなくて悪かったな」


そう言って私の頭を荒っぽく撫でた。


「……。」


本当にこの人がお父さんなのかと、頭を撫でられながらその笑顔をただ見つめていた。そしてまた名前を聞かれ、私は答える。すると後ろにいたリヴァイが私の服をぎゅっと握ってきた。


「……リヴァ、」
「じゃあナマエ。行くか」
「……え?どこに?」
「どこって、俺の家だよ」
「え、………なん、」
「今日からお前は俺と暮らすんだ。」


唐突にそう言って私の腕を掴んで引っ張った。


「っや、なに……!?」
「……ねーちゃんっ!」


リヴァイも立ち上がり私にしがみ付く。


「あ?何だお前、男のガキは今のところいらねぇぞー?それに二人も持っていったらクシェルが可哀想だろ。一人くらいは残しといてやんねぇとな」
「っい、や!はなして!」


わけの分からないことを言うそいつから逃れようと必死に抵抗するも意味はなく、リヴァイと引き離される。
私は声を荒げ嫌だ嫌だと叫び、すると舌打ちをしたそいつは静かにしろと言っていきなり私を蹴りつけた。
突然体に強い衝撃を感じ何が起きたのか分からず声が出なくなって、鈍い痛みを感じる始めると涙が溢れ出てきた。


「うッ……、っ、」


体が震えだしそいつを見上げればさっきまでの笑顔はなくなっていた。恐怖で目を見開き、体が動かなくなる。それから私を脇に抱え出て行こうとする父親にリヴァイが向かってきてくれたけど敵うはずもなく、そいつはリヴァイにまで手を出した。だけど私は何も出来ずに床に転がったリヴァイを最後に、ドアが閉まった。

そいつが現れてから数分も経たないうちに私は連れ出されあっという間にそれまでの平穏だった日常は終わりを告げた。


ただ、お母さんとリヴァイがいればそれだけで良かったのに。そんな当たり前のように思える願いすら、叶うことはなかった。


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