「ホットケーキでも作って食べるか。」 「……え、ホットケーキ?」 「うん。食べれる?好き?」 「…………うん」 「じゃあホットケーキミックスを買いに行こう。行くぞリヴァイ」 「………、」 ガタリと席を立ち、部屋から財布とスマホと家のカギを取ってきてまたリビングへと戻る。 「あ、外暑いからこれかぶっとけ」 「っ、」 リヴァイが持ってきていたキャップをその頭にかぶせ、玄関に向かう。 「…こうやって見るとお前の靴ちっせーなぁ。」 「……あたりまえだろ。」 隣で靴を履くその姿を見ながらその靴の小ささに改めて気づかされる。靴のサイズは可愛いんだけどなぁ。 とかそんなことを思いながらリヴァイが履き終えるのを待ち、それから立ち上がる。 「履けた?」 「うん。」 「じゃ行くか」 ガチャリと玄関を開けて、二人で外へ出た。 「あー…、暑いなぁ……。」 「夏なんだから当たり前だろ」 「……お前は園児の可愛さをどこにかなぐり捨ててきた?」 近所のスーパーまでの道のりをリヴァイと歩く。それにしても暑い。 「お前だってビッチのくせにうるせぇよ」 「あーはいはい……てかスーパー行くなら夕飯の買い物も一緒にするべきだったか……冷蔵庫の中ちゃんと見てくれば良かった」 「………夕飯?」 「うん。何作ろう」 「……え?」 「え?」 「………お前が作んのか?」 「え、うん。そうだよ。何が食べたい?リクエストを聞いてやろう」 「………、ほんとに作れんの?」 「ほんとに作れんの。何、疑ってる?」 「……うん。」 「うんじゃねーよこのやろ」 「だって、…なんで?」 「何でって……。別に普通でしょ?一応女子だし。それに私、小さい頃からそういうのやってたからねぇ」 「…小さいころ?」 「そ。うちは昔から共働きだったから私も家に一人なことが多かったの。だからなんか勝手に覚えていったっていうか」 「………、」 「だから料理は小さい頃からやってたわけ。まぁとりあえずお前が食いたいもんでも作ってやるよ。何がいい?」 「……。」 「からあげ?カレー?オムライス?ハンバーグ?お前何が好きなの」 「………分かんない」 「は、分かんない?なぜに」 「おれ、何が好きなのか分からない」 「………、」 「だから別になんでもいい。」 「……。」 その顔はなんというか、遠慮してるとかそういう感じではなくて、本当に「何でもいい」という表情だった。 「………、」 でも、リヴァイ。 「…そんなこと言うなよ。だとしても“おいしい”って思うやつくらいはあるだろ?別になんでもいいからさ。今思いつくものでもいい。さっき言った中で気になるものでもなんでいいから」 「……なんでも?」 「うん」 「………じゃあ、」 「……」 「……ハン、バーグ」 好きな食べ物がないとか、そんなこと言うな。 「…ん。分かった。ハンバーグな。超うまいやつ作って、今日からハンバーグをお前の好物にしてやるよ」 「……勝手なこと言ってんじゃねぇよ」 リヴァイのその「何が好きなのか分からない」という言葉から、普段のコイツの生活がなんとなく見えた気がして少し、胸が締まるような思いがした。 ◇ 「……ん?アイツ…何してんだろ」 スーパーに着き必要なものをカゴに入れながらもさっきリヴァイに「食べたいお菓子持ってこい」と言ったのだが、ふと何かをじっと見つめたまま一人棒立ちするリヴァイの後姿を発見し首を傾げる。 「──リ、」 それに声を掛けようとした瞬間、その視線の先にあるものに気づき思わず言葉が止まった。 リヴァイの見ていたものが“リヴァイと同い歳ぐらいの男の子”とその“母親”が二人で買い物をしている姿だったから。 「………、」 ──なんとも言えない。 そんな気持ちになりながら、私はリヴァイを見つめる。 その姿はまだ小さいリヴァイの目にどんなふうに映っているんだろう。 「………リヴァイ。」 「…… 、」 改めて名前を呼びキャップの上からポンと頭に手を置いて、その視線を逸らさせる。 「お菓子、選んだんか?」 「………これ。」 「…おぉ、……ってお前それカントリーマアムのしかも二種類入ってる(高い)やつじゃねぇか」 「これが食いたい」 「…そっか。まぁいいけど。どうせ食費は親が出してくれるし」 「お前が払うんじゃねぇのかよ」 「当然だろ、食費まで負担してたまるか」 それからその場をあとにして会計を済ませて、買ったものを袋に詰めていく。 「ほら、リヴァイ。自分の菓子は自分で持て」 「……」 手を伸ばすリヴァイにお菓子の入った袋をひとつ渡し、私も袋をひとつ持ち歩き出す。 外は相変わらず暑かった。 「(暑い……)」 「……ナマエ」 「んー…なに」 「……お前、おれが居るあいだ、……バイト、行くのか?」 「え、バイト?」 「………うん」 「……、あー…、うん。そういや…そうだね。そうだった。お前一人で留守番できる?」 「……行くのか?」 「………、」 少し眉根を寄せ拗ねたようにそう言うリヴァイの瞳に見つめられ、一瞬何も言えなくなる。 「……。」 「…っいや、でもほら。別に毎日じゃないから。今日とか、全然バイトないし。明日も確かないし。明後日はあるけど。まぁーでもとはいえ夕方までだから。ほら一日中居ないわけじゃないからさ?なるべく早く帰ってくるし」 「……ふぅん。…別に、どうでもいいけど」 「(いいのかよ)」 必死にフォローさせといて別にいいって何だよお前。しかもそんな顔しながら言われてもな。 「…一人で留守番できる?」 「………慣れてるし。」 「……。」 慣れてるのか。 まぁ、そうか。 ……慣れてるのかよ。くそ、何なんだよ。こんなことならバイト入れるんじゃなかった。ていうかそもそもケニーさんも言うの遅いだろ。もっと事前に言ってくれたらリヴァイ預かってる間はバイト入れなかったのにさ。あーあ。 「まぁ……その、ごめんな?」 「だから別にいいって」 「……。もし家に居るのが嫌なら公園で遊んでてもい、い………、」 いやちょっと待てよ。 そもそも家に一人で留守番ってだけでもなんかちょっと心配なのに、その上一人で外に行かせるのはもっと心配なような気がするんだが。いやだって公園に行く途中で車にでも轢かれたらどうする?誘拐とかされたら?それに熱中症にでもなったらどうする。あの公園は人気がない。誰も気づいてくれる人なんて居ないぞ。そうなったらヤバイだろ。危ないだろ。そもそも一人で公園で遊ぶって余計寂しくないか?いやまぁ多分それこそリヴァイは慣れてるのかもしれないけど。 「(いや、でも、……うぅーん)」 ──ああくそ。 何だ?別に今まではリヴァイが一人で遊んでようが何をしていようがここまでは気にならなかったのに。うちで預かるってなった途端に、急に。なんか。なんだろ、なんでだ。 「……いや…やっぱり怖いな……。」 「は?」 「……。リヴァイ。お前、勝手に外でるの禁止な。分かった?」 「…は?なに、いきなり」 「留守番してる間は家から出ないこと!約束な!」 「………別に、いいけど。何だよ、いきなりそんなこと言いやがって」 「ハァ……知らねぇーよ私だってさぁ。もう何なの?ほんとに」 「……は?おれが聞いてんだけど」 なんかめんどくさい。 ◇ 「まぁとりあえずホットケーキな。とりあえずホットケーキを作ろう。」 「……」 家に着き、買ってきたものを冷蔵庫に詰め込んでさっそくホットケーキの準備をする。 「リヴァイ、テレビでも観て待ってな。すぐ出来るから」 「……。」 テレビをつけてリモコンをソファに投げる。リヴァイは黙ったままテレビの前に座り、それを横目に私はキッチンに向かう。 「…あんまり近くで観ると目ぇ悪くするぞ?ソファに座って観なー」 「……。別になんだっていいだろ」 「よくねーよ私の家に居るなら私の言う事を聞きやがれこのガキンチョ。」 「………」 静かにリヴァイがソファに移動する姿を見届け、それからホットケーキ作りを開始する。 ええっとボウルに卵と牛乳を入れて。 「(そんでホットケーキミックスを)………ってうわあ!?」 「……。(ジー)」 「ッリヴァイ!?お前何だよいつの間にこっち来てんだよビックリした!テレビ観てたんじゃなかったのかよ!?」 「………、」 盛大にホットケーキミックスぶちまけるとこだった。焦った。 なぜって、ついさっきソファに座ったばかりのはずのリヴァイがいつの間にかすぐ側に来ていたから。 「……これでホットケーキ作んのか?」 「え、…あ、うん……。そうだけど」 「……ふぅーん」 「……、お前も一緒に作ってみる?」 「………いいの?」 「うん。…じゃーこれまぜといて。私フライパン用意するから。出来る?」 「……わかった」 「ん。」 ドキドキとうるさい心臓を落ち着かせるように息を吐き、材料の入ったボウルと泡だて器をリヴァイに渡し様子を見ながらフライパンの用意をする。ガチャガチャとやたら音を立てながら真剣にそれを混ぜる姿はなんだか少し可愛くて、無意識に口元が緩んだ。 「…ナマエ、これ、どれくらい」 「ああ、それくらいでいいよ。ありがと」 「……ん」 「じゃあそれをフライパンに流すんだけれども……リヴァイ出来るかお前」 「どうやんの」 「ただ流すだけなんだけど…、まぁいいや。やってみるか。はいこれ持って」 台を持ってきてそれにリヴァイを立たせ、お玉を渡す。 「熱くなってるから気をつけろよ?触るなよ?火傷するからな?てかバランス崩して落ちんなよ?なんか危ないな……大丈夫か?」 「うるせぇな」 すぐ側で見守りながらもソワソワして落ち着かない。その上混ぜたものをボタボタとフライパンに落とすその姿に、思わずリヴァイの持っているお玉をそのまま上から握る。 「ちょ、待てもうちょっとキレイに落とせ、キレイに」 「あぁ?」 「ほらこうやって丸いかたちにすんだよ。」 「……、丸」 「そうそう。まあるくな。」 「…まるく……、」 なんか家庭科の授業みたいだな。 「……つぎは?」 「…次はこれがプツプツしてきたらひっくり返します」 「プツプツ?何だそれ気持ちわりぃ」 「気持ち悪くない。この表面に小さな穴ぼこが出来るから、そしたら反対側を焼くの。ひっくり返すのはさすがに私がやるけどな」 それからはあっという間。反対の方も焼いてホットケーキはすぐに出来上がった。ものすごく簡単だ。二枚目も同じようにリヴァイがフライパンに流し、私がひっくり返してすぐに出来上がった。シロップをかけて、テーブルに運んでそれを食べる。 リヴァイはおいしそうにそれを頬張り“自分で作った”というちょっとした達成感もあったみたいでその姿は少し嬉しそうに見えた。 それは今日ようやく見えたリヴァイの何気ない笑顔で、私はなんだか安心した。 ◇ そして夜──9時過ぎ。 夕飯のハンバーグも作り食べ終え母親も帰ってきて、それからリヴァイも私もお風呂に入り(一人で入れるかと聞いたらキレられた)、私の部屋に布団を敷いた。 「……なぁリヴァイ。マジでもう寝るんすか」 「いま何時だと思ってんだよ」 「まだ9時過ぎですけど……」 園児の夜は早い。もう寝るとか言い出したリヴァイに、私の部屋での自由は奪われた。 「さすがに私は全く眠くないぞ……。」 「………。」 「まぁーでも仕方ないか。…リヴァイ、一人で寝れる?」 「は?当たり前だろ」 「じゃあ私はリビングに居るよ。まだ寝れねーし」 「…… あっそ」 「うん。おやすみ。あ、部屋暗くするか?真っ暗じゃない方がいい?」 「真っ暗でいい。」 「一応オレンジにしとこう」 「消せよ」 「よし。じゃあ、おやすみー」 「……、」 部屋を薄暗くし横になったリヴァイにおやすみを言ってパタンとドアを閉めた。 それから私が自分の部屋に戻りベッドに入ったのは、三時間後のことだった。 ──12時過ぎ、静かに部屋のドアを開きリヴァイを起こさないよう中に入る。 そしてスマホを枕元に置いて、タオルケットをかぶり横になろうとしたその時、部屋の暗さに目が慣れてなんとなく気がついた。 「………あれ、リヴァイ…起きてる?」 もぞもぞと動くリヴァイに小さく声をかければ、タオルケットから目の下まで少し顔を出し眉根を寄せてまぶたを開く姿が見えた。 「……うるさい」 「いやうるさいって。静かに入ってきただろうが」 「………」 「眠れないの?……てかまさかずっと起きてた?」 「………。」 「何だよ眠れなかったんならリビング来れば良かったのに……大丈夫か?」 「……うるさい。」 「いやいや……、」 息を漏らしながらバサリと横になり、視線が逸れないリヴァイと目を合わせ続ける。 「………。リヴァイ、こっちで一緒に寝るか?」 「は?ふざけんな」 「ふざけてねーよ……。いいからこっち来い。」 「は、何でだよ、ウゼェ」 「ウザくねぇーよ。来いってば。早くしろよ寝ちゃうだろうが……地味にもう眠いんだからな私も」 「………、」 あくびをしながらリヴァイをベッドの中へと誘い、タオルケットをぺらりと片手で上げると嫌そうな顔をしながらも布団から出てきた。 「まくら、まくらも」 「………何でなんだよ……。」 「いいからいいから。はよう」 「……チッ」 自分のまくらを寄せて、リヴァイをベッドに入れた。 「ふぅー。じゃあ、おやすみ」 「はぁ?何でだよ!」 「は、何が」 「何でお前と一緒に寝なきゃいけないんだよ!」 「(いやこっち来といて?)…うるさい奴だなぁ。別にいいだろ?寝ろ寝ろ。このまま寝ろ」 「だから寝れねぇんだよ!」 「だからこうして添い寝してやってんだろが。大丈夫大丈夫。寝れるって。目ぇ閉じろ」 「……っ。」 それでも頑なに目を閉じようとしないリヴァイに、ため息を吐きそうになりながらもそれは我慢し、思い出したように口を開く。 「……そういえば今日のホットケーキ美味かったなぁ。あれ」 「……は、?いきなり、何」 「ホットケーキ。楽しかったし、お前が居る間にまた一緒に作るか」 「………、」 「美味かったでしょ?」 「………う、ん。」 「じゃあ約束な。」 「……やくそく、」 「うん。明日は何しようか」 「………」 「公園行くのもいいけど暑いからなー」 「……」 「まぁ出かけるのもありっちゃありだけど」 「……」 「リヴァイは何したい?」 「……」 「なんでもいいよ」 「………おれは、」 「うんうん」 それから数分、向かい合いながら少しだけ話をしているとリヴァイはすぐにウトウトしてきて、そしてそのまま眠ってしまった。 それをちゃんと見届けてから私もすぐ眠って朝まで一度も起きなかった。だけどやけに暑苦しいなと感じ早めに目を覚ますと、リヴァイが真正面から私にぴったりと引っ付きながら眠っていて、目を丸くした。 「(え………近いな)」 いつの間にこんな近くに来てたんだろう。 顔だけ動かしてどうにかその顔を覗いてみるとスヤスヤと寝息を立てていて、肩の力が抜ける。 「(まぁいいや……)」 私もまたベッドへと頭を寝かせ、目を閉じる。 「(もーちょっと寝よう)」 その時自然と手がリヴァイの頭を撫でていたことには、自分でも気がつかなかった。 |