昔、小さい頃によく見る夢があった。誰かは分からないんだけど男の人が出てきてその人と確か私が話をしている夢。会話の内容までは覚えていないんだけど、その人の声色が優しかったのを覚えている。そしてまだ小さかったあの頃の私はその人に対して恋心に近い感情を抱いていた。だけどそれは子供の思うことで、大した意味なんてなかったと思う。ただ夢に何度も出てくるその人が気になっていただけのこと。 でもそれも次第に見ることはなくなり、私はいつの間にかその夢のこと自体思い出さなくなっていった。そんな夢を見ていたことも、その人のことも。 そういえば、リヴァイの声はあの人の声に似ている気がする。 ◇ 『 違う世界 帰る方法 』 検索。 「…うーん……。」 「何してる」 さっさと帰ってもらう為にもとりあえずいくつか検索してみたものの、それっぽいマジのやつが出てくるはずもなく。 リヴァイは私と同じように画面を覗き込んできた。 「…リヴァイが帰る方法。一応調べてみたけど分かんないや」 「調べてみたのか。いや調べられるのか」 「まぁネットで検索しただけだけど…」 「……ネット」 「てかさぁリヴァイは何で来ちゃったの?何をしたらそんなことになるの?」 「そんなもん俺が知りたい。」 「もしかして何か悪いことをしたせいで世界から追放されたとか」 「違う。」 「じゃあ何で?」 「だから俺が知りたいくらいだ」 「……そんなんで帰れるの?」 「…まぁ…来れたということは帰れるってことでもあるだろ。」 「……そうなの?」 「知らん。だがそうでなきゃ困る」 そりゃあまぁそうかもしれないけど。私も困るけど。 ていうか、それにしてもこの人って。 「リヴァイは…わりと、冷静だね」 「……」 「もしかしてこういうの初めてじゃないの?」 「いやこんな事がそうそうあってたまるか。」 「……私がリヴァイの話をこうもすんなりと信じられたのも不思議だけど……リヴァイも、普通もっと取り乱すものじゃないの?」 「別に冷静じゃねぇよ。冷静になろうとしてるだけだ」 「そーなの?」 「ああ。」 「……ふーん……。」 私は今、思っていたよりも彼と普通に話せている。 こんなふうに人と話すのはかなり久しぶりだというのに。 何でかな。 この世界とは全く関係のない、全く知らない人だからかな。 「…それよりもお前は、仕事とか、何かしてねぇのか?」 「……え?」 「いつもどんなふうに生活してるんだ」 「……、それ、言わなくちゃいけないの?」 「言いたくないのか」 「…言いたくない。」 「……そうか。なら、いい」 「………。リヴァイの方こそ……いつも何してんの」 「俺か?」 「…うん」 「……ほう。自分のことは話さねぇクセに人の話は聞こうってのか。」 「…………。じゃあいいよ…別に……」 「まぁいい。というか俺はさっき話した通りなんだが」 「……、さっき?……あ、調査…兵?とかいう…」 「ああ。壁の外に出ていろいろと調べるのが仕事だ。巨人とも戦う。」 「…ふーん…」 「興味なさそうだな。お前。聞いといて何なんだ」 「……だってなんか、どうにも想像しにくくて……信じてはいるんだけど…どこか現実味がないっていうか……」 「…まぁ、巨人が居ない世界で生きてりゃそうだろう。むしろ一発で信じたことの方が驚きだ。本当に知らなかったのか?」 「知らないってば……。それにそれを言うならリヴァイだってこっちの世界のことすぐ信じたじゃん」 「そりゃお前、俺は当事者だぞ。信じるもクソも一瞬でこんな訳の分からない場所まで移動しちまってんだ。信じざるを得ないだろうが」 「あぁ……そっか、」 「俺はこの世界について何も知らない」 「ふーん」 「だから、興味がある。出来れば外に出てみたいんだが…」 「あ、そう?じゃあ行ってきなよ。何ならそのまま帰ってこなくてもいいし」 「……。何言ってんだ。お前も一緒に行くんだよ。」 「…………………は?」 「一人で出歩くわけねぇだろうが。俺はこっちの世界のことを何も知らないんだぜ?」 「…………」 「案内役が必要だろ。お前が案内しろ」 「…………ありえない。無理」 「あ?」 「やだ。絶対に。」 「何で」 「外出るとかありえない。マジで。行くならリヴァイ一人で行ってよ。案内とかいらないでしょ」 「いるだろ。どう考えても」 「いらないって!!」 「……いや、この窓から見ただけでも十分に分かる。俺の知っている世界とは全く違うことがな。だからお前が必要だ」 「知らないしそんなの!!ってか、本当に嫌!無理!!好きなだけ家に居てもいいから外に連れ出すのだけは本当にやめて!!」 「………、なぜ、そんなに頑ななんだ。何かあるのか?理由を話せ」 「っ……だから、私には…っ関係のないことじゃんっ……そんなの、勝手に、行ってよ……!」 「…だから、せめて理由を話せ。」 「行きたくないの!!外には!」 「話の通じねぇガキだな……その理由を話せと言っている。」 「何で…?何でそんなこと、リヴァイに言わなきゃいけないの…?何で、そんなに…いろいろ、聞いてくんの……?私は、誰にも何も話したくないのに……」 「………。」 外になんか出たくない。行きたくない。誰にも会いたくない。こわい。 人の目が、こわい。 「…お前が外を“出歩いちゃいけない”決まりのようなものがこの世界にはあるのか、それともただお前が行きたくないだけか……どっちだ?俺にはただお前が出たがってないだけのように見えるが」 「…っ……」 「どうしてお前はそんなに…内に引きこもってんだ。この世界はそんなに生きにくいのか?」 それ以上に会話をするのが嫌になり、逃げるようにまた私は毛布にくるまった。 “生きにくい”? ……そうだよ。生きにくいよ。 呼吸がしにくいんだよ。 だって、私は 「……ちがう……のに……、」 「……あ?」 『お姉ちゃん』『お姉ちゃん』って、私はお姉ちゃんじゃないのに。お姉ちゃんにはなれないのに。 『どうして出来ないんだ』って、そんなの知らないよ。 私が知りたいよ。 何で、どうして。私はあんなに、頑張ったのに。 褒めてほしいのに。 私のことを見てほしいのに。 もっと、ちゃんと、うまく、やりたいのに。 何で出来ないんだ。 『何で出来ないんだ』 ──うるさい。 うるさいうるさいうるさいうるさい。 「うるさいッ!!!」 こうやっていつだって逃げ込んだ先は真っ暗で、暗闇の中嫌な言葉ばかりが頭の中に響いて止まらない。 その声に思わず「うるさい」とそう叫べば、次の瞬間光が入り込んできた。 「っ……、」 一瞬まぶしくて目を閉じかける。 「いや…『うるさい』ってお前。もう何も言ってねぇだろ」 「………、」 「何してんだよ。お前はさっきから定期的に毛布にくるまってばっかだな」 リヴァイに毛布をめくられ、瞳を覗き込まれる。 ………あれ。何の話をしてたんだっけ。 「いいから出てこい。そこまで嫌だってんならもういい。…とりあえず、今のところはな」 ……あ。そうだ。外に出るとか出ないとか、そんな話だった。 「……え、いいの…?」 リヴァイの言葉に、もぞもぞと体を起こして毛布から顔を出す。 「…ああ。」 「……でも、行きたいんじゃなかったの?」 「お前な……どっちなんだよ。」 「だからリヴァイ一人で行けばいいじゃん……」 「だから一人では行かねぇっつってんだろうが。」 「………。」 (何で?) 一人で行けばいいのに。 一人でも行ってくれたらいいのに。 だって、私のせいで行けなくなるのは、なんか。 「……、」 でも。 外には出たくない。 ──ああもう。どうして。私がこんなこと考えなくちゃいけないの。 「オイ、何シケた面してんだ」 「………一人で行けばいいのに……。」 「いやしつけぇな」 「……だって………」 「……、何なんだよ。お前は」 「………。」 分かんない。けど、モヤモヤする。 …なんかちょっと、言い過ぎたかなって 行きたいって言ってんのに 申し訳ない リヴァイは私のこと…… でも どうしよう 分かんない 行きたくない だって、怖い 「──ナマエ」 すると名前を呼ばれ、ハッと顔を上げる。 「…もういいからそれ以上何も考えるな。めんどくせぇ」 そう言ってリヴァイは私の頭をガシリと撫でた。その手つきはお世辞にも優しいとは言えなくてすぐに離れてしまったけど、どうしてか嫌ではなくて、むしろ少しだけ心地よかった。 どうしてだろう。この人の手が温かいことを、私は知っている気がした。 |