「少し話をしよう」 リヴァイはカーテンと窓を開き、私を見つめてくる。 「……話って…。」 どうしてそんなことしなくちゃいけないんだろう。知らない人と、いきなり。しかもこんな土足で入り込んでくるような人と。 …だけど、じっと見つめてくるリヴァイのその瞳から目が離せなくなる。吸い込まれそうになる。 人と目を合わせるのなんてどれくらいぶりだろう。しかもこんなふうにちゃんと相手の顔を見ながら。 「ナマエ…お前は本当に、巨人を知らないんだな?」 「……知らない」 「…少しもか?俺の話を聞いてみて、何か感じたりとかは…」 「っだから、知らないって、…そんなの」 「……そうか。なら、お前は普段何をして過ごしているんだ。さっきは寝ていたようだが」 「………、」 その問いに、思わず口篭りリヴァイから目を逸らして俯く。 普段何をしているかなんて、…べつになにもしてないのに。 「…オイ、ナマエ?」 言いたくない。 学校にも行かないでただ部屋に引きこもっていること、こんな何の意味もないような毎日を過ごしてること。 この人には知られたくない。 私は目を伏せたまま僅かに眉を顰めて、口を開く。 「……だから、まぶしいって…」 「…あ?」 ぼそりと呟いて太陽の光が差す窓とリヴァイから離れ、ベッドへと戻る。 (だって、こんなよく分からない人に話なんかしたくない) もぞもぞと毛布に包まり早々に考えることを放棄し目を閉じる。 ──が。 「てめぇ何してんだ」 「っ、!」 それは簡単に剥がされ、バッと毛布は取られ即座に現実へと引き戻された。 「ちょっ…!」 「何勝手に話終わらせてんだ」 「さ、さむい……!」 装備を奪われ思わず両手で頭を抱え込み、するとリヴァイが私の顔を覗きこんできた。 「オイ、ナマエ」 「なッ…何…?!」 「お前、楽しくないのか」 「……はっ?」 「なぜそんなにつまんなさそうな面してやがる」 「………っ…、」 「少なくともこの世界は平和で、自由なんじゃねぇのか」 リヴァイはいきなりそんなことを言う。 …平和?自由? (そんなの……) 「知らない……」 「……。」 分かんない。知らない。平和で自由だったら楽しいの? リヴァイの言っていることが分からなくて、また目を逸らす。 するとリヴァイは私の前にしゃがみ、目を合わせてきた。 「…ナマエ」 何でだろう。名前を呼ばれると、なんだか胸がざわざわする。 「お前に、頼みがある」 「……え……な、何」 そんな真っ直ぐに私を見つめないでほしい。名前を呼ばないでほしい。 どうしてか、悪いことをしている気がしてくるから。 「帰る方法が分かるまで、ここに居させてくれないか」 さっき知り合ったばかりのその人は、平然とそう言ってのけた。 ◇ 「意味が分からない…」 「だから、他に行くとこがねぇんだよ」 「だから警察に行けばいいじゃん!」 「そんな得体の知れない奴らのところに行ってたまるか」 「いや私だって十分得体知れないよ…!さっき会ったばっかなんだから…!」 「いやお前のことなら知っている。ナマエだ」 「情報それだけでしょ!?」 「ナマエという名の奴に悪いやつは居ない」 「何の根拠があって!?」 ここで生活させろと、リヴァイは言い出した。それも一時間くらいずっと言い続けてくる。断ってんのに。しつこすぎる。 しかも最初は「いさせてくれないか」だったのに途中から「いさせろ」に変わり始めたし。 「ほんともうウザイ……」 「こうして出会ったのも何かの縁だろう」 「悪夢でしかないんですけど……!?」 適当なことばっか言うリヴァイにイライラしてくる。 「そういえば、お前はここで一人で暮らしているのか?」 「はっ、?」 「それとも他に誰かいるのか」 「………そりゃ、一人なわけないでしょ…。」 「なら今は出掛けてんのか?いつ帰ってくる」 「……、」 ──お母さんやお父さん、お姉ちゃん。 最近ちゃんと顔を見てない。 そういえば、いつ帰ってくるんだっけ。 「……知らない」 「…は?」 「…今、親とお姉ちゃんは旅行いってるから。知らないよ。いつ帰ってくるかとか、聞いてないし、どうでもいいから。まぁ暫くは帰ってこないんじゃない?」 「……」 「……。」 ──一緒に来る? 数日前、お母さんからの海外旅行への誘いに私は「行かない」と答えた。たった一回だけ。その時一度だけ誘われ、一度だけ断ればそれで会話は終わった。 別にしつこく誘ってほしかったわけじゃない。本当に面倒だったから断った。行ってもどうせ楽しくないし。こうやって部屋に一人で居る方が楽に決まってる。またお姉ちゃんと比べられて、嫌な思いするだけだ。つまんないよ。 だから、お姉ちゃんの冬休みの間の長期での家族旅行へ私は行かなかった。 ごはんは好きなデリバリーを頼んでいいと言われた。お金も置いてあった。どうせいつも部屋に引きこもってるだけだったから別に誰も居なくても不便ではなかった。 それに家に居たとしてもそんなに話さないし、関係ない。むしろ誰も居ない方が楽だ。誰の目も気にしなくていいのだから。 もう本当、どうだっていい。 「お前、馬鹿だな」 数日前のことを思い出しているといきなり、馬鹿だと言われた。 「……はっ…?」 顔を上げればリヴァイは私を鼻で笑う。 「正直なのはいいが、それは俺にとって都合がいい。」 「……は…?なに、言ってんの?」 「俺はお前が一人で居てくれた方がここに居やすい。俺を追い出したかったのなら家族が暫く帰って来ないことは言うべきじゃなかったな。」 「……… あ…、」 「誰も居ねぇのは俺にとっては好都合だ。もう諦めろ、ナマエ。どうせお前一人の力じゃ俺を無理やり追い出すことも出来ねぇ」 「………、」 もしかしたら私は自分で思っていたよりもずっと馬鹿だったのかもしれない。 だって、 「……でもリヴァイ」 「何だ」 「…確かに私一人じゃ、無理だけど……でも警察に電話すれば、不法侵入とかで捕まえられるよ……多分」 「……そうか。…だったらなぜそれをしない?なぜそれを俺に言う」 どうしてリヴァイの言うことを、リヴァイがこの部屋に居ることを──リヴァイを、こんなにも普通に受け入れているのだろう。 「……なんか、ショック……」 「何が」 こんな状況、絶対におかしいのに。それは分かるのに。 「私…詐欺とかに簡単に引っかかるタイプだったのか」 「…あ?」 「……。…もう、いいよ。わかった。ここに居てもいいよ……でも、親達が帰ってくるまでだからね。」 ため息を吐いて、リヴァイを見る。 「それまでにどうにか元の世界に帰る方法見つけてよね」 「……ああ、分かった」 もう、どうにでもなれ。 |