「オイメガネ」
「…ん?あぁリヴァイ」
「ナマエはどうした」


いつものようにお茶を淹れに来ると言っていたナマエがなかなか顔を出しに来ないことが気になり、部屋を出たついでにメガネに声を掛けた。すると足を止め振り向いたそいつに、違和感を覚える。


「ちょうど良かった。今君の部屋に行こうとしてたんだよ」
「…そうか。で、ナマエは」
「うん。それより気にならないの?この子が」
「……。」


そう言ってハンジが目を向けるのは、その腕に抱かれている小さなガキ。


「…お前の隠し子か?」
「あはは、んなわけないでしょ!」
「だろうな。どうでもいいが」
「普通もっと興味もたない?」
「…そんなことより俺はナマエを」
「いやだからね。リヴァイ」
「あ?」
「この子が、ナマエなんだけど」
「……… は?」


突拍子もないことを言い出すそいつに、眉を顰める。


「いやー今日出来上がった薬を飲ませたらさぁ。こんなんなっちゃって。」
「……」
「驚いたんだけど、でもナマエであることは間違いないよ。目の前で小さくなったからね。記憶はないみたいだけど」
「……」
「まぁだからさ、リヴァイ。いつもみたいに面倒よろしく!子供とはいえナマエだから。可愛がってあげてね」
「……ハンジ」
「ん?」
「正気か?」
「え、なんで?」
「…そのガキがナマエである証拠はあるのか」
「えぇー…。証拠なんてないよ。薬も丸々飲ませちゃったから他の人で試せないし」
「さすがに信じがたいな」
「いやそんなこと言われても」


そのガキと目が合えば、俺を見て僅かに怯えたような素振りを見せハンジの服を小さな手でぎゅっと掴んだ。


「ちょっとリヴァイ、そんなアサシンみたいな目つきでナマエを見ないでよ」
「見てねぇよ。」
「…ねえー?ナマエ、怖いねー?このオジサン。」
「オイてめぇ」
「………… こわい、」
「ほら怖いって。可哀想に」
「……、喋れるのか」
「え?そりゃ喋るよ。普通に」


ずっと黙りこくっていたからまだ喋れないのかと思った。

が、そいつはハンジの言う「ナマエ」に普通に反応しているように見えた。


「…本当にナマエなのか?」
「だからそう言ってるじゃないか。」
「……。」
「はいナマエちゃーん?呼ばれた人はお返事してー?」
「……… はー い 、」


こっちの様子を気にしながらもちゃんと手をあげるそいつに、なんとも言えない気持ちになる。


「ほら。ナマエだろ?」
「………、本気なのか」
「本気本気。いいからほら、見ててあげてって。私はまとめ作業があるんだから」
「…… 、」


ハンジはナマエを抱き上げ、俺の方に差し出す。

──が。



「……やっ!」


俺との距離にナマエは小さく悲鳴を上げ、ハンジの方に体を捩じらせ手を伸ばす。


「あら?」
「………。(嫌がられた)」
「…ナマエ、リヴァイは嫌なの?」
「……ハンジが、いい」
「えー?!何だそれ可愛すぎるだろこいつぅ〜」
「………。オイ、貸せ」
「っあ、ちょ、」
「…ぅあぁ〜…!ハンジぃぃ…!」


その手からナマエを奪い抱き上げればハンジに手を伸ばしながらじたばたと身を捩る。


「ハンジ!ハンジー!」
「あーごめんねナマエ、私はやることがあるんだ。嫌かもしれないけどリヴァイと遊んでてくれる?」
「やー!ハンジとあそぶぅー!」
「うんうん。じゃあリヴァイあとよろしくね」
「お前容赦ねぇな。ちょっとくらい後ろ髪引かれたらどうなんだ」
「だってしょうがないし。じゃ、またあとでねナマエ!」
「あぁぁー…!!」


そして手を振りながらいつものように颯爽と居なくなり、ナマエの声だけが廊下に響き渡った。





「…確かに、よく見てみるとナマエっぽい顔してやがる」
「………」
「……(そう思うと可愛く思えてきた)」
「…………ハンジは?」
「…ハンジは来ない。いい加減諦めろ」
「………っう、ううぁ……」
「泣いても来ないぞ。無駄な体力を使うな」
「……こわい……」
「怖くない。」
「……リバイ、こわい」
「ほう。名前覚えてたのか」
「……さっきハンジが、リバイって…だから、おぼえた」
「そうか」
「………、…すごい?」
「……あ?」
「リバイおぼえたの、ナマエすごい?」
「………、」


それまでろくに合っていなかった瞳が、いきなり俺をジッと捉える。


「あぁ……凄いな。」


思わずそう言ってやると、そいつは次第に表情を緩めていく。


「… ふ、…へへ」


そしてふにゃりとはにかんだナマエはようやく俺に笑顔を見せた。


「………。」


その笑顔はナマエそのもので。

(何だ、これは)

妙な気持ちになる。



「ねーリバイ」
「……何だ」
「リバイ、だっこ」
「………。」


向かい合うようにイスに座らせ、腕を組みながらナマエと対峙していた俺はその言葉に思わず黙る。何を思ったのかいきなり両手を伸ばしてきやがった。さっきまでは半泣きだったくせにちょっと褒めたくらいで何だこの変わりようは。ちくしょう可愛いじゃねぇかクソ。


「ね、だっこー」


…仕方なく、あくまで仕方なく俺は、静かに軽く腰を上げナマエを抱き上げて、腕に抱きながらまたイスに座る。その間俺の目をずっと見続けているナマエに俺もその瞳を見返す。


「…これでいいか」
「うん!」
「………。」


嬉しそうにすり寄ってくるナマエに、なんだかだんだん何かいけない事をしているような気分になってくる。

そもそもこいつはナマエなんだ。子供の姿になっているとはいえ、一応調査兵団の部下だ。それに本人の許可もなしにこんなふうに触れ合っていいのか?いや別にやましい気持ちがあるとか子供のこいつに興奮してるとかそういうわけじゃないんだが。ただ、なんとなく。
たとえ体が戻った時に本人にその時の記憶がなかったとしても。今は子供の姿だったとしても。こんなふうに異性の俺がこいつを抱いたりするのはよくないのではないか。


「リバイ、すきー」


まぁいいか。

俺はナマエをぎゅっと抱き締めた。



つづく。


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