私は何の為に生まれてきたのだろう


何の為に生きているのだろう




──そんなのは、愚問だ。






「私、兵士になりたい」



生まれた家庭は至って普通。普通に生きてきた二人が普通に出会い、普通に愛し合った父と母の間に生まれたのが私。普通に愛情を注いでもらって生きてきた。

たくさんお金があるわけでもないし、ひどく貧乏なわけでもない。

至って平凡。大した出来事も起こらず過ぎて行く日々。


いつからだろう。それに疑問を抱くようになったのは。


ただ普通に朝起きて、ごはんを食べて、寝て、また起きて。それを繰り返すだけの日々。日常での些細な出来事に一喜一憂したりして。息を吸って、吐いて。水を飲んで。誰かと話をして。笑ったり怒ったり悲しんだり。

特別足が速いわけでもないし、力があるわけでもない。頭の回転が早いわけでもなければ、秀でた才能があるわけでもない。


それが、つまらなくなった。


私の人生には一体どんな意味があるのだろう。何の意味があるのだろう。
きっと大した意味などなくて、このままただ過ぎていくのだろうと、そう思っていた。


──だけど。

私は分かっていなかった。

生きる意味も、生まれた意味も、何もかもを決めるのは自分自身だということに。

なぜならこれは私の人生で、私の物語だからだ。
この物語の中では私が主人公なのだ。


他の誰でもなく私自身が決めるべきことで、自分で探し、自分で見つける。

何かを探して、何かになりたくて。胸を張れるような人になりたくて。


私は、兵士の道を選んだ。


壁の外には巨人がいる。人を食べる巨人がいて、そしてそれと戦っている人達がいる。──自由の翼を背負う調査兵団。

私はそれに憧れた。ヒーローのようなそんな存在になりたかった。


それから訓練兵団に入り、三年間そこで歯を食いしばって訓練を続けた。
だけど自分が特別な人間じゃないことは分かっていたし、だからこそそれに憧れたのだけど、だからとにかく努力をした。何度も何百回も逃げ出そうと思ったし辛くて苦しくて何度も理由を見失ってその度に思い出して踏ん張って、もがき続けた。

訓練兵団で過ごした三年という月日はあまりにも長く感じ、終わりなんてこないようにすら思えていた。
だけど当然そんなことはなく、三年後に私はそこを卒業した。

そして所属兵科を決める日、正直迷いがあった。調査兵団の他にも道はある。とはいえ成績上位には入れなかった私には調査兵か駐屯兵しか選べないのだけど。

訓練兵をやってきただけでもあんなにキツかったのだ。調査兵になったらきっともっとそれ以上のことが待っている。

そんなことを考え、だけど調査兵団に憧れて兵士の道を選んだ私は、その時自分に言い聞かせる。

──何の為に今まで頑張ってきたのだと。

どうしてここまできて尻すぼみする?自分の人生に、意味を持たせたかったのだろう。

何かになりたかったのだろう、と。


私は一切の迷いを捨て、調査兵団に入団した。



だけどそこでも改めて思い知ることになるのだった。

私はやっぱり特別ではないということ。


調査兵団にはいわゆる“選ばれし者”が居た。エルヴィン団長やリヴァイ兵長。他にも、いろんな人が。

ああいう人が、きっと特別な人間なのだろうと、思い知らされる。
羨ましくて、憧れて。そういう人間になりたいと思った。

特にリヴァイ兵長は強くて、かっこよくて。いつだって遠くから見ることしか出来なかったけど、ずっと憧れていた。


入団してから最初の壁外調査で初めて巨人を見た時は、心底震え上がり仲間が食べられている光景が目に入ってきた時は恐怖にただ支配された。吐き気がして、涙が出た。

想像していた以上に惨い世界。

だけど私は初陣で運よくどうにか生き延びて帰ってこられた。それでも頭に浮かんでくるのは巨人が人を食べていた光景で、耳には叫び声がこびりついていた。そして次は私なんじゃないかという恐怖心が襲い掛かってくる。


壁外に出る度に死ぬことを考えて、前日は眠れなくて、眠れた時でも悪夢ばかり見た。


でも、それでもやめなかったのはやっぱりどこかで憧れていたから。私の物語の中ではせめて少しでも凛々しくいたかったから。

意味を、見つけたかったから。





「オイ、」


ある日、訓練場から食堂へ足を向かわせていると、後ろから声を掛けられた。


「……え?」
「…落としたぞ」


振り向けばそこには私のハンカチを持つリヴァイ兵長がいた。

私はハンカチと兵長を交互に見て、理解するのに少し時間をかけた。


「──っ!!リ、リヴァっ…へいし、ちょ…!?ッお、…お疲れ様です!!!」


そして思わず拳を左胸に当てて、背筋を伸ばし敬礼をする。


「…大袈裟な奴だな」


話しかけられたのなんて初めてで、目が合うのも初めてで、こんなに近くにいるのもとにかく何もかもが初めてで緊張した。バクバクと心臓を加速させ、だけどリヴァイ兵長は特に気にしていないような様子で私にハンカチを渡しそのまま歩いて行ってしまった。


たったそれだけ。
ただそれだけの出来事。

だけど私はそれが嬉しくて、その後もそのハンカチを見ては思い出し、口元を緩めた。
リヴァイ兵長の視界に入れたこと、ハンカチを拾ってもらえたこと。憧れのリヴァイ兵長と話せたことが、嬉しかった。……いや、あれが会話だったのかと聞かれれば微妙なのだけど。

でも。それでも嬉しかった。

少しでも近づけるようにまた頑張ろうと思えた。



だけど次の壁外調査で私はついに、その日を迎えてしまう。


私の班は通常種二体と遭遇し、やむなく戦闘に移った。

倒せる、はずだった。なのに考える間もないくらいあっという間に私は最後の一人となった。なぜだろうかと、何がいけなかったのかと、それが分からないままあっさりと私の班の人達は巨人に食べられた。

タイミングとか、風向きとか。もしかしたらそういう些細なものだったのかもしれない。一瞬の迷いすら命取りになる。

一体は班員の人が仕留めてくれたけど、もう一体の方は仕留め損なった。

今は地面に転がっている私も、さっき巨人に体を握り潰された時におそらく致命傷を負った。身体は繋がっているけれど中はぐちゃぐちゃだろう。

息がしにくくて、体中が痛くて、血が止まらない。──死ぬ。ここで死ぬんだ。


(私は、結局、なにも)


一体何の為に生まれてきたのだろう。何の為に生きていたのだろう?

結局何の意味もなく、何にもなれず、何も見つけることは出来なかった。

私の人生に、命に、意味を持たせることが出来なかった。


体の感覚はなくなっていきだんだんと薄れゆく意識の中で、涙が流れているのが分かった。

そんな中そんなことはまるで関係ないとでもいうように巨人がまた私に手を伸ばしてきて、そしてその瞬間、そいつの後ろに一瞬何かが見えた。だけどそれが何なのかなんてもはや考えることも出来ずただ浅く息を吸っていると、いきなり巨人が倒れた。


巨人が、倒された。






「…オイ、お前、」



声が聞こえて、私に近づいてくるその人の声に虫の息の私はぴくりと反応を見せる。



「、っ … 」



──リヴァイ、兵長。




「しっかりしろ」



兵長はすぐ側に屈んで私の上半身を腕で支え、声をかけてくれる。


…ああ、ダメですよ兵長 私の血が、兵長の服に、体についてしまう 汚してしまう 私なんかの血で



「…オイ、聞こえるか」



せっかく調査兵団に入ったというのに、私は誰の役にも立てなかった。何の意味もなかった。何も出来なかった。



「 … す、 み …ま、せ……ん、」



ごめんなさい。ごめんなさい。

何の役にも立てず、すみません。

ごめんなさい。



「…なぜ謝る。謝るんじゃねぇ」



ただ怯えてそれだけで、結局、何も。



「お前は十分に戦った……何も恥じることはない」



だけどリヴァイ兵長は私の目をしっかりと見つめて、今は私だけを見てくれる。

私に向けられたその瞳は力強く、迷いがない。

そしてまた口を開いた。



「…お前の意志は俺が継ぐ。これからも俺の中で生き続ける。お前の命を無駄にはしない。このまま終わらせねぇ……だから、」



(私は特別なんかじゃないけれど)



「胸を張っていけ。」




──ああ、良かった

最後の最期で、私の人生に意味が出来た。

今、この瞬間に。


私の人生には、命には、意味があった。


生まれてこれて良かった。
今まで生きてきて良かった。


もう悔やむことも、ましてや怯えることもない。



「──… 」



聞こえてきた言葉に私は頬を緩めて、静かに目を閉じる。








最後に聞けたのは希望の言葉。

最後に見えたのは私を見届けるリヴァイ兵長と、その後ろに広がる綺麗な空。


──限りなく自由な、青い空だった。



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