「え?今……なんて言った?」


季節は──夏。

セミがうるさいくらいに鳴き始め暑さが増すこの季節。


そして明日からは夏休みが始まる。



「だから…二週間くらい、リヴァイくん家で預かることになったから。その間あんた面倒みてあげなさいね?」



明日から、夏休み。

楽しい楽しい……夏休みが始まる、はずなのだが。




「はああああっ!?何それ聞いてないんだけど!!?」



夏休み前日、母親の口から出てきた言葉は私の貴重な夏休みの始まりを打ち砕くものだった。





夏休みの間の二週間、家でリヴァイを預かることになった。ケニーさんが仕事の都合で家を空けるかららしい。

他に頼れる人は居ないだろうしうちは近所だしちょうど良かったのだろう。



「……だからって…どうして夏休みの間に……。」


リヴァイを預かることは別にいい。二週間ってのも構わない。

──だけど。

問題なのはそれが夏休みの間ってこと。夏休みってことが大問題なのだ。夏休みの二週間をとられるってことが大問題なのだ。


「………。」


だって夏休みよ!?二週間よ!?
もちろん友達と遊ぶ約束だってしてたのよ!?
そりゃ夏休みが二ヶ月くらいあるってんならその中の二週間くらいどうってことないかもしれないけどさ!?
夏休みなんて長いようであっという間なのに!
二週間ってそれもうほぼ半分くらいとられてるよね!?


「…ハァ……。」


ベッドの上で何度目かも分からないため息を吐けば、ぴんぽーんとインターホンの音が家に鳴り響いた。


「………。きたか…」


私はむくりと起き上がり、ベッドから下りた。





「……おー、リヴァイ。一人?」
「……。」


玄関を開ければそこにはリュックを背負うリヴァイが居て、しかもすでに一人だった。


「ケニーさんは?もう仕事行っちゃったの?」


なんだかつまらなそうな顔をしているそいつにそう聞けばこくりと頷く。


「…そう。まぁ…とりあえず、入んなよ。」
「………おじゃまします……」
「ん。」


リヴァイを家に入れ、ばたんと玄関を閉めた。




「お母さんは夜まで仕事で帰ってこないから、基本的に家には私しか居ないよ」
「……ふぅん…。」


お父さんは元々たまにしか帰ってこないし、お母さんも夜まで帰ってこない。きょろきょろと家を見渡すリヴァイに私しか居ないことを伝え、とりあえずリビングに通してジュースを出してあげた。


「……」
「……」


部屋は静まり返る。

黙ったままそれを飲むリヴァイを、私は向かいのイスに座り頬杖をついて見つめる。


「……なんかお前、今日静かだね。もしかして緊張してる?」
「……してねぇし。」
「これから二週間も家で過ごすんだからさぁ…そんな硬くなんなよ。うちの母親とも何回か会ったことあるよね?」
「……ある」
「ならへんに緊張すんなよ。気とか遣わなくていいから。自分の家みたいな感じでくつろぎなさいよ」
「………。」


うわー…元気ねぇなこいつー…。

やっぱりケニーさんと二週間も離れるのは寂しいのだろうか。


「──…、」


でも、あの人普段から忙しいらしいからリヴァイはいつもほとんど家に一人なんだっけか。たしか。

…なんていうかケニーさんってほんと放任主義だよなー…。


もっとちゃんと、一緒に居てあげればいいのに。


なんてそんなのは勝手なんだろうけど。私には人の家のことに口を出す権利はないだろうし。



「……ねぇリヴァイ。なんかしたいこととかある?」
「……え?」
「どうせやることないし…暇だろ?なんかしようよ」


まぁとりあえず。
私の貴重な二週間はこいつに捧げることにして、そうと決まればこいつのつまらなそうな顔は当然見たくないわけで。

…どうせ夏休みの間も空いてる時にでも遊んでやるつもりだったし……こうなったらもうリヴァイと夏休みの思い出を作るしかない。



「別に……なにもやりたいこととかない。」



なのに、何でお前はさっきからそんな顔してんだよ。

私は眉を顰める。



「は?てめー夏休みナメてんじゃねぇぞコラ」
「……あ?」
「バカか?お前はバカなのか?」
「…は?っなんだよ」
「っだから、せっかくの夏休みだってのにシケた面してんじゃねーよこのクソガキ」
「…あァ?」


夏休みだぞ?楽しい楽しい夏休みなんだぞ?

それなのに楽しまないとかおかしいだろうが。


「──リヴァイ。言っておくけど夏休みの間に私がお前に構えるのはこの二週間だけだ。お前が家に帰れば、私は残りの時間で友達と遊びまくる。超遊ぶ。はっきり言ってお前にかまけてる暇はない。だからちゃんと私と遊べる間にワガママを言っとけ。じゃないとお前の夏休みはクソつまらないままで終わるぞ?嫌だろ、そんなの」
「………なんだよ、それ……。」
「だから今のうちに楽しまないと損だろうがって言ってんの」
「……べつに……おれは、楽しくなくたって、いい」
「……はあ?」
「ひとりで、ちゃんと静かにしてる」
「……は、」
「迷惑かけないようにする。だから、お前もおれのこと気にしなくていいし…」
「………、」
「…二週間も、おれのせいで……おれにばっか、使うことねぇし……」
「………。」



目が合わない。

さっきから、ずっと。こいつは下を向いてばっかだ。

私はそんなリヴァイに手を伸ばし、そのあごをガッと掴んで少し上に向けた。


「っ、なにすん、」
「オイクソガキ。てめぇその小さい脳みそで何考えてんだか知らねぇけど、お前は勘違いしてるぞ。」
「 はっ…?!」
「私はお前のせいで二週間を奪われるわけじゃないからな?お前のせいじゃなく、お前の為に、この二週間を使うんだよ。」
「……は…?」


目の前にいるんだから、ちゃんと目を合わせなきゃ意味がない。


「ガキが迷惑とか考えんな。私は今お前の為にここにいんだよ。」


どうして言いたいことも言えずに我慢しなくちゃいけないんだ。何で大人の都合なんかに振り回されなくちゃいけないんだ。

リヴァイは少し、眉を下げる。


「…迷惑、じゃ、ねぇの」
「だから迷惑なんかじゃねーよ。」


もっと素直に思ってることを言えばいい。感じてることを、ちゃんと。


「……邪魔、じゃ…ない?」
「はぁ?そんなわけねぇだろ?今更なに言ってんの」
「……、」
「前から言ってるけど、私には遠慮も何もしなくていいから。な?分かった?」


──いい加減覚えてほしい。

黙るリヴァイから手を引けば、一度目を伏せ、それからまた顔を上げて私を見る。


「…わかった」



私とリヴァイの、夏休みが始まった。


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