「リヴァイ、おいで」 「………。」 にこにこと笑顔を向け、自分の膝の上を両手で軽く叩く。それを見たリヴァイは風に吹かれながら眉根を寄せる。 「…何の冗談だ、それは」 「ん?冗談なんかじゃないわよ?」 見晴らしのいい小高い丘の上で、私は木陰に腰を下ろした。 リヴァイと街で会ってから二日が経ち、いよいよどこかへ出かけようと誘ってくれたその日になった。朝は家まで迎えにきてくれて、それから少し移動して二人でこの丘まで足を延ばした。 ふわりと穏やかな風が吹いて気持ちがいい。そして見渡す限り青空が広がっていて、空が高い。 思わず解放的な気分になり膝枕を提案する私にリヴァイは不愉快そうな顔をする。 「いいじゃない。別に誰も居ないんだし」 「……、」 特に気にせずそう言えば、少し黙ったあとゆっくりと近づいてきて目の前に腰を下ろし、そのまま頭の後ろで腕を組みながら私の太ももに頭を倒してきた。 「…ふ、よく出来ました」 「…ガキ扱いすんな」 「ふは、してないわよ」 寝転んだリヴァイの頭を見つめてから、空を見上げる。 「……… 」 風に揺れて草や木がサワサワと静かに音を立てる。自然の音に触れ、私の耳も心地よさそうだ。空気すら違うような感覚に陥るのは、見晴らしがいいからかな。 「…気持ちいいねー」 「……そうだな」 空が澄んでいて、広くて、綺麗だ。この景色を見るだけで気持ちまで晴れ渡っていくような感じがする。 私にとっては今見えるこの空が全てで、この空しか知らない。 「……」 (でもリヴァイは、) 「……。」 ふと少し視線を落とせば、視界に大きな壁が入り込んでくる。 巨人たちが入って来れないように作られた、壁が。 「…ねぇリヴァイ」 「……ん、」 「壁の外で見る空は、もっと広い?」 「……、」 何でだろう。なんだか急に、私の見たことのないものを見ているリヴァイが、少しだけ羨ましくなった。 「 あぁ……壁の外は、もっと自由だ」 ──自由。 「……もっと…自由、」 何なんだろう、この気持ちは。私はリヴァイと一緒に“それ”を見たいのだろうか。 「……、」 ……いや。違う、か。 多分、そうじゃなくて。 私はきっとリヴァイと同じ景色を見れないことが、それが少し寂しいのだろう。 「…そっか……、」 私とリヴァイの生き方は違うのに。そんなの当たり前のことなのに。 「………、」 (でも、それでいい) だけど、それでもきっと、同じ景色を見れたからといって必ずしも同じ気持ちを共有できるとは限らないはず。何を見ていても心が違えば意味はない。 ──だから、それを寂しく思う必要はないのだ。 私は私で、リヴァイはリヴァイ。 私の世界にリヴァイが居るのなら、リヴァイの見る景色に私も含まれるのなら、それで十分じゃないか。 こうして側にいられるだけで。 「……お前が居るなら、この景色も…まぁ悪くはないかもな」 だけどきっとそんなふうに思ってしまうのは、前よりも心の深いところにリヴァイがいるからなのだろう。 「……ふ、…ありがとう」 私にとってはどんな景色を見るかよりも誰と一緒に居るかの方が大事なのかもしれない。そしてそれがリヴァイと違っても、私と彼は違う人間なのだから仕方ないこと、なのだろう。 それはそれで、別のところで繋がることが出来るのならそれでいい。 「……あのね、リヴァイ。私さ、最近、楽しいよ」 「……、」 「いつも…お店にも来てくれて、ありがとうね。」 「……どうしてお前が礼を言う」 「…だって、いつも疲れてるでしょ?だけど来てくれるから」 「……別に俺はお前の為に酒場に行ってるわけじゃねぇよ」 「……、」 話しながらリヴァイに視線を落とし、ちょうどいいところにあるその頭を無意識に撫でれば、リヴァイは「何しやがる」と言った。 「ダメ?」 「尻尾でも振ってほしいのか」 「っふは、何それ」 「………この前もお前、撫でてただろ」 「え?」 「…お前の家でだ」 「……あ、あぁ…(朝起こした時かな)」 「なぜ撫でる」 「なぜって……うーん……」 「……」 「…まぁ、ほぼ、無意識だけど、でも……多分、リヴァイが頑張ってるから、…かな」 「……あ?」 リヴァイが日々、調査兵としてどんなふうに過ごしてるのか知らないし見た事はないけど、でもきっと頑張ってるんだと思う。いやきっとっていうか絶対。 だから。 「…別に俺は、お前に褒められる為に調査兵やってんじゃねえ」 その言葉に私は撫でていた手を止め、リヴァイを見つめる。 …私の為に調査兵をやってるわけじゃない、なんて。そんなの。 「…そうね……リヴァイには関係ないかもね」 「…あ?」 「だってこれは、私の気持ちだもの」 「…… 」 「リヴァイが誰の為に生きていようが、頑張っていようが…それは関係ない。ただ私が勝手に…労いたいだけ」 「………、」 そしてその言葉と共にまた手を動かす。 「…いつもお疲れ様、リヴァイ」 実のところ今日ここに来たのだって、リヴァイにせっかくの休日をちゃんとゆっくりしてもらいたかったからなのだ。前に休みの日もトレーニングしているとか言っていたから。 きっともっとちゃんと身も心も休ませるべきなのよ。リヴァイは。 「……… 、」 だけど私の言葉にリヴァイは何も言わず、表情もあまり見えなくてどんな顔をしているのかも分からなかった。 でも多分、ちゃんと受け入れてくれたんだとは思う。だから私もそれ以上は何も言わずに、そのまままた目の前に広がる景色へと視線を戻した。 ◇ 「…今日、晴れてよかったねぇ」 それから数分、お互いに言葉を発することなくただ柔らかい風に吹かれながら過ごした。そしてふと天気悪くなくてよかったなぁと思いそれを口にすれば、返事が返ってこなかった。 「…………ん?」 あれ?と思い思わず上から顔を覗き込めばその時ゆっくりと目を開いたリヴァイが見えた。 「……… あ…?」 「………、」 そして静かに瞬きをする彼に私は目を丸くする。 「……、ふは」 だけどそれから次第に表情を緩め、リヴァイの頬を包み込みその顔を少しこっちへと向ける。 「リヴァイ…今、寝てた?」 「………、」 「…ふふ」 「……寝てない」 「えぇ?返事なかったじゃない」 「………。」 「…でも、別にいいよ?このままお昼寝しても。今日はゆっくりしよ」 「…… 、」 顔を覗き込んだまま目を細めると、リヴァイは私の顔を黙ったまま見つめ、そして同じように私の頬へと右手を伸ばしてきた。 「…… 」 「…リヴァイ?」 「………ナマエ、」 「……ん…?」 右頬に、リヴァイの指が触れる。 「…お前と居ると…… 安らぐ」 「……、」 柔らかな声色で、優しく、私に触れる。そして息をするように言った。 「ありがとな…」 ──その瞬間。 彼の、吸い込まれそうなその瞳から目が離せなくなった。リヴァイの声だけが耳に心地よく響き、まるでこの世界に私達だけしか居ないようなそんな気分にさせられる。 リヴァイしか見えなくて、それだけでいいように思えて。 交わる視線から想いが伝わってきて。 私の胸は愛しそうに音を立て、そして思い出す。 “リヴァイが疲れた時に休めるような、そんな存在になれたら。” 「──…、」 だけどこれは、私が昔リヴァイを傷つけたからとか。約束を守れずに一人にしたからとか。そういうことじゃなくて。 過去とか償いとかそんなのは関係なくて。 あの時出来なかったから、じゃなくて。 ただ、今の私が。今のリヴァイを。 ──今、目の前に居る、彼を。私、自身が。 「……リヴァイ…」 どうしようもなく、幸せにしたいと思った。 |