あれからリヴァイはシチューを食べて、それから結局いろいろと話をしてくれた。私が地下街に行かなくなってからのことや調査兵団へ入団した経緯も。大切な仲間が居たことも。何があったのかを全部話してくれた。私は無理に話さなくてもいいと言ったけど、でも、それでもやっぱり。なんだかんだで、嬉しかった。内容とかではなく私に話してくれたこと自体が。 結局のところ、たとえどんな些細なことでも知れるのであればそれはそれで嬉しいことなのかもしれない。 彼が嫌がるのなら別だけど。 でもリヴァイは私と別れてからも決して平坦ではない人生を歩んできていて、それでも今もこうして戦うことを選んでいる。きっと楽ではない道を。一緒に地下から出てきた仲間を失っても前を向いている。そのひた向きな姿はまるで外で懸命に咲いている花みたいだ。雨や風に吹かれても上を向いて咲いている、力強くて、とても美しい野花。 リヴァイにはきっと太陽が似合う。 だけど雨の降る今日、彼は雨雲と同じように心を曇らせた。壁外に出ていた精神的な疲れと雨が降っていたことが重なって気分が落ちたのだろう。酒場の前でずぶ濡れになりながらリヴァイが言っていた「雨は」「あいつらのこと」というのは、地下から一緒に出てきた彼らのことだったのだと思う。おそらく思い出していたのだろう。雨の日に、失ってしまった仲間のことを。 そしてそんな中、どうしてリヴァイが店の前に居たのか。 「多分、俺は…お前の顔が、見たくなったんだと思う」 雨の中傘も差さずそこへ向かったリヴァイの気持ちは、言葉にしなくても分かってしまった。リヴァイの心を分かりたいと思っていた私にとってそれは純粋に嬉しいものだったから。…そういう時に、私を思い出してくれるのは。 だから、ちゃんと側に居たいと思った。 「…良かったよ、会えて」 リヴァイには幸せになってほしい。 話を聞いた今、余計にそう思うようになった。 ◇ 「寝なくていいの?」 「さっき寝たからな」 「…寝たって言っても、三時間くらいだよ?」 「三時間?そんなに寝てたのか、俺は」 「うん。睡眠時間としては少ないと思うけど」 いろいろと話をしたあとに、リヴァイは一度「帰る」と言ってきたので「泊まっていきなよ」と返した。その時リヴァイはぴたりと動きを止め、それから妙な沈黙が訪れたので「別に変な意味じゃなくてね」と付け足せば顔を顰めて、「当たり前だ」と言った。 「…でもリヴァイが寝ないなら、私も起きてようかなぁ」 「いや、お前は寝とけよ。明日は仕事だろ?酒でもこぼされたら困る」 「こぼさないわよ。多分」 今はもう夜の12時を過ぎている。 「…別にリヴァイが朝帰ってからでも少し寝られるし。大丈夫よ。気にしないで」 「……、」 私の言葉にリヴァイはまだ何か言いたげだったけど、それ以上は何も言わずに口を閉じた。 「…分かった」 「うん」 リヴァイが頷けば、部屋は静まる。 そういえば雨音がだいぶ小さくなってきている気がする。朝までには止んでたらいいな。 「…しかし、いつの間にか寝てたとはいえ三時間も経ってたとはな」 「ん?……それほど疲れてたんでしょう?」 「それにしてもだ。……お前の家だから、なのかもしれねぇ」 「…え?」 「……初めて来たが…なんとなく…、ここは落ち着く」 「………、そう?」 「 ああ…」 落ち着く。…落ち着く、か。 普段宿舎でもあまり眠れてないのかな。きっと地下街でも無防備に眠ったりとか出来てなかっただろうに。 「……」 私はリヴァイがここで眠っていた時の顔を思い出し、口を開く。 「……なら、疲れた時はいつでもおいでよ」 ──いつだって、来ればいい。 リヴァイが来たい時に、いつでも。 私が居る時であれば、いつでも。 そう言えばリヴァイは微かに目を丸くする。 「……、」 「…酒場だけじゃなくてさ、もっと…普通に。こんなふうに、会おうよ」 「……… そう、だな」 「うん。…だから、また、来て?私も…リヴァイと、会いたいし」 「………ああ…」 素直に、自分達のしたいように。 そんな他愛もない約束をして、それから私達はずっとおしゃべりをしていた。 酒場に居る時どうしても仕事のせいで途切れてしまう会話は、誰にも邪魔されることなく続いた。お互いのことや日常のこと。特に意味もないようなこと。 ずっと話してた。あの頃みたいに。 そして雨が止んだ頃、私達は二人していつの間にかイスに座ったままテーブルに伏せて眠っていた。 寝ない、なんてお互い言っていたくせに、まるで遊びつかれた子供のように。 ◇ 「…………ん…っ…?」 空が青く色付き始めた頃、目が覚めた。 「…ぁれ……?寝ちゃってた……?」 むくりと体を起こし、目をこする。いつの間に眠っていたんだろう。だけど目の前の彼に視線を落とせば、彼も同じように眠っていた。 「(なんだ……リヴァイも寝てる…)」 静かに眠るその姿に次第に頬を緩め、思わずまた髪を撫でた。 「…リヴァイー? 朝だよー…」 頭を撫でながらなんとなく小声で声をかける。するとリヴァイはすぐに顔を上げた。私はゆっくりと手を引いて、その顔を見つめる。 「…………、」 「…おはよう。寝ちゃってたねぇ?」 「………あぁ……悪ぃ…、」 「ふは、…いや、ていうか私も寝ちゃってたし。ぜんぜんいいよ」 「………そう、か……、」 「うん」 「…………… 、」 「……ん?寝惚けてる?」 リヴァイは何も言わずにぱちぱちとゆっくり瞬きをしながらこっちを見つめてきて、私は首を傾げる。 「……は 、お前…顔に跡…ついてるぞ」 「え?……あ、あぁ…。腕に顔、のっけてたから…… いてて、腕しびれてるし」 頬についているであろう跡を見て少し眠たそうな顔でふっと笑い、そんなことを言ってくるリヴァイは今までで一番穏やかな顔をしている。 「…てかリヴァイも跡ついてるけどね」 「だろうな」 そう返せばさほど気にしてなさそうにそれを肯定しグッと腕を上に伸ばした。 「……クソ久しぶりに熟睡した」 「ほんと?良かった」 「…いつの間に寝てたんだ?」 「分からない。私も気づいたら」 「そうか……」 「…何か食べてく?」 「……いや。いい」 「そう?遠慮しなくていいよ?」 「ああ、大丈夫だ」 「そっか。今日はお昼からなんだよね?お仕事」 「そうだが…… 言ったか?俺」 「うん。言ってたよ」 「記憶にねぇな……」 「ふは、まぁ、仕方ないよ」 「……悪かったな。昨日は。世話かけちまって」 「…ぜんぜん?嬉しかったよ、私は」 「………」 「会いにきてくれて」 「………ああ」 私もふっと笑い、そして窓の方を見る。 「……そういえば、晴れてるね。」 「……あぁ……そうだな」 雨が上がっている。今日はいい天気だ。 「…よかった」 嬉しくなりリヴァイに笑いかければ、彼も同じように表情を緩めた。 ◇ 「じゃあ、仕事がんばってね。無理のない程度に」 「…ああ。お前もな」 あれからリヴァイは自分の服に着替え、あまり長居することなく家を出た。 来た時の道を覚えていないようだったから大通りまで一緒に出ると、「ここでいい」と言われた。 「またね」 手を振ればリヴァイは口元を緩め、私に背中を向けて歩いて行く。 その姿を見送っていると、だけどいきなりピタリと足を止めた。 「(…ん?)」 急に動かなくなったリヴァイにどうしたのだろうとそのまま見つめていればくるりと振り返る。そして口を開いた。 「……ナマエ、今度の休み、どこか出かけねぇか」 朝日に照らされながら、リヴァイは言った。 それは初めてのお誘い。 「……… 、」 向けられた視線に、私はだんだんと頬を緩める。 「……っうん!楽しみにしてる!」 それを満面の笑みで受け入れ、また手を振った。さっきよりも大きめに。 「…またそのうち誘う」 「うん、待ってる!」 片手を上げるとリヴァイもまた歩き出し、私はいつまでも顔を綻ばせながら、踵を返す。 ──すると、ふと道の隅に小さな花が咲いているのが目に入り込んできた。 「………、」 こんなところでも上を向いて咲いている一輪の花。 「(………頑張れ、)」 私はそれに優しく微笑みかけ、穏やかな気持ちでまた歩き出した。 |