大体の決まった時間と、ノック音。そのノックの仕方で扉の向こうに誰が立っているのかが分かる。そいつが名乗る前に「入れ」と言えばドアはカチャリとどこか遠慮がちに開き、「失礼します」という言葉と共に顔を覗かせる。勝手に入ってきやがるあのメガネとはまるで違う。 「…リヴァイ兵長、お疲れ様です。お茶、淹れましょうか」 柔らかい表情と物腰で、ナマエはそう言った。 「…ああ。頼む」 いつものようにそう返せばにこりと微笑み部屋の中に入ってきた。 ◇ 「今日もまたお前はアイツのところへ行くのか」 「はい、そうですね。今朝また何か出来そうと言っていたので」 向かい合い座って、ナマエの淹れた紅茶を飲む。ナマエもいつもと変わらない様子でカップに口をつける。 こうして仕事の合間にこいつとお茶を飲むのも習慣になってきた。これはナマエが言い出したことで、いつも世話になっているからその礼に何かしたいと言うのでこれを提案した。俺に世話になっていると言っても、俺は薬が効いている間のナマエをちょっと見ているだけの事なんだが。いちいち律儀なやつだ。 むしろ俺に礼をするのであればあのメガネがすべきだと思うんだが。厄介事を持ち込んでいるのは紛れもなくアイツだ。 「いつもすみません。私一人で対処出来ればいいのですが……」 「…いや。薬の効いてるお前を一人放っておくのはよくない。記憶も定かじゃねぇし何をしでかすか分からん」 「……ですよね。」 「…お前は何も気にしなくていい。気にすべきなのはハンジだからな。まぁお前が実験に付き合いたくないというのであればそれが一番いいと思うが。お前の為には」 「…兵長はやっぱりあまり賛成ではないのですね」 「当然だ。アイツが勝手にやる分にはまだいいがお前にまで危険が及ぶのはよくない」 だが俺が何を言ったところでこいつの意思は変わらんだろう。賛成はもちろんしないが、だからと言って放っておくのも出来ない。 目の前で堂々と「恩に付け込んでいる」と言われても笑っていられるのだから、それでもいいということなのだろう。俺としては全くよくないが。 まぁ、しかたない。 「でも兵長がそうやって心配してくれるので嬉しいです。忙しいのにいつも巻き込んでしまい余計な負担を増やしてしまって本当に申し訳ないですが、それでもこうして付き合ってくれる兵長が好きです。優しくて」 「………。」 その言葉に俺は思わず口をつけようとしていたカップごとピタリと動きを止める。 「…… 、」 「…ふへへ」 …好きですと、こうも簡単に言ってしまうナマエはふにゃりと笑う。その表情は無邪気な上に無垢で、そこに深い意味などないとすぐに分かってしまう。…まったく、本当にふざけたやつだ。 「…そうか」 それでも冷静を装い紅茶を飲む俺も俺で滑稽だが。 「ナマエーーーーッ!!!何だかよく分からない薬がまた出来上がったよーーーー!!!(ズババーン!)」 するといきなりドアが乱暴に開き、せっかくのナマエとのティータイムに邪魔者が入る。 「あっハンジさんっっ!出来たんですかー?」 「出来た出来たー!よし、さっそく試してみようっ!レッツゴゥ♪」 「………。」 ノリノリのハンジが現れると、俺といる時以上にいい顔をするナマエ。正直それが死ぬほど悔しい。 だがそんなことは全く関係なく二人は俺の部屋だというのに俺の存在を忘れたようにやり取りを進める。そしてナマエは躊躇なく薬を飲む。何の薬かも分からんのになぜそんな無防備に飲めるんだお前は。 黙ってその光景を見ていれば、ナマエは薬を飲みきるとぱちぱちと瞬きをしながらハンジを見つめる。 「…どう?どんな感じ?」 「………、」 俺は頬杖をつきながらその様子を見守り、するとナマエはしばらく黙り込んだのち息を漏らしながらジャケットをいきなり脱いだ。 「ん?どうしたの?」 「…ん、はァ……っなんか…熱くないですか…?この部屋……」 「……そう?別に普通だと思うけど」 「熱いですよ……こう…胸の、奥が……熱を 帯びて……っ」 「………。え?」 急にわけの分からんことを言い出したナマエに、俺とハンジは目を丸くする。するとナマエは俺の方を見てきて、ゆっくりと近づいてくる。 「…リヴァイ、兵長……、」 「……な、何だ」 「ちょ…え、ナマエ?大丈夫?何コレどういう効能?」 頬を染めて瞳を潤わせ、シャツのボタンを外しながら少し息を荒くするナマエ。 これは、どう見ても。 「っちょ、待て、」 「へいちょう、」 ガタリとイスごと後ずさればそんな俺に手を伸ばし何の迷いもなく顔を近づけてきた。 「……っ 、」 「へぃ、ちょ…っ」 目の前のナマエに、思考が止まりかけ避けることが出来ずにいれば唇と唇が触れ合いかける─── 「うおおおいっ?!コラコラ!!ナマエ!何してんのあんた!」 「っぁ、…ん……何するんですかハンジさん……、邪魔しないでください…。」 だがギリギリのところでハンジがナマエを止め、引き離される。 俺とハンジは目を合わせ、そしてまたナマエを見る。 「ん、はァ……っ」 「何ナマエめっちゃ発情してるね!?そういう薬だったのか!?うははは!ヤバイ!」 「いや笑ってる場合じゃねぇ!(わりとマジで)」 「おもしろすぎ!!」 ハンジは楽しそうに笑いだし、ナマエを放した。(オイ!) 「ってめ、何放して……」 「いやぁー。まぁ仕方ないよね。なっちゃったもんは」 「仕方なくねえ!!まさかここに置いてくつもりか!?今回はてめぇのとこで引き取れ!」 「私はまとめ作業があるから無理だよお。」 「…へーちょ……いいじゃないですか、シましょうよ……」 「!?オイ!!ほら!!この状態のナマエを置いていくんじゃねぇ!!」 自由になったナマエは俺の体に腕を絡めて体を密着させてくる。そんなナマエを目の当たりにしながらもハンジは半笑いで部屋を出て行こうとする。 「ごめんねーリヴァイ。どうにか耐えてよ?」 「ちょハンジ!!待て!!オイ!!」 「あはは〜まぁよろしくね。じゃっ!」 「てめぇマジでぶっ殺すぞ待て!!!」 ──バタンと、俺の叫び空しくドアが閉まった。 「……んは、これで二人っきり…ですね?兵長」 「……あっのクソメガネ……ッ!!」 久しぶりに腹の底から怒りが湧いてきて、だがそれもナマエによって思考が切り替わる。 「ねぇ兵長、私じゃダメですか……?」 「……………、」 な、何って面してやがるコイツ……! 「い、いやいやいや待て、落ち着け、ナマエ……、」 「…ふふ。落ち着いたほうがいいのは兵長じゃないですか?らしくないですねぇ。慌てちゃってかわいい」 何だそりゃ誰だコイツ。俺はこんな妖艶なナマエは知らないぞ。 だがそんなナマエはにやりと笑って俺の耳元で囁く。 「好きですよ?兵長……」 本日二度目のそれ。 ──ああ、ヤバイ。 あの純粋で無垢なナマエはどこへ行った。吐息交じりに囁かれゾクリとした。 そしていつの間にか俺はベッドに押し倒され、ナマエは満足そうに俺を見下ろしていた。 つづく。 「いやこの状態で持ち越しかよ!」 |