調査兵団が壁外調査から帰ってきて今日で三日目。リヴァイの姿はまだ見ていない。だけどきっと、そのうちいつものように来てくれるだろうと思っている。

昨日の夕方から降り出した雨が今もずっと止まずに降り続いていて、そんな中私は以前働いていた職場での友達と会っていた。今日は仕事も休みで、酒場自体も閉まっている。

友達の家でお昼過ぎからお茶をし、そして夕飯を一緒に食べた。それから片づけを手伝い少しゆっくりしてから、そろそろ帰るねと告げた。
玄関まで見送られ、じゃあねと手を振り傘を広げて、私は歩き出した。




「(いつまで降るんだろう、この雨)」


暗い中足元を濡らしながら家路を歩き、このまましばらく雨が続けばリヴァイもお店に足が向かいにくくなるかもしれないなんて考える。


「(雨の日にわざわざ行こうなんて思わないかもしれないし……、)」


そんなことを思いながら、帰路途中にある(私の働いている)酒場の前に通りかかりふとそっちに目をやった。


「………、」


今日は店自体が休みだ。だから当然店は閉まっているし灯りもついていない。だけど、店の前に人影が見えた。柱に背中を預け寄りかかっている人が居る。俯いていて顔は見えないけど。
雨宿りでもしているのだろうかと思いながら通り過ぎようとすれば、足が止まった。



「… え……」


その姿に、目を見張る。


「……… リヴァイ ?」


よくよく見てみるとそこに居たのはリヴァイで、こんな雨の中傘も持っていないのか全身が濡れていた。


「え、な……ちょ、……リヴァイ?…何、して……」


思わず側に寄れば、人違いでないことは明らかだった。リヴァイは私の声に少し反応して顔を僅かに上げる。


「ど、どうしたの?傘は?何で…何が、何かあったの?」
「……」
「……… 、」


リヴァイの瞳は下を向いていて、こっちを見ない。


「──リヴァイ、?」


あまり反応を見せない彼に私は傘を地面に落とし両腕を掴んで、顔を覗きこむように声を掛ける。


「どうしたの?大丈夫?ケガとか、してない?壁外調査に行ってたんだよね?何かあったの?体は?大丈夫なの?」


見たところ大きなケガはしてなさそうだけど、でもどうしてこんなことになっているんだ。


「リヴァイ?ねぇ、聞こえてる…?」


それにどうしてここに居るんだろう。
一応私の休みとお店の休みはいつもリヴァイに伝えている。だから今日店がやっていない事は分かっていたはずなんだけど。

するとリヴァイは静かに口を開き、ぼそりと呟いた。



「……雨、は……」
「……え?」
「………あいつらの、こと……、」


あいつら?


「………、」


それ以上は何も言わず、また黙ってしまった。


「(…どういう……、)」


私にはリヴァイが誰のことを言っているのか、何があったのか、分からない。

だけど。


「…とにかく、こんなところに居たら風邪引いちゃう」


私は傘を拾い、リヴァイの手首を掴む。


「おいで?行こう」


ここに居ても仕方ない。リヴァイを引っ張って傘を差し、とりあえず歩き出した。







「ほら、リヴァイ、ちゃんと拭いて」
「………」


家に着き、リヴァイを中に入れて玄関に立たせたままその頭にタオルをかぶせ、濡れた髪を拭いてあげる。


「…それと服、脱いで?乾かさなきゃ。私の大きめの服があるから、それならリヴァイ着れるでしょ?まずそれに着替えて……分かった?」
「………」
「…リヴァイ、聞いてる?着替えないと」
「………」
「リヴァ……、」
「……」
「………。」


一言も返ってこない事態に、私はわしゃわしゃと動かしていた手を止める。


「……。」


この人、ぜんぜん聞いちゃいない。



「──ッリヴァイ!」


私は眉を顰め、頭にタオルをかぶせたままリヴァイの顔に手をやる。俯き気味のその顔を、両手でぐいっと上げた。


「何があったのか分からないけど、とりあえず早く着替えて!風邪引いちゃったらどうすんの!」


手のひらに伝わってくる冷えたその体を今すぐ温めたいのに。このままじゃ本当に体調崩しちゃうよ。
リヴァイの髪から滴る冷たい水が私の手に落ちてくる。

とりあえず着替えてほしくて大きめの声で目を見てそう言えば、リヴァイはようやくこくりと頷いた。


「ならさっさとそれ脱いで!」


それから私は一度目を離し服を持ってきて、それを渡した。白いその服は私が着ると大きかったもので、だから多分リヴァイでも着れると思う。そして無事に着替え終えたリヴァイから濡れている方の服をもらい、ハンガーにかけそしてリヴァイをイスに座らせた。


「ねぇリヴァイ、明日の仕事は?明日は何時からなの?何時に戻れば仕事に間に合うの?」
「……明日…は、昼過ぎ、から」
「昼過ぎ……」


お昼過ぎか。

なら、それまでに戻れば大丈夫ってことかな。


「そっか」


私は頷き、隣に立ったままあまり顔色の良くないリヴァイを見つめる。


「……とりあえず、紅茶淹れるから…それで温まるといいよ。ね?」


それから紅茶を用意する為に、背中を向けた。


「………。」





「…リヴァイ、はい、これ飲ん……、」


温かい紅茶をカップに淹れて振り向けば、リヴァイはテーブルに顔を伏せていた。


「(………え、寝て……る?)」


ずっと黙ってたから気づかなかった。そっとカップを置いて顔を覗き込んでみれば、静かに寝息を立てていた。


「( 寝てる………)」


それを確認すると思わず息を漏らし、それから毛布を持ってきてかけてあげた。


「……。」


相当疲れているのだろうか。
一体、何があったのだろう。


「(分かんない、けど……)」


でも。

私はリヴァイの頭に手を伸ばし、そっと髪を撫でた。


「……おかえり、リヴァイ」


お疲れ様。

起こさぬよう小声でそう言って、私はその向かいへと腰を下ろし静かにカップに口をつけた。







それから三時間後、ガタッと音を立ていきなり顔を上げて、リヴァイは目を覚ました。その音に私はびくりと肩を震わせ読んでいた本から顔を上げる。


「……… 、」
「……は……、ナマエ…?」
「…あ、うん……(びっくりした……)」


リヴァイは私を見て目を丸くし、周りに視線を向ける。


「……ここは……お前の、家…か?」
「…うん、そうよ」
「………。」


覚えていないのか、少し混乱している。でも今はちゃんと意識があるようだ。


「…大丈夫?」
「……、」


本を置いて眉を下げながら聞けば、リヴァイは状況を理解したのか次第に体の力を抜いて、口を開く。


「……あ、あぁ…。悪い……」
「……」


その姿はいつも通りとは言えないけどとりあえずさっきよりは大丈夫そうなので、私はがたりと席を立ち、リヴァイは顔を上げる。


「紅茶、淹れるね」
「………、」


それから紅茶を淹れ直し、リヴァイは体を起こした際に床へと落とした毛布に気づくとそれに手を伸ばす。私はリヴァイの前にカップを置いた。


「どうぞ」
「……ああ…。」


私はまた向かいへと座り、テーブルの上で腕を組む。



「……ナマエ、」
「ん?」


一口紅茶を飲み、カップをソーサーに戻したリヴァイはそれに視線を落としたまま続ける。


「…なんとなく、思い出してきたんだが……その、」
「──ねえリヴァイ」


だけど私はそれを遮るように口を開き、するとリヴァイはちらりと私を見る。


「……」
「おなか空いてない?」
「………、は …」


昨日作ったシチューがあるんだけど、とそう言えば、戸惑っているのか眉を顰める。

だけど黙るリヴァイに反して私はふっと表情を緩めた。


「あのさ……多分…誰にだって、そういう日、あると思う」
「……あ…?」
「だから、いいよ。何も言わなくても」
「………、」



私は、彼の人生の全てを知れたらそれで満足なのだろうか。何もかもを全部聞き出せたらそれでいいのだろうか。

…それは、きっと違う。

私はリヴァイの身に起こる全てを知りたいわけではなくて、リヴァイの心を、それを分かりたいのだ。

そうやって関わり合って、お互いに与え合って。そんなふうに、私はリヴァイと分かり合っていきたい。



「だけど…今日みたいな日は、側に居たいな」



言葉にしにくいのなら、何も言わなくてもいい。全てを話せなんて言わない。だけど、ただ、そういう時は側に居たい。
私はもうリヴァイを一人にはしたくないのだ。

リヴァイと私の生き方は違うけど、私にはリヴァイと肩を並べて壁の外に出て勇敢に戦うなんてことは出来ないけれど、それでも、リヴァイが疲れた時に休めるような、そんな存在になれたら。


「… あ……そうだ。…それとさ、」


それから私は思い出したようにリヴァイに向かって口を開く。


「…ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう」
「……… 、」


必ず帰ってくると、それを守ってくれたリヴァイにそう言えば、ほんの僅かに口を歪めぎゅっと拳を握り目を伏せた。


部屋の窓際では、白と赤のガーベラが今もなお上を向いて凛と咲いていた。


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