「お前、俺のどこが好きなんだ?」
「…………、は?」


一日の仕事を終え夕食もシャワーも済まし、恋人であるリヴァイの部屋まで来てみれば彼は唐突にそんなことを言い出した。

イスに座りながら仕事の書類を片手に。

そして顔は至って真顔。


「…どうしたの?らしくない」
「………。」


ベッドに転がりながら本を読んでいた私はその言葉に体を起こし本を閉じる。


「何かあった?」


気になり、リヴァイの隣までイスを持ってきてそこへ座りじっと顔を見つめる。すると少し逸らされた。


「別に何もない。ただの世間話だ」
「世間話て。これが?」
「……うるせぇな。もういい。忘れろ」


少し聞き返しただけですぐにそっぽを向いてしまう。私はそんな彼の手から書類を取り上げ、顔を覗き込む。


「リヴァイがそんなこと言うの、めずらしい。ていうか初めて。なんか変。ちゃんと答えるから、ちゃんと言って。知りたいことあるなら聞いて。全部答える。リヴァイの気が済むまで何でも答える。だからこっち見て」
「………、」


ただ一言。たった一言、どこが好きなのかと聞かれただけでここまで言うのは大袈裟かもしれない。だがしかし。リヴァイに限ってはそんなこともないと思うのです。きっといや絶対、何かがあったと思うわけなのです。

何でも答えるとそう言えば、リヴァイはちらりとこっちを見てため息混じりに口を開いた。


「…答えてねぇじゃねぇか。」


あ、うん。

そうだわ。
そういえば何にも答えてなかった。


「あぁごめん。じゃあ言うよ。えっとリヴァイのどこが好きかと言うと──」
「いやいい。やめろ、答えなくていい」
「…え、なんで」


答えようとすれば眉を顰められた。


「だから、もういい。返せ」


そう言って私の手から書類を取り返し、そのままそれに視線を落とす。


「……、」
「………」


沈黙。


「………え、いや、いやいやいや……リヴァイ?」
「………。」


もういい、わけがない。

こっちを見ないリヴァイに、私はそのまま続ける。


「…まぁ、確かに最近さぁ……、こうして二人で居ても、あんまりスキンシップというか……触れ合ったりとか、そういうのしてないかも」
「………。」
「でも、分かってると思うけど私ちゃんとリヴァイのこと好きだし、普通に休日とかがあればめっちゃいちゃいちゃしたい。もうめっちゃんくっちゃんにいっちゃいちゃしたい。」
「……お前、真顔で何言ってんだ」
「だけどそれでも普段何もなくてもこうして不安にならずに居られるのは、何も言わなくてもリヴァイが私のことを好きでいてくれるのを感じてるからだし、私がリヴァイを好きなこともちゃんと分かってくれてるんだろうなー、って、それすら分かるから。」
「………」
「でも、…言葉にするのは、それもやっぱり大切だよね………だから、」
「……。」
「ちゃんと好きだよ?リヴァイ」


正直な気持ちを素直に伝えれば、リヴァイは更に眉根を寄せ、舌打ちをすると手に持っていた紙を机に置いた。


「……そんなもん、分かってんだよ…俺だって、別に」
「じゃあいきなりどうしたの」
「クソ…。めんどくせぇ……言わなきゃよかった」


リヴァイはそれを後悔しながら諦めたように私を見る。


「……今日、メガネから聞いた」
「……え、なにを?」


そして目を伏せた。


「…お前が……以前、付き合っていた男の話だ」
「………へ」



唐突な話題に目を丸くする。


つまりリヴァイの話はこうだ。

今日、ハンジと二人で私の元彼の話になったらしい(私からリヴァイには話した事がない)。私の元彼はリヴァイとは正反対と言っていいほど性格が違っていて、好きだとかそういうのをわりと言葉にする人だった。さわやかで、明るくて、でも嫌味はなくて、いいひとだった。
もう全く未練はないけれど。
でもまぁハンジは当時私からそういう話を聞いていたから、リヴァイと付き合い始めた時は驚いていたし、だから今も気になっていたのかもしれない。そしてリヴァイに「ちゃんと好きとか伝えてる?」と、そう聞いてしまったのかもしれない。
そしてリヴァイはそれが気になって、「自分のどこが好きなのだろう」と、おそらく考えてしまったのだ。


まぁ、なんとも。


愛しい話である。



「…俺は、お前のことを信頼している。だから、何も言わなかった。だがそれは甘えなのかもしれない。お前が、ずっと俺のことを好いたままで居てくれる保障なんてきっとどこにもない」
「……、」
「人の気持ちなんて、いつだって変わる。お前に以前恋人が居たように。そいつのことを好きだったように。…だから、ちゃんと言葉にして伝えなきゃいけない時もあるのかもしれねぇ」
「……うん」
「それに俺は…お前が俺に惚れてることは分かってはいるが、俺のどこを好きなのかは分かってねぇ。…だから、少し……気になっただけだ」
「………。」


そう言って、ちゃんと言葉にしてくれたリヴァイは少し居心地悪そうに目を逸らす。

リヴァイは普段泣いたり笑ったり、そういう感情を表に出すことがほぼない。「好き」とかそういった愛情表現もあまりない。いつも同じような顔つきで少し分かりにくい時もあるかもしれない。

だけど。


「リヴァイって……分かりにくいけど、でもすごく分かりやすいよ」
「………は、?」
「多分、それが分かるのは私だから。リヴァイのことが好きだから、だから分かるんだと思う。」
「……、」
「こんなに冷めた面構えしてるのに、でも本当は熱い人でしょ?…そういうところが好き。芯がしっかりとあるところが好き、本当はちゃんと優しいところが好き。部下に慕われてるところが好き……部下も仲間もみんな大事にしてるところが、好き」


私の心にある想いは、言葉になってリヴァイに伝わり、そしてリヴァイの心へ届く。

言わなくたって「好き」な気持ちを感じることは出来るのかもしれないけれど、でもそのひとつひとつの「想い」は言葉にしないと伝わらない。



「…人の気持ちなんて移り気だし、変わることもある。だけど私は今リヴァイが好きだし、これからもそうありたいと思う。リヴァイとずっと居たいなって…そう思うよ」


これから先のことなんて分からない。だから。


「ずっと側で、証明してあげる。私はリヴァイがずっと好きってことを。」
「………、」
「…だからリヴァイも、たまに言葉にしてくれたらそれでいいよ。基本的にはやっぱり、分かるから。リヴァイのこと」



分かるけど、言葉にしてくれたらやっぱり嬉しい。きっと胸に響く。「想い」も「言葉」もどっちもあれば尚いい。結局のところそれは全部、私のものだ。




「………お前、何なんだ」


そう思っているとリヴァイは深くため息を吐いて、片手で目元らへんを覆った。


「…ん?照れた?」
「……いきなり、ペラペラと口走ってんじゃねぇ。」
「、ふは……いきなり、じゃないでしょう。リヴァイが言い出したことだよ?」
「………。」


リヴァイは私にじろりと視線をよこし、黙る。私は表情を緩めながらそれを見つめ続けた。

それから黙ったまま手を下ろすと、顔をこっちへと向ける。

すっと、息を吸う。



「……好きだ、ナマエ」



そして想いを言葉にした。


「……… 」


好き。ただ一言。たった一言なのに、それはとてつもなく甘く深く、私の心へ入っていく。彼の想いがじわじわとそこを満たしていく。



「……ふ、はは 」
「……何笑ってんだよ。腹立つな」
「 いや、ごめんごめん。なんか、久しぶりにきゅんとして」


すると少し気恥ずかしそうに眉を顰め目を逸らす。だけどそれすら愛しくて、腰を上げるついでにその頬へとちゅっとキスをした。


「 っ、」
「ふは、キスしたのも久しぶり」


そう言って笑い、立ち上がってイスを元の場所へ戻した。

それから読みかけの本が待っているベッドへと向かいまた横になる。

ぺらりと、ページをめくって文字に視線を落とした。



「…ナマエ、」


ふと名前を呼ばれ、顔を上げる。


「…ん?」


リヴァイはイスに座ったまま真顔で口を開いた。



「……今度休みがあれば、めっちゃくちゃにイチャつくぞ。」
「………、」


こんなことを言われるのは、初めてである。


「…… ふ、」


──ああ、もう。本当、らしくないなぁ。



「…楽しみにしてるね」


らしくないことを言ってくる彼が愛おしくて胸が「好き」と音を立てると、それが伝わったのかリヴァイは僅かに表情を緩めた。


“人の気持ちなんて、いつだって変わる”
それは本当にその通りだと思う。

だからほら、現に私は昨日よりもリヴァイのことを好きになっている。


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