胸が痛む。



「まさか、お前……」



リヴァイのことを思い出すと、自分のしたことを思い出すと。ひどく、胸が。



「ナマエ、か?」



私は顔が歪みそうになるのを耐えながら目を伏せ、こくりと頷き俯いた。

リヴァイは私のことを覚えてくれていた。名前も。きっと過ごした日々も。

そして私の、したことも。


──お前なんか、友達じゃない


あの時のリヴァイの言葉が胸に突き刺さる。



「…今…まで、黙ってて……ごめんなさい」


私は拳をぎゅっと握り謝った。


「………、」


…あああ、言ってしまった。どうしよう。怖い。リヴァイはどんな顔をしているだろう。何を思っているだろう。でも私のことなんて、きっと、好きではない。

今まで黙っていたくせに、今更こんなこと言い出すのはただのエゴだろうか。
こんなことをわざわざ思い出させるのは、謝りたいという私の気持ちは。自己満足でしかないのかもしれない。


「…っ」


でも。


「(ちゃんと、伝えるって、決めた)」


私は静かに息を吸っておずおずとリヴァイを視界に入れる。すると戸惑っているような顔で私を見つめるリヴァイと目が合った。

ごくりと生唾を呑み込む。


「………っあ、あの、ね……わ、わた、…わた、し、…」


うわ、何これダメだ、どうしよう。声がうまく出せない。ああ情けない。

だけどそれからも何も言わないリヴァイに私は絞り出すようにして話し始めた。とりあえず、あの日のことから。


──あの日。リヴァイと別れた、あの日。

顔にはそれまでできたことのないケガを作り、服も汚したまま家に帰った。母親に怒られるとかそんなことは考えられなかった。だけど誰も居ない家に着き時間が過ぎると同時に冷静になってきて、どうしよう、と思った。
とりあえず服を隠そうとしたけどそれも意味はなかった。家に帰ってきた母親にすぐ見つかってしまったから。まぁケガをしている時点でバレるのは必至だったとは思うけど。

顔も髪も服もボロボロの私を見て母は顔色を変えた。何があったのかを問い詰められ、それでも「地下街に行っていた」事は言わなかった。そんな事を言えば、「もう行くな」と言われるから。だから絶対に言うつもりはなかった。
私は本当に、リヴァイに会いに行くつもりだったのだ。友達じゃないと言われても関係なかった。私の気持ちは変わらず、「リヴァイと友達になりたい」と思っていたから。

だけど母は何も言わない私に顔の傷が完全に治るまでは外に出ないように言った。こんな格好を曝してみっともないとも怒られた。心配もされたけど、黙ったままの私にだんだん苛立っていたんだろう。
でもそれも当然だと思う。

私はそれから数日を家で過ごし、その間もずっとリヴァイのことを考えていた。早く会いに行きたくてたまらなかった。

だけど、それは叶わなかった。
父親がいきなり、病気で倒れたから。

突然のことだった。母も自分のことばかり構ってはいられなくなっていったし、私も父が心配だった。外にはなかなか遊びに行けなくなり、だけどきっとまたそのうちリヴァイには会いに行けると思ってた。
もしかしたら心の奥底に「また傷つけてしまったら」という気持ちがあって会いに行くのが怖かったというのも少しあったのかもしれないけど。でもそれ以上に、会いたい気持ちはちゃんとあった。

──でも。
父の容態はなかなか悪かったみたいで、長くはもたかった。発覚するのが遅かったとかなんとかで。病気で倒れてからあっという間に、父はこの世を去った。母はひどく落ち込み、それからはいろいろと大変だった。
父が亡くなったことで私達はお金も地位も家もほとんどのものを失くした。

シーナには、居られなくなった。

お金も地位も何もない私達には世間は厳しかった。それから、母が元々住んでいたところまで移動しそこで母と二人で暮らし始めた。最後まで、リヴァイには一度も会いに行けなかった。そんな暇はあまりなかった。
後ろ髪を引かれる思いで私はシーナを出て、別れの言葉も言えずにそこを離れた。


私は、自分から言い出した約束を守れなかったのだ。


そんな私の話をリヴァイは黙ったまま聞き、私はずっと目を伏せたまま話す。


「……でも、あとから考えてみれば……リヴァイはもう私には会いたくなかっただろうから…もしかしたら、それで良かったのかもしれないけど……、」
「………、」


会いに行けてたとしても、どうせまたリヴァイを傷つけていただろう。


「…私は、あまりにも無神経で…全てに対して無知で……興味本位であなたのことを、傷つけていた。それに気づくのが遅すぎたけど……ずっと、後悔してた」


お金を払うことも、私がリヴァイと居ることも、リヴァイの前で日々が「つまらない」と言うことも。明らかな差を見せ付けられている地下街という場所で私がリヴァイにしてきた事は、全て。何もかもが、彼の自尊心を傷つけてしまうものだと気づくべきだった。

そのことをあとからようやく本当の意味で理解し、そしていくら自分も子供だったとはいえそんな事をしていた自分に失望した。傷つけた事に、おこがましくも傷ついた。


「リヴァイ、ごめんなさい。あの時、いろいろと迷惑をかけたし……でも、それなのに、私のこと…助けて、くれて」


あの時リヴァイが来てくれなかったら私はどうなっていたか。今なら安易に想像が出来てしまう。


「リヴァイに、ケガ…まで、させて、」


どんどん顔が俯いていって、私はそのまま頭を下げる。


「…ごめんなさい、」
「………。」


母と暮らし始めて私は働けるようになるとすぐに働きに出た。母は父が亡くなってからというものずっと不安定で、それにシーナで暮らせなくなった事もショックだったみたいで。まぁ元々あの暮らしに憧れていたみたいだから、それも当然だろう。夫も亡くしその暮らしもなくしたのだから落ち込むのも分かる。
だから私はその分働いたし、私が母を支えなきゃと思った。

そして大人になると酒場で働き始め、そこで私は。


「……でも、…でも、ね」


──リヴァイと、会った。

私は下げていた頭を上げる。


「リヴァイがうちの店に来て……もちろん驚いたし、何でこんなところに居るんだろうって思った。地下から出てくるのは相当大変だって、あとから他の人にも聞いたから。…だからビックリして……しかも調査兵になってるなんて、意味が分からなかった。何がどうなってそうなったんだろうって。本当に、驚いたの」


だから私は聞きだそうと思った。
どうして調査兵になったのか、どうやって調査兵団に入ったのか。それを知りたかった。


「あれからどんなふうに生きてきたのかなって……それが、気になった」


私は自分のことを隠し、リヴァイに近づいた。話をした。言葉を、交わした。


「…リヴァイは私に気づいてなかったから、…私は一目見て分かったけど……でも何も言えなかった。…怖かったの」


気づかれなかったことが悲しくもあったけど、それはそれで安堵もした。気づいてほしかったけど気づいてほしくなかった。


「でも……私は」


矛盾した気持ちばかりが私の中にあり続けた。


「リヴァイと会えて、嬉しかった」


だけどやっぱり、嬉しくもあった。だってもう会う事もないんだろうと思ってたから。それなのに、再会できた。こんな偶然ってあるのか、と。


「私がこんなことを言うのはおかしいかもしれないけど……でも今はちゃんと、仲間も居て、目標を持って生きてるんだって……分かって、嬉しかった」


きっとあれからもいろいろあったんだろう。それでも今こうして真っ直ぐに生きている彼の姿を、私は知ることが出来た。


「……あのね。私にとってリヴァイは初めて出来た友達で、あの頃リヴァイと居る時だけが、楽しかった。それは私だけだったのかもしれないけど、でも、リヴァイの存在は私の中ですごく大きかった。…だから、また会えて、良かった」


こんなこと、言っても関係ないだろうに。


「…今更、こんなこと思い出させてごめんね。でも、今日は来てくれてありがとう」


私は腰を上げ、立ち上がる。


「これからも、調査兵…大変だろうけど……頑張って 」
「………、」


何も言わないリヴァイに、私は伝えたい事だけ伝え、そしてそれからあの時言えなかった言葉を口にする。



「……さよなら、」



──もう、会うこともないだろう。

私は別れを告げ二人分のお会計を済ましその場を去った。リヴァイを置いたまま。

逃げるようにそこから足早に離れて行く。振り返りもせずに。

だけど、こうするしかないのだと思う。


「………っ、」


…いや。違うな。

リヴァイの気持ちも言葉も何も待たずに、聞かずに。
言いたい事だけ言ってリヴァイから逃げて、私はどこまでも卑怯な人間だ。


「(…最低だ、本当、最低すぎる、)」


だけど怖かった。

リヴァイの口から、また私を拒否するような言葉を聞くのが。私はそれを聞くべきなのに。本当はどんな言葉でも聞かなきゃいけないのに。じゃないと意味がない。

でももう耐えられなかった。何も言わないリヴァイが何を思っているのか分からなくて怖かった。リヴァイだっていきなりいろいろ言われて気持ちの整理が出来ないのは当然なのに。


「(……何で私は、傷つけてばっか、)」


それなのに戻ろうとしない足はそのまま家まで止まることはなかった。

私は結局大人になってまで、彼を傷つけることしか出来なかった。
なのに友達とか、本当冗談じゃない。







それから私は自業自得のクセに明らかに元気がなく、それでも仕事にはちゃんと出た。
あれから二週間が経ち、だけどリヴァイの姿は一度も見ていない。あんなことをしたのだから、さすがにもう来てはくれないだろう。


「………。」


なのにリヴァイがいつも座っていた席を見て、こんなにも落ち込むのはどうしてだ。


「……、」


本当にバカなんだろう。私はリヴァイと話すことをあの頃のように楽しんでいたのだ。

それを今更痛いくらいに自覚して、どうなる?


「……。(仕事中は、せめて元気出さなきゃ)」


そう思っているとその時、落としている視線の中に影がひとつ入り込んできて、はっとして思わず顔を上げる。



「っあ 、いらっ しゃ 、 い ………、」


顔を上げると、言葉が詰まった。

私は自分の目を疑う。


だって、どうして。



「……ナマエ。空いてる日、教えろ。話がある」



有無を言わさない表情で、リヴァイはそう言った。


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