残された時間で、リヴァイさんと話をした。

簡単そうでいて一番難しい。どうでもいいように思えてどうでもよくない。そんな他愛のない、話をした。

目を見て。表情を、見て。声を聞いて。

リヴァイさんの瞳には私が映ってた。

私が笑うとリヴァイさんも表情を緩めた。

リヴァイさんの隣は、やっぱり居心地が良かった。




「お前は、相変わらずか?」
「…そうですね、特に変わりはないですよ」
「そうか」
「バイトして友達と遊んでバイトして……うん。前と変わりないです。」
「母親は」
「え?」
「…母親は、元気か」
「……あ、お母さんですか?」
「ああ」
「あ、えっと、はい。もう全然、元気ですよ」
「…そうか。」
「私の方は本当に周り含めて変わらずです。何もかも」
「仕事の帰りは、今もあの時間なのか?」
「あ、はい……基本的には」
「……夜道はちゃんと気をつけろよ」
「…ふは、…はい。大丈夫ですよ。」
「……悩みとかは、何もないか」
「悩み…ですか。……悩みは、特にないです」
「本当かよ」
「っふ、本当ですよ。元々私はあまり悩まないタイプですし」
「……お前は、人の為なら悩む奴だろ。」
「……そー、です、かね…?」
「無理とか、してねぇか」
「してないですよ?」
「…お前は、優しい…からな。その分ナマエ自身が疲れちまわねぇか、心配だ」
「……ふ、…大丈夫ですよ。私は無理はしません。」
「…なら、いいが」
「ありがとうございます。心配してくれて」
「……。そういや……肩の、怪我は」
「え?かた?」
「……肩だよ、肩。」
「……………あ、…あぁ!あの時のですか?」
「 ああ…」
「そんなのとっくに完治してますよ!ていうかリヴァイさんが帰る時ですらもう治りかけてましたし」
「…痕とか、残ったりしてねぇか」
「はい。キレイに治ってるはずです。ていうかもうそんなの全然気にしないで下さいよ」
「気にするだろ。」
「気にしなくていいですって」
「いや気にする」
「いやいやいや」
「大事な女に傷痕なんか残したくねぇ。」
「………、」
「……。」
「………」
「………いや何か言えよ。気まずいだろうが」
「……リ、リヴァイさん、さっきから素直すぎて……ちょっと、照れます。」
「俺は言いたいことを言っているだけだ」
「………そーです、か」


だけどその視線が照れくさくて、私は目を逸らしちらりと床に置いてある時計へと視線を落とした。

全ての文字が消えるまで、残りあとふたつ。そのうえ今針が指している文字は大分薄くなりかけている。


「……リヴァイさん。リヴァイさんこそ、無理、しないでくださいね」


私は顔を上げリヴァイさんを見つめる。


「…いや……俺の場合は…、無理しねぇと、駄目だろうからな。」
「………そう、なんですか…?」
「じゃなきゃおそらく勝てる相手じゃねぇ」
「………、」


リヴァイさんの世界での戦い。リヴァイさんの戦い。

それはやっぱり私には到底理解できないのだろう。


「…じゃあ……無理した先で、諦めたりは、絶対にしないでください」


私には想像できないくらい、辛いんだろう。


──でも、それでも。だけど、

私はすっと息を吸った。



「リヴァイさんは、きっと──絶対、大丈夫です。」



私の言葉が、少しでも彼の背中を押せたなら。
離れていても、あなたが前を向けるように。
辛い時でも戦えますように。どうか前に、進めますように。

私はリヴァイさんの手に手を重ね、強く握った。

“絶対、大丈夫”

その言葉にリヴァイさんは少し目を見張る。


「………、」
「……、ごめんなさい……こんな事くらいしか、言えなくて」


それでも、少しでも、力になれたらいい。


「……何、言ってる。他の誰でもない…お前のその言葉だけで、俺には十分だ」


リヴァイさんは愛しそうに表情を和らげた。

その時、カチリと音がする。


「……、」
「……。」


私達は思わず時計に目をやり、それを見つめる。

ついに残された文字は、あとひとつ。


「………、」


これが消えれば、おそらく。


「……っ」


私は口を噤んで僅かに顔を歪める。

…早い、早すぎる どうしてこんな まだ話してたい 離れたくない ずっとこうしてたい 触れていたい リヴァイさんの瞳に映っていたい でもそんなの だけど 無理なのに だから 駄目だ 困らせてしまう



「………、」


私は目を閉じると静かに息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。


「………。リヴァイ、さん」


そして顔を上げると彼の手を握ったまま立ち上がった。するとリヴァイさんも立ち上がり、私は手を繋いだまま口を開いた。

お前が側に居たらどれだけ心強いかという、リヴァイさんの言葉を頭の中で思い浮かべながら。



「……本当は、リヴァイさんの言う通り……すぐ側で、一緒に居られたら、それは本当に素晴らしいことなんだと思います。でも、……きっと、どんなに側に居ても分かり合えない事や伝わらない事は誰にだって少なからずあって……友達でも、恋人でも。…だけど、そんな中で、私達はこうしてまた巡り合って……変わらずに、居られた。…それってすごいことだと思うんです。離れていても同じ気持ちで想い合っていられる人が居るなんて、とても素敵なことです。だから私はいつだって頑張れますし、心強いです。リヴァイさんが、居てくれるから」


そう。だから、大丈夫。私達は。


「またこれから私は私の道を進んでいきます…だから、リヴァイさんもリヴァイさんが信じる道を真っ直ぐに突き進んで行って下さい。……リヴァイさんとまた会えるその日まで、私もしっかりと前を向いて生きていきます。」
「………、」


きっと、また。


「……ナマエ…」
「…きっとまたどこかで、会えますよ。」
「………」
「根拠はないですけど、でもそう思います」
「……お前はいっつも…根拠のねぇことばっかだな」
「でも、さっきリヴァイさんだってそうだったでしょう?」
「……は…、そう だな…。」


リヴァイさんは力なく笑い、私はふっと前向きに彼へ笑顔を向ける。


「また、どこかで会いましょう」
「……ああ、」
「…でも、いつだって…一緒です。」
「……ああ」
「いつでもここで、待ってますよ」


そう言って私はリヴァイさんの左胸へと、手を当てた。


「………、」
「…私も、いつもリヴァイさんへ心を捧げています」
「……っ」


想うたびに心が温かくなるのは、側にいる証拠。

するとリヴァイさんは私の手首を掴み、ぎゅっと握る。


「……心がいくつあっても、足りやしねぇ…。」


目を伏せながらそう言った。

それから少しすると、顔を上げる。


「……ナマエ。」
「…はい」
「俺は、必ず勝ってみせる。諦めない。だから、また会おう」
「……はい。」
「お前のおかげで俺は生きていける」
「……、」
「……ありがとうな。ナマエ。ありがとう」
「……っ、わたし、こそ……ありがとうございます、リヴァイさん」


その言葉に少し泣きそうになり、私はリヴァイさんに抱きつくことで泣きそうな顔を見られないようにした。ぎゅっと、抱きつく。
するとリヴァイさんは髪を撫で、私を抱き寄せた。


──これは、あの時とは、違う。きっとまた会える。だから、大丈夫。


少しでも触れ合っていたくて温もりを感じていると、その時、時計の針の音がいきなり細かく響き始めた。


「……っなん、ですかこの音……、」


私達は思わず体を離し、時計を見つめる。


「………これは、びょう、しん?」
「…ああ。おそらく、もう、時間…ってことだな。」
「……、」


長針が指している最後の文字は消えかけ始めている。そしてそれとはまた別に響く時計の音。これは、秒針の音だろう。


もう、終わる。もうすぐ。終わってしまう。


夢が、覚める。


「………、」


──なにか、何か。言い忘れていることはないだろうか。私は、リヴァイさんに。またしばらく会えなくなる。このままで、本当に大丈夫?



「……あ………、」


私はその瞬間、今更ながらとても重大なことを思い出した。


「 あ…そうだ……リヴァイさん、」
「…何だ」


ハッとして、リヴァイさんへとまた一歩近づく。頬へ手を伸ばし、それからもう片方の頬へと私は顔を近づける。

そしてそこへ触れるくらいの、キスをした。


「……… っ、」


目を閉じながら静かにちゅっと音を立て頬から唇を離すと、私はリヴァイさんと顔を合わせる。



「……ふふ、あの時の、仕返しです」


頬を緩める私にリヴァイさんは目を見開き、そして口を開く。


「──おま、え、」


その、瞬間。
秒針の最後の音が大きく響き渡り、そして文字盤から最後の文字が消え長針はまた進み真上に戻ってくると、全て回りきった。


「またね、リヴァイさん」




そして私のその言葉を最後に、何の名残もなく意識はそこで途切れた。

その空間から二人の姿は消え元の世界へと戻る。


──私達の夢のような夢は、終わった。



さようならはいらない


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