懐中時計の文字盤を見てみると、そこには本来なら数字が書いてあるところに私達には読めない記号のようなものが書かれていた。そして針は長針のようなものがひとつだけ。


「これがまた関係してくるのか」
「マジ何なんすかこれ…」


床に座り込みリヴァイさんとそれを見つめる。するとある事に気がついた。


「…これ、長針が過ぎたであろう方の文字がなくなってますね」


針は今普通の時計でいう5時辺りを指している。そして針が過ぎたであろう12から4までの文字がない。おそらく消えてしまっている。多分、12時から始まったとしたらの話だけど。


「ほう。……針が回りきると、文字が全てなくなるということか」
「…全部の文字が消えたらどうなっちゃうんですかね」
「……まぁ、俺らの目が覚める、とかそういう事じゃねぇか?」
「……あぁ…、」
「……」


なるほど。つまりこれが残りの時間を示すタイムリミット、ということになるのか?いや全然分かんない。謎すぎる。毎度のことながら。


「でもとにかく……つまりこれは、ここへ来て25分くらい経った…ってことなんですかね?針の位置的に。5時間は経ってないでしょうし…」
「あぁ……どうだろうな…。よく分からねぇが」
「ていうかここは時間の感覚があまりないです」
「…そんなに経ってねぇような気もするが……いや、そもそもこの空間では普通に時間が流れていない可能性すらあるかもしれん。」
「…………たしかに。」
「まぁこんなところに落ちているくらいだからな……何らかの意味は必ずあるんだろうが」


だけど、全く仕組みが分からないな。

不思議に思っていると、長針が今指している5時の部分の文字が、いきなり薄くなり始めた。


「……えっ、ちょっ…!リヴァイさんっ、文字が消えかけてますけど!?」
「……、ああ、」


ゆっくりと静かに、それはだんだん薄まっていく。それをただ見つめていると時間をかけながらそれは文字盤から消えていった。そして針はカチリと動き次の文字を指す。


「……。」
「……。」


なにこれ。


「…えっ、ちょ、えぇっ!?どういうこと!?こっわ!!」
「……別に怖くはないだろ。」


顔を上げてリヴァイさんを見つめれば、呆れたように彼も顔を上げる。


「いや怖いでしょ!?どうなってるんですかこれ!」
「さぁな。」
「消えましたよ!?文字消えましたよ!?」
「ああ」
「何で!?怖い!!」
「……落ち着けよ。この文字は消えるってことで俺らも話進めてただろうが」
「そうですけど!でも実際目の当たりにするとなんか……!」
「何にしろこのまま針が進んでいけば文字も消えて、そうなると何かが起きるんだろう。」
「でももしかしたらこれが全部消える前にどうにかここを抜け出さないと一生閉じ込められたままとかそういう展開だったらどうします!?」
「………、」
「………っ」
「……お前、怖いこと言うんじゃねぇよ。」
「だ、だって!ありえるでしょ!?」
「そんなことがあってたまるか。」
「いやでも実際分かんないじゃないですかぁー!」
「いや、それはない。」
「なぜ言い切れるんです!?」
「困るからだ。」
「そんな!何その理由!」
「とにかく、一生このままって事はないから安心しろ。」
「だからなぜそんな……!」
「俺が、そう思ったからだ」


リヴァイさんは何の迷いもなくそう言って、私の瞳を真っ直ぐ見つめる。

俺がそう思ったから、だなんてそんな理由。

でも、大丈夫だと、そう言っているような瞳に、だんだんと焦る気持ちはなくなり始めた。


「…そ、っか……。リヴァイさんがそう言うなら…きっと、大丈夫ですね………いや本当に!?」
「ああ、大丈夫だ。」
「……っ 」
「だから落ち着け、ナマエ」
「………、」


言葉の力というのはこんなにも力強いものだっただろうか。リヴァイさんの言葉は、なんだかとても安心できる。


「……わかり、ました。」
「……」


何の根拠もないその言葉で、私は落ち着くことが出来た。リヴァイさんのその言葉を信じると、それを見てリヴァイさんは表情を緩め私の頭に手を伸ばす。

ポンポンと、そこを撫でて手を引いた。私の心は更に落ち着きそれと同時にリヴァイさんへのとてつもない安心感を自覚し、なんだか少しくすぐったくなった。


「だが…あまり時間は残されてないのかもしれねぇな。」
「……ですね……もうすでにここまで消えてるんですもんね」
「…ああ…」
「……。」


急に、それを思い知らされる。

私達にはきっと時間があまりない。
だけどこうして会えたこと自体幸せなことで、それを少しでも長くと願うことは図々しいことなのだろうか。


「……んな寂しそうな顔するんじゃねぇよ。」
「……リヴァイさんこそ、そんな顔しないで下さい」
「…してねぇよ。」
「いやしてないって……ふは、何ですかそれ。」


どんな顔をしているのか自覚があるのか。それを否定してくる天邪鬼なリヴァイさんの表情はやはりどことなく寂しげだ。私と同じで。


「時間が、全然足りませんね」
「…ああ」
「もっともっと、あればいいのに。」
「……ああ。」
「でも……それでも、こうして会えたわけですし…」
「……」
「きっと、十分ですよね」
「………ナマエ。」
「…はい?」
「 話が変わるんだが、」
「……何ですか?いいですよ」


リヴァイさんはいきなりそう言って、視線を落とすと床につけたまま私の手を取った。


「…俺の、名前なんだが……」
「…え?名前?ですか?」
「ああ。」
「……はい」
「俺は……俺の名前は、リヴァイ・アッカーマン、っていうのが…それが、俺のフルネームになる。」
「……アッカーマン?…そういえば、初めて聞いたかもです」
「だろうな。…俺も最近、知ったばかりだからな」
「………え?そうなんですか?」
「ああ。俺はずっと自分の姓を知らなかったんだが……最近、それを知ることが出来た」
「…あ、…そう…なんですか」
「……なんとなく、ナマエには、知っておいてほしくてな。まぁお前にとっちゃどうだっていいことかもしれんが」
「………、」


リヴァイさんの名前。それは確かに、それを私が知ったからといって何がどう変わるわけでもない事なのかもしれない。でも、だけど。それでもそれを私に教えてくれたということが、それが。
──それが、嬉しかった。


私は、手を握り返す。


「……ふは。いえ、嬉しいですよ。ありがとうございます、教えてくれて」
「……。」
「でも、なんか…アッカーマン、て…かっこいいですね?」
「…いや…そうでもねぇだろ」
「リヴァイさんにぴったりだと思います。」
「……」
「良かったですね。名前を知る機会があって」
「……ああ」


それを話し終えるとリヴァイさんは握っていた手をそっと離した。


「………あ、そういえば」
「……あ?」


それから私はふとあることを思い出し、今度はこっちからリヴァイさんへと手を伸ばす。


「……ん?あれ?」
「……てめぇ…何してる。」


そして唐突にリヴァイさんの体を触りだし、あるものを探す。胸の真ん中辺りを中心に手のひらで触っていると、やがてそこに小さなふくらみを感じた。


「…あ、あった。」
「セクハラはやめてもらいたいんだが。」
「セクハラじゃないです!……ねぇリヴァイさん、これ、」
「……ああ。…そうだが」


最初に抱き締められた時にも感じた。リヴァイさんのシャツの下に、それはあった。

私がそれを見つけると、リヴァイさんは自身のスカーフを外し、隙間からシャツの中へ指を入れそれを取り出した。


「…これ、だろ?」
「……、」


そこから出てきたのは、私があの時あげたペンダントだった。

リヴァイさんの首からぶら下がっていたそれが目に入ると、私の胸はきゅっと締め付けられる。


「……つけていて、くれたんですね」


それに指を伸ばし、そっと触れる。


「そりゃあ、失くすわけにはいかないからな。身につけていた方が分かりやすい」
「…嬉しいです。ありがとうございます」


私に見せるとまたシャツの中へ戻し、そして外したスカーフは折りたたみズボンのポケットへと仕舞った。



「……また、リヴァイさんとお茶がしたいです」
「…俺はお前の作るメシが食いたい。」
「ふは、…私もリヴァイさんのお弁当が食べたいです。」
「掃除は毎日してるか?」
「……毎日は、さすがにしてないです」
「しろよ。埃はすぐ湧いて出てくるんだぞ」
「リヴァイさんは気にしすぎなんですよ…別に汚くはしてません。ちゃんと掃除機もかけてますし」
「掃除機か………欲しい。」
「っふは、リヴァイさん、掃除機だいすきですもんね。」
「あとクイックルが欲しい。」
「っふ、…そうですね。…あとは?」
「あとは……」


一年前のことを思い出しながら、私達は懐かしむ。



「お前が、欲しい」



そして、思わず息が止まりそうになるようなことを、真面目な顔をしてリヴァイさんは言った。

私は、だんだんと眉を下げる。


「……リヴァイ、さん。なに言ってんですか」
「…お前が側に居たら……どれだけ、心強いか」
「………、」


それは、その言葉は、想いは。本当に、嬉しい。とてつもなく嬉しい。
私だってリヴァイさんの側に居たいのだから。


「…リヴァイさん、…私も、です」
「……」
「それは私も、同じですよ」
「………。」
「だから、大丈夫。…大丈夫なんですよ。私達は」


時計の針は、こうしている間にも進み続ける。文字はどんどん消えていき、残り時間はどんどん短くなる。

でも、大丈夫。

きっと私達は、大丈夫。


リヴァイさんは私のその言葉に表情を緩めた。


「…そうか。そう、だな」


だって私達はこんなにも想い合っているのだ。それはきっと何よりも心強い。

私達がそうやって笑い合えば、時計の針は忘れることなくカチリと音を立て、またひとつ進んだ。



どこに居たって側にいる


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