「……え?」 触るな、と吐き捨てるようにそう言われた。 「リ、リヴァイ……?」 「……っ、」 顔に痛々しい痕を残したリヴァイは私を見ると顔を歪め、そして顔を伏せた。 「……だから、言ったじゃねぇか」 それから小さな声でそう発した。 「…え ?」 「お前は……目立つから、だから…気をつけろって……」 「……、」 「 クッ…ソ、……ふざけんな……。」 「……リヴァイ…?」 リヴァイは拳をぎゅうっと握り締める。 「何で……オレは、」 「………」 「……何を、して……」 「…リヴァイ?…あの……大丈夫…?」 「…っ結局、どうせ……」 ぶつぶつと一人で喋り、私はどうすればいいのか分からなくてただそれを見つめる。殴られた痛みよりもリヴァイの方が気になって仕方がなかった。 「………オレには、何もできない」 「……え、?」 ぼそりとそう呟けば、それから私に一度視線をやり、眉を顰めるとまた逸らす。 「…お前、いつまでここに居るつもりだ」 「え……」 「とっとと帰れよ」 「…で、でも……リヴァイ、怪我……」 「……どうだっていいだろ。オレのことなんて」 「…え……?なに、それ…」 「関係ねェだろ。お前には」 「………」 「…そうだ……オレらは、違う。違うんだよ。分かり合えるはずがねぇ」 「……なに…言って……」 「最初から分かってたことじゃねぇか……はっ……何を、今更……、」 「……リヴァイ 、ねえ…、」 「……階段までは送ってやる。そしたらもうここには来るな」 「…… え」 ここには来るなと、そう言った。 その言葉に一瞬息が詰まり、頭の中がそのことだけでいっぱいになる。 「…な、なんで……、」 「……“何で”?……分かれよ」 「………、」 どうしてリヴァイは、そんな目を私に向けるのだろうか。 「…いや……そう、だろうな…お前には、分からないだろうな」 “分からない” そう言われ、胸がドクンと音を立てる。 「分からねェだろうし、別に分かってほしいとも思わねぇ」 何で、いきなり。 分からない。リヴァイが何を思っているのかが分からない。 「…わ、わたしの、せいで……こんなことに…なった、から……?」 リヴァイは私のせいでケガをした。だから、それで、怒っているのだろうか。当然のことだけど。 「……はッ…ちげぇよ。そんな事じゃねぇ」 「………。」 「もっと根本的な話だ」 でもそれは否定され、余計に分からなくなる。 「これは、オレが招いた結果なんだよ。オレが、お前みたいな奴と分かり合えるかもしれねぇなんて、少しでも期待した、オレの間違いだ」 「………っえ」 「……もういいだろ。顔、見たくねぇ」 リヴァイはそう言って歩き出し、でも私の体は動かない。動けない。だって、どうしてそうなるの? 何がどうなって、『分かり合えない』という答えになったの? 「…っま、待って……待って、リヴァ イ、」 私は涙声でその背中を引き止め、するとぴたりと足が止まりこっちへ振り向いた。 「…何してんだ。早く行くぞ」 「待って……ちょっと……まって…」 何でそんな、冷たい目をしているの。 「待たねぇよ。オレはこれ以上お前と居たくない」 「………っ」 「さっさと上に帰ってくれねーか」 「……なん、で よ……」 「…お前と居ても何の金にもならねぇのに、居る意味があるか?オレに何のメリットがある」 いきなり全てを否定するような事ばかり言うリヴァイに、私はようやく頭を働かせ、感情を動かす。そして大きく息を吸い込んだ。 「…っだから、さっきから、何を、言ってるの!?どうしてそうなるの!?いみが分からないよ!!やめてよ!!」 大きい声を出せば、リヴァイはめんどくさそうに顔を顰める。 「だから……うんざり、なんだよ。オレは」 「だからどうして!?それをちゃんと教えてよ!」 「……お前と居ると、疲れんだよ。その上こんな事にまで巻き込みやがって……付き合ってられねぇ」 「……っ、」 疲れる? 私と居ると、つか、れるの? 「……もう…オレに関わらないでもらっていいか」 「……な、なん、で…っ」 「十分だろ?もう、飽きただろ、お前だって」 「っそんなこと!…そんなことっ、言ってないじゃんっ……!」 「……オレはもう、限界、なんだよ……お前のごっご遊びに付き合うのは……」 「なん、でよ……っ違うじゃん、なにそれっ…、そんなんじゃ、なかったでしょ……っ?」 「………。」 そんなこと言わないでほしい。 「………いい、分かった。」 私達は同じ思いを抱いていたはずなのに。 「分からないなら…ハッキリと、言ってやる……」 これからだったのに。これからもっと、分かり合っていくはずだった。 リヴァイはそう言うとギリッと歯を食いしばり、口を開く。 「オレは……っオレは、!っお前と居ても、何も楽しくねぇんだよ!!」 声を荒げ、私はただ呆然とそれを聞かされる。 「お前と居るだけで惨めになんだよ!!お前みたいなっ……能天気な、金持ちにはっ……分からない、だろ!?てめぇは何でも持ってるクセに、何が不満なんだよ!!じゃあオレはっ…オレはどうなる!?…オレはっ……オレにはっ、お前を守れるだけの力もねぇし、金だってねぇ!!…オレには、何も……、誰も……っ。」 リヴァイは叫ぶ。私に向かって。 「っお前は……、本当は、!オレのこと見下して、笑ってたんだろ!?じゃなきゃオレなんかと居れるはずがねぇ!!本当はあざ笑って……遊び半分で、ただの暇つぶしの為に!オレを利用してたんだろ!?」 「いっつもキレイに着飾った服着て…金も持ってて……!家族も、居て!!それ以上なにが欲しいんだよ……!?」 「お前にとっちゃここは物珍しい光景かもしれねぇが、オレにとってはこれが当たり前なんだよ……っ楽しくも、何ともねぇ!こんなもん、ただっ、惨めなだけだ…っ」 胸が、痛んでいく。 「お前みたいな奴が、オレの日常に…、入ってくるんじゃねぇよ……勝手に、踏み込んでくんな……っ」 そして思い知らされる。 …私が今までしてきたことは全て、そんなふうに。 一気にいろんな事を言われて、だけどそれはしっかりとひとつひとつ私の胸の中に入ってきて、悲しくなった。どんどんリヴァイが離れていっているようでひどく寂しくなる。 そして浮かび上がってきたのはひとつの思いだった。 「 リヴァイ……、」 たったひとつの、欲しかったものだった。 「 わたし たち……は…… 友達、だよね……?」 ちゃんと大切にしたかった、初めて、そう思えたものだったのに。 だけど彼が私を見るその目は、全てを否定するような目つきで。 「…友達?……ハッ……冗談、だろ」 手に入れたはずのそれは、ひどく脆く、簡単に崩れ去っていった。 「…………リ…ヴァ イ、」 悲しくて、心が寂しくて、涙が出そうになった。逃げ出したくなった。 ──だけど。でも、それでも。 私は、 「……わたしは…っ」 “友達”が欲しかったんじゃない。 「っわたしは、」 “リヴァイの友達”に、なりたかった。 「っリヴァイと、分かり、合いたい……っ!」 苦しくても、ここで逃げたら同じだ。今までと。何も変わらない。誰のことも信じないで、誰のことも分かろうとしないで、ずっとそのまま。変われない。私は、せっかく掴みかけたものを、離したくはなかった。 「分かりたいの……っリヴァイ、おねがい、分かって……っ」 私はリヴァイを利用なんかしないし見下したりもしない。ただ一緒に居たくて、それでリヴァイのことも一人にしたくなかった。ただそれだけだった。 胸のうちをさらけ出すと、それを聞いてリヴァイは静かに口を開く。 「……もういいっつってんだろ。帰れ」 突き放すように、冷たく、そう言った。 「っ、」 「お前の気持ちなんかどうでもいい…もう二度とここへは来るな」 「………っでも、リヴァ、──ッ!」 するとリヴァイは突然片手で私の胸ぐらを掴み、そのまま壁へと叩きつけた。また背中に痛みが走り、そのせいで私は自分の他のケガのことまで思い出し、痛みに顔を歪める。するとリヴァイは服をギリギリと掴んだまま、口を開いた。 「…友達ごっこはもう終わりなんだよ。」 その言葉に私は目を見開き、……それでも、目の前にあるボロボロの顔に、そっと手を伸ばした。 「……リヴァイ、ごめんね…? ケガ、させたくなかったのに……わたしの、せいで……」 すると今度はリヴァイが目を見開いた。 そして眉間にシワを寄せると、手を払いのけ体を離した。 「っだから触んなって言ってんだろうが!!」 「……うん。ごめん、ごめんね…」 「……っ、」 「本当に、ごめん。…今日はもう…帰るね」 リヴァイを傷つけた。これだけは、紛れもなく私のせいだ。それを思うと一時的に気持ちが冷めていった。 「……また、来るよ、リヴァイ」 「っだから、来んなって、」 「また会いにくる。」 「……っ」 「……だって、友達だもん……リヴァイを置いてなんか、いかないよ」 それを伝えると私はもう何も言わず、だけどリヴァイも首を縦に振ることはなかった。 「…お前なんか、友達じゃない」 リヴァイの最後の言葉は、それだった。 そして私はその日地上へ戻ると、それから一度も地下街に姿を見せることはなかった。 |