口の中で、血の味がした。

息がしにくくって、体も痛くて。洋服も汚れてしまった。リヴァイはそんな私を見て、怒りと、それとすごく悲しそうな顔を、した。

私はそれが悲しかった。


友達になりたいだなんて。私はリヴァイのことを少しも考えられていなかったくせに。それのどこが、友達と呼べるのだろうか。

私にはリヴァイの友達になれる資格がなかったのだ。


あとになってそれを、ようやく思い知ることになる。







「リヴァイー!!」

「………、」


私は今日も地下へ下りるとリヴァイを見つけ、笑顔で手を振りその姿に近づけば眉を顰められた。
そして舌打ちをされる。


「え?なんで?」
「……ナマエ。お前な、あんまりでけェ声出すんじゃねーよ。」
「え…どうして?」
「だから、目立つなって前から言ってるだろうが。お前は見た目からしてここの人間じゃないことが丸分かりなんだよ。何されるか分かんねェ…かっこうのカモだって言っただろうが」


そうやって注意を受けながら二人で裏路地へと足を向かわせ、あぁそうかと思う。


「そっか、わかった」
「前も聞いたけどな。その返事」
「この話したのって…あれだね。リヴァイがまだクラウスくん時代の時だね」
「そんな時代はオレにはない」


私達はいつものように話をする。


「……でもさ、もし何かあったら…その時は、リヴァイは、助けてくれる?」
「…あ?」
「わたしを、守ってくれる?」
「……何だ、そりゃ」
「だって、リヴァイは強いから」
「………守る守らないの話じゃねぇ。これは」
「じゃあなんの話なの?」
「……お前に何かあったら腹が立つってはなし。」
「………、」
「だから、気をつけろよ」
「……そっか」
「…そうだ」
「そっか。そっかそっか!わかった、ちゃんと気をつけるね!」
「……まぁ…本当に何かあった時は、守ってやるけどな」
「えっ?ほんとっ?」
「お前がここに居るのはオレの責任だからな」
「責任って…なんかその言い方好きくないなー」


私達は友達になることで今まで理解できてなかった気持ちを少しずつ分かっていくことが出来た。ちゃんとした理由が出来たからだ。「友達」だから、という。


「最近さぁ」
「あ?」
「…最近ね、ていうかリヴァイと友達になってからね、なんかお家に居ても楽しいんだー」
「……何で」
「なんでかなー。リヴァイと友達になったってこと以外は前と何も変わらないのにね。ママもパパも、相変わらずだし」
「………つーか…そもそもお前はな…最初から何でも持ってるクセに、贅沢なんだよ。」
「え、ゼイタク?」
「ああ。…居住権も金も、広い家も、家族も……何もかも、持ってるだろ」
「……」
「それなのに楽しくないって言ってること自体おかしいんだよ」
「……うん。わたしは、何でも持ってるはずなのに……でも、何もなかった」
「……。」
「…だから、つまんなかったけど、でも今はリヴァイが居る」
「……」
「それだけで、こーんなに、変わるものなんだね!っふふ、」
「……知らねぇよ。」



私は、馬鹿だったと思う。本当に馬鹿だったと思う。
その頃何も持っていなかったリヴァイの前でそんなことを言うのは、子供だったとはいえ無神経だった。

私はそうやってずっと彼を傷つけていたのだ。



「じゃーリヴァイ、またね。また来る!」
「おー。じゃあな」


その日、気が済むまでリヴァイと話し、そしていつものように別れを告げた。
リヴァイは階段を通れないから、その近くまで送ってもらっていた。じゃあねと手を振りお互いに違う方向へと歩き出す。


「(あー 楽しかったなー)」


私は、私に近づいてくる人影にも気づかず呑気にそんなことを思いながら歩いていた。

“かっこうのカモだって言っただろうが”

リヴァイが言ってくれていたその言葉の意味をちゃんと理解できていなかったのだ。だから、地下へ来る時も帰る時もそんなに周りを気にしていなかった。

自分が誰かに襲われるなんてこと、一度でも真剣に考えたことなんてなかった。

最悪の時は、予想なんて出来ない。その瞬間は突然やってくる。


──ポンと、肩に手を置かれ、私は振り向く。足を止める。



「……こんにちは。」
「……… 、」


振り向けばそこには男の人が立っていて、不敵な顔で私を見下ろしていた。


「……え っと…。」


見覚えのない顔に思わず口ごもる。男は他にも二人居て、気づけば私を取り囲むように立っていた。


「…近くで見るとなかなか可愛いな。」
「さすがお嬢様だな」
「はっ、やっぱこうでなくっちゃなー」

「………、」


そのうちの一人がニヤリと笑って、私に手を伸ばしてくる。私は何も言えずにポシェットの持ち手を握り締め後ずさった。だけど囲まれているのでその行為には意味がない。


「おっと……どうした?いつもはもっと元気なのによ。もしかして人見知りなのか?」
「……っ」
「はは、やっぱいつものお友達が居ないと心細いよなぁ?」
「あのガキもなかなか躾がなってねーが、お嬢ちゃんもあまり褒められた子じゃねぇなぁ。ちゃんと挨拶くらいはしないと、な?」


この人達は、いい人達ではないと、さすがに分かった。

一体何を、する気なんだ。


「まぁここに居るのも何だ、人気の少ない所に移動するか」
「ああ。……ほら、行くぞ、来い。」
「……っぃ、や、」


私は腕を引っ張られ、逃げようとすれば手で口を塞がれた。怖くて、心臓の鼓動がどんどん激しくなっていくのが分かった。


「……っ、」
「すげー怖がってるなぁ……声もうまく出せてねぇみたいじゃねぇか。」
「っは、殺しはしねーからそんな怖がるなって、お嬢ちゃん」
「まぁでも抵抗した場合は最悪分かんねぇけどなー」


抵抗出来ずにそのまま裏路地へ連れて行かれ、行き止まりへと出た。私は乱暴にそこへ投げ捨てられる。背中が壁に激しく当たり、地面へそのまま倒れ込んだ。


「 っう……ごほっ、!」


何でこうなっているのか、頭がうまく働こうとしない。私はどうしてこんなことになっているんだろうか。


「とりあえず、こいつが持ってる金を先に頂いちまうか。」
「そうだな。ガキのくせに金なんか持ち歩きやがって、生意気だぜまったく」
「……ッ、ひ、ぃやっ、!」


手を伸ばされ、体がビクリと反応する。怖い。


「…はっ…。何だ、随分と可愛らしい反応だなぁ。さすが上に居るガキはお行儀がいい」
「コイツ、いくらになるんだ?」
「さぁな…まぁ、それなりに高く売れるだろう」


“地下街には近づいてはいけない”

今更、父親の言っていた言葉が浮かんでくる。


「 ゃ、……だれ、か……っ」
「……オイ、騒ぐなよ?あのガキに気づかれると面倒だ」


──リヴァイ。


「………ッ、」


そう言って男がナイフを出して脅せば、恐怖が一気に増加した。


これに刺されたら、──死ぬ。



「っい、いやぁああぁッ!!!」


私はやっと声が出て、叫んだ。すると男はその瞬間目を見開き、舌打ちをすると私の胸ぐらを掴み容赦なく殴りつけた。全身が叩きつけられ頬に感じたことのない鈍い痛みが走り、息がしにくくなる。


「…いや、いやいや。静かにしろって。別に何もしねーよ。俺らは。俺らは、な」
「オイ、傷つけていいのか?」
「あ?少しくらいならいいだろ。」

「…ッ ぅ、ぐ……、」


顔を地面に押し付けられて、血の味がした。

──痛い、死んじゃう、殺される

そう思ったその時、目の前の男の後ろの方から、唐突に叫び声が聞こえた。


「うぁああぁあッ!?」

「…あ?どうした、」


男が振り向けば、私の視界も開けた。後ろに居た男の一人が倒れ込み、地面には血が広がる。その光景に息を呑めば、そこに立っていたのは、ナイフを手に持つリヴァイだった。


「……っリ、リヴァ、い…」


思わず名前を呼ぶと、リヴァイは私を見て、表情を変える。ピリ、とその場の空気が変わったのが分かった。


「……てめェら……何、して、やがる」

「オイ!!何してる!?そのガキを押さえろ!!」


今まで見た事のない、怒りに溢れた顔をした。


「ッナマエに触るんじゃねェ!!!」


声を荒げ、すると私の体はすぐさま男に抱えられ瞬時にナイフを突き立てられた。


「 ぅ、……ッ!」
「いや!いやいや待て!!動くな!大事なお友達の顔に傷がつくところは見たくねーだろ!?」
「……っ!?」


リヴァイは動きを止め、目を見開く。


「とりあえず、そのナイフを捨てろ!」
「………っ、」
「ほら、何してる、早くしねーとどうなるか分かんねぇぞ?」
「っぅ…く……っ!」
「……ッ、チッ… クソ、が……」


男が力を込めると私からは声が漏れて、リヴァイはそれを見るとナイフを捨てる。そして、


「…はッ、ついでにこのガキも始末するか?その方がここの治安も少しはよくなるんじゃねーか?」


無抵抗のリヴァイを、もう一人の男が殴り始めた。


「っはは、そうかもな!そいつは手がつけられなかったしなあ!いい機会かもしれねぇ!」

「 ぐ、ぁッ、!」


リヴァイは、殴られる。一方的に。


「や、やだ… やだっ……!」
「おっと、お前も動くなよ?痛いのは嫌だろ?」
「………ッ」


何で……何でこんなことに、なってるんだろう

おかしい、こんなの、おかしいよ


「 や、やめ……、」


リヴァイは、強いのに、どうして、


「……やめて…」


そんな男のひとなんか、リヴァイなら、


「………」


ああ、そうか、

私が。私が居るから、か


「………。」


リヴァイが殴られている光景をただ目に映し、視線を目の前まで落とせばナイフが目に入った。


「……っ」


怖いと、思った。

このまま殴られ続けて、リヴァイが死んでしまったらと思うと、たまらなく、怖くなった。


(それは、絶対にいやだ)


私は震える手を動かして、バレないように、ぎゅっと、“それ”を握り締めた。

それから迷わず息を吸い込む。



「──やめてっ!!!」

「、!?」


すぐ側の男がリヴァイの方に気を取られている隙に、私は握り締めたそれを上へと投げた。


「…あっ!?」


それに気づくと、男達はそれに目を奪われる。宙に舞った何枚ものお札は、ゆっくりと地面へと向かって落ちていく。


「…っ、り、リヴァイっ!!」
「……ッ、!」


投げられたお金に気を取られている男を、その隙を見て起き上がったリヴァイが殴るとそいつはうずくまり、私も男の手を逃れ走ると、リヴァイは自分のナイフを拾いそれから私の手を掴んだ。


「走れ!!」


リヴァイに手を掴まれると、不思議と恐怖がなくなっていく感じがした。

それでも私は必死に足を動かし、走った。走って走って、とにかく走った。
そしてなんとか、そいつらから逃げだすことに成功した。





「ハアッ…ハァッ……!」
「…っ……、」


私は肩で息をして、その場に座り込む。もう服が汚れるとかそんなことは言ってられなかった。というかもうすでにぐちゃぐちゃだった。


「…っり、リヴァ、イ……ッ」


息を整えながら顔を上げ、リヴァイを見上げると、顔が見えなかった。


「 リヴァイっ……?」
「………。」


こっちに背を向けたまま、喋らない。

私はだんだん不安になりフラフラとしながら立ち上がる。


「っねえ……リヴァイ、だいじょう、ぶ……? ごめんね…痛かった、よね……、」


その背中に手を伸ばし、触れようとすれば、弾かれた。



「……触んな」


そう言って振り向いたリヴァイの瞳は、ひどく冷たいものに変わっていた。


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