テーブルの上にはお金が置いてあって、私はそれを手に取り静かに見つめる。


「………」


母親からのそのお金を折りたたみいつものようにコインケースへと入れた。

それから、家を出た。





一段一段ゆっくりと階段を下りていき私は日常から抜け出す。その先に待っているのは、私がお金で手に入れている彼との関係。
それ自体に関しては特別悪いことをしているという気持ちはなかった。だけど、なぜか。私はだんだんとお金を渡すことへの抵抗を感じ始めている。

それは、なぜか。


『オレを置いて……居なく、なるんだろ』


いつも口が悪いくせに、いきなりそんなことを言わないでほしい。


『…誰の事も、信じられねェよ』


寂しそうな顔をされると、私の心まで悲しくなる。


──ウソじゃないよ?約束する!


そんな私の言葉を信じてくれたのかは、分からない。分からなかった。
あの日はあれからもあまり元気がなかった。だけど私は信じてほしいと思った。初めてそう思った。

それは、どうやったら手に入るんだろう。
お金を渡して「信じてほしい」と言えば信じてもらえるのだろうか。

…いや、違う。

そんなものに意味はない。それに信じてほしいなんてそんなの、信じていない人に言っても意味がない。私は分かっているじゃないか。考えが違えば思いは通じないということ。思い通りにはならない。

でも、だから、信じてほしいと思ったのだ。
分かってほしいと。

分かりたい、って。

そう、私は、分かりたい。

私はリヴァイと、分かり合いたいんだ。普通に。もっと、普通に。もっともっと。誰よりも。


それはきっとお金なんかじゃ手に入らない。


私は真っ直ぐと前を向いて、リヴァイの方へと足を急がせた。

その姿を後ろから見られていた事にも、気づきもせず。




「リヴァイ。」
「………、」


私の声に振り返り、リヴァイはこちらを向く。それから何も言わずにいつものように手を伸ばしてきた。私はコインケースが入っているポシェットの持ち手を両手で握る。


「……違うの」
「……、あ?」
「今日は、違うの」
「……何がだよ。」
「あのね……お金…は、渡さない。」
「…は?」


お金は持ってきている。だけど、そうじゃない。私はぎゅっと手に力を込めて、彼の瞳を見据えるとすっと静かに息を吸った。



「今日はリヴァイと、友達になりにきた」


そう──私はリヴァイと友達になりたいのだ。


「………、」


リヴァイはその言葉を聞くと面を食らったような顔をして、黙った。沈黙が続き、痺れを切らした私はまた口を開く。


「…どうすればリヴァイと、友達になれる?」
「………」
「……わたし、もっと仲良くなりたい。もっと分かりたいの」
「……、」
「分からないままで終わりたくないなって思った…」
「……」
「だから、友達になりたい。友達になって、リヴァイと仲良くなって、そしたらリヴァイの気持ちも……いろいろ、分かるのかなって。わたしの気持ちも分かってもらえるかなって」
「……」
「そしたらさ、寂しく……ない、んじゃない?」
「………、」
「これからも…ずっと……一緒に、遊びたいし……」
「……。」
「わたしは、リヴァイのこと、一人になんかしない。」
「……… っ」
「それを、その気持ちを、分かってもらいたいの」


私の、私が思っているこの気持ちを分かってもらいたい。信じてもらいたい。私は「リヴァイと友達になりたい」。だから「一人にしたくない」ってこと、信じてもらいたい。それはもしかしたら単純に私が「一人になりたくない」ってことなのかもしれないけど、それをただリヴァイに押し付けているだけなのかもしれないけど、でも。

とにかく私は、リヴァイと友達になりたい。



「……ダメ、かな」
「………。」


だけどリヴァイは何も言わない。私はまるで一人で喋ってるみたいだ。寂しいな。

誰の事も信じられないと言った、リヴァイの言葉が頭に響く。



「…オレは……」


するとようやく口を開く。


「……オレは、分からねェ」
「……なに…が?」
「…お前のその言葉を信じていいのかが、分からない」
「………、」
「お前のそれは、信じられるものなのか…?一時の感情で、言ってるだけじゃねェのか」


リヴァイは分からないと言う。

そりゃそうだ。私自身でさえ、今言葉にすることでやっと理解しているくらいなのだから。


「…分かんねぇよ……」


どうすれば分かってもらえるんだろう。

この気持ち。私でさえ持て余してしまっているのに。リヴァイは私じゃないのに。私の気持ちは私にしか分からないのに。


「……あのね」
「……。」


だから、諦めてきたんだ。


「わたし……ほんとに、ここに来るのが…楽しかったから……だから、リヴァイにお金を払ってたの」
「……」
「地下街のふんいきが、珍しくて……居るだけでワクワクしたの……でも、最近は、それはどうでもよくって…リヴァイが居たから……リヴァイに会いたかったから、来てた」
「………。」
「お金を払うのは、別に、それでもいいと思った。リヴァイはそうじゃないと、相手してくんないし……だからそれでもいいと思ってたの。……でもね、なんかそれは、違うなって、思い始めて……だって、リヴァイとの繋がりがお金だけしかないのは、なんか、寂しいから……」


私は話す。伝える。


「たとえば、お金がなくっても…それでも、一緒に居れたらなって……。何もなくてもリヴァイと…普通に、ただお話できたらいいなって、思った」


届いてほしい。この気持ちが。


「それで、だから、友達になりたいの」


少しでも、分かるように。


「だからね……お金は、もう…渡したくない。それから、リヴァイのことも諦めたくない」
「………。」
「だって、初めて友達になりたいって思ったから」


少しでも伝わればいい。今よりも近づけたら嬉しい。

私の思いを聞いて、リヴァイは目を伏せる。


「……お前は…お前みたいな奴は……、本来なら、利用する。金を取れるだけ取って…あとは、どうなろうが関係ねェ」
「……」
「そうするべきだ。お前みたいな、馬鹿からは……金さえ取れりゃ、それでいい」


目を逸らしながらそう言って、それからゆっくりと私を見た。


「……でも、……わっかんねぇ……」
「……分かん、ない?」
「 お前と、どうなりたいのか……自分でも、分かんねェ」
「……うん…」
「…お前から金がもらえねェなら、これ以上お前と居る必要はない……はず、なのに」
「……。」
「でも、オレは……それでも、……いや、でも……。違う、オレは……、クソ…。何を、ためらって……」


リヴァイは眉根を寄せ自問自答する。


「……。」


きっとリヴァイも自分の気持ちがよく分かっていないんだろう。でもそれはおそらく、少しでも私のことを思ってくれているということだ。

だったら。


「…リヴァイ」


私はリヴァイへと近づき彼の両手にそっと手を伸ばした。


「友達に、なろうよ」


それを軽く引き寄せぎゅっと握り、同じ目線で話す。

今は分からなくてもいい、分からないから、だから。


「──リヴァイ。私と、友達になってくれる?」


「 ………。」


これから。それも全部、これから。

分かり合っていけばいいんだと思う。







ポンポンと、私は後ろから肩を叩いた。


「………」
「……、イッ!?いたい!!」


手を置いたまま一本だけ立てた人差し指には頬が引っかかることなく、その指は彼の手によってグギリとあらぬ方へと曲げられる。


「いたたたたッ!!折れちゃう!」
「……これくらいで折れたりはしねェよ。」


私の指を握ったままそう言ってようやく振り向いたリヴァイに、私は指を引っぱりながら叫ぶ。でも全然抜けない。


「はなして!!痛いってば!!」
「同じいたずらに二度も引っかかると思ってんじゃねーよ」
「分かったからっ!!はなして!」
「……。」


そしてパッとようやく離れた指を見て、私は若干涙目でそれを確認する。


「………折れてる!!!」
「いや嘘つけ」
「でも本気で痛かった!!」
「そりゃ良かったな」
「よくない!もー!そんなんじゃあね、リヴァイ友達できないよ!?」
「……はっ、いらねーよ。そんなもん」


私は痛む指をさすりながら、リヴァイを睨みつける。


「一人居れば、いい」


リヴァイは私を見ながらそう言った。



──私と、友達になってくれる?


その時リヴァイは何も言わなかったし、頷きもしなかった。

でも、手を握り返してくれて、きっとそれが彼のできる精一杯だったんだろう。

だからあれからお金は払っていない。


「……ふは、そっか!」


私はリヴァイに笑顔を向ける。

こうして私は、リヴァイとお友達になった。


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