「(……あ、リヴァイ居た)」 私はリヴァイの後姿を発見し、だけどいつものようには声をかけずそのまま静かに近づいた。それからリヴァイへと手を伸ばしポンポンと肩を叩く。そしてリヴァイがこっちを向く前に人差し指を立てて、すると振り向いたそのほっぺに指は自ずと突き刺さっていった。 「………、」 「…うはは!ひっかかったー!」 「………。」 その行為にリヴァイは思い切り眉を顰めると、それから鬱陶しそうにその手を払った。 そして私と向き直り、口を開く。 「……金は。」 いたずらに引っかかったことが不服だったのか、不機嫌そうにそう言う。だけど私はそれがなんだか面白くなくて私の方こそ眉を顰める。 「……もう、分かってるよー。ちゃんと持ってきてるし」 お金を払わなければいたずらもしちゃダメなのか? 私はコインケースに手を伸ばしその中からお金を取り出してそれをリヴァイへと渡した。 だけどこれは、いつものこと。いつものやり取り。 私はこの地下街に来る為にリヴァイにお金を払って一緒に居てもらっている。地下街に来るのが楽しいからその為にお金を払っている。一人で居るのは危ないから、だからリヴァイにお金を払っているのだ。 そしてリヴァイはそのお金の為に私と居てくれている。お金を受け取っているから、だからこうして相手をしてくれる。 つまり私達は、お金だけで繋がっているのだ。 ◇ 「はい、リヴァイ。おかし持って来た」 「……おー。」 今日は家にあったお菓子を持って来た。おいしかったから、リヴァイにもあげようと思って。 私達はあれからいつものように路地に入りそこで話をし始めた。お菓子を渡すとリヴァイはそれを食べ始める。 「…おいしー?」 「……ああ、うまい。」 「そっか。よかった!」 喜ぶ私を見てリヴァイは微かに訝しげな顔をする。私はそれを気にせず自分の分を食べ始めた。 「そういえば今度ね、ママがおかし作るって言ってたから、わたしもママに教えてもらってそれでそれがうまく出来たら持って来るね。」 「……は、お前が?作んのか?」 「うん!約束したんだー」 「……。」 「なんかママもお茶会に持って行くって言ってた。だからわたしもリヴァイに持ってこうと思って」 「……何だそりゃ。いらねェ。」 「…えっ、なんで!」 「なんか、まずそう。」 「えええ!ひどくない!」 「お前そういうの下手そう。」 「なんでよ!うまく出来るかもじゃん!」 「……いや、見た目とかもクソそう。」 「クソそうって何!もー!そんなこと言うなら、リヴァイにはあげないよ?!」 「だからいらねェって言ってんだろ。」 「えぇ………な、なんでよ……。ひどくない…?」 「どうやって作んのか分かんねーけど、お前にはこんなうまいのは作れねェと思う。」 「 ………。」 リヴァイはお家にあったおいしいお菓子を咀嚼しながらそう言った。 せっかく。せっかくリヴァイに作ってあげようと思ったのに、リヴァイはそれを平然と否定してくる。確かに私は料理とかしたことないし、作り方もまだ全然分かんないけど、でもママに教えてもらったら少しはうまく作れると思うのに。…たぶん。まぁそこに確証はないけど。分かんないけど。でも、おいしいのが作れたらリヴァイも喜んでくれると思ったのに。 「………」 リヴァイの口の悪さにはもう慣れていたはずなのに、その時に限ってはその言葉がなんだかとても悲しくて気分がどんどん沈んでいくのが分かった。 私は思わず俯いて、黙る。するとそれに気づいたリヴァイが顔を上げこっちを見た。 「…… 、」 その視線にすら気づかず、でもリヴァイは手を止めてただただ私を見つめる。 そして。 「………いや…まぁ……別に、食ってやっても……いい、けど」 少し戸惑いながら、そう言った。 「………え…?」 私は顔を上げリヴァイの方を見る。 「……いや。だから。勝手に持って来ればいいだろうが…んなもん……知らねェよ。チッ、何なんだよ……クソ」 「……。え?」 リヴァイはボソボソと喋り、私は聞き返す。 「…だから!食ってやるから持って来いって言ってんだよ!何だよ!んな顔すんじゃねェよクソが!」 「……え、あ…うん。いいの?」 「いいっつってんだろ!同じこと何度も言わせんな!」 なぜか怒られる。なぜリヴァイが怒るのだろうか。分からない。 でも、それでも食べてくれるというのなら。 「……ふは、やった!じゃあ、今度持ってくる!」 「………っ。」 嬉しくなりそう言って笑えば、リヴァイは眉を顰め目を逸らす。だけどそんなのは気にならなかった。 私は早々に機嫌が直り、手元にあったお菓子をひとつ口の中へと放り込んだ。 ◇ それから数日後、約束通り私はママと一緒にお菓子作りをした。 出来上がったそれは、リヴァイに言われたとおり見た目はあまりよくなかった。もっとうまく出来ると思っていた私はガッカリしたが、それでもそれをリヴァイの元へと持っていった。 だけどリヴァイはそれを見ても何も言わずに食べてくれて、私が「おいしい?」と聞けば「まぁまぁ」と答えてくれた。味は確かにまぁまぁだった。でも、食べてくれたことが何より嬉しくて、私はまた笑顔になった。リヴァイはそれを見るとまた目を逸らし、それ以上は何も言わずに私のお菓子を全部食べてくれた。 そうやって、会う度に私とリヴァイはお互いに自分のことも相手のことも、よく分からない事が増えていっていた。 だけど私は分からないことは分からないままで、それでもいいと思っていたから特に深くは考えていなかった。 でも私はある時、気づくことになる。 それは家に居る時だった。リヴァイと離れている時に、私はふと思った。私が最近地下街に向かっているのは、単に「地下街が楽しい」からじゃないんじゃないかと。 だって私はいつも、リヴァイのことを考えている。何を話そうかとか。元気かなとか。ケガしてないかなとか。またお菓子を持っていけば喜んでくれるかな、とか。 いつの間にか地下街に行くことではなくリヴァイのことばかりを考えていたのだ。 私はそのことにようやく、気がついた。 ◇ 「…リヴァイ、」 「……、」 私はいつものように地下へと下りる。リヴァイに、話しかける。 私の声に振り向いたリヴァイは、私を見ると黙ったまま手を差し出した。私はその手に、お金を渡しながら口を開く。 「あのね。わたし、気づいたんだ」 「……何が?」 「ここに来てるのはね、リヴァイに会いにきてるんだな、って。」 「………、は」 「わたし、リヴァイと話したいからここに来てるんだと思う。」 そう言って、お金を渡した。 私はその時初めて、地下街に来る為の手段としてではなく、リヴァイと話す為に、その為だけにリヴァイにお金を渡した。 「………、何だ、そりゃ」 「…多分、もう地下街自体にはあまり興味がない。ただ、リヴァイが居るから来てるんだと思う」 過ごしていく中で変わっていた気持ちを素直に伝えた。 するとリヴァイはお金を受け取り、それをくしゃりと握り締める。 「……じゃあ、これは、オレと話したいから……払って、んのか?」 「……うん…そう…だね。そう、だよ?」 「………。」 私達の繋がりはお金しかないから。 そう思うと少し、寂しくなった。 「…分かんねェな…。」 「……え?」 リヴァイはそれをポケットに突っ込むと、ぼそりと呟く。 「 オレには、そんな価値があるとは思えない」 「………。」 そう言って俯いて、そのまま黙ってしまった。 私はそんなリヴァイを見て、ふと思い出す。それはここへ来る前までの日々。リヴァイと会うまでの毎日を。 いつも一人だった。退屈だった。 「わたしさ……、ずっと、毎日がつまらなくて」 「……あ?」 「だから、探検しに来たの。きっと何かが欲しかったから。ずっと何かを見つけたいと思ってた。だからね、ここに探しにきたの。」 「………。」 「そしたら、リヴァイが居た。そう……わたしは、リヴァイを見つけたよ。」 「……、」 「初めてね、楽しいなって思った。だから、リヴァイはそんなふうに自分に価値がないだなんて、言わなくてもいいと思う。…わたしにとっては、だけど。リヴァイは、ちゃんと、価値のある人間だよ。……誰だって、そうなんじゃないのかな」 リヴァイはいつもそうやって自分を無下にするから、私は悲しい気持ちになる。なぜだかは分からないけど、でも、そんなふうに思わないでほしいと思った。 私がそう言うと、リヴァイはぎゅっと拳を握る。 「…そんなこと言って、どうせお前も……そのうち、飽きて……来なくなるんじゃねェのか」 「……え?」 「オレを置いて……居なく、なるんだろ」 「………なんで?」 「…何でって……。」 来なくなる、と。いきなりそう言った。でも私はその意味が分からなくて首を傾げる。 「…誰の事も、信じられねェよ」 「………、」 そしてリヴァイはまた、寂しそうな目をした。 “誰の事も信じられない” それは、リヴァイがそう思っているのなら、きっとそうなんだろう。今まで私が、誰のことも信じようともしなかったみたいに。分かろうとしなかったみたいに。 でも。 「…リヴァイがわたしを信じられないなら……それは、しかたのないこと、だし、どうすればいいのかも分かんない。……でも、信じてほしいと、思うよ」 「………、」 「わたしは、リヴァイと居ると楽しいし……だから、また、来る。会いたいから、だから会いにくるよ。これからも、ずっと。わたしは、居なくなったりなんかしない。」 リヴァイの目を真っ直ぐ見つめて、そう伝えた。 「……何だよ、それ…」 「ウソじゃないよ?…約束する!」 「……。」 分かろうとしなければ分かってもらえるはずがない。 私は初めて、リヴァイのことを分かりたいと思った。 |