「お兄ちゃんに、伝えなきゃいけないことがある。」 「……何だ?」 平日の昼下がり。俺らは未だベッドの中。昨日(日付的には今日)は朝方まで二人で起きていて、空が明るくなり始めた頃に俺らは眠りについた。今はもう昼だが正直まだ眠い。起き上がるのも面倒でダラダラしているとそんな中同じベッドの中に居る妹が唐突に似合いもしない真面目な顔をして、むくりと体を起こした。 伝えなきゃいけないことがある、と。 「……。」 そう言うと黙ったままこっちを見つめ、俺はまだ開ききっていない目でちらりとそっちを見ればナマエは少し眉を顰め俯いた。それは寝起きの俺でもさすがに様子がおかしいと分かることで、横になっていた体を起こしてナマエと向き合った。 「…どうした。何かあったのか?」 俯いている顔を覗きこむようになるべく優しく問いかければナマエはきゅっと両手を握り締めた。 「………私ね、好きなひとが出来た。」 マジなトーンで、妹はそう言った。一瞬息をするのも忘れこの世の終わりを告げたかのようなそんな言葉に、寝起きの俺の頭は覚醒する。 「……は?」 今こいつ、何て言ったんだ。何を言ってんだ。 理解しようとしない俺の心にナマエは容赦なく追い討ちをかける。 「そのひとの彼女になりたい。」 思い起こせば数十年前、まだ子供だったナマエは「お兄ちゃんのお嫁さんになる」ことが夢だった。それがいきなり何を。いや確かにもう二十歳になってるしそんなの子供の戯れ言だと分かってはいるが。今そんなことを思い出してもどうにもならない。 「……あ、そうか。二次元キャラのことだな?」 「いやそうじゃなくて」 なんてこった。 「…は?は?どういうことだ?イミが分からねぇ。お兄ちゃんは混乱している。ナマエ、ちゃんと日本語で説明しろ」 「一応ずっと日本語喋ってんだけど」 「は…マジかよ……。じゃあ……お前は、今、『好きなひとが出来た』と言ったのか?」 「…うん」 「リアルで?三次元で?芸能人とかでなく?」 「うん。」 「……………」 「……。」 「嘘なんだよな?」 「うそじゃないし。」 「嘘つけ。じゃなきゃいつどこで知り合うってんだ。クソ引きこもりのくせによ……。あ?それとも高校の頃の友達か?まさかエレンか?あいつにはミカサが居るだろ?それにとっくに卒業しただろうが。今更好きになるわけねぇよな?違うよな?じゃあ誰だ?どこのどいつだ?俺がこの手で絞め殺してやる」 「ちょ……お兄ちゃん落ち着いて。それとエレンとミカサは別に付き合ってるわけじゃないんだよ。」 「どうでもいい!いいからそのクソ野郎が誰なのかをさっさと教えろ!」 「……えっとね。ネットで知り合ったひとなんだけど……」 「…………………。」 「……まだ、会ったことはないんだ。」 「……………」 「………でも、優しいひとだよ」 ネ ッ ト で 知 り 合 っ た 人 ? 「…………」 「…………、」 可愛い妹の口から発せられたその信じられない言葉に、長い長い沈黙が訪れる。それを頭でうまく処理できないのは寝起きだからではないだろう。 「……分かった。お兄ちゃんは今から、お前を一発殴る。オーケー?」 「の、ノーセンキュー」 そしてたどり着いた答えに、ナマエは嫌そうな顔をする。俺は握り締めた拳を更に強く握り締めた。 「いやいやいや!!!は!?何言ってんだお前!?正気か!?何言ってんだ!?何言ってんだ!!?正気かッ!?」 「お、落ち着いてお兄ちゃん…プリーズ」 「落ち着けるわけがないだろう!!!逆に!!逆にッ!!!」 「逆?何が逆?お兄ちゃん、本当一回落ち着いて」 「おまっ、馬鹿か!?馬鹿なのか!?ありえないだろ!ネットで知り合ったひとてお前!!ネットて!!しかも会った事もない人間を!?いや会ってたとしても許せねぇけど!!つうか会うな!!危ない!!どんなやつか分からん!!」 「…どんなひとかくらいは分かるよ。イケメンでね、本当優しくて通ってる大学も頭いいとこだし動物好きで妹とも仲が良いみたいで趣味は料理でしかも私が好きなアニメの原作の方を読んでるみたいでアニオタにも偏見ないみたいだしそれに免許持ちだよ?」 「嘘くせぇええええッ!!!それ絶対嘘だろ!?騙されてるだろお前!?」 「え?なんで?」 「お前そこまで馬鹿だったか!?違うよな!?」 「……騙されてないもん。ゆうくんはそんなひとじゃないし。」 「誰だゆうくんって!!!まさか優しいと書いて『ゆう』か!?ますます胡散臭い!!」 「そうだけど……なに名前が胡散臭いって。優くんのご両親に謝るべき」 「お前な!それ絶対騙されてるぞ!?相手おっさんの可能性すらあるぜ!?」 「……お兄ちゃん何言ってんの?優くんの顔なら画像でだけど見たことあるって」 「だからその画像がそもそも本物かどうかなんて分からんだろうがっ!!」 「なんでよ?」 なんてこった。マジなんてこった!どうしよう、妹が、妹が……! 目の前の現実にどんどん目の前が真っ暗になってゆく。 (どうすれば………) 俺はとりあえず落ち着こうと一度目を閉じて体の力を抜き、すっと息を吸う。 「……分かった。とりあえず、お前のスマホを貸せ。」 「え、何で?嫌なんだけど…」 「いいから貸しなさい。それとハンマーも一緒に持ってきなさい。」 「粉砕する気!?やめてよっ!」 「いいから持ってこいこの世間知らずのクソ馬鹿野郎が!!」 「やだよ!!そんなことしたって私の優くんに対する気持ちは変わらないんだからね!!」 「っ……!?」 「将来は優くんと庭付き一戸建てでゴールデンレトリバーを飼うんだからっ!」 「そんな具体的な未来予想図まで!!?いや待て待て待て!!落ち着けナマエ!!」 「やだっ!!優くんと私の恋路を邪魔するお兄ちゃんなんて……もうお兄ちゃんなんかじゃないッ!!」 「!?じゃあ一体俺は何なんだ!?」 「えっ、えっと…………貴様はこれから、外で吐き捨てられぺったんこになっているガムのゴミくらいの存在だ!!」 「なっ……!?つ、つまりどうでもいい存在ってことか!?耐えられねぇ……!!」 目の前が真っ暗どころか崖から突き落とされたくらいの衝撃が走る。 好きな人が出来たってだけでも十分吐きそうなのに、その上そんな素性が分からない相手だなんて。吐き気どころか吐血しそうだぞお兄ちゃんは。 しかもガムのゴミって。あることにも気づかず素通りする可能性すらあるじゃねぇか。そんな扱い耐えられん。 「……お兄ちゃん、」 どうにかして、阻止せねば。 「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃん」 「……あ…?何だよ…」 妹が傷つかないようにする為の作戦を考えようとしている矢先、妹が口を開く。 「今日って何曜日だっけ」 「は?……知らねぇよ。何だいきなり」 「じゃあ、今日って何日?」 「…はぁ?……今日は…、……何日だ?知るかよ…お前な、ニートの曜日感覚ナメてんじゃねぇぞ」 「もう……。そんなんだから、こんなことになるんだよ?」 「…は?何の話だ」 「今日は、4月1日。」 「あぁ……そう……。」 「そう。世間では、その日をエイプリルフールという。」 「…ああ…………、は?」 ナマエは、淡々と続ける。 「つまり、お兄ちゃん」 「………つまり?」 いつになく普通のトーンで、妹は言う。 「今までの全部、嘘ってことだよ。」 ………………。 あ、あー………。 「ごめんね。まさかそんなもの凄い勢いで信じるとは思わなくて」 ああ、そうか。 しがつついたち。 エイプリルフール。エイプリルフール、ね。 はいはい。 「……ナマエ、ちゃん。」 「…なぁに。お兄ちゃん」 俺の頭は真っ白になりかける。 「俺は今から、お前を殴る。オーケイ?」 お兄ちゃんは心底安心して、胸を撫で下ろして、拳を握り締めた。 「ノーセン、ぎゃ!!いたいっ!!」 俺は可愛い妹の頭上に拳を落とし、そして寝た。エイプリルフールなんて爆発すればいい。 |