そいつはいつも、真っ白な服を身に纏っていて、薄暗い地下街にそれはやけに映えて見えた。ナマエが居るとそこだけ明るくなっているような、そんな感覚に陥る。長くてキレイな髪をふわふわと揺らしながら、やたらとヒラヒラさせたスカートで、あいつはいつもやってくる。


 「このお花、リヴァイにあげる」


いつも唐突によく分からない事をしたり言ったりするようなやつだった。その時だって、どうして俺なんかに花を持って来たのか分からなかったし、もしかしたらそこには大した意味も理由もなかったのかもしれない。だけど、その白くてキレイな一輪の花を俺に差し出すと、ナマエは自然にふっと表情を和らげた。

白い花とナマエが重なって見えてそれに俺は一瞬目を奪われる。

そして純粋に、キレイだと思った。

ナマエが笑っていると、まるでそこに花が咲いているみたいだと、ふとそんなふうに思った。





「っだから、いてェよ!ふざけんな!」
「えぇ、ちょ……もう我慢して、」
「もっと優しく丁寧にできねぇのかこの野郎」
「……てか、リヴァイ自分でやってる時はちょー適当のくせに…」
「は?自分でやる時は別にいいんだよ。どうなろうが俺の責任だ。だがこれはお前がやらせろっつってやってる事だろうが?だったらもっとちゃんと出来るようになれよ。バカが」
「………。」


リヴァイは最近、私にケガの手当てをさせてくれるようになった。ただこのように態度は最低だが。


「(いちいちうるさいなぁ)……はい、出来たよー。これでオッケー」
「………下手くそが。」
「な、うるさいっ、」
「これのどこがオッケーなんだよ?」
「もー!消毒ができれば不恰好でもとりあえずはいいでしょっ」


私が手当てしたところを指差しながら、それを小馬鹿にするリヴァイ。

こんなふうにリヴァイはいつだって口が悪いのでたまに言い合いになったりもするのだが、それでもこの前みたいな喧嘩にはあれから一度もなることはなかった。


「…つーか、お前いっつもそんな格好してるけどな……他に服ないのか?バカみてぇにやたらとヒラヒラさせやがって…」
「…え、他って……。そんなの、ないよ」
「ねぇのかよ。」
「……だってママが、外に出る時はどんな時でもちゃんとした格好をしなさいって言うの。こういう明るい色がいいんだってさ。華やかに見えるからって。…そういうことには、結構うるさいんだよね」
「……へえ。」


ママはいつも周りの目ばかり気にしている。


「お前……いいのか?」
「……え、なにが?」


汚してはいけないスカートに視線を落とし目を伏せていると、リヴァイが言った。


「だから、いつまでもこんなとこに居ていいのかって聞いてんだよ。親に言ってねェんだろ?」
「あ、……うん。だってバレたら怒られるし」
「……いいのかよ。」
「あはは、そんなの。別にいいんだよー。どうせママもパパもわたしがいつも何してるのかなんて気にしてないし。言わなきゃバレないバレない。」
「…そうなのか」
「うん!だってあの二人は、わたしにあんまり興味なさそうだもん。」
「………、」


嫌われているわけじゃない。邪魔扱いされているわけでもない。でも、だけど。ただ。


「…ママの目はね、いつも外に向いてる気がするの。パパの頭の中はいつもお仕事のことばっか。だから、わたしは大丈夫なの。どこに居たって。」
「……寂しいのか」
「うーん、……別に、寂しくはない…かな?だってもうわたしは分かっているからね。」
「分かってるって、何を」
「ママとパパが、わたしにあんまり興味ないんだってことを。」
「……、」
「でもそれまではけっこー寂しかったんだけどね。ママもパパもあんまり家には居ないし、構ってくれなかったから。何でいつも一人なんだろうって思ってたし、他の子達が親と一緒に楽しそうに喋ってるのとか見ると、羨ましくて、寂しくなったりもした。……だけどね、」


でも、私はある時、気がついた。

ママやパパは私に対して、そこまで関心がないんだ、ってことに。


「…あぁそっか、って……分かったの」


興味のないものに目を向けないのは、それは当たり前のことだし、仕方がないことだと思った。だからそれに気づいた時、私は少し楽になった。


「…いや。何でだよ。」
「だって、理由が分かったから。しょうがないことなんだって思えたから。」
「………。」


分かり合えないってことが、分かった。私はそれを悟ったのだ。


「………あぁ…なるほどな。」

「……え、なるほどな?」
「ああ。…お前のその気持ちなら、分かる気がする。」
「……え。ほんと?」


別に分かってほしかったわけでもないけど、でもリヴァイは「分かる」と言った。


「つまりお前は期待するのをやめたんだろ?」
「……期待?」
「ああ。要するに、諦めたわけだ。」
「………、」
「まぁその方が楽だもんな。」
「……。」


リヴァイはどうやら納得したようで、一人頷いている。

そう言われても、正直、期待するのをやめたとか、諦めた、とか。そんなこと深く考えたことないから分からないけど、そうなのだろうか。

うーん。よく分からないや。


「……まぁでも、居るだけマシだろうけどな。家族が」
「……、家族 」


居るだけマシ。

その言葉に、私は顔を上げた。そしてふと疑問が浮かぶ。


「…リヴァイは……家族、居ないの?」


そういえば、リヴァイが誰かと居るところとか、一回も見たことがない。


「……。」
「 オレは、」


すると、そっと目を伏せた。



「……オレには、誰も居ない」



そう言って、静かに、どこか冷めているような、でも寂しそうな。そんな目をしながら、リヴァイは口を閉じた。


「………、」


誰も居ない、って。そんな。

──何で、とか。どうして?とか。

私はそれまで家族は居るのが当たり前だと思っていたから、それがなぜなのかが分からなくて気になりはしたけど、でも聞けなかった。
リヴァイが、寂しそうに目を伏せていたから。

一人で。
だから。

なんとなく、そのまま何も言えなくなってしまった。





それからその次の日、私はまた地下へと下りて、いつものようにリヴァイと会った。リヴァイも別にいつも通りで、普通の様子だった。

だけど私はその日、リヴァイに白い花を一輪持っていきそれをプレゼントした。よく分からないけど、なんとなく、あげたいと思ったから。

もしかしたらいらないって言われるかなと少し思いもしたけど、でもリヴァイはそれを受け取ってくれてそれが嬉しくて私はその日初めての笑顔を見せた。


何も分かろうとしていなかったその時の私には、そこへ行く目的が私の中でだんだん変わってきているということに、まだ気づけてはいなかった。





「じゃあリヴァイ、今日は帰るね!」
「ああ」


階段の近くまでナマエを少し見送り、そこでナマエはいつものように俺に手を振る。


「また来るね!」
「もう来るんじゃねーよ。」


言葉にする度に嘘になっていくその言葉は、心とは裏腹につい口をついて出てしまう。

だけどナマエは最初からそうだったように、俺のそんな言葉なんて全く気にしていない。

だからもう来るなと言っても、どうせまた。


…ほら。



「リヴァイー!」


バカみてぇにヒラヒラした服を着て、ここに下りてきやがる。





なんだか楽しそうにナマエはいつも俺に笑顔を向けてくる。

どうしてだ。

よく分からない。

だからなのか何なのか、あいつの寂しそうな顔は、あんまり見たくないと思った。

どうしてだ?

……分からない。

どうしてナマエは、俺に花をくれたんだろうか。

どうして俺はこんなことをずっと考えているんだろうか。

どうせ、ナマエだって、いつか来なくなるに決まってるのに。

みんな俺を置いて、居なくなる。

期待なんかしない。期待なんかするな。



──このお花、リヴァイにあげる


「………。」



ナマエがそう言ってせっかくくれたその花は、その日のうちにすぐ枯れてしまった。


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