それを奇跡と呼ぶのは、少し違う気がした。

私達の出会いはきっと奇跡なんかではなくて、偶然でもなくて、そう、たとえば運命とか必然とか。

そっちの方が、合ってる気がした。

大袈裟かな。


でも、想いは時空を越える、だなんて私はあの時言ったけど、それは間違いではなかったのだ。

これは、想い合うその強さが巡り合せてくれたものだと思うから。

だって、だから私達は、こうして、また。










「ねぇナマエ。ナマエってば」
「………あ、え?なに?」
「何ボーッとしてんの。話聞いてなかったでしょ。」
「……ん、いや、聞いてた聞いてた。あれだよね?世界平和について、だよね?」
「いやちげーわ。そんな壮大な話はしてねーわ」
「……ふは、ごめん。聞いてなかったです。」
「なに、酔ってんの?」
「いや酔ってないよ。大丈夫大丈夫。」
「ほんとかよ……」


私は今、高校の頃の女友達と二人で居酒屋に来ている。といってもわりとよく遊ぶ子で、そんなに久しぶりというわけでもない。お互い仕事終わりにこうして会っている。まぁ私は未だフリーターなんだけど。

で、何だっけ?と、私はグラスに口をつけた。


「だから、早く男を作りなさいよってはなし。」
「………またそれ?」
「またじゃないわよ!!あんたいつになったら男作んのよ!?」
「ちょ声でかい」
「私の記憶が正しければ一年は確実に誰とも付き合っていない。」
「そうだね。」
「何で?どうして?いいのかそれで?」
「……うーん。別にいいんじゃない?」
「一生作らない気か?」
「いやそれはないけど」
「好きな人は居ないのか?」
「………好きな人、ねぇ……。」


この子は最近この手の話題ばかりだ。私だって別に作りたくないとかそういうわけじゃない。ただ、そういう気分にならないだけだ。


……それは多分、まだ心を掴まれたままだから。


「うーん。まぁ、居ないねぇ」
「ねえ何で?いい人居ないなら紹介するよ?」
「いやいいって。もー気にしないでよ」
「気にするわ。友達が枯れ果てているというのに。」
「別に枯れてはねーわ」
「心に潤いがほしくはないのか?」
「潤ってるって。普通に。」
「どこが?何に?何に潤わされてんの?」
「何にって………、」


その問いに思わず黙り、思い浮かべる。いや、というか勝手に思い浮かんでくる。

一年経っても未だ色褪せることのない想いに、私の口角は無意識に上がる。


「……ふ、…」
「………。え…いや。何それ?なんかあんの?ハッまさか……!」
「え?」
「もしかしてホストに貢ぎまくってる、とか……!?」
「…はい?」
「ダメよ!正気に戻りなさい!それは相手にとってはただの仕事なのよ!それは偽りの愛よ!」
「何言ってんの?正気だから。ぜんぜん正気保ってるから。貢いでもないから。てか、もーウルサイな……帰りたい。」
「帰りたいってそれひどくない?」
「だって今日これから雨ひどくなるって話だよー?その前に帰りたくない?」
「……ん、まぁ、そうね…」
「もう結構喋ったし。今日はもう帰りましょうよ。」
「あっそー。まぁいいけどー。じゃあ今度はナマエん家で飲もうよ。で、泊まる。」
「うわめんどくせっ」
「ちょっと!心の声漏れますがナマエさん?!」
「っふ、いやごめんごめん嘘だって。うん、次は家で飲も。泊まっていっていいから。」
「あったりまえでしょーが。まったく」
「ふは、……でも、ありがとうね。心配してくれて。」
「いや……そりゃあ、さすがに、ねぇ…?」
「うん。でも、大丈夫だからさ。ほんと気にしないでよ」
「……気にはするけどね。」


そんなやり取りをしながら、それから私達はお店を出て途中まで一緒の電車に乗り、別れた。

別れ際に次会う時までに恋をしとけよ、職場の店長さんにでも!と言われたけど、それはない!とそう返して手を振った。

いや本当、気にかけてくれてあり難いではあるんだけど。

私は息を漏らし、それから一人電車からの景色をぼーっと眺めていると駅につき、改札を出て駅からも出ると空からはまだ雨が降り続けていた。今日は朝からずっと雨だった。しかもこれからもっとひどくなるというのだから面倒だ。

……まぁ、でも、雨は嫌いじゃない。

私は暗い空を見上げ、静かに傘を差し家に向かって歩き出した。




「(明日の天気はどうなんだろ)」


電灯に照らされ、雨の音だけを聞いてただ歩く。

思い出がそこら中に散りばめられている、この道を。最初に出会った場所、一緒に歩いた道。

もう会えない人を想う。思い出す。


「……向こうも、雨、降ってるのかな……」


私は今傘の中に一人。いつかみたいに一緒に入ることはもう出来ないけど、でも寂しくはない。こうしていても、心は側にある。

だから雨は、温かい。



「……… 会いたいなー… 」



それでもふいにこぼれた本音は、どこへ向かうわけでもなくそのまま雨音にかき消されていった。





「うわ、本当に強くなってきた」


家に帰りお風呂に入って、ベッドへと向かう途中で窓から外を見てみる。すると雨はさっきよりも強くなっていて、さっさと帰ってきて良かったと思った。


「………、」


ふと、遠い目になる。

私は窓に手を触れて、心を繋げたくて空を見る。


( 会いたい……会いたい、)

会えない現実と、信じる心と、会いたい思いは、必ずしも比例するわけではない。会えなくても、信じていても、それでもやっぱり。


「………、寝よ。」


どうにもならない現実にふうと息を漏らしカーテンを閉めて電気を消す。

お酒を飲んできたからか、ベッドに入ると睡魔はすぐにやってきた。
私は早々にそのまま意識を手放した。





(出会えて良かった)

(お前のことだけは絶対に忘れない)

(離したく、ねえ)

(俺は何があってもお前を想い続ける)

(俺の心は、全てお前に捧げよう)



彼から貰った言葉たちは、目には見えなくても私の心を温めるのには十分だった。こんな私にこんな素敵な言葉をくれる人は、これから先現れるのだろうか。いや、もし現れたとしても、彼の言葉は私の中にあり続けるし、一生忘れることはない。

ずっとずっと、大切な思い出として、私の中に。

だからもう、会えなくても。触れられなくても。それでもいい。

二人で過ごした日々はなくなったりはしないのだから。

それさえあれば、私は寂しくない。





「………… は っ、……、」


いきなり、はっと息を吸い込み目を開くと、そこに広がっていたのは私の部屋ではなかった。

ただ、薄暗く何もない空間が、あるのが見えた。


「…………え。」


思わず声を漏らし、瞬きをぱちぱちと繰り返す。気がつくと私は一人そこに立っていて、周りには何もない。

ビックリした。何これ。夢?


「…何……どこ…、ここ……。」


薄暗くて、何もなくて、先には何も見えない。真っ暗だ。だけど私の周りの空間だけは少し明るく見えて、暗くはない。寒くも暑くもなくて、静かで、上にも何もない。下を見れば、そこには一応床みたいなものが見えて。……私は確か、ベッドに入って寝たはずなのだけど。

これは夢なのか?





「………ナマエ…… ?」


どうにも不思議な感覚に陥っていると、ふと声が聞こえる。突然のそれは、私の耳に静かに響いた。そのひどく懐かしい響きに、私は引き寄せられるように振り向く。


(今の、声は )


ゆっくりと、まるでスローモーションのように、私はその姿を視界に入れる。


「…………え……?」


もう二度と会えない。会えるはずがない。ありえない。

会えるわけ、──ない。


意識とは関係なく体が反応し振り向けば、私と同じようにそこに立っていたのは。そこに居たのは、私の名前を、呼んだのは。

それは、紛れもなく、その人で。



「……リ……、リヴァイ、さ………」

「………、」


目を疑うほど、懐かしくて、愛しい。その姿が、そこにはあった。

──それは、あるはずのない、突然の再会。



そしてまた巡り合う


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