「てめぇに名乗る名なんざねぇ。」
「……教えてくれないの?」


私を警戒しているのか、男の子は名前を教えてはくれなかった。


「どうでもいいだろ。それより、金よこせ」
「分かった!じゃあクラウスくんって呼ぶね!」
「………は?」
「だって名前ないと話しにくいでしょ?だから君はクラウスくんに決定しました!」
「…………、」
「それでクラウスくん。」
「いや何言ってんだ?お前」
「お金、はい。渡すね」
「………、」


私はいつも持ち歩いているポシェットの中から丸いコインケースを取り出して、それに折り曲げて入れているお金を何枚か彼に渡した。


「これでわたしの相手してくれる?」
「……。」


笑顔で私はそう言って、彼はそれを見つめたあと静かに眉根を寄せてそれをバッと乱雑に受け取る。それをくしゃりと握り締めるとそのままズボンのポケットへと突っ込んだ。


「……で、何をすればいい」
「え?なにが?」
「何がじゃねーよぶっ殺すぞ」
「ええっ」
「一体何の為に金を渡したんだよてめェは……この金を受け取る代わりに、オレはお前に何をすればいいのかって聞いてんだよ。いちいち聞き返すんじゃねぇよめんどくせェ。てめぇの頭の中はすっからかんなのか?それとも花でも詰まってんのかよ。」
「……クラウスくんの方こそ、お花が詰まってるんじゃない?」
「あァ?」
「わたしは、そのお金でわたしの相手をしてくれる?って言ったんだよ。聞いてなかった?」
「……だから、」
「だから、わたしとお話をしてくれたらそれでいいよ。」
「……、は」
「お喋りをしようよ、クラウスくん。」
「………は?」


本当は、探検をしたいんだけど。
でもへたに歩き回ってさっきみたいな喧嘩とかに巻き込まれるのは正直怖いのでそう言うと、彼は顔を顰める。


「ん?どうしたの?」
「……お前、マジで頭に花咲いてんだろ…。」
「…何それ。クラウスくん、君は口が悪いね。」
「てめェの頭が悪いんだろ……?意味分かんねーよ、普通はもっと何か要求するもんだろうが。金渡しておいてお喋りしようって何だそりゃふざけてんのか?平和ボケも大概にしろ。頭悪いにもほどがあんだろお前。そんな理由で、それだけの為に、こんな簡単に金なんか渡してんじゃねぇよ」
「………でも、お金あげないとクラウスくん相手してくれないでしょ?」
「……、それは、そうだけど」
「あのね。ママはね、いつもこれで一日好きに過ごしなさいってお金くれるの。だからそれをわたしがどう使おうが、それはわたしの勝手じゃない?そうでしょう?」
「……。」
「地上にはないんだよ。これを使おうと思う事も、物も。でもわたしは今、ここに探検しに来た。クラウスくんに話しかけた。そしてお金を渡すことで相手をしてもらえるのなら、その為にお金を渡すのは普通のことだと思うけどなあ。」
「……」
「違う?」
「……分かんねーよ。お前の考えは、オレには分からない。」
「………ふぅん」
「金持ちの考えなんざ分かったもんじゃねぇ。お前は、根本的にオレとは違う」
「……そっか。」


だけど、それでも私は、嬉しかった。お金を払ってでもしたいと思える事が私にあったということが。
それを彼に分かってもらえなくても、別にそれでいいと思った。これは私のしたい事なのだから。私の気持ちは私にしか分からない。地上で、友達が出来なかったように。誰とも分かり合えなかったみたいに。

これは私自身がしたい事なのだと、それを私が分かっていればそれで良かった。


「…とにかく、てめェがとんでもなく惚けたバカなガキだという事は十分わかった。」
「……ねえ。クラウスくんってすごく口が悪いよね?」
「だから?」
「いや別にいいんだけどさ……。」
「…それより、相手するのはいいがお前一人で勝手にうろついたりするんじゃねェぞ。ここに居る連中はお前みたいなカモを見つけたら放っておかねぇ。」
「カモ?」
「……だから、金を持ってるからってむやみに見せびらかしたりするんじゃねェ。お前みたいなガキはここの連中に捕まったらそれでお終いだぞ。何されても文句は言えねェ」
「ふーん、そっか。分かったよ!」
「…本当に分かってんのかよ……呑気なツラしやがって」
「ありがとう」
「 あ、?」
「クラウスくんは優しいんだね」
「……は?」
「心配してくれてるんでしょう?」
「…は?…はァ?」
「ん?(にこにこ)」
「……、(コイツ殴りてぇ…)。オイ、そのイラつく顔を直ちにやめろ……。言っておくが、オレが優しいんじゃねェ。お前があまりにも馬鹿だから警告してやってるだけだ。巻き添えはまっぴらだからな。」
「そっか!分かった。迷惑かけないようにするね」
「……すでに迷惑ではあるんだが」



それから私は、彼にこの地下街がどういった場所なのかを聞いた。感想としては、危ないところなんだなぁ、といった感じだ。まぁそれは彼の喧嘩を見てから分かってはいたけれど。

でも地上とはいろいろと違うみたいで。それは私の好奇心をくすぐるには十分な場所だった。


「クラウスくんはいつもさっきみたいにケンカしてるの?」
「……ここでは、奪わねぇと生きていけないからな」
「ふーん。でもすごく強いよね?だって大人に勝っちゃうんだもん!特訓とかしてるの?」
「……… ケニー に…、教えてもらった」
「え?誰?」
「………チッ。どうだっていいだろ。てかてめーに関係ねェだろオレの事は。」
「そうだけど気になったから」
「だったらオレも気になってることがある。」
「ん?なに?」
「どうやって生きてきたらそこまで腑抜けた人間に育つんだ?」
「………あれ?もしかしてバカにしてる?」
「ああ。ずっとしてる。」
「……。」
「お前みたいな乳くせェ甘ったれたガキはさっさと地上に帰れ。」
「………、あのね!」
「あ?」
「さっきからガキガキって言うけど!クラウスくんだって子供じゃんか!」
「……だからお前みたいなのと一緒にすんな。オレの方が確実にお前よりも頭の回転は早い。喧嘩も強い。」
「確かにわたしはケンカとかしたことないけど!だからってバカにしないでもらいたい!それにお花の種類なら絶対わたしの方がいっぱい知ってる!」
「あ?花なんか知ってて何の得になるってんだ」
「…ほ、ほんとにいっぱい知ってるんだから!」
「はッ。そりゃクソどうでもいい知識だな。生きる上で何の必要もない。そんな事に時間を割いて無駄だったな」
「……ぐぬぬ…!クラウスくん君はムカつくね……!」
「ならとっとと上に戻りやがれ。ガキのお守りは面倒だ。」
「きぃ〜!むっか〜!」
「…何だそりゃ…。キレ方までガキくせぇな。いい加減にしろ。見るに堪えない」
「クラウスくん!そんなんじゃあ君ね、友達できないよ!?」
「そもそもクラウスって誰だよ」
「まぁわたしも友達は居ないんだけれども!」
「……居ねぇのかよ。」
「うん。居ない。だからこんなふうに誰かと口喧嘩とかもしたことない。」
「……。だったらさっさと上に戻ってお気楽でバカなお友達でも作ってこいよ。こんなところでオレなんかと喋ってねェで。そっちの方がよっぽど楽しいんじゃねーのか」
「え、やだ」
「はあ?」
「だって、興味ないし。あそこに居る人達には」
「………、オレには、興味あるってのか」
「…うん。そうだよ。興味ある。どうすればそんなに捻くれた人間に育つのか、とか」
「…てめぇ…。いい度胸してんじゃねェか。」
「……ふは、わたしだって言われっぱなしではないのだよ。クラウスくん。」
「………。チッ、」


彼は面白くなさそうに眉を顰め、顔を逸らす。それと反対に私の心は楽しそうで。


「……それよりお前、いつまでここに居るつもりだ?」
「え?」
「…ここに長居するのはおすすめしない。」
「そうなの?」
「当たり前だろ。あんまり目立っても面倒だ。無事に帰りたきゃそろそろ戻るんだな。」
「…そっかぁ。じゃあそろそろ戻ろうかな」
「戻ったらもう二度と来るんじゃねェぞ」
「え?なんで?」
「……ここは遊び場じゃねぇんだ。ガキの来るところじゃない。」
「…また子供扱いする。」
「事実だろうが。……ほら、さっさと行け。邪魔で仕方ねぇ」
「………、まぁ、いいや。分かったよ。いろいろ聞けたし。帰るね」
「せいぜい帰り道に気をつけるんだな。」
「うん、分かった。 ありがとう!」
「……だから、何で礼を言う…。」
「だってちゃんと相手してくれたでしょう?」
「それは金を受け取ったからだ。じゃなきゃてめェみたいなガキの相手、誰がするか。」
「でも楽しかったから! じゃあまたね、クラウスくん!」
「………だからクラウスって誰なんだよ」


私は笑顔で彼に手を振り、それから走り出す。最後まで彼はめんどくさそうな顔をしていたけど、全然気にならなかった。



「……あ?アイツ今、『またね』とか言いやがったか……?」



足を止めることなくそこを駆け抜け、真っ直ぐ階段へと向かった。

探検の終わりを告げる地上へと繋がるその階段は、来た時よりも薄暗くは感じなかった。


「(楽しかったなぁ……!)」


十分な収穫に私の顔は綻び、来た時以上に胸を高鳴らせながら階段を駆け上った。


こうして、私の世界は少しだけ広がり、探検一日目は終わったのだった。







「あ!クラウスくん!見つけた!」
「…………、」


そしてその翌日、私はまたそこへと下り立つ。


「……てめェ、何、してんだ……」
「え?…だって、昨日またねって言ったよね?」
「………。」


笑顔の私に対して少し怒りを含んだように顔を顰めた目の前の彼は、私を睨みつけると背中を向けた。


「あ、ちょ!待ってよ!」
「うッせぇ話かけんな!二度と来るなっつっただろうが!!これ以上オレに関わるんじゃねぇクソが!」
「待って待って待って!ほら見て!」
「あ!?」
「ほら、わたしの押し花コレクション持ってきた!クラウスくんに見せてあげる!」


振り向いた彼にそれを広げて見せると、眉間のシワは少し緩くなる。


「………、」
「わたしが作ったんだよこれ!」
「……お…前、どこまで、お気楽なんだよ……。」
「あとね、クラウスくんケガしてたから消毒するやつとかいろいろ持って来た!使っていいよ!」
「………、」


そう伝えると、彼は言葉を失ったあとに脱力して深いため息を吐いた。


「……お前、本物のバカだろ」


そう言ったその顔はもう怒ってはいなくて、私は本を閉じるとポシェットからコインケースを取り出す。


「…はい、お金。今日もよろしくね!」
「……、」


お金を差し出すと彼はそれを黙って見つめ少し考えているのか間があって、だけどゆっくりとそれを受け取った。


「……今日だけ、だからな。」
「…ありがとう!」


受け取ってくれた事に対してお礼を言ってにこりと笑いかけると、彼はそれを見て舌打ちをすると目を逸らした。


「(ふぅ、よかったぁ)」


私は、つまらなかった日常の中でやっと見つけかけた“何か”を、そう簡単に手放そうとは思えなかったのである。


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