自分の進む道は誰にも指図されずに自分自身が決めた方がいい。出来るだけ悔いの残らない方を。悔いの残らないように。
だからもし俺が他の人間の道に何か思うことがあったとしても、それは関係のないこと。

全ては自分で決めるべき事なのだから。





「ナマエ、そろそろ調査兵をやめたらどうだ」
「またその話?」


二人きりの部屋で俺がいつものように言えば、ナマエもいつものように呆れ顔でそう返した。


「いい加減、諦めたらどうなの?」
「そろそろ巨人を削ぐのには飽きただろう」
「飽きる飽きないの問題じゃないでしょ」
「あとは俺に任せて、お前は壁内で他の趣味でも見つけろ。」
「何、毎日編み物でもしてろって?冗談でしょ?」


自分の進むべき道は自分で決めるべきだ。

だがそれは俺にとってナマエだけは例外になる。


「リヴァイは私に戦うことをやめろって言うの?逃げろって?今更ここで全部投げ出せって?」
「……その方がいい。」
「全くよくないわよ。」
「お前の分も俺が戦う。」
「それじゃあ意味ないの。私が、自分でやらなきゃ意味がないの。」
「俺はお前に死んでほしくない。」
「私は死ぬ気はありません。」
「そんなもん分からねぇだろ。」
「…あのね、これは私の人生なの。なのにどうしてリヴァイに口出しされなくちゃいけないの?」
「それは、お前が俺の女だからだ。」
「自分の女の言葉が信じられないの?」
「信じることで失わないのなら、今まで何も失っていないはずだろ。」


このやりとりこそ、そろそろ飽きてもいい頃だ。

ナマエは顔を顰める。


「……リヴァイは私の意思を尊重してくれないの?」
「しない。」
「してよ」
「お前が自分に正直に生きて戦うことよりも、家で静かにマフラーでも編んでてもらった方が俺は嬉しい。」
「嫌よ。そんなの」
「手袋でもいい」
「そういう問題じゃない」
「何でもいいから、そうしてくれ。頼む」
「……だから、嫌だってば…。」
「俺はお前が壁外で巨人と戦っていると思うと気が気じゃない。」
「大丈夫よ、今までも平気だったんだから。」
「だとしてもだ。これから先どうなるのかは誰にも分からない。」
「ならリヴァイだって死ぬかもしれないじゃない。だったらリヴァイだって調査兵をやめてよ」
「…それは、出来ない。」
「……… 、」


俺の言い分に言葉を失うナマエ。それも当然だ。俺は自分のことしか考えていない。ただナマエを少しでも危険から遠ざけたい。ナマエの意思なんて、自由なんて、関係なく。ただ調査兵をやめてほしい。それだけ。


「…お前の自由を奪うことになるのは分かっている。だがそれでも、俺はお前に戦ってほしくない。」
「………、リヴァイ、自分が何言ってるのか、分かってる?」
「ああ、分かってる。分からないでこんなことを言うほどバカじゃねぇ。」
「……十分、バカだと思うけど……。」


いつまでもガキみてぇに駄々をこねて、らしくない。こんなことばかり言っていたらナマエが俺に嫌気が差す可能性まであるというのに。それでも黙ってはいられないのだから、困ったものだ。

俺は何よりもナマエを失うことが怖い。



「……ナマエ。」
「…ん…。」


どうすれば、ナマエを壁の外に出さずにいられる?



「……ガキを身篭れば、お前は調査兵を辞めるか?」
「……は……、」



最終的に思いついた、言うべきではない言葉を言ってしまえば、ナマエは目を見開く。


「何…それ…… なに、それ?本気で、言ってるの?」
「………、」
「そんな、そんな理由で、子供なんか…ほしく、ないんだけど」
「……いや………悪い、」
「………そんなことに、使おうと、しないで」
「……、」


明らかな失言に、空気が悪くなる。

ナマエは俺から目を逸らし、それから黙ったまま立ち上がった。


「……ナマエ」
「リヴァイ。そういうの、聞きたくない。」


そしてそのまま部屋を出て行き、俺は部屋に一人残された。


「……何やってんだ……俺は」


さすがにバカだったと、頭を抱えた。





あれから三ヶ月、ナマエとろくに口を利いていない。正直、そろそろ音を上げそうだ。
だがこっちからはコンタクトを取れない。なぜならあれから一度ナマエに謝ろうと声を掛けた時に「ちょっと一人で考えたいから、ほっといてもらえる?」と言われてから俺の心が折れたからだ。


…ナマエのこととなると、なぜかこんなにも情けなくなる。

いや、『なぜか』じゃねぇな。

あまりにも大事すぎて、どうしたらいいのかが分からない。持て余してしまっている。

ちゃんと大事にしたいのに、壊さないようにしたいのに、どうすればアイツを大切にしながらずっと好きでいてもらえるんだ?






「リヴァイ」


今日もそれが分からないまま一日を終えようと私室に戻れば、そこにはナマエが居た。


「…こっち。おいで」
「………。」


どうやら怒っている様子はなく、普通の顔でベッドに腰掛け、隣をぽんぽんと叩きながら俺を見る。

ようやく、許しが出たのか。

それとも。


俺は口を開かずにそのまま黙ってナマエの隣に腰を下ろし、するとナマエは意外にも俺の肩に寄りかかってきた。


「………、」
「……リヴァイ、」
「…、ん……」
「私ずっと考えてたんだけどさ…」
「……別れを切り出すタイミングを、か?」
「……ふ、…違うって。真面目に聞いてよ」


ナマエの柔らかい物腰に、胸を撫で下ろし体の力が抜ける。今まで力が入っていたことにその時気づいた。


「私、気づいたの」
「…何に」


ナマエは俺の指に自身の指を絡め、それを握る。


「私って、意外とリヴァイに惚れ込んでたんだなぁ…って」
「……… は?」
「あのね……今まで、リヴァイが調査兵やめろって言う度に私は嫌な気持ちになってた。自分で望んでやってることなのに何でそんなこと言われなきゃいけないんだろうって。」
「……、」
「リヴァイがそんなこと言ってくるくらいだから、ここまで踏み込んでくるくらいだから、かなり本気なんだろうなって思ってたし。だから尚更、聞きたくなかった。」


でもね、とナマエは言う。


「この前リヴァイに、子供ができればやめるかって言われた時……、その時は、何それって思ったけど…でもそれから冷静になってね、考えてみたの。そんなこと、今まで一度も考えたことなかったけど」
「…考えたって、ガキのことをか?」
「うん。いろいろ」
「……欲しいのか?」
「分かんない。でも、それも悪くないなって、思った」
「………、」
「ビックリした。自分で。こんなこと、考えたこともなかったのに。子供とか、そういうの。兵士以外の自分なんて。ただの女としての、自分なんて」
「……」
「兵士としてじゃなく、一人の…リヴァイの、女として……リヴァイが安心して帰ってこれるような…そんな場所を作れたら、それだけでそれは幸せなことなのかもしれないって、そう思ったの。」


ゆっくりと、落ち着いた声色で、ナマエは俺の理想へと近づいていく。


「そんなの、今までだったらありえなかったのに。考えられなかったのに。なのに、少し見方を変えてみたら、すごく自然に受け入れられた。まったく、ワケが分からないよ……どうして?何なの?これ」
「…いや、俺に聞かれても」
「だって……初めてなの、こんなの。あんなに、私は戦っていたかったのに。まぁ今もそれはまだあるけど。…でもね、リヴァイがそれに反対しているなら、やめた方がいいのかなって」
「……。」
「私がやめることで、リヴァイが安心するなら、それはそれで………ね?」


そう言って、ナマエは顔を上げ俺を見てくる。その瞳に映る俺は、どんな顔をしているだろうか。


「…そんなにリヴァイが言うなら、やめてあげても、いいよ?」


ナマエは優しく笑って、俺の頬にそっと触れながらそう言った。


「……いい、のか」
「いいよ、リヴァイなら。私の自由を奪っても。だって私はこんなにもリヴァイの心を奪っているんだからね」
「………、」
「私の自由は全部、リヴァイに預けるよ」


まさかこんなにも穏やかに、そんなことを言ってくるなんて。突然のことにさすがにまだ頭がついていかない。


「………三ヶ月も、そのことを考えていたのか?」
「うん。そりゃあけっこうな一大決心よ?調査兵をやめるなんて。今でも信じられないくらい」
「……本当に、いいのか?」
「何よ、散々自分が言ってきたことでしょ?今更罪悪感でも芽生えた?」
「……いや……。」
「心配しないで、無理はしてないから」
「…納得、してるのか?」
「うん。してるよ?…だから、言ったじゃない。私案外リヴァイに惚れ込んでるのよ。どうしようもないくらいにね。」
「……。」
「今までは多分視野が狭かっただけ。リヴァイがそうしてほしいのなら、私はそこでまた戦い以外のものを見つけるよ。編み物でもしながら。……ふふ、」
「……、」


この笑顔が待っていたのなら、三ヶ月もの間、心が折れはしたが静かに待っていて良かった。

そう思う。


「……でもね。リヴァイは私の人生にそこまで踏み込んできているんだから、リヴァイだってそれなりの覚悟をしてもらわなきゃダメだよ?分かってる?」
「……もちろん。」


ナマエは表情を和らげ、それから愛のこもったキスをした。




出来るだけ、悔いの残らない方を。悔いの残らないように。

だから自分の進む道は自分で決めた方がいい。だが俺らはいつだって関わり合いながら、その中で選択していく。覚悟を決めて、前を向く。我儘も押し付けも、そこに愛があるならそれでいい。




「ナマエ、結婚しよう」



それも、悪くない。


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