あれから、リヴァイはいつもの席でいつものお酒を頼んだ。その見慣れた光景が懐かしくて、少しだけ胸がきゅっと締まって苦しかった。

会えて嬉しかったのと、会えたからには伝えなければならないこと。その狭間で心がずっと落ち着かなかった。

それにまた来てくれたこと自体は本当に良かったけど、でもやっぱり正直苛立ちも隠せなくて。勝手だけど。それでも少し拗ねたように接する私を見てリヴァイは楽しそうにしてた。それがまた少し腹立たしかったけど、何も言えず。私に出来たのはただじろりとした目つきで彼を見ることくらいだった。

それでも彼は特に気にしてなかったけど。

私はリヴァイの手のひらの上で踊っていただけだったのだ。彼の計画通り、ずっとリヴァイのことだけを考えてた。まんまと引っかかってしまったのだ。滑稽にも程があるというものだ。

でも、彼がそんな行動に出たというのも、それはもうすでに彼の中で私が『ただの酒場の店員』ではなくなっているということを決定付けることになった。それは、よくない。だからその為にも私はちゃんと話さなければならないのだ。

私達は以前、知り合っていたということ。



……リヴァイは、もう… 忘れちゃって、いるのかな。なかったことに、なってるのかな。

日々の中でわざわざ思い出してもらいたいとかそんなふうには思わないけど、でもやっぱり、寂しい。悲しくなる。


──だけど。

たとえ、そうだったとしても。





「………ふう、」


私は約束の時間の一時間前にお店の中へと入り、あとでもう一人来ますと店員さんに伝えて席に通してもらった。
私がたまに来る紅茶のおいしいお店だ。今日は、ここでリヴァイさんと待ち合わせをしている。

ふう、などと息を漏らして腰を下ろし平然な顔をして余裕ぶっているが、この約束をしてからというもの一切の落ち着きが私にはなかった。


「(……ていうか一時間も前に来ちゃうとか早すぎでしょ)」


ああ、落ち着かない。呼吸って、こんなにしにくいものだったっけ。いつもどんなふうにしてたっけ。分からなくなってきた。


「………。」


──あの日、リヴァイさんが三ヶ月ぶりに、お店に来てくれた日。
リヴァイさんが帰るタイミングで、私はついに一歩を踏み出した。「話がある」と、ようやく彼に伝えることが出来たのだ。
いきなりそんなことを言われてリヴァイさんは当然訝しげに思っただろう。いつもとは違う私の顔にリヴァイさんも真面目な顔つきになり、そこに妙な空気が流れ逃げ出してしまいたかった。
だけど私は目を逸らさず、そしてリヴァイさんからは肯定の返事をもらうことが出来た。それからお互いの都合のいい日を決めて、そして今日になった。

いよいよ、今日なのだ。


目の前に置かれたおいしそうないつもの紅茶に手もつけず、そこに視線だけを落としただひたすら考える。香りなんてもはや感じない。


「(リヴァイはどんな顔をするだろう。私が私だと分かったらなんて思うだろう。いい気分はしないよね。今まで黙ってたんだし。もし露骨に嫌な顔をされたらどうしよう。いやでもそうなる覚悟はしておかないと。心の準備は必要だよね。……ていうかダメだよ絶対嫌な顔されるって。そうだよ絶対そうだよそうに決まってるうわどうしようこわいなどうなっちゃうんだろうやだななにこれにげたいにげだしちゃいたい)」


ぐるぐるぐるぐる。マイナスなことばかりが頭を巡り気持ち悪くなってくる。


「(あぁもう吐きそう…なにこれしんどい。何でこんなにしんどいんだ。怖い。緊張する。ダメだってこれ。あああもうやだなやだなあ。うううう。こんなことになるなら最初からお店で再会した時にちゃんと言っておけば良かったんだよ。それならここまで追い詰められることもなかったのに。罪を重ねることもなかったのに。黙って接していたこと、曖昧な態度ばかりとったこと、そのせいで嫌な思いをさせてしまったこと……あああなぜどうしてそんなことばかりしてしまったんだ私のばか。ばかばかばか)」


周りから見たら相当深刻そうな顔をしているだろう私は、そんなことを気にすることも出来ず悪い方へとばかり考えを巡らす。


「(……でも、もしかしたら)」


もしも、もしもだよ?

もしもの話だけど。リヴァイがすごい軽い感じで、「は?何で今まで黙ってたんだ?なんだよお前もっと早く言えよー!懐かしいじゃねぇかこのやろー!」………とか言ってきたら。



「………。」



い や あ る わ け な い !!

何それ!誰なのそれ!?リヴァイそんな感じの人じゃないし!そんなふうに返されたら私もビックリしちゃうし!やだし!


「……。 …はー…。」


とりあえず紅茶飲もう。

私はゆっくりと息を吐いて、曲がっていた背筋を正しようやくカップに手を伸ばした。


「…(そうだ落ち着け。落ち着くのよ私。)」


冷めてしまっている紅茶を一口含み味わい、心を静める。


「………ふー……。」


目を閉じてまたゆっくりと息を吐く。すると少しだけ、落ち着いた気がした。
それから目を開きカップをソーサーに戻すと同時に、目の前に人影が見えた。


「……、」


何も考えずに顔を上げると目の前に誰かが座って。


「…待ったか?」


ていうかリヴァイさんが居て。


「…………えっ!?」


その姿に思わず驚きガタッと音を立ててしまった。


「何だよ…どうした」
「………!?」


全く心の準備が出来ていなかった私はうろたえて、リヴァイさんは訝しげな視線を私に向ける。当然だ。
そして注文を聞きにきた店員さんに「同じのを」と言ってまた私を見る。


「……何なんだよ。」
「っえ、いやっ……え、来るの早くないですか…?」
「…あ?そんなことはない。10分前だぞ。」
「…………え!?10分前!?うそ!」
「嘘じゃねぇよ。」


そう言われ慌てて時計を確認すると、確かに約束の時間の10分前だった。


「ほ、ほんとだ……!っえ、じゃあもうあれから一時間近く経ったってこと……!?」
「……は?お前、そんな早くから来てたのか?」
「……あ、え、 ぃや…えっと……。」
「…何だよ。落ち着きねぇな。らしくねぇ」
「……す、すみません……。」


謝るとリヴァイさんは少しだけ眉根を寄せて、それから運ばれてきた紅茶に口をつけた。


「……で。何なんだ話ってのは」


その言葉に、びくりと肩を震わせる。


「……え…いきなり、本題に入るの…?」
「……何だ。天気の話とかから始めた方が良かったか?」
「 う、うん……。」
「……。」


それに頷くと、リヴァイさんはちょうど横にある窓から空を見上げた。


「……いい天気だな。」
「……、ですね……。」
「で、話ってのは」
「いや早いよ!」


すぐに終了した世間話に思わずつっこみを入れる。


「はっ……何なんだよ。わざわざ呼び出しておいて。」


するとリヴァイさんは少しだけ表情を緩めて、それを見てもしかして彼も私ほどじゃないにしても少しくらいは緊張しているのかもしれないと、そう思った。

……でも。こうやって外でゆっくり会うのは、初めてだな。

私はカップへと手を伸ばしそれを一口飲む。


「…そういえば、リヴァイさん今日は制服じゃないのね」
「……あぁ、そりゃ休日だからな。」


こうやって見ると、リヴァイは全然変わってないな。私服だと余計そう感じる。

あの頃と、変わってない。


「………。」


私は口を噤んでカップを戻し、そしてさっきまでの緊張を少しも感じることなく静かに口を開く。


「……ねぇ、リヴァイさん。」
「…何だ?」
「リヴァイさんは……、」


御託はもういい。

伝えよう。ちゃんと伝えるんだ。私のこと、思い出してもらうんだ。


「……子供の頃の事とか、覚えてる?」
「…あ?ガキの頃?」
「私はね、はっきりと覚えてる……。」
「……、」
「今でも、鮮明に」
「…そう、か。」
「リヴァイさんは?」


リヴァイさんは、リヴァイは、覚えているかな。

そう……たとえば。



「…勝手に地下に潜り込んで歩き回っていた、世間知らずのお嬢様のこと、…とか。」
「……… 、」


私は目を伏せ、そしてリヴァイはそれを聞いて、分かりやすく目を見張る。

私はようやく、リヴァイに切り出すことが出来た。


「……なぜ、お前が、それを……、」


あの頃のように伸ばした髪は今あの頃と同じように下ろしている。

私は伏せていた目を真っ直ぐと彼へと向けた。


「………。」
「まさか、お前……」


視線が交ざり合って、それは遠い記憶へと繋がる。


「ナマエ、か?」


──ああ、名前を呼ばれるのは、何年ぶりだろう。

名前を覚えてくれていたことにすら、胸が締め付けられる。切なくて痛くて顔が歪みそうになるのを、私はぐっと我慢した。










『ねぇねぇ、こんにちは!』
『……あぁ?』
『さっきの見たよ!すごかったね!』
『……てめぇ誰だ』
『あ、そっか。あのね、わたしはね、ナマエっていうの。あなたは?』
『………、』


あの日々を、あの瞬間を、私は今まで忘れたことはない。


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