最初の一ヶ月は、大して気にしてなかった。 リヴァイさんはいつも間隔をあけて来ることが多かったし、それに二週間顔を出さない事があったかと思えばまたすぐに来てくれたりだとか、そこらへんは気まぐれだったから。 仕事があるのだから当然暇ではないだろうし、だから一ヶ月くらいお店に来なくても、忙しいのかな?くらいに思ってた。 だけど、二ヶ月間ずっと姿を見なかったことは彼が一人で来るようになってからはおそらくなくて、そうなるとさすがにおかしいと少しずつ思い始めた。そして三ヶ月過ぎた頃にはもうリヴァイさんのこと以外は考えられなくなっていた。 でもだからといって調査兵団を訪ねるなんて出来ないし、手紙を出すのもおかしいし、そもそもそこまでするような関係でもないし。 ──ああ、もう。 本当に、何で、こんなことに。 「君がいつまでも曖昧な態度ばかりとっているから、愛想が尽きちゃったんじゃない?」 「………。」 開店前、テーブルを拭いていると背後からマスターにいきなりそう言われ、私は手を止めそっちを見る。 「……何がですか」 「っふ、顔が怖いよ?」 「…怖くない、です。」 「だけど珍しいね。そんなあからさまに落ち着いていない様子は。…彼が来なくなって不安で仕方ないといったところかな?さすがに切羽詰まってきたみたいだね。」 「……」 しかもマスターがめっちゃ切り込んでくる。 「……何か、あったんでしょうか…。」 私は諦めたようにため息を漏らして、マスターに向き直る。普段何も言っていないのにここまで見透かされているのだから仕方ない。 「まぁ彼は調査兵だからね。何もないとは言い切れないだろうけど」 「………。」 いつだかハンジさんが、リヴァイさんは調査兵団の中でも立体機動の動きも良くて巨人を倒すのもなかなか上手いと言っていた。私はそういうのはよく分からないし、戦う姿を見たこともないから何とも言えないけど。 でも、彼が、…リヴァイが弱くないっていうのは、なんとなく分かる。 あの頃だって、リヴァイは強かった。 だから、彼の身に何かあった、っていうのは……あんまり、考えられない。というか、考えたくもない。 ていうか、やっぱりそれよりも考えられるのは、私に愛想が尽きたというのが、何よりも一番濃厚なわけで……。 「でもまぁ、何かあったのなら他の調査兵の誰かが知らせに来てくれてもいいような気もするし。あの、ハンジさんとかさ。だからそう考えると君のことを諦めたっていう可能性が一番高いんじゃない?」 「………。」 「あーあ。早く素直にならないからこうやって後悔することになるんだよ?」 「……あの、何が、ですか」 「何がって……この期に及んで?彼のこと好きだったんでしょ?」 「……、私は……好きとか…そういうんじゃ、ないんです。それは、本当に」 私の中にはリヴァイのことが好きだとか、そういう感情はなかった。 ただ私は彼と話してると居心地が良かった。ただ話をしていたかった。彼の今を知りたかった。どんなふうに生きてきたのか、それが気になった。また会えたことが嬉しかった。話せて楽しかった。もう二度と会うことはないと思っていたから。 でもそれと同時に、怖くもあった。 あの時のことをちゃんと謝らなければいけなかったのに、でも話せなくて。気づいてほしかったのに、気づかれたくもなくて。もしかしたら私のことなんてとっくに忘れてるのかなとか。実際気づかれなかったわけだし。だったらわざわざ思い出させることもないのかもしれないとか。もし謝ったら、私のことにリヴァイが気づけば、もう来てくれなくなっちゃうかもしれないって。話せなくなるかもって。そう思うと言い出せなかった。 そんな卑怯な私には、リヴァイの気持ちに応えるなんてことは出来なかった。そもそも私にはそんなこと出来るはずがなかった。 「…でも、どう見ても君は彼のことを気にかけていただろ?それはなぜ?」 「……、」 曖昧な態度ばかりとって、私は性懲りもなくまた彼を傷つけていたのだ。 「…気にかけていたのは、否定しません。でも……それは…なんていうか……。好きだから、とかではなくて…。」 こんな話、マスターにだってあまり言いたくない。 「……。」 私は言葉を止めて顔を伏せ、目を閉じて息を吐く。 「……自業自得、ですよね。」 そして顔を上げて自嘲気味に笑った。 ◇ 今日もリヴァイは店に姿を見せず、仕事を終え家に帰るとそのままテーブルに顔を伏せた。 「………。」 いくらなんでも、いずれはこうなるかもしれないなんて、簡単に予想出来たことなのに。 最後に会ったあの日だって、街で会ったあの時だって私はちゃんと向き合おうとはしなかった。 そのくせ「お待ちしてます」だなんて伝えて、本当に最低だ。そんなことを続けていればリヴァイだって嫌気が差す。来なくなるのは当たり前のことだ。 なのに、……なのに。 あまりにも自業自得すぎる展開に、それでもこんなに落ち込んでいる自分に、呆れる。 「……最低だ…」 あの時買ったお花はとっくに枯れて今は花瓶に何も咲いていない。 こんな事なら、いっそちゃんと話しておけば良かったのかもしれない。どっちにしろ会えなくなるんなら同じことじゃないか。ちゃんと謝っておけば良かった。私の気持ちを伝えておけば良かった。あの時はごめんなさいと、会えて嬉しかったってこと。 言っておけば良かった。 せっかくまた、会えたというのに。 「……っ、」 だんだん涙が滲んできて、それを腕で押さえつけた。 「…っあぁ……もう…っ、」 あの時のこと、あんなに後悔したのに。どうしてまた同じようなことをしちゃったんだろう。私には泣く資格なんてないのに。傷つけたのは、また私の方だったのに。 結局私はリヴァイの気持ちをちゃんと考えないで、自分のことばっか。 そりゃあ来なくもなるよ。当然じゃん。馬鹿なの?頭悪いの? 「………。馬鹿だ……。」 自分の頭の悪さに気づいたところで少し冷静になり、体を起こして滲んでる涙を拭く。 「………。」 …でも、だけど、本当にそれだけなのかな。 ちゃんと変わらず生きているならいいけど、もし何かあったんだとしたら、どうしよう。そんなことありえないって、それも正直言い切れない。あれからも壁外には出ているんだろうし。……調査兵団は、帰ってこない人や怪我をすることが多いところだ。 「……ほんと、馬鹿だな……。」 私は、知っていたのに。 当たり前にあると思っていたものが、日常が、唐突になくなってしまうことを。 伝えたい時に、伝えられる瞬間に、言っておかなきゃいけなかった。 ちゃんと分かってたのに。 「………。」 もう遅い。 |