「リヴァイさんはお休みの日とかは何をしているの?」
「トレーニングだ」
「……え、休日まで?」
「ああ。」
「それって休みの意味あるの?」
「さぁな。」
「体はちゃんと休ませないとダメでしょう?休むのも仕事のうちって言うじゃない」
「自分の体調管理くらい自分で出来る。問題ない」
「そーお?たまには出掛けたりとかしないの?兵団の人とかと」
「しない。」
「じゃあリヴァイさんはいつ息を抜くのよ?息抜きは必要よ?」
「……お前、バカか?」
「え、何よいきなり」
「何の為にここに来てると思っている」
「……」
「……。」
「………なるほど。 確かに、そうね。」
「…お前は休日に何をしてるんだ」
「…私? 私は…普通に、買い物とか?あとは家で本を読んだりとか…」
「ほう」
「友達とお茶したりとか。」
「…お茶か。そりゃいいな。」
「うん。リヴァイさんは紅茶、好き?」
「ああ。よく飲む」
「へえー、そうなんだ。お酒しか飲まないのかと思ってた」
「んなわけねぇだろ。」
「ふは、そうだよね」


今日も仕事の合間を使って、リヴァイさんと話をする。

私達はいつもこんなふうに取り留めのない会話をしている。だけど私はリヴァイさん自身の事をリヴァイさん本人からあまり聞いたことがない。たとえばどうして調査兵になったのかとか、どうやって調査兵団に入ったのかとか、そういう事はあまり知らない。

いや、というか全く。


「…リヴァイさんは、兵団にお友達たくさん出来た?」
「…別に俺はお友達作りの為に調査兵団に入ったわけじゃねぇ。」
「 そっか…… じゃあ、リヴァイさんの今の毎日は、充実してる?」
「……充実、か。 どうだろうな。」
「してないの?」
「分からん。そもそもこの壁の中で何をもって充実してると言えばいいのか」
「壁の中は充実してないってこと?」
「まぁそれは、人それぞれだろうが」
「…リヴァイさんは、壁の外に出たいの?」
「……あそこには、自由があるからな。」
「自由……巨人が居るのに?」
「ああ。」
「…そっか。そういえば、調査兵団の紋章は自由の翼だったね。」
「ああ」
「…リヴァイさんは…空が見えただけじゃ、満足出来なかったのね」
「……あ?」
「いや… 壁の外にまで出ちゃうなんて、すごいなと思って。」
「……。あんなもん、誰だって出れる。覚悟さえあれば」
「覚悟、ね…。まぁ、そうね。でも、それ以上にちゃんと帰ってこれてる事もすごいと思うよ。覚悟があっても帰ってこれる保障はないでしょう?」
「……まぁな。」


私は帰って来なかった調査兵の人達をたくさん知っている。ここによく来ていた兵士の人達も、壁外調査に行ってそれっきり顔を見なくなるなんて事はよくあることだった。

…リヴァイさんにそんなふうには、なってほしくない。


「そういえば…そろそろ、壁外調査があるんじゃない?」
「あぁ…。そうだな」
「そっか…。じゃあ、今回の壁外調査が終わるまではもう来ないの?」
「ああ、多分な」
「…そっか。なら、今日の分はツケにしておくね。マスターに言っておく。」
「……、」
「帰ってきたらちゃんと払ってね。」
「……思うんだが、お前にそんな事をする権利はあるのか?お前の店じゃあるまいし」
「ふは、…まぁ私はここ長いし。それなりに信頼関係が出来てるから大丈夫。…それにリヴァイさんは必ず帰ってくるでしょう?」
「……そのつもりだが」
「ならいいじゃない。帰ってきたら、今日の分はしっかり払ってもらいますから。無銭飲食は許しませんよ?私まで怒られちゃう。」
「…ああ。分かってる。」
「うん。待ってるから。」
「……お前は、他の調査兵の奴らにもこんな事をしているのか?」
「……さぁね。どうでしょう?」
「俺は、特別なのか」
「……ふ、それは、もちろん。お客様はみんな特別なものよ?」
「……。」


リヴァイさんが壁外調査に行く前にここへ来た時は、いつもその分をツケにしておく。そしてそれを帰ってきてから払ってもらうのだ。別に、大した事ではない。私なりの願掛けみたいなもの。必ず帰ってきてほしいという、ただそれだけの願い。

するとリヴァイさんはコップを呷り、残り少ないお酒を飲み干した。そしてコップをテーブルに置き、立ち上がる。


「…帰る。」
「もう?別に、もっと居てくれても構わないよ?ツケだからって遠慮しなくても」
「 何だ、もっと居てほしいのか」
「え?そりゃあ、どんどんお金を落としてもらった方が嬉しいではありますけどね?」
「……腹の立つ言い回しだな。俺はただの金づるか?」
「……ふ、ごめんなさい。そんなことないです。」
「…本当かよ」
「ええ。別にリヴァイさん一人が来なくなったからってこのお店にはそこまで影響しないもの。」
「 はっ……俺は来なくてもいいって事か」
「…お店的には、ってこと。」


リヴァイさんは面白くなさそうな視線を私に向けて黙り、そしてゆっくりと逸らすとそのまま背中を向けて歩き出した。

私は彼の袖を軽く掴み、それを止める。すると静かに振り返りまた目が合う。


「リヴァイさん、壁外調査……気をつけて行ってきてね」
「……」
「私、待ってるから。」
「…ああ。」


視線が交ざり合い、私はすっと手を離す。


「じゃあ、頑張ってね。」


笑顔で手を振り、リヴァイさんはそのまま店を出て行った。


「……。」


私はそれを見送り、それからコップを片付ける。



「…マスター、今日のリヴァイさんの分、ツケにしておきました。」
「あぁ、そう。分かった。何、また壁外調査?」
「はい。帰ってきたら払ってくれるって」
「そっか。了解。」
「いつもありがとうございます」
「別に構わないよ。…でも、君がこんなふうにするの、初めてだよね?」
「……。」
「彼に何か特別な感情でも?」
「……、別に、ないですよ」
「へぇ。そのわりにはいつも楽しそうだね。」
「……マスター。仕事中に余計なお喋りはどうかと思います。」
「…ふ、 じゃあ君が仕事中に彼としているあのお喋りは余計じゃないって事になるね?」
「………。あの、私、空いてるお皿下げにいってきます。」
「ふは、 そうだね。お願い。」
「……。」


マスターから目を逸らし、私はお客さんのテーブルへと足を向かわせた。


彼が“特別”なのかなんて事は、私にとって関係のないこと。ただ私は、気になるのだ。彼がどうやって調査兵団に入ったのか。どんなふうに生きてきたのか。今、どんなふうに生きているのか。何を思って、何を感じてきたのか。それが、気になる。それを知りたい。話を、していたい。

ただ、それだけ。

それ以上は何も求めていない。私はそれ以上を求めてはいけないのだから。彼の人生に、踏み込みすぎてはいけない。
私はただの酒場で働いてる店員でいい。これくらいの距離でいい。


だから私は、曖昧に返す。彼の言葉を。うやむやにして、受け流そうとする。

彼にとって私が特別にならないように。それ以上に、ならないように。

……いや、それは少し、手遅れのような気もするけれど。


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