「パパはどうしてママにあきたこまちしたの?」
「一目惚れな。……どうしてと言われても。」


可愛い可愛い娘と湯船につかっていると、そんなことを聞かれた。

俺とナマエの出会いは、アイツが道で男にしつこく絡まれているところに俺が割り込んでいったのがきっかけだった。
俺はその時ナマエに一目惚れをした。見た目がタイプだった。ただそれだけ。だが一目惚れをしたと言っても、それは見た目だけの話だ。最初から心底惚れていたわけじゃない。俺がナマエに惚れたと深く自覚しだしたのは、それはアイツの涙を初めて見た時のことだった。


あれはナマエと出会ってから少し経った頃。俺は学校でもナマエと話すようになっていた。というか俺がちょっかいをだしていたと言った方が正しいか。とにかく俺は後輩のナマエによく話しかけるようになった。
校内で姿を見かければ必ず声をかけていたし、アイツのクラスに顔を出す事もたまにあった。ナマエは俺に恩を感じていたようで、声を掛ければ普通に接していた。ただの恩人、先輩として。それ以上でも以下でもなく。少なくともナマエは俺に惚れているなんてことはなかった。

そしてそんなある日。俺は見てしまった。ナマエが、俺と同じクラスの女に囲まれているところを。そう。俺に好意を寄せていた女が、俺が好意を寄せているナマエのことをよく思っていなかったらしく漫画とかでよくある展開になっていたのだ。
ナマエは先輩三人に囲まれ、ぐちぐちといろいろ言われていた。全て聞いていたわけじゃないがわりとひどい言われ様だった。だがナマエはというとそれに対して普通の顔をして返していた。
まぁそんなところにちょうど通りがかった俺はもちろんそこに割り込み、適当に女共を睨みつけナマエの手をとった。ナマエはその時も特に表情を変えずに居た。一人で囲まれている時も、俺が現れて手首を掴んで歩き出した時も。顔色を変えることはなかった。

だが、少し歩いてそいつらから離れたその時。俺は足を止め振り向いてナマエの顔を見た。するとナマエはいつの間にかぽろぽろと静かに涙を流していたのだ。俺は突然の涙に驚き、目を見張った。するとナマエは目を伏せて謝り、そして言った。


『 先輩の顔見たら… なんか、安心、して…』


年上に囲まれ何を言われても平気そうな顔をしていたナマエが、二人っきりになったその時初めて表情を崩した。俺に、涙を見せた。強がっていただけで本当はそれなりに怯えていたのだとそこで気がついた。
その涙を見た時に、多分俺は本格的にアイツに惚れ込んだ。守ってやりたいと思った。…どうしようもなく、愛しいと感じた。

それからはナマエの方も俺にいろんな表情を見せるようになり、俺達は次第に仲を深めていった。




「パパはママを顔でえらんだということでいいんだよね?」
「オイ。全然よくねぇ。」
「パパは見ため重視なの?」
「…違う。そんなんじゃないぞ。」
「だってママの顔がタイプだったんでしょ?」
「確かに顔はタイプだ。ドストライクだ。それは否定しない。でもパパはママの全部が好きなんだよ。」
「ぜんぶ?ほんとうに?内面も愛してるんですか?」
「当たり前だろうが。結婚してるんだぞ?」
「ではこれは愛のあるけっこんなのですね?」
「…愛がなかったらお前は産まれてねーよ。」
「 、むきゃっ、」


そう言ってリーベの鼻を抓むと、痛いと言って手を払われた。

一人思い出に浸っているとリーベはもう出たいと言って浴槽から出やがった。それから俺も風呂を出て、体を拭いてやると自分で服を着てリビングの方へと走って行きテレビの前にちょこんと腰を下ろした。俺はそれを見届けてから、キッチンに立っているナマエの方に視線をやりその背中へと近づいた。


「……っわ、ビックリした……どうしたの」


そして後ろからぎゅっと抱き締め首筋に顔をうずめると、驚いた様子の俺の嫁。


「別にどうもしてねぇよ。」
「……何、またリーベに邪険にされたの?」
「されてねぇ。何だ、そのいつもそうされてるみたいな言い方は。」
「たまにされてるじゃない。」
「されてない。」
「…ふふ。そーですか」


ふっと笑い俺の腕に触れて、そして右手を頬に伸ばしてくる。目と目を合わせられ、それから引き寄せられるように唇が触れ合った。



「……これはカクジツに愛のあるけっこんですねぇ。」


リビングの方で、リーベが一人小さく呟いた。







「うわぁーん!!もうパパなんかだいっきらいだああ!!」


日曜の昼下がり、部屋に娘の泣き声が響いた。


「なん……だと……、」


ついでに絶望する夫の声も聞こえ、私は顔を覗かせる。するとリーベが泣きながら走ってきて、私は目線を合わせる為に腰を下ろした。


「ママッ!!」
「…どうしたのリーベ。何があったの?」
「パパが…パパがひどいの!」
「なんで?」
「パパがっ……けっこん式では純白のキレイなウエディングドレスを着るっていうリーベの夢をぜんりょくで否定してくるの!!ひどいよぉおおおっ…!!」
「……あー…。ていうかなぜそんな話に?」


なぜ結婚式の話になったのかはまぁ置いといて。娘のそういう話に敏感すぎるリヴァイがそれを全力で否定する言葉を並べてしまうのはもはやどうしようもない事だった。

リーベは号泣しながら抱きついてきて、私はそれを宥めるように背中を擦りながら抱きしめる。


「あのねリーベ、パパがそういう話をあまり好きじゃないことは知ってたでしょ?」
「そうだけどッ…!でもいくらなんでもあんなに拒否らなくてもいいとおもう!!」
「…そんなに拒否られたの?」
「っう、だっ て…っ!そんなの似合わないとまでいわれたっ!!うわああああ」
「それはひどいね」
「リーベは何が何でもドレスがいいのにぃ!!和装もおもむきがあってステキだとは思うけどリーベは絶対洋装がいいのにい!!ひどいよぉおおお!!」
「……けっこう真剣に考えてるのね。まぁリーベの気持ちは分かった。とりあえずパパにはママからも言っておくからさ。」
「もういいよッ!!どうせパパは受け入れてくれないし、リーベがこれからパパとは目も合わさず話もしなければそれで済むはなしだし!!」
「…いやそれじゃあパパショック死しちゃうんじゃないかな…。」
「いいよパパなんかショック死しちゃえばいいんだぁああっ!!!」
「…そんな事言わないの。パパが居ないと寂しいでしょ?」
「さみしくないよッ!!これからはママとハンジと生きていく!!」
「えー……でもママはパパが居ないとショック死しちゃうかも…。」
「ママまで!?そしたらリーベはハンジと二人っきり!?それはさすがに寂しいよおおおおおあああ」
「まぁとりあえず泣き止んで?ほら、プリン食べる?」
「っえ、プリン食べていいの?」
「うん。いいよ。…ママはその間にパパが生きてるかどうかを確認してくるから」
「わーいやったープリン!ふっふーん」


泣き止んだ娘に冷蔵庫からプリンを出してそれを渡し、頭を撫でてから私はリヴァイの元へと向かった。



「………、」
「……。あの、リヴァイ?」


リビングで頭を抱え座り込む夫に声を掛け、側にそっと腰を下ろす。


「……リーベに嫌われた…。」


蚊の鳴くような声を発するリヴァイ。


「…そりゃあ…子供の言うことにいちいち本気で返すから…。」
「………。」
「ていうかさすがに似合わないとか言うのはどうかと思うけど。」
「………。」
「ちゃんと謝っておきなよ?」
「………。」
「…リーベだって、嫌いとか本気で言ってるわけじゃないだろうし。どうせすぐ忘れちゃうよ。今もプリンで機嫌直ってるし。」
「………」
「ほら、父親でしょ?しっかりしなさい」
「………そう、だな。」
「うん。きっと許してくれるって。」
「…ああ……。」





「リーベは今日もママとおふろに入るんで。あなたは一人で入ってきてもらっていいですか?」
「…………。」


あれから二日後。お皿を洗っているとそんな言葉が聞こえてきて、私は思わず水を止める。


「ママ!今日もママといっしょにおふろ入る!いいでしょ?」
「…えっと……。」


ちらりとリヴァイを見ると、ピクリとも動かずに宣告されたその場所で固まっていた。


「ねえいいでしょ?」
「…ん…。まぁ、いいけど…。」
「やった!じゃあリーベお手伝いするね〜」
「あ、ありがとう」


どうやらリーベはまだリヴァイを許していないようだ。いや、あれからもずっとリヴァイにそっけない態度をとり続けていたから分かってはいたのだけど。しかしあの断り方は無情すぎる。敬語で断るとか。さすがに可哀想だ。
私からも許してあげてと言ってはいるのだが、リーベはなかなか首を縦に振らない。リヴァイは落ち込んでいく一方だ。

しかしそんなリヴァイを気にする素振りも見せずお手伝いを終えたリーベは私の手を引っ張り、お風呂へと向かうのだった。





「…ねぇリーベ。」
「なーに?」


湯船につかりながら、私はさすがに切り出す。


「リーベはさぁ…パパの泣いてるとこって見たことある?」
「え?パパの?」
「うん。」
「……ない、けど。」
「…だよね。ママもあんまり見た事ないんだぁ。」
「ふうーん」
「パパとはずっと一緒に居るけど、泣いてるところなんか一度も見たことなくってさ」
「へえー」
「…でもね、それでも一度だけ、見たことあるんだ。」
「……そうなの?」
「うん。」
「いつ?」
「…あれはねぇ…リーベが、産まれた時だね。パパが初めてリーベを抱っこした時。」
「……リーベがうまれた時?」
「そう。リーベと初めて会ってパパが自分の腕の中で眠ってるリーベを見た時、その時だけパパは少し涙ぐんでたの。まぁ涙流すほどではなかったけどね。」
「……。」
「…でも、そういうパパの顔を見たのはそれが初めてだった。それからもパパはリーベが大きくなる度にママも見たことがない顔をする事が増えていって、ママもビックリだったんだよ?パパはリーベが可愛くて可愛くて仕方ないんだろうねぇ。」
「……ふーん…。」
「それはもう、ママがヤキモチ妬いちゃうくらいだよ?」
「……。」
「それくらいパパはリーベを大切にしてるし、大好きなの。だから、ちょっとたまに……この前みたいに、リーベのことでうるさくなっちゃう事があるけど、でもそれはパパがリーベを愛してるからこそなんだよ?」
「……」
「リーベは頭いいからちゃんと分かってるよね?」
「………。」
「だから…ここはリーベが大人になって、そろそろパパを許してあげてはもらえないでしょうか」
「………うーん」
「リーベだってパパとずっとこんなふうになってるの嫌でしょ?」
「……そう、かなぁ」
「だってリーベもパパのこと大好きでしょ?ママ知ってるんだから。」
「……むう。」
「だからほら、仲直りしてあげて?リーベは大人だから出来るよね?」
「…まぁ、たしかに……今回はリーベが少し大人気なかったかもしれないね。」
「うんうん」
「しょうがないから…ママにめんじて、許してあげるか。」
「うんうん。さすが年長さんだ。」
「じゃあおふろから出たらパパに話しかけてみる!」
「ありがとう。パパ泣いて喜ぶよきっと。」
「そんなんで泣くの?」
「今のパパなら泣きかねないよ」


こうして、それからリーベはお風呂を出てリヴァイの元へと走った。そして仲直りをした。リヴァイは二日ぶりの娘との和解に狂喜していた。
これからもきっとリヴァイは変わらないだろうけど、今回のことで少しは懲りたかもしれない。

まったく、どうしようもないパパである。



「ナマエ!リーベが明日から一緒に風呂に入ってくれるぞ!」
「…ふ、良かったね。」


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