「兵長っ!お疲れ様です!」
「…ああ。」


お昼過ぎから街へ出掛け、お目当ての品を購入しすぐさま帰ってきた。それから部屋の掃除をして、夜になればいつも通り大人しく兵長を待っていた。


「掃除したのか?」
「はい!しました!」


元からそんなに汚れていなかった部屋の掃除に気づく兵長はさすがだ。それでも褒めてもらいたくて側に寄れば、ジャケットを脱ぎながら慣れた手つきで頭をポンポンと撫でてくれた。


「で、目当てのものは買えたのか」
「えへへ。…はい、買えました〜」
「そうか」


ハンジさんへはお菓子と茶葉を買って、そしてそれはすでに部屋に行って渡しておいた。ここまでしなくていいのに、と言われたが全くそんな事はない。私は本当に感謝しているのだ。


「あっそうだ。兵長に言われたお菓子も買ってきましたよ〜これで良かったですか?ほんとに私の好みで選んじゃいましたけど…」
「……あぁ…、」
「ていうか数とか聞いてなかったのでこれしか買ってないですけど…」
「…それな、お前にやる。」
「……え?」


頼まれていた分のお菓子を差し出すと、兵長はそれをちらりと見てからそう言った。


「お前が食え。」
「……えっ?なんで?」
「…何でもクソも、最初からそのつもりでお前に買わせた。」
「え、……そうなんですか?」
「ああ。たまには甘いもんでも食え。」
「……、」


その言葉に私は差し出していたそれを引っ込め、じっと見つめる。そして自然と口角が上がっていく。


「…っふは、ありがとうございますっ!嬉しいです!」


笑顔を向けると、兵長もふっと表情を緩めた。
それからお釣りを返して、そして他にも買ってきたものを取り出し今度こそそれを兵長へと差し出す。


「はい、兵長!これは私から兵長へ買ってきました!」
「……あ?何だ、そりゃあ」
「茶葉です!喜ぶかなーと思って!」
「……、」
「兵長、紅茶好きでしょう?」
「……お前、これ高かったんじゃねぇか?」
「えっ…………、…えへへ!」
「えへへじゃねぇよ。」


まさか見ただけで値段まで分かるとは。それを誤魔化すように笑えば、兵長は少し呆れたような顔をする。そしてそれを見つめ受け取りながら、私の頬に優しく触れた。


「こんな高いもん買わんでもいい…気持ちは嬉しいが。」
「だってどれが美味しいのかとかよく分からなくて…お店の人といろいろ相談もしたんですけど。でもまぁとりあえずイイ感じのものをと思ってこれにしました!」
「……そうか。…なら、有り難く貰っておく。」
「えへへ、兵長が喜んでくれるかなーって考えるだけで、お店でニヤニヤしちゃいました!」
「…目に浮かぶ。」


ふわりと髪を撫でられ、私の顔は緩みっぱなしだ。
それからその茶葉を使ってお茶を飲むことになり、兵長が淹れてくれた。


「…いい香りだ。」
「ですねー」


それは高いだけあっていい香りがした。いつも兵長が飲んでるのも安物ではないと思うけど。
飲んでみると味もおいしくて、兵長も気に入ってくれてるみたいで良かった。だけど兵長はそれから書類整理があるらしく仕事モードになり、私は兵長がくれたお菓子と紅茶を飲みながらそれを待っていた。



「へいちょー、…へい、ちょう。へーちょー」
「……何だ」
「呼んでみただけです」
「……。」


テーブルに伏せて、やる事がなく兵長を呼ぶ。するとちらりと瞳がこっちを見た。私も顔を動かしそれを見つめる。


「…お前、その呼び方たまには変えてみたらどうだ?」
「えっ?呼びかた?」


また書類に視線を戻しそのまま口を開く兵長に、私は体を起こす。


「名前で呼んでみたらどうだ」
「名前?……リヴァイ兵長?」
「…だから、その兵長ってのはいらねぇ。」
「っえ、呼び捨てですか」
「それでいい。」
「えぇ……、兵長を呼び捨て…?」
「ああ。」
「 リ………リヴァイ?」
「……。」
「…リヴァイ……、リヴァ、イ。…うーん。慣れませんねぇ」
「…この前、一度そう呼んだだろう。」
「え?…そうでしたっけ?いつ?」
「……お前が、俺を好きだと気づいた時だ。」
「え………うそ?」
「嘘じゃねぇ。無自覚かよ。」
「えー?そうでしたっけ?」
「……。」
「覚えてないです…。でも、兵長そういうの気にするんですね?意外です」
「……普通なら、気にしない。こんなもん。…だが、お前に名前で呼ばれたあの時…なかなか、悪くなかった。いいもんだと思った。」
「そう、なんですか?」
「ああ。それにベッドで兵長と言われるのは少し萎えるもんがある。」
「っえ、そうなんですか?」
「多少な」
「なんですって!じゃあその時はなるべくリヴァイって呼ぶようにします!ちょっと難しそうですけど!」
「……。」


兵長を今更名前で呼び捨てとか難しいけど、でも兵長がそれで喜んでくれるなら是非したい。是非呼びたい。

そうだ、そうしよう。よーっし。


「リヴァイ!」
「……。」
「リヴァイ、リヴァイ……リヴァイ!」
「……。」
「……兵長。 あ、でもやっぱこれがしっくりきますね。」
「いやそりゃあそうだろうな。…まぁ無理に呼ばんでもいい」
「いやっ、呼びたいです呼びたいです!リヴァイって呼びたいです!」
「…本当かよ。」
「だってなんか特別な感じしますし!名前で呼ぶと!いやまぁそうじゃなくても特別なんですけどね!えへへ!」
「……。」
「でもとりあえずリヴァイって呼ぶようにするぜ!リヴァイ!任せろだぜ!」
「……口調まで変わってるぞ。」
「あっくそっ……難しいな。」
「…ふ、まぁ別に何でもいいが。」
「……、」


そう言って表情を和らげる兵長に、胸がくすぐったくなる。

もし、少し前までの私だったら兵長が名前で呼べと命令したら、そのまま深く感じることもなくそう呼んだんだろうな。今だって兵長がそう呼んでほしいのならそうしたいっていう気持ちが大きいけど、でもただそれだけなのにこんなにも愛しく感じるのは、それは私が前よりも兵長を理解出来ているからなんだろう。

そう思うと、たまらなく嬉しい。


「…えへへ。兵長、大好きです。」


言葉にするだけで、胸が満たされる。こんな幸せ、他では感じられない。


「…そこはリヴァイと呼ぶところだろうが。」


心地いい空気に包まれ、私達はふっと笑い合った。







「じゃあ、リヴァイとナマエの健全な交際スタートを祝して、かんぱーい!」
「乾杯しなくていい。ていうかするな。黙って飲め。」
「あはは、嬉しいくせに。」


メガネを連れて飲みにくれば、初っ端からうざったいテンションでそれは始まった。


「あ、そういえばナマエからお礼とか言ってお菓子と茶葉を貰ったよ」
「らしいな。」
「なんか私本当に懐かれちゃったみたいで、驚いたよ。」
「…何がだ」


酒を喉に流し込みながら聞くと、ハンジは続ける。


「だってナマエってリヴァイ以外に懐かないもんだと思ってた。今まではそうだっただろ?なのに私のことも大好きとか言ってきたから」
「……あぁ」
「でもリヴァイはそれが面白くないんだっけ?」
「……。」
「…ふは、自分以外に大好きな人が増えるのは嫌?」
「……面白くはねぇが、嫌ではない。アイツにとって信頼出来る人間が増えれば、それは良いことだ。」
「面白くはないんだね。」
「当然だ。」
「……ふ、でもナマエの方はそういうの全く気にしてないみたいだよ?」
「あ?何がだ」
「いやこの前、リヴァイと部下の女の子が話している姿をナマエが遠巻きから眺めていた時に、もしかして妬いてる?って聞いてみたんだけど。」
「…ほう」
「そしたらナマエ、すっごい平気そうな顔してた。」
「……。」
「…リヴァイを満たすことが出来るのは自分だけだから、たとえ周りに女の子がたくさん居ても関係ないんだってさ。」
「………、」
「変わったよね、ナマエ。猫とか馬と自分を比べてどっちが可愛いか聞いてた頃が懐かしいよ。」
「……。」


アイツ、そんなこと言ってやがったのか。

……そうか。


「嬉しい?」
「……ふん」
「…ふは、なんだか私まで嬉しくなるよ。」
「……。」
「良かったじゃないか。」
「……まぁ…確かにナマエは、変わったと思う」
「うん?」
「アイツは最近…俺に何か手伝うことはあるかと聞いてきても、ないと言えば普通に納得して引き下がる。前まではないと言っても何かさせろとしつこかったが」
「そうなんだ」
「…そういう些細な部分でも、少しずつ変わってきている。」
「へえー。なら、それはリヴァイのおかげだろうね〜」
「……。」


今でも甘えてくるところは変わってないが、それはそれで問題はない。
いろいろと気持ちの変化もあるようで、だからこそ以前とは違う関係でいられる。それは俺の求めていたものだ。俺が欲しかった、ナマエとの人生だ。

それがナマエに伝わり、分かり合えた。アイツはちゃんと理解してくれている。だからこれから先、何があってももう離れる事はないだろう。

そう思えばつい口元が緩んでしまい、それを隠すように俺は目の前の酒を呷った。





「……まだかなぁ〜。」


兵長の部屋で一人、兵長を待つ。
いつものことだ。

だがしかし。今日は兵長はハンジさんと飲みに出ているのだ。なので、いつもよりも帰ってくるのが遅い。

だから、一人の時間も長い。つまり。


「…つまらない、なぁ 」


そう、つまり寂しいのです。


「………。」


別にハンジさんと二人っきりで飲みに行っていることはいい。そこに疑問を感じることはない。兵長とハンジさんは付き合いが長いしなんだかんだ仲良いから、飲みに行くのなんか普通のことだろう。兵長が飲みに行きたいのなら、全然行けばいいし。それにこれはきっかけを作ってくれたハンジさんへのお礼も含まれているんだろうし。だったらむしろちゃんと飲んできてほしいし。私だってハンジさんが大好きなのだ。だから、別に、全然、いいんだけど。

ただ、これはただ、兵長が遅くまで帰ってこないことが、それが、少し寂しいのだ。私は兵長に早く会いたいだけなのだ。

しかもすでに夜も更けてきている。先に寝てろと言われたが、いつまで、飲むのだろうか。…いや、そんなの決まってなんかいないだろう。頃合いを見て帰ってくるんだろう。そりゃそうだ。


「…でも…もうちょっと、待ってみよう。」


一人でぽつりとこぼし、ベッドに座り込み膝を抱え兵長を待つ。

兵長が帰ってきたのはそれから一時間後だった。
耳を澄ましていると足音が聞こえてきて、私は思わず顔を上げてドアを見つめた。そして望み通りにそこがガチャリと開けば、そこには兵長の姿があった。



「…兵長っ!」
「……何だ、お前…まだ起きてたのか 」


帰ってきたことに嬉しくなりドアが開いたのと同時に側に寄った。
すると兵長はお酒の匂いを纏いながら私を見下ろす。


「おかえりなさい」


私は部屋に入った兵長がドアを閉めきる前に、我慢できずに兵長の顔に両手を伸ばしそこを包み込むと、静かに背伸びをしてその頬にそっと唇を近づけた。
そしてそこにキスをして、ちゅっと音を立てて離れるとそのまま瞳を覗き込む。



「リヴァイ、…好き、だよ?」
「…………、」


触れるだけで満たされて、思わず胸いっぱいに想っていた気持ちを伝えると、兵長はその言葉を聞いて目を見張り、そして動きを止めたかと思えばいきなりバン!と音を立ててドアを思い切り閉めた。私はびっくりしてそっちの方を見ると、鍵をかけた兵長はそのまま何も言わずに私をひょいと担いだ。


「わっ?!ちょっ…?!」
「……。」
「へーちょう!?」
「………。」


それから部屋を進み簡単にベッドへと投げられる。


「わっ、!」
「……」


そして兵長を見ると、ジャケットを脱ぎ捨て自身のスカーフも邪魔だと言わんばかりに解いた。


「……、へいちょ、」
「名前で呼べ」
「っえ……、あ、…リヴァイ?」


そしてブーツも脱いで、ギシリとベッドへ入ってくる。


「ナマエ、」
「…リヴァ、……っん、」


妙に色気を纏っている兵長は酔っているのだろうか、とここまでは頭で考えることが出来た。だけどもうそれからはあっという間に兵長のペースに呑まれ、私はただただそれに溺れていくだけとなってしまった。







「…へいちょう……どうして、昨晩はあんなにいじわるだったんですか……、」
「……。」


私はベッドの上でくたりと体を横たわらせ、兵長に問いかける。


「何のことだか。」
「……。しらばっくれないで下さい…。」
「……はっ、あれだけ気持ち良さそうにしておいて、よく言う。」
「な……、そ、そりゃ……あれだけ、焦らされたら……誰だって…。」


シーツを握り、平気な顔でまだ意地悪なことを言う兵長をじろりと睨んでみる。しかし全く効果はなさそうだ。むしろ口角を上げて私の髪をぐしゃぐしゃと乱してくる。

朝の光に照らされ兵長は清々しそうで、それと反対に私は気怠くシーツに顔を押し付ける。


「お前が最中になかなか名前で呼ばなかったのが悪い。」
「…そんなこと、言われても…まだ、慣れてないんですよ…。」
「さっさと慣れろ。」
「……、」


兵長はそう言って、優しく髪を撫でる。ちらりとそっちを見れば頬にキスを落とされた。


「…もう、兵長、くすぐったい、」
「良かったな。」
「よくない、です…。もう少し、寝かせてください」
「……寝かせると思うか?」
「………。」


眠くてまどろみながら瞼を閉じかけるが、兵長が私を見て愛しそうに目を細めたのが分かって、それだけでドキリと胸が音を立てた。


「…眠いのに。」
「仕事の時間までお前で遊ぶことにしよう。」
「……ふは、何ですか、それ。」


兵長の手は寝かせまいと私の体を起こし、そして唇が首筋に触れていく。温かくて愛しいそれに逆らえない私は、仕方なくそのままそのお遊びに興じることにしたのだった。


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