「二人とも、夕食ここで食べていくでしょ?」 「…え、いいんですか?」 「もちろん!作るからちょっと待っててね。」 「あ、いやっ、僕らも手伝いますよっ」 「いーのいーの。ゆっくりしてて」 「ナマエさん、いいのか…?それくらい俺らも……」 「うん、私がやるからいいよー君らはお話でもしてなさい」 「………。」 あれから私はぺトラ達にアルミンとミカサの事を伝えてから立体機動の点検をしたりして過ごした。そしてせっかくなら二人にもここで夕食を食べてもらおうと声をかけて、少し早いけど今から作る事にした。 「あんまり時間かけるとミカサ達が帰るの遅くなるしな……ちゃっちゃと作っちゃお」 「あの……」 さっそく野菜を取り出し皮を剥こうとしたところで、後ろから声がした。 「…ん?」 遠慮がちに聞こえた声に振り向くとそこにはミカサが立っていた。 「……」 「あれ?どうしたの?」 「…私も、手伝う。」 「へ…」 何かと思えば隣まで来て手を洗い、包丁を握る。 「これを切ればいいの」 「あ、うん……。て、いやっ、ちがう。ミカサ、私一人でやるから本当にいいよ?」 「…これくらいやります」 「嬉しいけど、でも……今エレンと居れる事なんてそうそうないでしょ?こっちは気にしなくていいから」 「………エレンから、聞きました」 「え?何を?」 聞いたって。 まさか私の馬鹿さかげんを?どうしよ、エレンも料理も任せられない!とか言われたら……。 何を聞いたんだろうと内心焦っているとミカサは静かに口を開く。 「…あなたは、あのチビに命を救われたという話」 「え……」 命を救われたって、私が兵長に助けられたこと?(ていうかチビって……) 「私も、同じ。エレンに救われた。だから私はエレンの為に生きる。エレンが全て。」 「………、」 「だからあなたの気持ちは、分かる。かもしれない。あのチビを許せない事には変わりないけど……あなたは、もしかしたら悪い人ではないのかもしれない。エレンと居させてくれるし…だから、さっきは、少し言い過ぎたと思って……」 「……。」 もしかして、さっき私を信用できないって言ったことを謝りにきたのだろうか。 え、何この子、かわいい。 「……ミカサはエレンが大好きなんだね」 「……。」 そう言うと、ミカサはマフラーを触って顔を少し隠した。そして照れてるような様子で言う。 「エレンは家族、だから……」 「………、」 家族。……家族、か。 ミカサのその表情は家族への愛しさとはまた違うもののようにも見える。 そして何故か私は、それに似たような感情を知っているような気持ちになった。 「……ミカサ。わざわざ、ありがとう。さっきの事なら気にしなくていいよ。私もミカサの気持ち分かるしさ」 「……」 きっと毎日一緒に居ただろうにこんなふうに離されたんじゃ辛いだろう。状況も状況だし。 だから、少しでも居れる時に一緒に居ないと。 「…じゃあ……ミカサはその野菜を剥いて切ったら、戻っていいよ。あとは私がやるからそれだけお願いしていい?」 「え…」 「ね?じゃあ、やろっか。」 「………はい。」 かわいい後輩がまた増えた事を嬉しく思い、それを守りたい気持ちが強くなる。これからも頑張ろうと感じながらミカサにエプロンを渡した。 ◇ 「ナマエさん、今日はありがとうございました」 「…え、いや、ぜんぜん?」 ぺトラ達にもミカサとアルミンを紹介してそれから皆で夕食を食べ、二人は帰って行った。 そして夜、部屋で一人お茶を飲んでいるとエレンが私の部屋に来た。ドアを開けてあげるとそのままそこで話し出す。 「アイツらとあんなふうにゆっくりしたの、久しぶりだったし…なんつーか、良かった…というか。ナマエさんのおかげで…その、楽しかった…から。ありがとうございました。」 「ふふ、良かった。でも私は別に何もしてないよ?今日二人と過ごせたのは会いに来てくれた二人のおかげだよ。」 「いや…でも、アイツらいきなり来たし…しかもミカサなんてすげぇ失礼なこと言ってたのに……」 「…ミカサはエレンが心配なんだよ。気持ちは分かるし、それにあとからちゃんと話せたから気にしないでいいよ。」 「……ナマエさん、なんかズルイな」 「へ?ズルイ?」 「いつもはただの馬鹿っぽいのに……こういうとき急に大人の顔するから」 「……ふは、貶されてるのか何なのか分からないね」 「……っとにかく!今日の事は感謝してる、から……っそれだけ!おやすみ!」 「っあ…エレンっ、…ちょ……、」 それだけ捲くし立ててエレンは走っていく。せっかくなら一緒にお茶を飲みたかったのに。 だけどすでにもう姿が見えなくなってしまったので仕方なくドアを閉めまたイスに座り、カップを手に取る。 「…おかしいな。」 淹れ方はいつもと変わらないはずなのに、一人でのお茶は何であまり味がしないんだろう。 ◇ 「ナマエさん、今日はどうするんですか?」 「んー…とりあえず買い出しに行こうかなと」 「あ、それなら私も行きます。」 「うん、じゃあ一緒に行こうか」 また朝になり、とりあえず今日は買い出しに行く事にした。朝食を済ませてからペトラとエレンも行くと言ってきたので二人を連れて街へと出る。 「まず掃除道具を先に見よう」 「もう取り替えるんですか?」 「うん。雑巾とかけっこうボロボロになってきちゃって」 「早いですね……俺のなんてまだそんなに汚れてない気がする…」 「それはその分使ってないって事だねー」 「前から思ってたんですけど、ナマエさんって掃除に関しては兵長並みに細かいですよね」 「そう?まぁ掃除はけっこう好きかも……綺麗だと気持ち良いよね」 「(こういう掃除好きなところも兵長的にはポイントだったりするのかな)」 「兵長の部屋とかいつも綺麗だから私も見習ってる。」 「ナマエさんの部屋もいつも綺麗ですもんね」 「……まぁ兵長と居るようになってからは余計気になるようになったからね。埃とか」 「確かにそれは分かります」 「でも兵長は少し細かすぎるような気が……俺がどんなにやってもあまり認めてもらえません」 「兵長の班に入ったら先ず掃除の腕を磨くところから始める感じだもんね。エレンもナマエさんを見習うといいよ」 「そこですか……」 「あ、じゃあ今日は訓練じゃなく掃除の指導をしてあげようか」 「えぇっ…。…そ、それは、いい、です…。」 「っはは、遠慮しなくていいのに」 他愛もない話をしながら掃除道具や日用品、食料を買っていく。それからせっかくなので街で昼食を食べる事にして、全て買い終えてから飲食店に入った。 なんだかゆるやかに時間が流れているような気分になり、心が穏やかになる。 「ナマエさん、ごちそうさまでした」 「ごちそうさまです!」 「いいえー、いつもお世話になってる可愛い後輩だからね。これくらいは」 「ありがとうございます!」 「(エレンすごい嬉しそう)」 「じゃあそろそろ古城に戻ろうかー」 「はい!」 「そうですね」 戻ったら、兵長が居たりしないかなーなんて、そんな淡い期待を胸に帰路についた。 ◇ 「ナマエさん、このあとってどうするんですか?訓練ですか?対人格闘ですか?」 「…そうだねー…、」 買ってきたものを整理しながらエレンは期待を込めて聞いてくる。 私はというと、兵長がまだ帰ってきていなかったことに少し落ち込んでいる。 「俺、なんだか今日はいける気がします」 「………」 「…ナマエさん?聞いてます?」 「……あれ…ちょ、待って…?」 「え?どうし…」 「しっ!静かに!」 「えっ」 突然何かを感じ、私は耳を澄まし目を閉じる。すると微かに聞こえる気がした。これはもしかして。 「…馬の…音…」 「へ?馬?ですか?」 「き、聞こえないっ?」 「え……分かんないです…。」 「…いや、…聞こえる。聞こえるよ!誰か来たんだ!ていうか兵長?!帰ってきた?!」 「えっ、ナマエさんっ?!」 エレンを置いて思わず走り出しその音の方へと向かう。私が表に出る頃にはもうすぐそこでその音は聞こえていた。 兵長が帰ってきたのだと、それ以外には何も考えられずに慌てて出ていくと、そこには。 「お、ナマエ!お出迎え?嬉しいなー」 馬から下りる、ハンジさんが居た。 「………」 「あれ?どうした?」 「……ハンジさんか……。」 「え?!ダメだった?!」 サァーっと気持ちが冷めていくのが自分でも分かった。 「……はぁ」 「ちょ、ナマエ?それはヒドイよ?」 「………あ、いや、ちが……っす、すみません…!」 「傷ついたなーそんなあからさまにテンション下げられるなんてなー」 「ごめんなさい違うんです!ハンジさんがどうとかそういうんじゃなくって…!」 いくら兵長を待っていたからといってそれ以外の人にこんな態度をとるなんて失礼すぎる! 「っはは、冗談だって!分かってるよ」 「え……、」 「リヴァイだと思ったんでしょ?」 「あ…いや…その……。」 「なになに?リヴァイと離れて寂しい思いしてたの?それでリヴァイが帰ってきたと思って走ってきちゃったの?そうなの??」 「っ…!」 ニヤニヤしながら聞いてくるハンジさん。なんかめっちゃ恥ずかしいんですけど…!! 「あーもう本当にごめんねリヴァイじゃなくってさぁ!」 「っも、もう!からかわないで下さい!」 「ナマエ、顔赤いよ?」 「…やめてくださいほんと…っ!」 「(ほんと可愛いなこの子)」 「っそ、それより、ハンジさん何しに来たんですかっ」 「ん?いやぁ時間があったからこっちの様子見に来たっていうか…それだけ!」 「あ、そうなんですか……」 「ナマエが寂しがってるかと思ってさ」 「……。」 反論は出来ないけど、恥ずかしい。 熱い顔を押さえているとハンジさんは馬を繋いで、中へと足を進めて行く。私はその後ろを静かに歩いた。 「あれ?ハンジさん」 「エレン!元気?体調とか悪くない?」 「はい、大丈夫です。…えっと、実験…ですか?」 「あ、いやいや違う。それはまた今度ね」 少しするとようやく落ち着いてきて、顔から手を離した。 「…あ、ナマエさん!」 「……ん?」 「馬の音、兵長じゃなかったんですね?急にすげぇ勢いで走り出したからビックリした。」 「…エレン……。」 「あははは!いいぞエレン」 「え?」 「ほんともうやめましょうこの話……」 また顔に熱が集まってくる。このやろうエレン… 悪気がない事は分かるんだけど今は言わないでほしかった。 しかし仕方ないので、もう気にしないふりをする事にした。 「どうぞ、」 「あ、ありがと。」 それからとりあえずわざわざ来てくれたハンジさんにお茶を出して、イスに座り二人っきりで向かい合う。 「…ナマエが淹れてくれるお茶はおいしいね、相変わらず」 「ありがとうございます」 「リヴァイが気に入るのも分かるよ」 「…そんなこと……。」 「そういえばリヴァイもさー機嫌悪くてさー、面白かったよ」 「…え、そうなんですか?」 「うん。寂しがってるのはナマエだけじゃないんじゃない?たぶん」 「………」 「忙しそうだけど、明日くらいには帰ってくると思うよ」 早く、早く会いたい。 こんなにも兵長を求めている自分に驚く。 「…ハンジさん、私……」 「ん?」 「…すごく、兵長に会いたくて、そう思うと……胸が、苦しくなるんです」 「……、へえ」 「これって……おかしいですか?」 「なんで?おかしくないと思うけど?」 「なんか…前まではこんな事なかったので…。変かな、って……」 「…感情の変化ってだけだよ。ただそれだけ。何も変じゃない」 「そうなんですかね……」 「ナマエの中でリヴァイに対する気持ちが変わったんじゃないの?」 「……」 最近、私の中で何かが変わったのは明らかだ。 「…ねぇナマエさぁ、覚えてる?」 「え?」 「前に、リヴァイはナマエに対して二つの顔を持っていると思うって言ったこと。」 「あ、あぁ……はい。覚えてます。」 「一つは上司としての顔。」 「はい…」 「もう一つは、今なら分かる?」 「……」 「…まぁこんなの私の勝手な想像なんだけどさ。」 上司としてではなく、ましてやきっと家族でもない。もう一つ。 「……」 「ナマエはさぁ……本当は気づいてんじゃない?」 「え…、」 「だって誰よりもリヴァイの側に居たのは、ナマエ。君でしょ?」 ──誰よりも兵長の側に居たのは。 その言葉を聞いた時、今まで兵長が側に居てくれたことや私のペースに合わせてくれていたこと、面倒ならずっと見てやるって言ってくれたこと……いろんなことが頭に過ぎった。 ハンジさんの言葉は私の胸の奥に響いて、泣きそうになった。 「……っ、」 「…あ、あぁっ…ちょ、そんな泣きそうな顔しないでナマエ……なんか興奮する」 「っご、ごめん、なさい」 「いいよいいよゆっくり考えればいいよリヴァイなんかいくらでも待たせておけばいいんだよ。面白いし」 ハンジさんは困ったように笑いながら私の頭を撫で回す。 もうこれ以上兵長の優しさに甘えてはいけないと、心が痛くなった。 |