「…そうか、俺は、あそこで…あの、時計、を……」
「………、」
「そう、だ…。あれを拾って、蓋を開けた瞬間に、俺は 」
「……。」


あの瞬間、あのあとに、リヴァイさんはこっちの世界に来てしまったという事なのだろう。おそらく。あの懐中時計みたいなものは、タイムトリップが出来る道具か何かなのか?よく分からないけど、でもあれが原因という事で間違いはなさそうだ。


「…リヴァイさん、あの懐中時計が、今どこにあるのかは分かりますか?」
「………、」


記憶を取り戻したばかりのリヴァイさんに対し私が冷静なのは、目が覚めた時からその記憶を把握していたから。だから今はまだ落ち着いて話せる。


「あの時計があれば、リヴァイさんは帰れる…んですよね?きっと」
「………そう、なのか…そうなる、のか」
「多分…。でも、あれはどこにあるんでしょうか…」
「………。」


原因が分かったのはいいけど、問題はそれがどこにあるのか、だ。リヴァイさんの持ち物は確かほぼなかったはず。それに記憶を失っていたリヴァイさんが見覚えのない時計を持っていたら最初から疑問に思っていたはずだし、という事はこっちに来た時にはリヴァイさんはすでにあの時計を持っていなかった、という事になってしまう。


「あんなもん、持ってなかったぞ…俺は」
「……、」


そして記憶を取り戻した今でもそれがどこにあるのか分からないのは、それはあまり、良くないんじゃないだろうか。


「…何か手掛かりがないかと、俺は散々、探した…ここへ来た時に…。」


あれがないとリヴァイさんは、帰る事ができない?


「自分の手持ちのものは、お前と、会う前に、俺は…、」


リヴァイさんは顔を顰める。


「……何も、持っていなかった」
「……、」


どこか不安げに瞳を揺らすリヴァイさんに、私は思わず、体に力が入った。


「リヴァイ、さん!」
「っ、」


そしてリヴァイさんの両肩を掴み、力強く名前を呼ぶ。


「とりあえず、もう一回探してみましょうよ!!」
「………、」


まだ分からない。もしかしたらまだ何か思い出せていない部分があるのかもしれない。


「大丈夫です!リヴァイさんの着ていたもの、調べてみましょう?何か手掛かりがあるかもですし。…ね?」
「……そう、だな…」
「…うん。大丈夫です、きっと。大丈夫」
「……ああ、わる、い。」
「何も悪くないです。こんなの混乱して当然ですよ。」
「……」


大丈夫だと頷いて、それから私達はリヴァイさんの着ていたものを調べた。
リヴァイさんはジャケットを手に取り、胸ポケットのボタンを外し中を調べる。すると。


「………、」
「…リヴァイさん?」
「……これ、は」
「……?」


動きを止め目を見開くリヴァイさんに、その視線の先を覗き込むと、その手には。


「……っえ、」


夢で見た、あの懐中時計があった。


「えっ、…うえええっ!?ちょっ!?リ、リヴァイ、さん!?それじゃないですか!?うそっ?!さっそく!?見つかった!?エッ!?なんで!?な、なんっ……!」
「……。」
「何なの!??どういうこと!?」
「……分からねぇ…が、あの時はこんなもんなかったはずだ…。さすがに、気づくだろ…こんなもんが入っていたら」
「え、ええっ!?じゃあっ、じゃあ!今出現したってこと!?思い出したから!?えっそんなことってあるの!?いやっえっでもっ、リヴァイさんがここに居ること自体っ、本来ならありえない事、なんだし!そんな事があってもありえなくはない、のか!?マジでか!じゃあっ、リヴァイさんはこれで帰れるってこと!?」
「……そういう…こと、なのか?」
「ちょっ……、」


普通に時計が出てきて、自分で言った事とはいえさすがに頭がついていかず一人で焦っていると、リヴァイさんが時計を持つ手に力を入れたのが分かった。


「ちょっ、まっ……やだ待って!!!」
「っ、!」


混乱したまま思わずその腕を握り、リヴァイさんに縋りつく。


「ま、待ってくだ、さいッ!まだ行かないで!!ちょっと待って!!おねがい!!」


急に怖くなって、行ってほしくなくて、力いっぱいにその腕を握った。


「やだ……ッ」
「……ナマエ」
「…リヴァイさんっ…、」
「……、何、言ってる…。そんないきなり、行くわけねぇだろ…?何焦ってんだよ……馬鹿。」
「……っ、」
「…落ち着け。大丈夫だ。急に消えたりしねぇよ。」
「………ほ、ほんと、ですか…っ」
「当たり前だ。」
「………、」
「…ナマエ、落ち着け。俺はここに居る。」


微かに震えている自分の手に気づき、それを見つめていると、リヴァイさんの手がそれに重なった。


「…っ」
「ナマエ、俺を見ろ。」
「………、」


そう言われて、ゆっくりとリヴァイさんを見ると、その瞳は私を捉えていた。


「……ちゃんと居るだろ?」
「…リヴァイ、さん」


リヴァイさんを瞳に映すと私はだんだんと落ち着いてきて、心が静まっていくのを感じた。


「……あ…、ごめんなさい…。私、なんか、急に……焦って…、」


キツく掴んでいた手をそっと離し、体の力が抜けていく。


「…ふ、謝るんじゃねぇよ。」
「……、」
「さっきと逆だな。」


ついさっきのやり取りを思い出して、ほんとだ、と思った。


「……すみません。」
「気にするな。むしろお前のおかげで冷静になれた。」
「……。」


息を吐くと、リヴァイさんは私の頭をポンと撫でて、時計に視線を落とす。


「…とにかく、こいつのせいで俺はこっちの世界に来ちまったって事でいいらしいな。」
「…そう、ですね…」
「これを開けば、元の世界に戻れる…のか」
「……そう考えるのが、妥当かと…」
「ああ…」


この蓋を開けば、開いてしまえば、リヴァイさんは帰ってしまう?行ってしまう。そしたら、もう、会えなくなる。


「……、」


リヴァイさんが、居なくなる。


「…ナマエ、」


今こうして目の前に居るのに。出会えたというのに。世界が違うという、それだけの理由で。もう会えなくなるのか。


「…はい」


何なんだろう。世界が違うとか。本当に。意味が分からないよ。


「お前は今日、仕事だろ?」
「……え、あ、…はい。そう、ですね…」
「ならお前はいつも通り仕事に行け。」
「 ぇ、」
「お前が帰ってきてから、これは開けよう。」
「……、」
「今すぐ開くのは得策じゃねぇ。少し、時間が必要だろ?」
「……」
「…これを開けちまえば、お前とはお別れだ。そう簡単には行けない。だがいつまでも開けずにいるわけにもいかない。見つけたのなら試す必要がある。…そして、今更だがお前の生活はなるべく崩したくない。仕事を休ませるのはしたくねぇ。だから、今夜、これを開く。それでいいか?」


今夜、リヴァイさんが居なくなる。


「…分かりました」


ちゃんと、さよならしないと。


「…よし。まぁお前が仕事行くまでまだ時間もある。…紅茶でも飲むか。」
「……あ、はい…。お願いします」
「ああ」
「………。」


私は深呼吸をして、リヴァイさんがテーブルに置いた時計を見つめながら、きゅっと拳を握った。





「…ていうか、これさえあればいつでも会えるんじゃないですか?」
「……、」


紅茶を飲みながら、ふと気づいたことを口に出す。


「ねぇ?」
「…いや、そんな簡単なもんでもないだろう。」
「……そう、なんですかね」
「今あるからと言って俺が元の世界に帰った時にも俺の手の中にあるという確証もねぇしな。」
「……じゃあ、リヴァイさんは、元の世界に帰ったら……私のこと、忘れてる可能性もあるんですかね…?」
「………、」


直前の記憶を失っていたのと同じように、こっちの世界のことを忘れたり、するんだろうか。


「…俺は、お前のことだけは絶対に忘れない。」
「……え、」


そんな不確かな事を考えていると、リヴァイさんが言った。


「約束しよう。お前のことは、忘れないと。」
「……やく、そく」
「…それに、言っただろうが。今までの事はちゃんと全部、胸に焼き付けてある。」


キラキラと、あの時の光は今も胸の奥に残っている。


「……そう、でした。」


何一つ、忘れてほしくない。覚えていてほしい。離れ離れになっても、一緒に過ごした思い出だけは。それだけはずっと、心の中に。側に、あってほしい。

でも、リヴァイさんの中にも、私の中にも、ちゃんと残っている。想いだけは、ずっと側にある。…大丈夫。不安に思う事はない。


「……」
「……」


なんとなく、静まり返る部屋。

なんか変な感じだ。今日が最後なのに、それは分かっているのにまだ頭が追いついてないというか。確実に心には寂しさが溢れているのに、でもまだ、リヴァイさんが居なくなることを実感出来てない。怖いけど、どこか夢のような、そんな感じがして。


「……なんだか、妙な気分だな。」
「…え?」


そう思っているとリヴァイさんの口からも同じような言葉が出てきた。


「本当にこの方法で元の世界に帰れるのかも謎だが、お前とこのまま会えなくなるというのも、今のところ正直あまり実感が湧いてねぇ。」
「……、ですね。 私も、です。」
「…うまくいけば、俺はまたあの日常に戻れる。それが、嘘、みてぇだ」


リヴァイさんなんて私よりもそう感じるだろう。当たり前だ。


「…今となっては、ここで二人で暮らすことが日常になっていました。非日常だったはずなのに、いつの間にかそれが日常のように感じるようになっていたんです。出会う前までの生活に戻るのがお互いにとっての“普通”なのに、今じゃ二人で居ることが“普通”になりかけているんです。…本当に、おかしいですよね。こんなの、普通はありえない事なのに。」


カップに視線を落としそれを指で撫でながら、思い出す。リヴァイさんと出会う前の日々を。


「…何もかも平凡でありきたりな毎日を送っていた私にとっては、リヴァイさんとの日々は…本当に不思議で、ありえなくて、…宝物みたいな、ものでしたよ。」
「……、」
「リヴァイさんとの出会いに、私はドキドキしていました。それは今まで感じたことのないものでした。現実離れしていて…おかしくて。私の人生の中でまさかこんな事が起きるなんて思ってもみませんでした。…それはリヴァイさんも同じでしょうけど」
「……ああ…。」
「でも、もうそれも終わりなんですね。」
「……」


私達は、出会う前の、本来の日常に戻る。不思議でおかしな寄り道はもう終わり。

終わり、なんだ。


「……リヴァイさん、」
「…ん 、」


ここまで来たらもう私に何が出来るのか分からない。何をしたらいいのか。


「…今日の夕飯ですけど…私が、作りますよ。」
「……、」
「何が食べたいですか?」


だけど、最後まで少しでも彼の為に何かしたい。どんな些細なことでも。

バイトの時はいつもリヴァイさんに作ってもらっていたけど、さすがに最後の日くらいは私が作ってあげたいので、そう聞くと少し考えたあとに口を開いた。


「……カレー。」


そしてその意外な答えに、なんとなく拍子抜けする。


「…え、カレー、ですか?カレーでいいんですか?」
「ああ。」
「え……なんかもっとこう…凝ったやつというか…何でもいいんですよ?そんな簡単なのでいいんですか?」
「ああ。お前の作るカレーが食いたい。」
「……そう、ですか。まぁいいですけど…材料もありますし…。」
「…楽しみにしている。」
「…分かり、ました。…じゃあ、まだバイトまで時間あるし…今、作っちゃってもいいですか?」
「ああ。…弁当は、俺に任せろ。」
「っえ、作ってくれるんですか?」
「当然だ。」
「………ふは、嬉しいです。じゃあ私先にカレー作っちゃいますね。煮込む時間もありますし」
「分かった。」


それから私は普通にカレーを作り始めて、そのあとにリヴァイさんも今まで通りにお弁当を作ってくれた。なんだかいつものような空気感で、居心地良かった。不思議とその時だけは焦りも不安も何も感じなかった。

だけどそんな中でも当然のように時間は進み、私はいよいよバイトに行く時間になってしまった。ちなみにあの時計は今夜開く時までまたジャケットの中に入れておく事になった。



「…ナマエ、」
「はい?」
「送ってく。」
「……え?」
「仕事先まで一緒に行く。」


一人で出て行こうとしていると、リヴァイさんはそう言ってカギを手に取る。


「……、」
「…ほら、グズグズするな。行くぞ。」
「あ、……はい。ありがとうございます」


その厚意を受け入れ、お礼を言ってから二人で家を出た。

しかしこんな時でもバイトに行くとか、信じられないな。正直超行きたくない。そんな事よりもリヴァイさんと過ごしたいし。
だけどリヴァイさんは、休むと言えば怒るだろう。…まぁ私自身も、いきなり休んで迷惑はかけたくないからこれはこれでいいんだけど。

そんなことを思いながらバイト先まで二人で歩いて、見慣れた道のはずなのにその景色が少しだけ殺風景に感じていたけど、言葉にはしなかった。

そして店に着くと、じゃあなと言ってリヴァイさんはすぐ私に背中を向けた。


「……っちょ、待って、」
「……、」


あっけらかんとした態度に私は思わず服を掴み、彼を止める。そして足を止め振り返ったリヴァイさんの顔をおずおずと見つめた。


「…何だ?」
「何だ、って……そんな、あっさり…。」
「…別に今別れるってわけじゃねぇだろ?仕事の間だけちょっと離れるだけだ。」
「…そう、ですけど…。なんか……」
「……ちゃんと迎えにくる。だからお前はちゃんと自分の仕事をしろ。」
「……。迎えに、きてくれますか…」
「ああ。今までだって来てただろうが」
「………急に、居なくなったり…しないですよね?」
「…あ?」
「私がバイトしてる間に、勝手に、居なくなったりしないですよね?」
「……。」


怖い。少しでも離れるのが。

もしリヴァイさんとこのまま会えなくなったら。ちゃんとしたお別れも出来ずに帰っちゃったら。何かのタイミングでもし時計が、開いてしまったら。

…怖い。



「…そこまで恩知らずなわけねぇだろ?さすがに。」
「……、」
「大丈夫だ。勝手に帰ったりはしねぇよ。だからお前は気にせず仕事しろ。」
「…ほんと、ですか」
「本当だ。…ほら、遅刻してもいいのか」
「………。」


それでもなんだか怖くて眉間にシワを寄せたまま目を伏せていると、向き直ったリヴァイさんがそこにでこぴんをしてきた。


「ッ?!……っ、」
「そんな顔するな。俯くな。ちゃんと前を見ろ。」
「……いっ、たぁ…、」


痛い。

でも、痛いけど、この痛みすらそのうち懐かしく感じるのだろうかと、そう思うと少し悪くない気がしてくるのだからどうしようもない。


「ほら、行ってこい。」
「…っわかり、ましたよ…っ」
「必ず迎えにくる。」
「……っはい、…行って、きます、リヴァイさん」
「ああ。またあとでな。」
「……。」


そしてリヴァイさんは来た道を戻り、私はその後姿を見送ってから、お店の中に入った。

だけど、今日のバイトはさすがに調子が出なくていつも通りにはいかなかった。リヴァイさんのお弁当で元気を出そうと思い食べてみても、逆に切なくなるだけで、どうしても気分はずっと下がったままだった。離れてしまうとやっぱり寂しくて不安しかなかった。

そしてじわじわと、別れの時が近づいてきていて、太陽が沈むと急に実感が湧いてきた。今夜、もうすぐリヴァイさんは居なくなるのだと。もう二度と、会えなくなるのだと。体が冷えていくのを感じた。

それでもちゃんと見送ろうと決めたのに、私は今日ずっと不安定なままだ。落ち着いていたかと思えばちょっとした事で不安や寂しさが溢れ出して止まらなくなる。取り乱してしまう。リヴァイさんの前では、暗い顔ではいたくないのに。全くうまくいかない。

こんなんで、私は最後のその時、ちゃんと笑顔で彼を送り出せるのだろうか。こんな調子で大丈夫なのか。私は。


「……」


いや、違う。そうじゃない。送り出せるだろうか、じゃない。そんな気持ちでどうする。違うだろ。ちゃんと笑顔で、送り出すんだ。リヴァイさんと。笑顔で。別れよう。笑顔、じゃないと。最後くらいは。笑顔で。


「……。」


どこからどう見ても明らかに情緒不安定な私は、それでも寂しさをなんとか堪え、今日のバイトを終えたのだった。





「……何、ホッとしてんだよ。」
「んあッ……、」


バイトを終え外へ出るとリヴァイさんがいつものように迎えに来てくれていて、その姿を瞳におさめた私は思わず安堵の表情を浮かべてしまい、それを見逃さなかったリヴァイさんは片手を伸ばしてきて私の両頬を指で抓んだ。


「何だお前、俺のこと信じてたんじゃねぇのか?まさか俺が本当にお前の居ない間に勝手に居なくなるような薄情な奴だとでも思ってたのか?」
「…っおもって、ないれす、」
「……本当かよ。」
「……。」


思ってないですけど、不安なだけです。
そう思いながら瞳を見つめていると、納得したように手が離れ、そしてそのままするりと私の手を掴んだ。


「…まぁいい。帰るぞ。」


そう言って歩き出したリヴァイさんに手を引かれ、私も足を動かす。

…相変わらず、手があったかい。


「……。」


その温もりを確かめるように、私はぎゅっとその手を握る。
するとリヴァイさんはそんな私を見て、少し困ったように、ふっと表情を緩めた。


「……リヴァイさん、お弁当、おいしかったです」
「…そうか。良かった。」
「今までも、ありがとうございました。作って、くれて。あとお迎えも。…嬉しかったです。」


明日からは、この道も一人だ。
寂しいけど、でも、リヴァイさんとの思い出を頼りに、この道を歩けばいい。


「…ナマエ。今朝、言うの忘れてたんだが」
「……何ですか?」


あの日、この帰り道で、私達は出会ったのだから。



「…夢、見てくれてありがとうな。」


そしてその言葉に私は胸がいっぱいになって何も言えなくなり、それでも、精一杯に、笑顔を返した。

泣いても笑っても時間は変わらず進み続け、タイムリミットはもう、すぐそこまできていた。


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