そこに居たのはリヴァイさんではなくて 私の知らない、“リヴァイ兵士長” の姿だった。 「………。」 私は少し冷たいシャワーを頭からかぶり、目を閉じながらさっき話したリヴァイさんの顔を思い出す。 彼の決意や覚悟を伝えられ、私は真っ向から納得させられた。ここには居られない、帰るべき場所があるのだと、それを強く思い知らされた。 それを引き止める権利は誰にだってない。リヴァイさんはリヴァイさんの人生を生きているのだから。リヴァイさんの世界で、リヴァイさんの道を歩むべきなのだ。それが本来あるべき姿なんだ。 「……うん。」 私は目を開き、きゅっと水を止めてからバスタオルを手に取った。 「リヴァイさん、どうぞ」 「……ああ。」 お風呂から出て、髪を乾かしてからリビングに戻りリヴァイさんに声を掛ける。すると立ち上がり、お風呂へと向かった。 私はそれを見送り、ソファへと腰を下ろしテレビを眺める。 「……。」 リヴァイさんはきっともう居なくなる。 今でも寂しいのは変わらないけど、でもだからといっていつまでもぐずってはいられない。現実を受け入れ、進むしかないのだ。 「………、」 なんとも言えない気持ちになりながらボーっとしていると、少しするとリヴァイさんがお風呂から出てきて、私の隣に腰を下ろした。 「……リヴァイさん」 「…何だ」 静かな部屋に、私は口を開く。 「わたし…多分、今日は普通に見れると、思うんですよね。 夢」 「……ああ、」 気持ちが変わった今日ならきっと見れるはず。ていうかこれで見れなかったらマジでシャレにならない。 「根拠はないんですけど……でも、なんとなく…今日見れたら、それが最後な気がするんです」 「……、」 「…本当に、理由はないんですけど。」 「…そうか。」 あの日に何があったのか、あの森でリヴァイさんは何を見つけたのか。 それが分かれば帰る為の何かに繋がると信じて今まで夢を見続けてきた。それが見れたら次はどうなるのか分からないけど、でもきっとその時何が起きたのかさえ知る事が出来れば、それと同じ方法で元の世界に帰れるはずだ。 ……と、思う。 いや、そうでなくちゃ困る。 …いろいろあったけど、ようやくリヴァイさんは、自分の世界へ帰れるのだ。 「…リヴァイさんの世界も、こっちと同じ分だけ時間が進んでるんですかね?」 「……あぁ…さぁな…。」 「こういうのって、そのまま飛んだ瞬間に戻るのと、時間が進んでるパターンと、二パターンありそうじゃないですか。」 「…知らねぇが」 「でももし同じ分だけ進んでいたら、リヴァイさん何て説明するんですか?まさか正直に、違う世界に行ってたーとか言うんですか?」 「……消えたと思っていた奴がいきなり出てきて、そんなことを抜かしやがったら頭がおかしくなったと思われるだろうな。」 「でしょうね」 「……めんどくせぇ…。」 「っはは、これを説明するのは骨が折れますね。頑張って下さい。」 「……だがまぁ…正直に話すとは思う。信じそうな馬鹿だけには。」 「居るんですか?」 「 ああ…」 「……あの、メガネの人とかですか?えっと……ハンジ、さん?」 「そうだな…。アイツは、信じるかもな。馬鹿だからな。」 「…そうですか…。信頼、しているんですね。」 「………。」 「リヴァイさんにはきっと素敵な仲間がたくさん居るんでしょう」 「……俺の周りには、馬鹿ばかりだ。…そしてお前も、その一人だ。」 「…… 、」 「…馬鹿が多くて、困る。」 「……ふは。でも、リヴァイさん。類は友を呼ぶんですよ?」 「あ?」 「… ふふ、」 「……。」 「考えてみるとリヴァイさんは最初からずっと、私のことバカバカ言ってましたよね」 「そりゃあ、俺の話を、信じた上に…家に連れ込みやがったからな。正真正銘の、馬鹿だろ。」 「ふ…。でもなんか…なんだかんだで、あっという間、でしたね。リヴァイさんと出会ってから、今まで」 「……、そう、だな」 「いろいろありましたよねぇー…」 「 ああ……。」 「でも、楽しかったですね」 「……ああ。」 「リヴァイさんが、自動ドアに挟まりかけたりとかして。」 「……オイ。挟まってはいねぇよ。」 「あーそっか。挟まる以前に、自動ドアに無視されたんですよね。……ふはっ、」 「いつまでそのネタを引っ張るんだ。てめぇは」 「だってすごい面白かったじゃないですか。ちゃんと立ってるのにぜんっぜん開かないんですもん…っんふふ、」 「うるせぇな…。」 「あとは、リヴァイさんとティーセット買いに行って…紅茶、飲んだり、とか」 「……、」 「リヴァイさんのカップの持ち方が、変で、ビックリしたり。」 「……。」 「今はもう慣れましたけどね。」 「………あれ、はな」 「え?」 「…あれは、ガキの頃に……カップの取っ手がとれたのが、原因だ。」 「取っ手がとれた?」 「そうだ。前にも話しただろうが俺はガキの頃地下街で生活していて、そこはゴミ溜めみてぇなところだった。それで俺は、紅茶とかティーセットとか、そういう綺麗なイメージのものに憧れていた。…そこで、だ。ガキの俺はやっとの思いで何とか手に入れたティーセットで、真似事をしようと紅茶を淹れてそれを飲もうとした。だが取っ手を握りカップを持ち上げた瞬間に、取っ手がとれてそのままカップが落ち、割れやがった。」 「……何その悲しい話……。」 「結局飲めずじまいで、ガキの夢もろ共粉々になったわけだ。…あれから俺は、取っ手は握らねぇ。」 「……そ、そう、だったん ですね…」 「ああ。」 「……あの…なんか、すみません…。そんな背景があったとは知らず…。」 「はっ…気しちゃいねぇよ。ガキの頃の話だ。」 「……」 「…調査兵団に入ってからは、食うに困る事はなくなりそれなりの暮らしをしてきたが、それでも、お前と過ごした日々が俺の人生では一番、穏やかなものだった。」 「……、」 「時間を気にせずゆっくり眠るのも、毎日仕事に追われる事なく過ごすのも、巨人が居ねぇのも、全てが新鮮だった。本来なら、俺みたいな不審者はこっちの世界でもこんなふうに過ごす事は叶わないはずだった。だがお前が、俺を受け入れ、そしてここでの普通の暮らしを与えてくれた。普通に接してくれた。…他の人間だったら、俺もここまで心を許せていなかっただろう。」 「……リヴァイ、さん…」 「お前には怪我をさせちまったり、迷惑ばかりかけたが… お前と居るのは居心地良かった。」 「……はい。それは私も、同じです。リヴァイさんと暮らすのは本当に…急な事でしたが、でも、それを感じないくらいに自然な関係で居られたと思います。」 「ああ…そうだな…」 「相性が良かったんですかね」 「…かもな。」 「……。」 ふと、私は自分の手に視線を落とす。そして手のひらを広げ、リヴァイさんに見せた。 「…リヴァイさん。」 「……、」 すると彼もそこに視線を落とし、何も言わずにそのまま重なるように手をそこに置き、指を絡め握り合う。 「……リヴァイさんはこの手で、戦っているんですね。」 「……」 「すごい、です。私だったら巨人と戦うとか、絶対に出来ないです。」 「…そりゃあお前はここで育ってるからな。」 「いや…リヴァイさんの世界で生まれたとしても…無理な気がします。巨人と戦うとか、怖すぎますよ。自分が兵士になってるのなんて微塵も想像出来ません。」 「お前はそんなこと想像しなくていいんだよ。」 「…巨人が人を襲ってくるとか、戦うとか、正直私にはよく分からないですけど…でも、命を懸けて戦うなんて…なかなか出来る事じゃないですよね?だけどリヴァイさんは戦う覚悟があって…いろんな人の想いを背負っていて……」 「……」 「こんなふうに言うのは失礼かもしれませんが、でも、かっこいいです。リヴァイさん。」 「……。」 「怖くはないんですか?」 「…怖くは、ない。」 「すごいですね……でも、私は怖いです。」 「心配しなくてもお前は巨人と戦わねぇから大丈夫だ。」 「違います、そうじゃなくて。リヴァイさんが戦っていることが、ですよ。」 「……、なぜそうなる」 「だって、危険でしょ?普通に。」 「……」 「…怖いですよ。リヴァイさんがそんなのと戦ってるなんて。心配です。不安です。怪我とか、いろいろ。」 「………」 「 ……私は…側で、見ている事も、出来ない…から。」 リヴァイさんの話では巨人と戦えば死者が出てしまうと言っていた。怪我だけで済めばきっとまだいい。でも、巨人は人類の敵で。人を襲ってくる。調査兵団の人達は自分達よりも大きな敵と戦っている。リヴァイさんが、どんなふうに戦うのか私は知らないけど、知らないから、だから怖い。 今更そんなことを思っていると、手がぎゅっと握られた。 「…俺は、死なねぇ。だから心配しなくていい。」 「……、」 「あんな気持ち悪ぃ奴らに食われてたまるか。」 「……絶対、に?」 「ああ。信じろ。」 私はリヴァイさんがどんなふうに戦っているのかを知らない。 知らない、けど。 「……分かった。信じる。」 信じていよう。 「…私には、信じることしか出来ない、ので。」 私は手を握り返し、微笑む。 リヴァイさんが帰ってしまえば、私はここから想うことしか出来ない。当然だけど、顔を見て話すことが出来なくなる。 私達はこれから離れ離れになってしまうのだ。だから今のうちに触れ合っていたいけど、それでもいつまでもそんな事はしていられない。 止まらなくなってしまう、その前に。 「………リヴァイさん」 「…ん、」 「そろそろ、寝ましょうか」 「……。」 黙るリヴァイさんに、手を繋いだまま立ち上がる。 「…ほら、良い子は寝る時間ですよ?」 「……あぁ…。」 「大丈夫です。夢は、必ず見ます。」 「……」 「私、思うんです。きっと思い合っていれば、この夢は見ることが出来るって。私は今、リヴァイさんのこと思いまくりです。なのできっと大丈夫ですよ。」 「……。」 「…リヴァイさんも、私のこと思いまくりでしょう?」 そう言えば、リヴァイさんも立ち上がり、同じ高さに目線を合わせた。私達は今きっと同じ分だけ、思い合っている。 「……ああ。そうだな。」 だからそろそろ眠ろう。もう十分、分かっているのだから。 名残惜しくはあったけど私達はそれからベッドに入り、そこで眠くなるまで少しだけ話をして、そして初めて向き合いながら寄り添って目を閉じた。もしかしたらこれが最後の夜かもしれないと思ったけど、繋がれた手が温かくて、不安はなかった。 私達はお互いの温もりを感じながら、眠りについた。 ◇ 「………、」 ゆっくり目を開くと、まだ眠っているリヴァイさんは静かに寝息を立てていた。 部屋は静寂に包まれていて、空は明るさを取り戻しつつあった。まだ太陽は昇りきっていない。 私はいつの間にこんな早起きが出来るようになっていたんだろう。いつもバイトの少し前に合わせてアラームをセットしていたのに。今はアラームなしでも目が覚める。温かいベッドで、目が覚める。 「……。」 だけどまどろんでいる時間はない。 「……リヴァイさん、…起きてください」 私はリヴァイさんを起こし、眠そうに目を開く彼に、伝える。 「おはようございます」 「………あぁ… 、」 「…夢が、見れました。」 「………、」 迷わずに、伝えた。 「……、そう、…か。見れた、のか…」 少し歯切れの悪いリヴァイさん。私は体を起こし、握ったままだった手をするりと離す。 「顔洗って、目を覚ましましょう。話はそれからです。」 ゆっくりと瞬きをするリヴァイさんは離れた瞬間にその手をぴくりと動かした。だけどそれから何も言わずにそれを一人握り締めると、体を起こし真っ直ぐと私を見る。 「…そうだな。」 私は頷いて、それから先にベッドを出た。 ◇ ドキドキと、さっきから胸がうるさい。気持ちは落ち着いているはずなのに。 「……、」 「……。」 私達はソファに座り、なんとも言えない空気に包まれる。 「えっと……リヴァイ、さん」 「…ああ。」 一週間ぶりに夢が見れた。リヴァイさんの、記憶。そしてあの森の、続きが。 私は小さく息を吐いて、思い浮かべる。リヴァイさんの記憶を。 「あの、前に見た…森の中の、夢だったんですけど」 「……ああ。」 そして伝える。 「…あそこに落ちていたのは、」 「……」 拳をぎゅっと握り締め、言葉にする。 「リヴァイさんは、懐中時計みたいなものを…拾っていました。」 「……、っ 」 あの森の中に落ちていたものは、時計だった。見た目は懐中時計のような感じのもので。リヴァイさんはそれを見つけて拾い、そして蓋を開けた。すると止まっていた針がぐるぐると動き出し、時を刻み始めたのだ。 夢はそこで終わり、私は目を覚ました。 リヴァイさんにそれを伝えると、いつも以上に顔を歪ませ、頭を抱えた。思い出す時はいつだってそうだった。リヴァイさんの中の失われた記憶が流れ込んでいくその時、情報が一気に入り込むからなのか、頭痛がするらしい。 「……ッ、」 「リヴァイ、さん、大丈夫ですか…、」 私は息を呑みながらその様子を見ていると、少しすればリヴァイさんは静かになり、抱えていた手をゆっくりと下ろし、そして顔を上げて、言った。 「……分かっ…た…」 微かに瞳を揺らし、私を見つめる。 「……全部… 思い、出した」 「………、」 そしてリヴァイさんは、あの日の記憶を全て取り戻した。 |