夢を見る事で、あと少しで、何かが分かるかもしれないから。

だから私は怖くなった。

リヴァイさんとおそらく二度と会えなくなるだろう事を考えると、どうしようもなく寂しくなって。

嫌だと、思った。




「……そうか。」


私の自分勝手な言葉を聞いて、リヴァイさんは落ち着いた声でそう言った。
意味が分からなくて、余計に胸が苦しくなって、重なっている手から自分の手を引いた。だって私は今、彼の邪魔をしているというのに。私は今、ひどい事をしているのに。

なのに。


「…っ何で、怒らないんですか、!私の話、聞いてました?!」
「しっかり聞いてた。」
「っじゃあ、何でそんな落ち着いてるんですかっ!」
「…何だ、暴れてほしかったのか?」
「……っ、…」


私は今までにないくらいに顔を顰める。

何なんだこの人。どうしてそんな冷静でいられるの?意味が分からない。ほんとに、何で。


「俺にはお前を責めることは出来ない。」
「……っだから、何でっ…、」
「お前が今まで協力してくれていた事は、紛れもない事実だ。それが今になりちょっと駄々をこねているくらいで、ふざけるなと言う方が理不尽だろう。」
「……っ、」
「…それに、お前のその気持ちは……正直、分からないでも、ないしな。」
「…… 、ぇ… 」


リヴァイさんはそう言って、眉を下げる。その顔に何も言えずにいると静かに立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。
私はベッドに一人残されて、状況が呑み込めないまま口を閉じる。


「……。」


だけどリヴァイさんの言葉を思い出すと、体の力がだんだんと抜けていった。

それからもベッドから動かずにいると、少ししてから微かに紅茶の香りがしてきて、私はリビングの方を見つめる。するとリヴァイさんが顔を出し、「紅茶が入ったぞ」と告げた。え、と思いながら私は言われるがままにそれに返事をして、ためらいながらも部屋を出た。



「……」
「………。」


気まずい。

何だこの状況は。


リヴァイさんはさっきまでのやり取りがまるでなかったかのような普通の態度で紅茶を啜り、私はチラリとその姿を見ながら肩身の狭い思いでカップに口をつける。
暫く黙っているとリヴァイさんは口を開き、私はそれに気づくと体を強張らせてカップを置いた。


「…今日は、買い物に行かなきゃなんねぇな。」


そしてその口から超日常会話が出てきて、私は思わず目を丸くする。


「 は……、」
「もう材料がねぇ。あとで買いに出るぞ。」
「……え、ちょ…」
「お前は何が食いたい」
「………は……?」


あまりにもいつも通りで、いや、いつも通りすぎて、上手く返すことが出来ない。

いや、ていうか、無理だろ。


「俺は肉じゃがが食いたい。」
「……っいや、何っ、言ってるんですかっ!?」
「あれは腹にたまる。」
「は!?そうじゃないですよ!!肉じゃがはどうでもいいですよ!!」
「どうでもはよくねぇよ。」
「そんな事より、さっきの話はスルーですか!?リヴァイさんにとって最上級に優先させなきゃいけない問題じゃないですか!!」
「……あぁ…まぁ、そうだな。」
「まぁそうだなって!!だったら今夜の夕飯の事なんかより、それを最優先しなくちゃいけないでしょ!?何が肉じゃがが食いたい、ですか!!別に肉じゃがでもいいですけど!!」
「…そうか、なら、今夜は肉じゃがで決定だな。」
「だからそれはどうでもよくて!!!」


思わず声を荒げながらテーブルを叩きつける。

だけどリヴァイさんは顔色を一切変えずに、私を見つめる。


「…何だ、もっと話がしたいのか?」
「したいというか……っ、しなくちゃ、いけないでしょう!」
「……」
「リヴァイさんはこのままでいいんですか!?このまま私がっ、夢を見れなくてもいいんですか!?帰れなくなってもいいんですか!!」
「…それは、よくない。」
「だったら!そう思ってるならどうしてスルーするんですか!!」
「別にスルーしてるわけじゃねぇよ。」
「思いっきりしてるじゃないですか!!意味が分かりませんよ!」
「……まぁ、落ち着け。今のお前は自分の気持ちに折り合いがつけられなくて混乱している。だから少し時間を置いてから考えた方がいい。」
「…そんな…っ、」
「それに…これは俺がお前に無理やり夢を見ろと強制させたところで、見れるようなもんでもないだろう。」
「……っそう、かも、ですけど…っ」
「だから、今はとりあえず紅茶でも飲んで気分を落ち着かせておけ。」
「………っ」


淡々とそう言うリヴァイさん。


でも、だけど。どうして。

だってこのままだと夢が見れない。見れる、気がしない。リヴァイさんが居なくなってしまうことが嫌だと、強く実感してしまったから。それを今更、私は改めることが出来るのだろうか。最初から決まっていたことなのだからと、受け入れることが出来るのだろうか。

何も分からないまま、だけどリヴァイさんはそれについて何も言わずに、紅茶を啜る音だけが部屋に響いた。





私はリヴァイさんと、仲良くなりすぎたのだ。あまりにも関わりすぎた。
大事に思っていることは自覚していた。離れることが寂しいとも思っていた。だけど、今更それ以上に手放したくないと、そこまで深く思ってしまったのだ。

彼は違う世界の人だと理解しているのに。いつまでも一緒には居られないと分かっていたのに。リヴァイさんは元の世界に帰りたがっているのに。

何の権利があって私は、彼に帰るななんて言えるんだろう。

どう考えたってそんなこと、言っちゃいけない。このままここに居て欲しいなんて、思ったとしても口に出すべきじゃなかった。気づかないふりをして、ちゃんと最後まで笑顔で見送るべきだったのに。何を今更、私は。


「……っ、」


私は拳を握り締めて、リヴァイさんの背中を見つめる。

あれから本当にリヴァイさんはいつも通りに過ごして、時間が経つと二人で夕飯の買い物へと出て来た。絶対にそれどころじゃないのに。
何でこんな普通に、スーパーでじゃがいもを手に取っているんだ。この人は。


「…あと、何だ。にんじんか?」
「……ですね……」
「玉ねぎは、家にまだあったか。」
「……たぶん……。」


本当に、ただの主婦かよ。


「……。」


元の世界に、帰れないかもしれないんだよ?それも、私のせいで。もっと焦ったらどうなんだろう。もっと必死になってもいいと思う。私に詰め寄って、お前が夢を見れないと困ると、そう言えばいいのに。

……まぁ確かに、そう言われたところで、見れるのかと言われれば、分からないんだけど。


「(何がしたいんだか……)」


どうしたいのか、自分でもよく分からない。

リヴァイさんと別れたくないからといって、本当にこのままでいいと、本当にそう思うのか?じゃあもし、リヴァイさんがそれでいいと言ったとして、私はそれに責任を持てるのか?私の為に元の世界の全てを捨てろと彼に言うのか?彼をこっちの世界にとどまらせて、一緒に暮らしていけたらそれでいいのか?仕事はどうする?これから先ずっと二人分の生活費を私だけで稼ぐのは無理だ。リヴァイさんに働けというのか?文字も読めない彼に、こっちの世界で一生過ごせと、私は本当にそう言えるのか?

でも、私がしていることはそういうことだ。
夢を見れない。リヴァイさんが帰れない。ここに居てほしい。つまり、ここで一生過ごせと。そういうことじゃないか。

なんて馬鹿げた、現実的じゃない考え。笑えるくらい現実的じゃない。ありえない。


「………。」


そんな事は分かっているのに、分かりきっているのに、なのにどうして心はそれを受け入れようとしない。





「…ナマエ、何ボーっと突っ立ってんだ。」
「……… え?」
「こっちへ来てさっさとじゃがいもの皮を剥け。」
「………、」
「…早くしろ。一緒に、作るぞ。」


リヴァイさんはキッチンに立ち、私にエプロンを投げる。夕飯のことなんか一切考えてなかった私はそう言われてもすぐには理解出来ず、黙ったまま立ち尽くす。すると痺れを切らしたリヴァイさんはこっちに近寄ってきて私の手からエプロンを取り、首紐を私の首に掛けた。


「…ナマエ、二人で、メシ作るぞ。」
「……ぇ… 」
「嫌なら、一人で作るが。」
「……」
「嫌なのか?」
「…………いやじゃ、ないです 」
「…なら、さっさと皮を剥け。」
「……、はい。…そう、ですね」


私はようやくそれを理解して、頷いてからエプロンの紐を結びキッチンの前に立った。

…とはいえ、前一緒に作った時のような賑やかな雰囲気にはもちろんならず。だけど二人で並んで料理をするという事に、私はやっぱりどことなく嬉しさを感じていて。なんだかんだで気持ちが落ち着いて、ごちゃごちゃと考えることもせずにリヴァイさんと近い距離のままで居られた。

それからは何事もなく夕飯を作り終え、二人でそれを食べた。リヴァイさんは朝からずっと本当に夢のことには触れず、普通に接してくれた。どうしたらいいか分からなかったけど、こっちから話を振る事ももう出来なくて、何も言わずに過ごした。


だけど彼は、いつまでも話をせずに居るつもりも当然なくて。リヴァイさんは夕飯を食べ終えるとそれの片づけをして、そしてそれからテーブルを挟み私の向かいに腰を下ろした。
いつもならこの時間は二人で並んでソファに座っているのに、今日は向かい合って、床に座る。


「…ナマエ、」


そして真剣な表情で私の名前を呼び、真っ直ぐな瞳と目が合う。


「……はい…」


私はぎゅっと拳を握り、返事をする。


「…夢の事だが、」
「……はい」


胸がどきりと音を立て動き出す。思わず目を逸らしたくなったけど、それは出来なかった。リヴァイさんの瞳が、力強く真っ直ぐと私に向いていたから。


「お前を責めるつもりは全くない。だが元の世界に帰れなくなるのは、困る。…俺は、絶対に帰らなければならないからだ。」
「……、」
「ここに居るのがなぜなのかは分からねぇし、この際その理由なんかどうでもいい。来ちまったもんは仕方ない。だが俺が、ここの世界の人間じゃないことは何があっても変わらない事実だ。」
「……。」
「この世界は俺の居た世界に比べたら随分平和で、豊かで発展している。居心地は悪くないと思う。あんなクソみてぇな世界より、こっちの世界の方がいいのは明らかだ。問われたら誰だってそう答えるはずだ。」


私は前に一度、リヴァイさんに聞いたことがある。
そんな恐ろしい世界、嫌じゃないんですか?と。その時リヴァイさんは、嫌に決まってんだろ、と言っていた。


「…だが、それでも俺の世界は、壁の外に人を食う巨人がうろついているあのワケの分からない世界の方だ。どっちがいいとかそんなのは、関係ねぇ。」
「……」
「俺は今、岐路に立たされているのかもしれない。だが、どっちか選ぶ事が出来たとしても、それでも俺はあの世界を選ぶ。」
「………どうしても、ですか…?」
「そうだ。…なぜなら俺は、調査兵団の兵士で、兵士長だからだ。」
「……兵士、長…」
「俺は今まで死んでいった部下や仲間の残した思いを背負っている。あいつらの分も戦わなくちゃならない。」
「……、」
「だから俺は、こんなところでずっとお前と楽しくお喋りはしていられない。その居心地がどんなに良くても、お前がここに居てほしいとどんなに願っても、それは関係ない。もし俺自身が少しでもここに残りたいと、このままお前と居たいと、そう思っていてもだ。」
「…… っ」
「もしお前がこのまま夢を見れなくても俺はそれを責めない。だがそうなると他の方法を探さなくちゃなんねぇ。お前が協力しないと言えば俺はこの家を出て行く事になるだろう。もしお前と揉める事になったとしても、路頭に迷う事になっても、俺はここを出てどうにか他に方法を探す。それがどんなに無謀だったとしても、諦める理由にはならない。…とはいえ、お前とは揉めたくねぇし、そんな別れ方はしたくない。だが、最悪そうなっても仕方ないというそれくらいの覚悟はしている。」


リヴァイさんは、一切表情を変えずにそう言う。


「だから、ナマエ。俺はこのままお前とは生きられない。お前には感謝しきれないほど感謝している。だがそれでも、お前の気持ちには応えられない。俺はあの世界で、戦わなくちゃならない。あの世界には俺を待っている馬鹿な連中が居る。俺の大事な、仲間が居る。そこで俺は、あいつらと自由を手に入れる為に戦っている。そこから逃げるわけにはいかない。あの世界で生きて自由を手に入れる事に、意味がある。」


その、リヴァイさんの覚悟を聞いて、私の心はいつの間にか落ち着き払っていた。


「…その為に、出来るならお前に協力してもらいたい。」
「……」
「ナマエ、お前にまた、俺の記憶を見てもらいたいと思っている。」
「……」
「手伝って、くれるか」
「………。」


その言葉を聞いて、私はゆっくりとリヴァイさんから視線を外し、それから俯いて、目を閉じて、静かに息を吐いた。


「………」


そして、顔を上げリヴァイさんの瞳を真っ直ぐ捉えた。



「…分かりました。」



分かってた。私達の歩んでいく道は、別々の道になっていること。今こうして、テーブルを挟み一人で座っているのと同じで。隣を歩くことは出来ないのだ。


「……、いいのか」
「はい。」


リヴァイさんは全て包み隠さず、私に伝えてくれた。思いも、覚悟も。それを真正面からぶつけてくれた。
そんな言葉を聞いて、嫌だなんて言えるだろうか。思えるだろうか。


「…私は、お人好しなので。困っている人が目の前に居たら、放っておけないんです」


リヴァイさんを拾ったのは私だ。だから最後まで見届けるのも、私でなくちゃいけない。リヴァイさんをちゃんと見送ってあげることが、私が最後にやってあげられること。

置いていかれるのは、私の方なのだ。


「(……まったく。)」


――置いていくな、…なんて。それはこっちのセリフじゃないか。


「……ナマエ、」


笑っちゃうよ。


「リヴァイさん、ごめんもありがとうも、何もいりません。私は私のやるべき事を思い出しただけです。私の役目は、あなたを元の世界に帰してあげる事でした。あの日手を伸ばした、あの時から。ずっと。」
「……」
「だから、リヴァイさんは絶対に、私が帰してあげます。」
「……、」
「なので心配しないで下さい。リヴァイさんは必ず自分の世界に帰って、そこで本物の自由を手に入れて下さい。」


リヴァイさんを帰してあげること。ずっと決まっていたこと。リヴァイさんの生きる世界はここじゃないこと。分かっていたこと。


「…それが、私の願いです。」


それでも、出会えたことが嬉しい。少しでも、リヴァイさんと過ごせたことが嬉しい。出会えて良かった。分かり合えて嬉しかった。手を繋げて、温もりを知れて良かった。二人で思い出を作れて、良かった。楽しかった。優しさが、温かかった。限られた時間の中で肩を並べて歩くことが出来て良かった。隣に居れて、良かった。真っ直ぐ向き合う事が出来て良かった。


「私は……いつだって、リヴァイさんの味方です。」


そして私は今、覚悟を決める。
最後までずっと、目を逸らさずに彼の力になろうと。


「……、」
「…なのに、すみませんでした。なんか駄々こねちゃって。」
「……」
「だけど、ありがとうございました。」
「……ナマエ…、」
「おかげで目が覚めました。」
「………ナマエ。」
「はい?何ですか?」
「……悪い…、何て言えばいいのか、分かんねぇ…。」
「……ふは。別に何も、言わなくていいですよ。私とリヴァイさんの仲じゃないですか。」
「………。」
「私はリヴァイさんのことを分かっていますし、リヴァイさんも私のことを分かってるはずです。もう、言葉なんかいらないですよ。」


私はそう言って、リヴァイさんに微笑みかける。

するとリヴァイさんは一度目を伏せ、それから納得したようにゆっくりとまた私を見る。そして眉を下げて表情を緩めた。

想いは十分すぎるほど、お互いに伝わっていた。


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