私はとっくに、恋に落ちていたのかもしれない。 「…何、泣いてんだ…お前」 「……っ」 兵長はドアを静かに閉め、私に近づいてくる。私は止めることの出来ない涙を拭いながらただ胸いっぱいに兵長を想った。 「オイ、ナマエ」 好きだと、兵長のことが好きなのだと、そう思えば思うほど胸が苦しくて、でも、どこか愛しくて。 泣き続ける私に手を伸ばす兵長の胸に飛び込み、顔をすり寄せそこの服をきゅっと掴んだ。 「っ兵長……」 「…どうした」 すると兵長はそれを拒まず私の髪に手を触れ頭を撫でた。その温もりにまた涙が溢れ、我慢出来なくなる。 「 好きです…」 感じたままにそう伝えればピタリと動きを止める。 「……は?」 「っ好き、です。兵長…」 言葉にしても、足りない気がする。この想いは。 「兵長、好き、です」 「…あぁ……… あ?」 「兵長、わたし、好きなんです。兵長が。私は、好き、です。兵長のことが、好きです。へいちょう、」 「いや、ちょっと、待て。なんだ、てめぇいきなり」 兵長は私の肩を掴んで体を離した。私はゆっくりと顔を上げ、兵長を見つめる。 「……っう、」 「な……待て、まず…なぜ泣いている」 「っ兵長が、好きだから、…です、」 「……、」 眉根を寄せる兵長に構わず私は続ける。 「兵長は、この想いは恋とは違うと言いました…あの頃からずっと変わってないだろって…。でも、それは、違います。合ってますけど、違います、ちがうんです」 「は…?」 「だって私はあの頃からずっと、兵長のことが……兵長が…好き、でした。きっと、ずっと。だって、だから、側に居たくて…、弟子でも…犬でも……ただ、私は、…だから、」 「……」 「でも、いつからそう想っていたのか、自分でもはっきりとは分かりません……だけど兵長が、スカーフを巻いてくれて…兵長が私を受け入れてくれたんだって分かって、それが何より、嬉しくて…側に居てもいいって、……それが…、ただ…嬉しかった」 「……。」 「兵長が、側に居てくれるのが……それが、嬉しくて…。だから、寂しいから、兵長に甘えたんじゃないんです…兵長に、満たしてほしかったんです…兵長が、良かったんです……私は」 ずっと、気づけなかった。考える前に兵長は与えてくれたから。側に居てくれたから。それだけで十分だと思っていたから。兵長と居れたら、それだけでいいといつの間にか思い込んでいた。 「いつの間にか…兵長が側に居てくれる事が当たり前になっていて…だから、深く、考えようともしませんでした…。」 「……。」 「ずっと間違えたまま…大事なことに、気づけないで……、でも、今なら…分かる、気がします」 兵長が言っていたこと、今なら。 「だって、こんなに…こんなにも……兵長を想うだけで、それだけで…胸が、いっぱいになります。兵長が私を好きでいてくれると思うだけで……どうしようもないくらい、胸が、」 私はドキドキとうるさい鼓動に息を詰まらせる。そしてその胸の辺りの服をぎゅっと掴んで俯いた。 「……兵長が、好きです…。」 私は兵長が好きで、兵長も私が好きで。そのことがこんなにも力強くて、愛しくて、満たされるものだと知らなかった。たとえ触れ合っていなくても、目の前に居なくても、ただそう想うだけで胸が満たされていく。 「…っ、」 「私は…きっと、兵長の、特別になりたかったんです…ずっと。それはあの頃から変わっていません」 兵長の何かになれなくてもいい、なんて。 そんなのは嘘だ。本当はもっと欲深くて、独占欲にまみれてる。 「恋とか、愛とか…うまく、説明は出来ません…。でも、この気持ちが恋じゃないなら……私は一生、誰にも恋できないと思います」 兵長以外に、する気はないけれど。 「…兵長……だから、私は……、兵長のことが……、」 私は拳を握り締め、深く息を吸って顔を上げた。 「っ私は、兵長が……っあなたのことが、好きです!」 私は今、恋をしている。 「兵長じゃなきゃダメなんです!兵長じゃないと、嫌なんです!」 兵長が居ないと寂しくて満たされない。それは他の誰にも埋めることが出来ない。兵長じゃないと意味がない。 私は自分のスカーフに触れ、それをシュルリと解いた。 「っだから、こんなものがなくたって私は兵長の側に居ます!!兵長が好きです!目に見えるものがなくたって私はちゃんと心で、兵長のことを想っています!私の心は兵長だけのものです!」 そして私は思うままに兵長の頬に手を伸ばし、踵を上げ背伸びをして兵長の唇に自分の唇を押し付けた。 「っ、」 そこから熱が伝わって想いが溢れる。想いが胸いっぱいに広がる。この人のことが好きなのだと、心からそう感じる。 それからゆっくりと唇を離し息を零して、そのまま瞳を見つめる。 「…兵長の心も全部…、私が、欲しいです……私のこと、もっと……愛して下さい」 もっと、もっと。深く愛されたくてそう言うと、兵長は切なげに顔を歪めた。 「っ馬鹿か……こんなにも、愛してんだろうが」 兵長が、私の好きな人が、私を愛してくれている。 その奇跡のようにも思える事実にまた一筋涙が零れ、心を震わせる。すると兵長は愛しそうに目を細め私の瞼に温かいキスをした。そして頬や首筋にまで唇が優しく触れていく。 「…っへい、ちょう」 「……ナマエ」 今までこんなにも、熱を感じたことがあっただろうか。 「…もっと、たくさん、触れて下さい… 満たして、ください」 恋焦がれて、彼の全てが欲しいと、体中が叫ぶ。 「リヴァイ、が、欲しい 」 思わず零れたその言葉。それを聞いた兵長は分かりやすく理性を投げ捨て、それから私は簡単にベッドに押し倒された。 今までみたいに兵長を受け入れるという行為ではなく、私の方から兵長を求めたのは初めてのことだった。 深く深く愛されて、それが信じられないくらい幸せで。また涙が出た。 私達はその夜初めて夢中でお互いのことだけを求め合い、そして愛で繋がることがこんなにも満たされるものなのだと、初めて知った。 思い、知らされた。 ◇ 温かい何かに体が包まれて意識が戻っていく。その温もりが心地よくて、まどろみながら目を開いた。 「……へ…ちょう…?」 兵長に抱き締められていることに気づき、目が覚める。 「……」 「へい、ちょう…?」 声をかけても何も言わずに私を抱き締めたまま黙りこくる兵長。 「………、」 寝ているのだろうかと、そう思いかけた時、口を開いた。 「……離したくねぇな。」 そして小さな声が聞こえ、私はやっと意識をはっきりとさせる。 「……兵長、」 兵長は私をぎゅっと抱き締め、動かない。だけどそう言ったかと思えば、ゆっくりと体を離し私の顔を静かに見つめた。 「……。」 そしてそっと頬に触れ、唇にキスを落とした。優しいそれに酔いしれながら私からもキスを返す。 「…へいちょう、好きですよ…。」 「ああ……」 息がかかるくらいの距離でそのまま想いを伝え、微笑む。 何だろうかこの幸福感は。今まで同じことを本当にしていたのだろうかと疑うくらい、昨日のあれは気持ちよかった。そしてこの朝も、今までにないくらい幸せに包まれている。 兵長は体を起こし、私はそれを目で追う。 「兵長、」 「 ん…」 「すごい、気持ちよかったですね」 「……そうだな。」 「死んじゃうかと思いました」 「…お前、昨日は感じまくりだったもんな。」 そう言いながらこっちを見て、あらわになっている私の胸に視線を落としそれを指で弾いた。 「ひぁっ、」 「……。」 「っな、なにするんですか、こんなところにでこぴんするなんて、」 「すっかり敏感になりやがって。」 「な…今みたいにされたら誰だって声上げますっ」 胸をガードしながら口を尖らせると、兵長はフッと笑って私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。 「ぅわ、」 「……ナマエ、ありがとうな。」 「へ……」 そう言って優しく表情を和らげる兵長が見えて、私の心は温かくなっていく。 「…それは、私の…セリフ……ですよ。兵長」 私も起き上がりまたこっちからキスをして、そのまま兵長を押し倒した。 「私のこと好きになってくれて、ありがとうございます」 謝るようなこともたくさんした。だけど、ありがとうの気持ちの方が今は強い。 「愛してくれて、向き合ってくれて…分からせてくれて、ありがとうございます。兵長、大好きです。これから先ずっと、私だけのリヴァイで居て下さい。」 「……俺の心はとっくに、お前だけのものだ。」 「…ふは、…なら、良かった、です。」 私は兵長の首筋にキスを落とし、そして昨日のベッドでのことを思い出した。思い出すだけで、頬が火照りそうだ。 「……兵長」 「…何だ」 「もういっかい、しましょうよ」 「……は?」 「ね、いいじゃないですか。しましょうよ」 「……何、朝から盛ってんだよ。」 「だって、あんなに、気持ち良かったんですよ?」 「…それは、そうだが」 「でしょ?」 「だが断る。」 「えぇっ、何でですか!」 「朝っぱらから興奮してんじゃねぇよ。」 「むぎゃっ、」 兵長は鼻を抓んできて、私を退かし体を起こした。 「それより、昨日の夜に済ませておきたかった仕事があるんだよ。」 「し、しごと……ですか…」 「ああ。お前がガキみてぇにピーピー泣いてたから、手をつけられなかったが」 「えー……。けちぃ…。」 「……だがその前に、風呂に入る。」 「えっ!??おふろっ!?」 「……。ああ」 「もしかして一緒に入っていいんですか!?」 「ああ。」 「わーーー!?兵長とお風呂!!久しぶりのお風呂!!うえーいやったー!早くいきましょー!いえーい!」 「…そんなに嬉しいか。」 「はい!たくさん洗ってくださいね!」 「オイ待て。裸のまま出て行こうとするな。」 私がベッドから飛び出そうとすると、兵長は腕を掴んでそれを引き止める。そしてそのまま引っ張られて自分の腕の中へと私を閉じ込め、ぎゅっと抱き締められた。 「、あれ……」 「………。」 「………あの、兵長、」 「…何だ」 「仕事、あるんじゃないんですか」 「それがどうした」 「…こんなことしてる時間、あるんですか?」 「ねぇよ。」 「……ふは、そうですか」 温かい腕の中で、無茶苦茶なことを言う兵長を笑って、そのまま私も目を閉じて体を預けた。 欲しいものは全部ここにあると、胸がそう感じてくすぐったそうにキュンと鳴いた。 |