私は子供の頃から、壁の外がどうなっているのかを考えるとそれだけでワクワクできた。だから親の反対を押し切ってまで、調査兵団に入った。そして壁外に出て、感動した。
巨人と戦うのは怖くなかった。むしろあの壁の中では感じることのない緊張感が、死ぬかもしれないというギリギリの感じが、それが良かった。巨人を削ぐあの瞬間が、とてつもなく気持ちいい。

兵長と出会い、あの立体機動を見た時、私は更にドキドキした。壁の外の事を考えてワクワクする以上に胸が高鳴り興奮した。あんなふうに飛びたいと、兵長に憧れた。それがそれまで以上に私の日々に活力を生んだ。毎日を輝かせてくれた。

兵長は弟子にはしてくれなかったけど、壁外調査で私を自由に飛ばせてくれた。好き勝手に動く私を、怒りながらも許してくれた。私に居場所をくれた。それが嬉しかった。

そして側に居ることも受け入れてくれた。

兵長が居たから、私はドキドキできたし、壁外でも自由に飛べた。日々の寂しさも感じずに居れた。

それは全部、兵長のおかげだ。




「……、」


私はいつものように兵長の部屋で兵長を待ちながら、窓辺に腰掛け星空を見上げ考える。

こうして考えてみると、私は兵長が居たからここまでやってこれたのだと改めて実感する。そのおかげでずっと戦ってこれた。
兵長が居てくれたから、兵長の側に居たから、だから毎日があんなにも楽しかった。

兵長の犬として過ごしていたあの日々は毎日満たされていた。


『お前は弟子にしろと言ったあの頃から、俺に対する気持ちは変わってないだろ?』


そうだ。私は昔からずっと、兵長への気持ちは変わってない。

弟子になりたかったのは、兵長のように飛びたかったから。そして犬になったのは、側に居れるならそれでもいいと思えたから。側で何かしたかった。

一人で居るのが寂しくなった時、兵長の部屋に向かったのは兵長が一番に頭に浮かんだから。兵長と居ると、心が寂しくないのを感じていたからだ。だから頼った。甘えた。

兵長が私を抱いた時だって、全然嫌じゃなかった。それどころか兵長に触れていると私だって満たされていたのだ。

兵長に触れてもらえるのが、嬉しかった。


「……あ、れ…?」


そうだ。…そうだよ。

私はただ、兵長の側に居たかった。ずっと。ただそれだけだった。

でもそれなら、側に居るだけでいいならただの部下でも良かったじゃないか。
でも私は、兵長に憧れて、だから兵長にいろいろ教えてもらいたくて、それが理由でいつも付き纏っていた。だけどそれが無理だと分かっても、兵長の側に居たいと思い続けていた。どうして?分からない。でも兵長と居ると楽しかったから。だから無理だと断られても気にしなかったんじゃないの?それでも縋りついていたんじゃないのか?犬でも何でもいいから、側に置いてもらいたかった。そうでしょ?


「……、」


理由なんて、きっと何でも良かった。ただ理由が欲しかった。側に居てもいい理由が。言い訳が。だから犬みたいだと言われた時、嬉しかった。何でも言う事聞くから、側に居させてほしいと思った。何で?何でそこまでして側に居たかったの?兵長の“何か”になりたかったの?

兵長は、最初私を拒み続けていた。なかなか受け入れてはくれなかった。でもそれは日を増すごとに少しずつ変わっていっていたのを私は感じていた。兵長が次第に受け入れてくれているのを感じていた。それが嬉しかった。

私はずっと、兵長の側にただ居たかった。
弟子とか犬とか、寂しさとか、いろいろ理由はあったけど、それはどれも結局兵長の側に居たいという私の想いがあったからじゃないか。

私は最初から兵長に、“それ以上”を、求めていた。ただの部下なんかじゃなく。


「……いや… でも、」


分からない。こんなの全部後付けかもしれない。今の今までこんなに深く考えたことがない。


でも、だけど、私は。


「……っ分かん、ない…」


兵長は私の憧れでいてくれた。ドキドキをくれた。私を受け入れてくれた。甘えさせてくれた。側に居てくれた。スカーフを巻いてくれた。勝手に死ぬなと言ってくれた。兵長の班で、自由にさせてくれた。そのおかげで壁外調査を心置きなく楽しめた。巨人と戦えた。私の勝手を許してくれた。調査兵としてもちゃんとやれていると認めてもくれた。私が選んだ道は間違っていないと、そう言われたみたいで嬉しかった。それに私が戦う理由を見失いかけていた時も、それを思い出させてくれた。助けてくれた。自由に飛ぶことが相応しいと言ってくれた。

兵長は私を、大事だと言ってくれた。大事にしようとしてくれた。好きだと言ってくれた。我儘ばかりの私とそれでもちゃんと向き合いたいと、そう言ってくれた。


私を、求めてくれた。


「………、」


兵長は今、私を、求めてくれている。吐き出す為にとかじゃなく、ただ、私を。私自身を。

兵長が、愛してくれている。私を。


私はそれを、求めていたんじゃないのか。


「………っ。」


いろんな想いが交差して、私は思わず頭を抱える。


(分からない。…分からない…。)


「こん、なの……」


分からない。


でも、だけど、分かりたい。

ちゃんと自分の気持ちを、分かりたい。


「……わたしは、」


私は、兵長とどうなりたいんだ。兵長の何に、なりたいんだ。

何でずっと、側に居たいんだ。


「………。」


だから、そんなの、決まってる。

最初からずっと、言っているじゃないか。思っていたじゃないか。


私は、兵長のことが大好きなのだ。

あの頃からずっと。


「…私…は……、」


ずっと、変わってない。私の気持ちは変わってない。それは兵長の言う通りだ。あの頃から何も、変わってないのだから。私はずっと兵長のことが大好きなんだから。

そんな事ずっと前から分かってる。ずっとそうだったんだから。

何でこんな当たり前のこと、今更。


「…なに……これ…」


私はいつもよりも速く動き出した心臓の鼓動に気づき、そこの服を掴む。


「、あれ……?」


そしてその手に、ポタリと何かが落ちてきて私はそれを見る。するとポタポタと落ちていく。


「…… え、なに……わたし、泣いて……」


それは自分の涙だった。

なぜか無意識に、涙が溢れ出してきていた。


「な、なん、で」


拭っても拭ってもそれは止まらず、どんどん溢れ出してくる。


「……っ、」


おかしい。


「止まん、ない、…っ」


兵長を想うと、それだけで胸がいっぱいになる。そしてそれは涙へと変わって、溢れ出す。ポタポタと涙が床に落ちていく。



「…っう、 っく……、」



きっとそれは、小さな蕾だった。でもそれは、確かにそこにあった。ずっとそこに、あったんだ。



「っへい、ちょう…」


会いたい。


心がそう叫ぶと、部屋のドアがガチャリと開いて、はっと顔を上げればそこには兵長の姿があり、私を見ると動きを止めた。


「………、」
「…っへーちょう、…ッ」


兵長を視界に収めた私はそれだけで胸が苦しくなり、何も言えずにまた涙が溢れ出し両手で顔を覆う。


そして心から感じた。



──兵長のことが好きだ、と。


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